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23章 〈 エピソード1 〉

 翌日、ユウは十三カ国代表の特別SPとして任務についたあと、サワキ首相主催の非公式極秘ミーティングに立ち会った。
 会場となった大広間には、あちらこちらにテーブルとソファが点在し、軽食と飲み物が用意されている。集っているのは、各首相のみ。
 他にいるのはユウと給仕担当のキースのみ。
 通訳も、側近も、SPさえ存在しない、十三人とキース、そしてユウの十五人だけがそこにいた。
「前年に会ったときのクイズの答えは覚えているかしら?」
 サイ首相が余裕の瞳で、前回ミーティングに参加したメンバーを見回す。
「1年かけて考えたがまったくわからなかったよ、お手上げた」
 ハバナ首相が笑う。
「君の子供の頃の話を聞かせてくれないか?」
 新しく参加したメンバーは、最初の戸惑いから打ち解けて、徐々に饒舌になっていく。
 交わされる言葉は、彼等の国の言語。
 だが、このミーティングの空間では、全員の発する言葉が自国語のように苦もなく理解できた。
 そして、交わされる内容はすべてがプライベートなものに限られた。
 この空間では、政治的な話は暗黙のうちにタブーだった。
 サワキは不思議な空間に身をおいて興奮していた。
 子供の頃の話、好きな趣味の話、家族の話。
 孤高のトップたちが、同級生と話すように会話を弾ませられるこの空間――ミーティンク゛――に。
「でも、私たちはたまにうっかり忘れてしまうんだ」
 サイゼ首相は、ユウを示しながらサワキに教えてくれた。
「彼がこの空間と安全を提供してくれている事実をね」
「忘れる?」
 サワキは聞き返す。
 こんな未知の体験を忘れることなどありえない。
「そう、友人になるほど忘れなくなるが、最初の頃はなぜだか忘れてしまうのさ。このミーティングのことも、彼が存在することも、だ」
 サワキは耳を傾けた。
「彼らは不思議な力を持っている。そして、私たちを助けてくれる。でも、本当にうっかり忘れてしまうんだ。そういえば昔、あんな同級生がいたな……という程度に。どれほどメモをとっても、記録をしても、その記録したものの存在さえ忘れてしまう。忘れなくなるための唯一の方法は、心から彼を信じて、友人となることだけだ。亡くなったマツヤマは自分の生涯をかけて彼らを守ろうとしていた。だから、彼らを忘れることはなかった。」
 そして、キースを親指で示す。
「もう一つは、キースをそばにおいておくことだ。面倒な手続きを踏まないで、彼と直で連絡が取れるのはキースだけだ。一度、忘れた存在を思い出すのは至難の技だぞ。会えば思い出せるがね」
 サイゼの話しは雲をつかむような不可解なものだったが、同意を示し頷く各国の首脳の瞳が嘘をついているようには思えなかった。

 そしてそう遠くない未来に目の当たりにすることになる。
 月、火星さえ巻き込んだ世紀の電波ジャックの話題が一週間とせずに人々の記憶から遠ざかっていった事実に。
 あったという事実は覚えていても、五十年も前の風化したニュースを思い出すように「そんなこともあったよね」という程度の認識に風化していく現象をサワキは自分の目で確認した。
 そしてサワキ自身も、ユウたちのことを忘れることはなかったが、忘れない程度に覚えている存在になっていた。
 一年後に再びミーティングが行なわれるまで、あの楽しい語らいをしたことさえ忘れた自分に気がつくこともない。
 ただ、不思議な変化はあった。
 徐々に心に蓄積された「何か」は、政治的、軍事的、経済的立場で、各国首相と対立、言い争いになった時も、どこかに幼馴染だったような温かい感情が根底に流れていることだった。
 相手の瞳にも、同じ感情が流れているのではないかとふと思うことさえある。
 対立しても、けんか腰になっても、「国を背負ってる代表なんだから、お互い様だ。精一杯やるだけさ」と、笑う声が聞こえてくるような気がするのだ。
 互いをたたえ、肩をたたき会う時に聞こえてくる「ミーティングでまた会おう」という、不思議な声と共に。


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