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16章 〈 21時15分 アミー&ライラ 〉

 「臨時ニュースです。トワラ国の首脳サイゼ首相が、病院から行方不明になりました。政府では、事故と事件の両方から捜査を進めています」
 レンの控え室でテレビのニュース番組を見ていたルアシとシーダはお互いの顔を見合わせた。
「ニュースになっちゃったの?」
 ルアシの碧い瞳が何度も瞬きをする。
「公表せざるをえないほど、手がかりがなくなった、ってことだろ。今まで極秘にしてきたものの、このまま伏せたままにして最悪の事態が起きたら政府の責任問題って奴になるからじゃねえの? 二十四時間経過して誘拐犯からの電話がなかったとかさ」
 頭の後ろで手を組み、ソファに深く体を沈ませながら、シーダは天井を仰いだ。
「首脳会議の真っ只中で、中東のおっちゃんが行方不明じゃ隠しておけねぇじゃん。明日でお開きだし」
「迷惑すぎるわよねぇ」
 ルアシがため息を吐き出した時、携帯電話のコールが鳴り響く。
「もしもし」
 声の主は、アメリアナ合衆国にいるはずのアミーからだった。
 夏休みだからと、世界医学学会の研修に特別受講生として招待されているのだ。
『ニュースは見た?』
 アミーの冷静な声が受話器から流れてくる。
「今見てるわよ。シーダも一緒。そっちでも速報ながれたの?」
『別ルートからお知らせが来たの。ラグはいるの? 携帯の方がつながらなかったから』
 六人全員が常に所持している、シーダから支給された新型のMTTWなら確実に連絡がつくのだが、ラグが携帯電話に出ないときはアミーはルアシに電話をするのが常だった。
 仕事中のラグの邪魔はしたくないから、とは本人の弁だが、MTTWを携帯電話かわりに使うと緊急事態を意味することにもなるので、使用は避けたいのだとこぼしていたことをルアシは思い出す。
――シーダや兄さんみたいに、お気楽な性格なら使うわよ。便利だし。でも中毒になるでしょう?
 ティッド・コンツェルンのプロトタイプのMTTWは、携帯電話、あらゆるコンピュータの端末機能はもちろん、時代の最先端の要求が満たされた腕時計タイプの通信機だ。
 しかも、このMTTWにはトゥーム星の物質文明、科学技術の最高峰を極めた若き天才科学者ラフィン博士の能力を結集して造り出したアルファ号の人工知能<ロン>が改良を加えて様々な仕掛けを組み込んでおり、使用者の要求に応え、常に新しいプログラムが更新・導入される。
 ホログラフィ投影も可能なので、別々の場所にいても目の前に相手が状態を作り出し、会っている感覚で話もできるのだ。
「ラグも一緒よ。別のところでお仕事中だけど、同じ建物の中にいるわよ」
『リーダーは?』
 立て続けの状況把握攻めに、ルアシは「?」と小首をかしげる。
「も、一緒。やっぱり別のところだけど同じ建物の中……。どうしたの?」
『こっちに来ちゃったの』
 アミーのため息交じりの声に、ルアシがピンと来る。
「サイゼ首相?」
『ううん。ライラ』
「は?」
 ルアシとシーダが再び顔を見合わせた。
 ライラは、サウジリア共和国連邦トワラ国元帥の孫娘だ。年齢は十歳。
 ルアシたちとは、トゥーム星からの帰り道、火星で迷子になっているところを助けたのが縁で仲良くなった。
 問題は、時々、突然前触れなくやってくることだ。
 彼女は強力すぎるほどの遠隔瞬間移動能力を持っている能力者だった。
 地球から火星に瞬間移動するという神がかりなことをやってしまったのだ。
 ただし、エネルギーを消耗しすぎて瀕死の状態に陥るなど、いまだ自分の能力をコントロール出来ない。
 突然跳んで、帰れなくなってしまうことも度々だったが、最近はユウとの約束を守って落ち着いていたはずだ。
 そのライラが、所在すら知らなかったはずのアミーのところに来てしまったらしい。
『今回のきっかけは複合と混乱。サイゼ首相の想いがライラに伝染したのよ。どうしてもミーティングがやりたいんだって。例のおじさんたちも、ミーティングを楽しみにして来たのに、予定さえ組まれていなくて結構怒っているらしいの。日本の首相の側近としていると思っていたキースもいなくて、連絡取れない。おかげで、私たちには連絡を簡単にとれない。トワラ首相がそんな話を元帥閣下に電話で相談している時、そばで聞いていたライラが、来ちゃったみたい』
「ライラが跳びやすいのは、だいたい感度がいいアミーかサミーのところだもんな」
 シーダが、うなずいている。
『リーダーは、一キロ圏内にいる?』
「今いる建物の玄関付近にいるから、大丈夫よ」
『了解』
 一分後、ルアシとシーダの目の前に、アミーとライラが出現した。
「おひさしぶり」
 カジュアルな部屋着のアミーが、少し眠そうに笑っていた。
「向こうは、朝の六時だったの」
「ご苦労様」
 ルアシが思わず、アミーとライラに抱きつく。
 シーダも「ヨッ」と二本指を軽く立てて敬礼し、笑った。
 だが、褐色の肌と黒い髪のライラは無表情のまま二人を見つめている。
「元気そうで安心したわ」
「体力は大丈夫か?」
 二人の笑顔を受けても微笑み返すことも挨拶をすることも少女はしなかった。
 それでも二人は無言のライラを気にするそぶりもなく、楽しそうに言葉をかけ続ける。
 ライラは先天的に感情を表情で表現することも、多くの言葉を用いて感情を伝えることも出来ない少女だった。
 彼らはそのことを受け止めていた。
 それだけではなく、ライラが感じてる思いを、心で受け止めることができる存在でもあった。
「で、ここはどこなの? 状況を説明して」
 大人びた表情をもつ十六歳のアミーは、ライラにソファに座るように促すと、自分も座り、二人からどうしてここにいることになったのかをまずは説明を受けることにした。
 
