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ウイルド・コンパニー

5


 その瞬間、おれはラグ達の居場所を把握したかのようだった。
 ただ多分に夢の中にいる感じが強く、思考的能力が欠如している。目が覚めれば忘れてしまうかもしれない。
 いや、大丈夫だ。
 おれはラグ達がこの建物――ピラミッド――の地下にいるのを見い出だしながらそう思った。
 これは夢ではないのだから。忘れはしない、逆に今まで見たすべてのを思い出すことになるだろう。
 地下の内部は、この建物すべての中枢機構を司るそれがある場所だった。
広い室内の中央に、二〇メートル近い高さを持つストゥパ〈仏塔〉にも似たシルエットのそれ――巨大なコンピュータ――が、この建物の主であることを示すかの様に冷たく巨大な威厳を持ってそびえたっていた。
 その表面には色とりどりのパネルが点滅を繰り返している。
 そしてその巨大コンピュータの周りに数個の細長い透明なカブセルが浮かんでおり、中には人が一人ずつ入れられていた。
 ラグ達だ!
 おれの視覚機能がズーム・アップした様に、一人一人の表情を見てとることが出来る。
 ラグ、ルアシ、シーダ、ミラクさん、アミー……! アミーがいない?
 鈍いほどおちた思考力の狭間で、ようようそのことを感じとることに成功したおれは、次いで、ではアミーは一体どこにいるのだろうかという疑問に駆られた。ところがその瞬間、おれが疑問を持つのと同時に答えが目の前に現れた。
 まるでパノラマでも見ているようだ。
 そしてその空間――部屋と云うには小さすぎるところだ――にアミーはいた、けれどその体は重力とは無縁のように、横たわった姿のまま宙に浮かんでいる。
 眠っているのだろうか……そう思った時、閉じていたアミーのまぶたがゆっくりと開かれた。
――リーダー?
 しかしその瞳はうつろ気でどこにも焦点を合わせてはいない。
 アミーの声――エコーのかかったようなテレパシーが感情を欠いて伝えられた。
 いるはずもないおれの存在を、アミーは知っているのだろうか……。
 おれは夢の中の傍観者であるかのように、言葉を返すということすら忘れたまま、ただアミーを見つめていた。しかしその反対にアミーのそばに近寄りたい、その空間の内部に入ってみたいという好奇心も持ちあわせていた。
――リーダー……。本当にリーダーなのね……。どうしてそこにいるのかわからないけど、よかった。みんなを助けてあげてね。そしてもし、もしも出来ることならサミーも……ああ、駄目よリーダーここに来ようとしちゃ……。誰もここには入れないわ……。ヒューアス以外には。サミーが弾かれたの……この部屋にテレポーテーション〈瞬間移動〉して現われようとした直前に……。
――サミーが?
――突然で、わたしにはその瞬間が見えたんだけど、突然すぎてサミーに教えてあげられなかった……。それにサミーがそんなこと出来るなんて知らなかったもの……。そして、わたしにも似たような力があっただなんて……。今でも信じられないのに……。
 アミーは見えないどこかにいるおれの存在を確信して意志を伝えようとしていた。
――でもリーダー、リーダーなら不思議じゃないなぁ、なんて思える。おかしいわね……神様じゃないなんてことわたし達みんな知ってるはずなのに……。だからリーダー、ルアシ達を助けてあげて。わたしのことはいいから……お願い。頼んだわよ、リーダー………。
 アミーはゆっくりとまぶたを閉じた。
――アミー?
 声をかけるように意識に手をのばしたおれは、その瞬間――空間を包むそれに触れた瞬間――電気が走ったような感覚に襲われた。
――弾かれる
 アミーの言った言葉が蘇った。
 意識が鮮明化する。
 そしてその一瞬に、多くの情報が頭の中になだれ込んで来た。
 壁だ。
 アミーのいる空間を覆っている壁が意識を弾くのだ。
 まるで鉛のように、超感覚すら通ることの出来ない物質。ただし鉛と異なっているのは、鉛が超感覚を遮断させてしまうのみに留まるのに対し、この壁の原石、又はそれに特殊効果を施した金属――は物質はもとより、意識体、精神体を遮断、触れただけでそれらを弾き返し、時には分解させてしまう力を有したものだ。
 だから精神、肉体共にアミーの元へ現れようとしたサミーは――異空間に弾かれたのだ。
「……」
 あまりにも断片的なそれでいて知識としての思考だった。
 わかっているのは、おれのものじゃないってこと。
 おれがそんなことまで知っているわけがない。
 では一体誰の――?
