17章 〈 21時30分 ユウ 〉 |
「おまえら…………」
玄関フロア奥、ワンブロックごとに仕切りが設けられたいくつもの接待用応接セットの一番奥からその声は聞こえてきた。
背もたれ付の長椅子で惰眠をむさぼっていた大学生のユウ・マサオカは、向い側で電話中のケイトに足先でつつかれて目を覚ましたのだ。
そして、目の前に立っているルアシ、アミー、シーダ、そしてライラの顔ぶれを見て、一瞬考えるように視線を落としてから、深いため息と唸り声を吐き出した。
それでも、幼いライラに「おいで」と声をかけると自分の隣に座らせ、他の三人が適当に席を確保して座るのを待って。
「で?」と誰にともなく問いかける。
「兄さんがね、ここに向っているの。どうしてか、わかる?」
アミーが地獄の番人のような冷え切った声を発した。
「いや……ちょっと待て……」
ユウの「聞くのはやっぱりやめよう」という顔つきに、シーダは待つつもりもなく口を出す。
「ミーティングをやりたい国家選抜のお偉いさん達を引き連れて、こっちに向ってるんだってよ」
シーダの他人事のような突き放すような言葉に、ユウは思わずテーブルに手をついて立ち上がっていた。
「ははははははは…………」
「こっちの状況はわかったでしょう? あと三十分で生放送が始まって、その三十分後に歌姫ケイリー・デイジーの歌の生中継がここで始まっちゃうのよ。そんな場所に、首相主催の晩餐会をキャンセルした数カ国の首脳が現れるの。しかも万全のセキュリティをかいくぐって。このままじや、日本の国家的な信頼も権威も失墜して、サワキ首相の総理の立場も地獄行き」
「はぁー」と、長いため息を吐き出してユウはソファに崩れるように座り込んだ。
「逃げたい」と顔に書いてある。
「どういうこと? 何が起きたの?」
電話を終らせたケイトが、失意にうなだれているユウを見て、わけのわからない状況にアミーに視線を向ける。
ケイトの年齢は三十代後半。若くして某芸能事務所の会長職を担っている。が、その正体は業界でも一部の人間にしか知られていない。
四年前に、パリでユウ達に偶然助けられたのが縁となって知り合い、六人が共通で友人と名乗ることの出来る数少ない人間の一人だった。
ケイトが知っているのはユウたちが特別な人間として世界中のトップから扱われているということ。
特別で最重要人物でありながらその存在はシークレットであるにも関わらず、「しばり」を受けることのない自由を手にしていること。
普段は普通の学生生活を送りながら、必要があれば国家レベル、諸外国の仕事を手伝っていること。
通常でも、一人に対して国の異なる二、三名以上の監視員が常時存在していること。
理由は、彼ら六人はメイド・イン・チキュウではない宇宙船を所持しているから。
それでも彼女はまだまだユウ達のすべてを知っているわけではない。
だが、謎の多い彼らの秘密を探ろうとしようとは考えてもみなかった。
なぜなら、目の前で展開される驚愕すべき出来事に対して、既成概念の壁を打ち破って消化していくだけでもかなりの時間がかかるのだ。
やっと事実を事実として受け入れた頃に、さらに理解を越えた出来事、現象が眼前に飛び込んでくる。
探っている余裕などどこにもなかった。
今日も月二回の合気道の稽古で道場に行っていたら、同じく来ていたルアシに会い。しかも珍しく自宅にいたユウと一年振りに再会し、ラグとも会えるという話だったので詰まっていたスケジュールを調整して、同行したのだ。
だが、次々とかかってくる電話やメールの対応に追われてゆっくりユウと話も出来ないでいたところに、シーダが登場し、海外に行っているはずのアミーと見知らぬ少女が現れ、サミーが誰かを引き連れてやって来るといわれて、咽をゴクリとならした。
ユウのうなだれ方からしてただならぬ事態のはずだから。
ケイトの質問に、アミーは手短に答えた。