「じゃあ、ミーティングの話と、ここのスタジオの問題はまったくの無関係なのね。テレビ局のスタジオっていうから驚いちゃった」
 アミーの顔にほっとしたようなあどけない笑みが浮かんだ。
「ちょっと嫌な予感がしてたから」
「アミーの嫌な予感はあたるんだから、サイゼ首相がもうひと騒動起こすんじゃないの? ミーティングを強行しちゃったりして。問題はそこよね。いくらなんでも今からは無理だろうし、勝手には出来ないでしょう?」
「やりたい奴だけ集めて、勝手にやりゃーいいのにな……って、無理か。庶民じゃねーし」
 シーダの言葉にアミーは、ため息を吐き出した。
「で、兄さんはどこ?」
「?」
 アミーの問いかけに二人が変な顔をする。
「いないわよ。最初っから」
「変ね……」
 アミーがあごに人差し指を当てて視線を下に落として考え込む。
「全員揃っているかと思ったのに」
「来るんじゃねぇの?」
 シーダの言葉に、アミーのぎょっとした視線と、ルアシの青い瞳がぶつかる。
「やば……」
 慌てて携帯電話をとりだし、サミーの携帯にかける。
「電源入ってない」
 しかたないといった表情で、慌てて腕時計MTTWを顔の正面に持ってきて、サイドのスイッチを押す。
「兄さん」と呼びかける、が何の反応もない。
 新型のMTTWは太陽電池の充電も併用していて電源が切れることはない。
 サミーが出ないということは、それがサミーの意志だということを意味する。
「っ……」
 アミーは唇を軽くかんだ。
 そして改めて携帯電話を持ち直しスピーカーにしたまま、別の番号をかける。
『はい。こちらキースです』
 緊張した固い声がスピーカーから響く。
「アミーよ。兄さんそこにいる?」
『……。さすが……よくお分かりになる』
 その言葉の間にいやな空気が室内に流れる。
「ひょっとして、サイゼ首相いる?」
『は……、いや……。それは……その……よく……ご存知で……』
 キースの言葉に全員が脱力する。
「今、どこ?」
 アミーは深呼吸をひとつすると、冷静な口調で問いかけた。
『桜道スタジオに向っています。ゴッドがいらっしゃるとのことなので』
「………そう。それで、あと何人来る気?」
 アミーはいやーな予感が全身を駆け抜けるのを感じた。
『…………』
「キース。隠してもいずれわかるんだから言って。あと何人、誰と誰と誰が一緒に来るの? もしくは、来る予定になっているの?」
「どういうこと?」
 ルアシがいぶかしげに、徐々に冷静さを失いはじめているアミーを見る。
 アミーは眉間にしわを寄せて、ルアシを見つめた。
「今日の首相との晩餐会をキャンセルしたメンバーを思い出して。去年のミーティング参加者よ。マツヤマ首相を除けば、現在首脳なのは、サイゼ首相、ドイツィーニア国のハバル大統領、レルニアン国のニア首相、アメリアナ合衆国のクラーケン大統領、そしてロシアナ共和国のミハイル大統領。まさか、こっちに向っていないでしょうね!」
 最後は、キースの携帯に向って冷たく言い放つ。
『…………』
 電話は、無言のまま切れた。
「…………」
 三人は、切れた携帯電話を見つめていた。
 それはアミーの言葉が的中していることを意味する。
 アミーが眉間に人差し指と中指をあてて首を横に振る。
「国際的大問題……よね?」
「どうする?」
 恐る恐るルアシとシーダーが声を揃える。
「兄さん…………」
 アミーが唸った。
 多分、アミーの推理が当たっていれば、どうしてもミーティングを開きたいサイゼ首相やその他の面々が、首相開催の晩餐会の件で、手をつくしてキースに連絡をとったのだろう。
 けれど、キースは国の役職から離れていて政治面では動けない。
 それでも病院を抜け出して雲隠れをして実力行使を見せたサイゼ首相は、キースに迎えに来なければ国際問題にしてやるくらいの脅しはかけたかもしれない。
 おまけに、レルニアンのニア首相はたしか天文マニアでサミーとは表向き互いに匿名で情報交換をしていると耳にしていた。
 サミーにそれとなく天文パーティでもやろうと持ちかけて連絡をとった可能性もある。
 こういうとき、十中八九、ご機嫌なトラブルメーカーは、アミーの双子の兄だ。
「多分、兄さんがリーダーに会わせるとか軽く請け負ったわね……」
「そういえば」
 ルアシがパンと手を合わせた。
「リーダーの家を出る時に、サミーから電話が入ったの。運転中だったリーダーの代りにケイトが話をしてくれていたんだけど、その時にここの場所を言ってたような気がする。リーダーは『あとで連絡するから』って、叫んでいたんだけど」
「決定……」
 アミーは立ち上がって時計を見た。
 ユウに会うために、ミーティングを開催したいがために、国際会議中に大国の首脳達がここまでやるとは想像外だった。
 一歩間違えれば、サミーとキースは誘拐犯かテロリスト扱いだ。
 めまいがしそうな体に気合を入れなおす。
 本番開始まで、あと三十分。
「リーダーはどこ?」
 巨大台風の目のど真ん中で、一人無風状態にまどろんでいるだろう人物に、一刻も早く会う必要があった。

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