 でも、今はそんなことに気をとられている場合ではなかった。今なんとかしなければ、おれもサミー同様、弾かれてしまう。おれがいなくなったらその後は一体誰がラグ達を、アミーを助け出してくれると云うんだ? 
 弾かれてはならない!
 ほんの一瞬の間のはずなのに、ゆっくりと時間をかけたようにはっきりと理解できる。
 おれは自分自身に言いきかせた。
 おれのそばで、おれに重なるようにしてもう一人のおれ自身が頷いているのがわかる。
 大丈夫だ。今度はあいつらの手をかりなくても出来る。
 ラグ達の元へ行くんだ。
 意識が弾かれかかったその瞬間、自分に命じる。
――跳ベ! と。

 フッと空気から分離するような奇妙な感覚を味わいながら、おれは三次元空間へと戻った。
「わ!?」
 戻ったのはいいけれど足場がなかった。
 床上約一メートル弱に出現してしまったおれは、あやうく尻もちをつきそうになりながら着地した。
 ターン! とスニーカーの音が隅々に響き渡る。
 おれは剣アティヌを握ったままなのを確認してから、ゆっくりと前方にそびえるそれを見つめた。
 仏塔〈ストゥパ〉に似た姿の――巨大コンピュータ。
 テレポーテーション〈遠隔移動〉の一瞬の間に見知った様々な事柄と現実とがピタリと一致する。
 あれは事実、夢ではなかった! ならば……。
 高い天井を見上げたおれは、宙に浮かぶいくつものカブセルを確認した。中にいるのはラグ達だ。
 別々のカプセルに閉じ込められている四人は、おれがカプセルを見上げたのとほぼ同時に、おれの姿を見出だしていた。
 全員が全員、まるでおれが大声を出して呼んだとでもいうように一斉に、しかも強烈な反応を示しながら、両手を透明なカプセルの壁に貼り付けるようにしておれを見つめ返した。
――リーダー!?
 おれが来る前まで、湿っぽい顔をしていたのだと何故だかわかる。その顔が嘘のように、活力のみなぎった表情を蘇らせ連中は笑った。
 ラグ達の口々に呼ぶ声はカプセルに閉ざされで聞こえないはずなのに、頭の中にびんびんと響いた。
――リーダー! 助けに来てくれたの?
――なんでここに!?
――リーダー本当に神さんになっちまったのか?
――おお、我らがトゥームの神よ!
 ……頭が痛くなって来た。
 おれが少々ひきつり顔で四人に軽く手を振っていたその時、眼前の巨大コンピュータが前置きもなく突然唸りだした。
 ウィーン、ウィーンという感じの足元から腹の底にまで響く重く低い音だ。表面のパネルも火のついたように激しく瞬き始める。
――お前は一体何者だ。
 その問いかけにおれは絶句した。
 コンピュータがテレパシーを放つ!?
――何故お前は、新たなる神の降臨を妨げようとする? 何故お前のような異種族が神と名乗るのか?
 重々しく、癇に触るようなその声は、確かに聞き覚えのあるものだ。
 おれは少し用心しながら巨大コンピュータに答えた。
「おれは自分から神だと名乗った覚えはない」
 赤色のパネルが瞬いた。
――ではお前は自らが神ではないと言うのだな。
「そうも言ってない」
 今この場で頼みの綱となるのは――おれにとってもトゥームにとっても――トゥームの神≠フ存在だけだ。
 視角の隅に、頭上から心配気におれを見ているルアシの姿が映った。その大きく見開かれた青い瞳が、ふと丘の上で出会ったルアシに似た女の子を思い出させる。
――神しゃまのお兄しゃんて、やしゃしいのね。
 そう無邪気に微笑む少女の後ろに、おれを神だと信じて疑わないトゥームの人々の姿があった。
 彼女の母規、風格のある老人、長老、メディア、ミラク……。
 おれは今という今ほど自分の役目の重大さを思い知らされた。
 そして、だからこそ目の前の奴にほんのわずかの弱味を見せてもならなかった。
――少年よ、私は知っている。お前はトゥームの者どもに洗脳され、今私の前にいるのだ。お前は本当はトゥームの神などではない。ただの異星の者どもに過ぎん。私はお前達をトゥームの愚かなる者達の手より切り離してやろう。そうすればお前達は自由だ。関係のない他の種族の者達の、愚かで低俗な頼みごとなど聞かずに旅立つことが出来る。
――お前達の文明はトゥームの者のそれを相手としない。得るものなど無に等しい。私はトゥームの愚かなる者どもに真実を告げる者なのだ。
――お前達は今より故郷の星へと戻るがいい。何の利益にもならぬ争いごとに関わる必要などない。
 『敵前逃亡』
 そんな言葉がちらりと頭の中をよぎり、おれは叫んだ。
「誰がそんな真似出来るか! それにお前自身の言ったこと、矛眉だらけじゃないか。トゥーム星がそんなに価値のない無利益無価値のものなら放っておけばいい。なのに、なら何故そんなにまでしてお前はあの星を手に入れたがるんだ? 何故、神の降臨になんて猿芝居をしたがる? 第一コンピュータと神様が一緒になって。人々やその他のものを苦しませるなんてこと!」
 おれは喋りながら、身体全体が変化しつつあるような現象を感じ続けていた。
 自分の声が遠のき、口調まで目分のものじゃない、そんな感じだ。
 まるで誰かがおれの口を使って話し出したように……。
――お前は、神と私とは違うものだと言うのか?