「今、首脳会議が行なわれているでしょう? その話なの。前にも話したから覚えていると思うけど、マツヤマ首相が生きていたここ五年の間は、首脳会議の時だけリーダーが臨時で特別警護という名目でマツヤマ首相の特別SPとしてそばにいたの。
なんでかっていうと、晩餐会の後に開催される、非公開の首脳だけの完全極秘ミーティング、というか懇親会ね、それにリーダーが欠かせない存在だったから。もちろん極秘だから公式スケジュールには組み込まれていない。事前には誰にも通達されないわけ。それが来日して、今回ミーテイングが行なわれないことに気がついた前回参加者の首脳面々が、ミーティングを開けって騒ぎ出したの」
「どうしてそんなことがわかるの?」
ケイトは、ユウと首長たちとそのミーティングのつながりがわからないといった表情で眉間に、しわを寄せてみせる。
「晩餐会をキャンセルした首相、大統領の面々が、いま兄さんとキースと一緒にここ桜道スタジオに向っているから」
ケイトは絶句してアミーと、そして向いの席のユウを交互に見つめる。
「そんなことって……」
やっと言葉を発したその声はうわずっていた。
「官邸サイドの仕事でしょう? 主催者のサワキ首相に言うべき話でしょう? なのに、どうしてここに来るの? ユウが今回SPじゃないことがどう関わってくるの?」
「それは、リーダーが…………」
「あーーー!! ア、アミー、歌姫の出番は何時くらい?」
説明しようとしたアミーの言葉をさえぎるように、ユウが割り込んでわざとらしく時計を見せつけた。
アミーは口元に微かに笑みを浮べた。ユウは自分の能力の話題になると、いつも妨害をする。
ユウはケイトに「勘弁してくれ」とばかりに視線を送る。
ケイトは困惑したまま、それでも小さくうなずいた。
ユウが困ることには触れない。それが、彼らとの関係を維持していく為に必要なことだとケイトは思っている。
それにいつかは彼らはきちんと教えてくれるはずだから。
「多分、十時時三十分過ぎっていってたわよ。今から一時間後ね」
「一時間後……」
ユウはアミーの返事に再び席を立つと、玄関に向ってフラフラと歩き出した。
「リーダー?」
「ちょっと、休憩」
「休憩……って、ずっと休んでたじゃない。どうする気なの? ユウ」
ケイトの呼びかけに、横顔を見せて力なく笑う。
「とりあえず……俺がここにいるとまずい……から……」
玄関に向って歩き出すユウの背中を見て、ライラが長椅子から飛び降りて後を追いかけて行く。
「ライラ?」
シーダの声にも立ち止まらないまま、ユウを追いかけて行った小さな少女は、手を伸ばして服の裾をつかむ。
その瞬間、二人の姿は玄関にたどり着く前に、突然かき消えた。
「ライラもリーダーっ子よね」
誰もいなくなった通路をチラリと見た後、ルアシがあきれたように笑う。
ケイトは固まったまま、消えた二人のいた場所を見つめていた。
「ライラがいなくても、リーダーにはその気になれば『どこでもドアのロン』がいるんだから心配しなくていいのに」
「リーダーの逃げ出したい心理を知って、ほっとけないんじゃない。自分の国の首相がやらかしたって手前もあるから、役に立ちたいと思ってるのよ。兄さんとは真逆」
「消えたわよね……」
「俺も一緒に逃げればよかったかな」
「行ってどうするのよ。」
「消えたわよね」
「でも、どこ行ったのかな?」
「日本の危機だもの頑張るんじゃない? なんとかなるだろうからあっちはまかせて、私たちはここに来た人たちをどうするか考えましょう」
「うーん、とにかく時間ないよなぁ」
「ねぇ!」
ケイトの必死の呼びかけに、三人が「は?」と目を丸くする。
「今の女の子とユウ……消えたわよね」
ああ、と三人はその問いかけに同時にうなずいた。
「正解!」
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