「あたりまえだ。人の手により造られたお前が神であるわけなどない 『アレピオス』よ」
――?
 アレピオス? おれは、おれ自身は知らないはずの名前なのに、自然と口から出たと同時に、『アレピオス』とはこの巨大コンピュータであり、二万年前のトゥーム全域を支配していた神たる存在であったのだ、ということがわかっていた。
 それにしても、二万年前のトゥーム? 神たる存在? 一体何のことだろう。と、そう思うおれとは別に、口は勝手に言葉をつむぎ出していた。
「確かに、お前は二万年前のトゥームにとっては神にも等しい権限を傭えていた。私の独立したコンピュータを除くすべてのコンピュータ、ロボット、アンドロイド等はすべてお前の支配下にあったし、またそれらに従って生活した人間さえ同様だったと言えよう。そしてその頃のトゥームはお前の存在を称え、私もお前を誇りに思っていた。あの時が来るまでは……」
 コンピュータのパネルやランプがまるで驚きを示すかの様に激しく点滅を繰り返した。
「『アレピオス』をより人間に近いコンピュータにしようと、思考過程を二重構造とし、表層意識と潜在意識にきわめて近い能力をお前に組込み、潜在意識のひとつに、神。という概念をあてた。そして……それこそがすべての原因となってしまったのだ。お前は私のあてた、『神=無限生命原理の法則を司る大いなる存在』を解釈しきれず、何を血迷ったか、『自分=神』説を己の中で判断してしまった」
――それは違う。私が、たずねて来る人々に、神の存在について、神というものについて聞いた時、人々は皆、口を揃えてこう言ったものだ。
「あなたこそが、『神』ではありませんか」と。
――神について、『無限生命原理の法則を司る大いなる存在』と解釈していたのはあなただけだ。物質文明に染まりきっている世界の中にあって、それに染まり切れないで、不思議な力を傭えていたあなた、私にはあなたが誰であるかわかる。
 おれは意識の中で頭をかいた。
 会話の内容はなんとなく分かるのだけれども、おれには何でコンピュータが神についてこだわるのか分からないし、第一、神についての解釈みたいなものが少々違っていた。
 地球じゃ一般に『神』って存在は、全知全能で万物創造の唯一神とかいう解釈が多かったりするわけで、無限生命がどうのって言い方は間違ってはいないのだろうけども珍しい。
 しかし……地球も今のまま物質優先時代が進んで行くと、コンピュータを神様だと信じて行くことになるんだろうか? ならその後はどうなってしまうのだろう。
 そんなおれの疑問に答えるよう、言葉は続けられた。
「私が誰なのかわかったのならば、黙して聞くがよい。アレピオスよ」
 コンピュータのパネルが青色に点滅する。
「お前は自分こそが、『神』だと信じ込んだ時より、人間の為に尽くす行為を止め、支配下にあったすべての機械に人間に対して行うすべての機能をストッブさせた。多分お前は神の立場から人間達の慌てふためく姿を見下ろしたかったのだろうな。その通り、コンピュータによるオールマイティな生活を営んでいた人々は、お前の計画通りパニックに陥った」
――けれどあなたは違った。物質文明、科学技術の最高峰にあったあなたなのに、私はそのあなたに対し何のダメージも及ぼすことが出来なかった。私にとり、コンピュータに頼って生活をしている市民がパニックに陥ろうとそんなことは問題ではなかった。今でこそ言おう。私は、私を造り上げたあなたの存在をこの手で消し去りたかった。あなたが私に平伏し、他の人間達のように私を神と崇める姿を見たかったが為に行ったことなのだ。
――私にとりあなたは邪魔な存在だった。『神』である私を人間としても、私の理解出来なかったカを持っていた人間としても、そして何より『神』を知っていたトゥ―ム唯一の人間であったことがだ。
「お前は……お前、は私一人の為にあのようなトゥーム全域をパニックにする計画を企てたというのかー」
 声が震えた。
――そうだ。
「しかし、お前が私に手を出せなかったように私もお前の行為を止められなかった。違うか?」
――違う。あなたは私が意志を持つ以前に私の中に自爆装置を組み込んでいた。幸いそれは私の意志を通じて作動する仕組みにセットし直すことが出来たが、装置そのものはあなたの力により除去出来なかった。そしてもうひとつ、私自身が時に装置が誤作動する恐れがあるということをあなたは知っていた。そして私の機能停止と自爆を望んだあなたは、私を混乱させ狂わせる為に何と言ったか覚えているか?
「生命を作り出すことの出来ないお前は『神』などではあり得ない。私がお前を造り出したのは、冷静な判断力を傭えたより人間に近い、それでいて大きな力を持つコンピュータを人々が望んだからだ、人々を支配する神として造ったわけではない」
――そうだ。あなたはそう言った。そしてその言葉は危うく私の中の自爆スイッチを押しかけさせたのだ。いや、半分は自爆したと言ってよかっただろう、支配下のコンピュータらはすべて暴発してしまったのだから。
――あの時私が何故あなたの言葉により破滅に追いやられず、トゥームを飛び立ったと思う? 機能の大半を失ってまで。
 おれはその言葉に悪寒が走るのを知った。
 目の奥で、サミーと共に入った部屋で見た画面の中の黒髪黒眼の男の顔と、切れ切れに見続けて来た不気味な夢の映像、心臓の鼓動にも似た冷たい響きと生き物の脳みそ、銀色の小さなカプセル。そして最後に見た裸体の男の冷ややかな笑みとが蘇り、オーバーラップしては消えていった。
 同一人物に間違いない。でも、それじゃそれの意味するところは……。
 戦慄が走った。もうこうなっては黙っているわけにはいかない。
 気がついた時おれは、発作的に自分自身の思考で叫んでいた。
「お前は神の条件をすべて満たす、生命を生み出すという行為を出来ないのではなくて、やらなかっただけだという論法にすり替えて危険を一時回避したんだ! そして。トゥームにそのままいては、いつまた同じ様な危機に会うかもしれないし最初の問題にも決着をつけられない。だからこのアーモル〈月〉まで逃げたんだ! そして二万年という長い年月をかけて、自分の手によって生命を生み出す為のありとあらゆる方法を考え続けて来たんだ!」
――…………。
 アレピオスは、まるでおれが答えたことが気に入らないというように赤ランブを点滅させた。
 おれが喋るのと、もう一人の誰か――アレピオスを作った人――が話しているのとを区別出来るみたいだった。
「今言ったとおり、お前は私があの時言った時点ですでに、己の力を駆使し、生命を生み出すことをプロジェクト〈計画〉の中に組み入れていたのだろう。しかしそれはトゥームにいながらしても出来たはずだ、私とていつまでもお前の前にいるわけではない、人には寿命というものがあるのだから」
 アレピオスは語り手がその人に変わったとたん話した。気に入らない。
――しかしそれでは私の中に記憶されたあなたは、永遠に私が越えられなかった障害として残ることになる、我々コンピュータ、ロボットは人間に直接危害を加えてはいけないものとされ、その行為に及ぶことは自分の中の思考回路を大半焼き尽くしてしまう結果となる。
 私はあなたに永遠の苦痛を残す為、自らの大半を失うのを承知で――もちろんその後、失ったすべてを取り戻せることを計算したうえで――細菌とワクナル〈死の石〉に合まれていたD成分《部分DNA除去成分》とを、私の爆発の際生じる、熱圧と爆圧により融合させたのだ。トゥームすべてに危害を与えんが為に。
――最もその時点で私は、D成分が人々のどの機能を取り去ってしまうのか知るよしもなかったが、私の作ったアンドロイド達をトゥームに送った折、その被害結果を知ることが出来た。声帯器官の機能が除去されただけのようだったが……私はあなたに勝ったわけだ。人から文明として必要な声を奪い、言葉を失わせた。ラフィン博士。そして今また私は『神』としてトゥームを支配するのだ。いくらあなたに力があろうとそれは二万年前の過去のものだ。
 電光パネルが得意気に瞬いた。
「…………」
 彼は沈黙していた。
 彼、ラフィン博士がもの言わずとも、おれにはその沈痛さが手にとるようにわかった。
 アレピオスの言った通り、奴はラフィン博士に永遠に続くだろう深い悔恨と責任の念を与えることに成功したんだ……。
――それに私はもう『神』としての条件をすべて満たした存在なのだから。
 その言葉におれは、はっと息を呑んだ。
 先刻から治まらないでいる悪寒や戦慄に加え、鳥肌まで立ち出した。
 不思議とカブセルの中にいるラグ達も同じように感じているのが自分のそれのようにわかる。
 神としての条件――すなわち『生命を司る者』――それをアレピオスは満たしたと言った……。その言葉から、有機生命体から何か他の生物を作り出したのではなく、真に自身の手によって作り出したものなのだと、おれ以外の何かが教えてくれる。
――私はを生み出した。
 そのテレパシーと共に、奴の、奴の巨大化した悪魔的なほどに美しい冷ややかな笑みがおれを襲った。
 夢で見た顔! スクリーンで見た男! 奴だ!メディアに苦痛的テレパシーを送り、トゥームに災害を与え、己を神と認めさせようとしていた主! 
 奴の凄まじいまでに美しい微笑と共に、思念波がおれの中に広がる。
――我こそは『神』。『新たなるトゥームの神』なり。古き時は、今お前が私に敗れる瞬間に慕を降ろす。そしてお前は永遠の屈辱を背負い宇宙を徘徊するのだ! 同時に時はすべてこの私、ヒューアス〈新しき者〉のものとなる!
――さあ、私の元まで来るがいい。私の元へ。そしてお前は私にすべてをゆだねるのだ。来い!
 身体が、おれの身体が奴のテレパシーに呼応するようにして前へふらりと歩み出した。
 おれの意志とは無関係に、コンピュータ・アレピオスヘと体は向かう。
 これは奴の、ヒューアスという名の、奴の誘導なんだろうか……。奴のもとへ行く為の、奴と出会う為の誘導……?
 その割には、割と鮮明な意識を保ったまま、おれはアレピオスの前まで、歩かされた。
 床に軽い振動が走った。次いでアレピオスのランブがチカチカと点滅し、低く唸った。
 しばらくの間それが繰り返されたが、他には何の変化も見受けられなかった。おれ自身の体も、ただ立っているだけ、何も起こらない。
どうしたんだろう。
 アレピオスは、次に自分がしなければならない手順を嫌がっているようにさえ見える。
 長い間静寂のすえ、アレピオスのパネルが青色に変化し、落ち着いた。
――少年よ。
 これはアレピオスの思考波だ。
――お前は人間だ。トゥームの人間ではなくとも、異郷のヒューマノイド〈人間型〉の生命体に違いはないはず。私にはそれがわかる。だからお前に危害を加えようとは思わない。
――しかし私の子ヒューアス子は違う。ヒューアスは私の分身でありながらも、トゥームの人間の脳と同じ情報を植え付けた為、トゥーム人達がつくりあげ信じているにすぎないトゥームの神≠も信じてしまった別のものでもある。
――わかるであろう? 少年よ。ヒューアスにとり、トゥーム人から神≠ニ認められているお前の存在は倒さなくてはならない相手なのだ。あの子が、新しき神≠ニなる為に。お前は存在してはいけない。
――哀れな少年よ。例えお前に多少の力が備わっていようと神ではない者よ。
 再び沈黙が訪れた。やはり、おれを奴の元へ送るのを躊躇っているような感じだ。
 かと言って、まさか機械が慈悲心を出してくれてるとも思い難い。今の話にしても、それが本当に言いたかったことのようには思えないし……。アレピオスは一体何を考えているんだろう。
 しかしその沈黙は意外と短いものになった。おれの眼前の、アレピオス本体の一部の側面が、スライドして六角形状の空間を作ったからだ。扉――?
――入るがいい……。少年よ。
 アレピオスが命じた。が、その口調にはまだ幾分かの迷いがあるようだった。
 扉の向こう側は暗くてよく見えない。この中にがいるのだろうか――。
 ふいに体が前進した。まるで見えない鎖に引かれているように、おれの体が、足が、アレピオスの機械の中へ一歩踏み出そうとした、その時。
――駄目ぇっ! 行っちゃ嫌ぁ! リーダー! 嫌よぉ! 行かないで! 行っちゃ駄目よぉ! リーダー!
 体が動きを止めた。おれは頭上を仰いだ。声の主はルアシ。
 青く大きな瞳から涙が頬を伝って流れていた。カブセルの底に膝をつけ、下にいるおれに向かって懸命に叫び続けるルアシの声は、カプセルの壁に遮断されているにもかかわらず、おれに届いた。
――行っちゃ嫌よぉ……嫌ぁ! 行かないでぇっ! 行かないでぇったらぁ……。
 そうなんだ……おれがヒューアスと会って、闘って、死ぬようなことになれぼもう二度とこいつらとは会えないんだ。助けてやれないんだ……! 地球へ帰れない……。
――リーダー! 行かないで!
――そうだよ! 行っちゃ駄目だよ、リーダー! 殺されに行くようなもんだよ! 行かないで! リーダーぁ!
 視線がラグの姿をとらえる。
 そう、おれは決心してここへ来たはずだ。こいつら全員を助けると誓って……ここへ来た。
――リーダーのバカ野郎! オレ達を見捨てて、自分だけ敵と戦って格好よく死んじまうつもりなら許さねぞ! たかが……たかが機械にバカにされて……な、何が、リーダーだよぉ!
 シーダは声をつまらせ、それから右腕でぐいと涙を拭いた。
 あの大のメカ好きが……一体どんな気持でメカを非難しているのかと思うと、おれには返す言葉も見つからなかった。
――だいたいメカってのは人間と共存して行くもんで、人間を管理とか支配なんてしちゃいけないもんなんだ! バカのひとつ覚えみてぇに、神、神、神、神! おれは神様なんか信じてねぇからな! そんな野郎の作ったものなんて、ただのサイポーグだ! そいつと闘うぐらいなら、殺されに行くなら、オレも連れてけぇっ! リーダーの大バカ野郎!!
 そうだなシーダ。多分に今のおれは大バカ野郎だ。
 無謀にも奴と正面きって渡りあってやろうじゃないか、という気分になって来たのだから……。お前らの為と、トゥームの人達の為に。そしてその誓いを思い出させてくれたのも、その力をくれたのも、おれじゃなくてお前ら……なんだ。
 おれは体を縛りつけている力を振り解くように、ルアシ、ラグ、シーダ達に向かって叫んだ。
「ごめん! 行って来るよ!」
――リーダー!?
 一勢に抗議の声を上げようとする三人に、おれは笑いながら片目を閉じてみせた。
「一緒に地球に帰ろうな!」
 間をおいて、三人は頷いた。
――待ってる。
 それからおれはミラクさんに向き直って剣アティヌを持つ右腕を高々と差し出した。
 この人に、何も言葉は必要ないのかもしれないけれど。
「おれの武運を祈っててよ」
 彼はカプセルの中、さっと片膝をつけ、頭を深く垂れた。
〈はっ。御意のままに〉
「じゃあ」
 おれは剣を降ろして、アレピオスに向き直り、一言残した後、扉の中へと入って行った。
「それからな、おれの名前は少年じゃなくてユウって言うんだよ!」

 闇の中へ、二歩、三歩と歩みを進めた時、背後で扉が閉じた。
 すべてが闇に覆われたかと思ったのは、ほんの一瞬で、内部は白光で充たされた。
 おれはその誘導に従ったまま歩き続け、光の最も強烈となっている辺りで立ち止まった。
 そして次の瞬間、床と足の間に空間が出来ていた。
 体が浮いていた。おれの体が眩いほどの光の中をぐんぐんと上昇している。
 夢の中の浮遊感――体と光とが溶け合う――と、それさえも瞬く間であり、それはまったく逆のものへと移り変わっていった。
 白光は光でありながらも、闇と寸分たがわぬ負の力を発するものとなり、体には気怠さ、脱力感、圧迫感などが次々と訪れ、胸はねじれたように締め上げられた。
 その、鉄の芯のように身動きひとつ出来なくなり、意識の中でのみもがくおれを、異様なほど美しい黒い瞳が、息のつまるほどただ静かに、しかし秘めた憎悪の灯をらせながら凝視している。
 それは、奴――ヒューアス。
 彼の、その見開かれた両眼、瞳の中の闇が、おれの肉体ととを分離させ、それぞれをのみ込んでゆく。
 そして闇――何の理由も意味もなく、そこに存在しているという、それだけの闇の中、おれはスローモーション・テンポで何かに追われるようにして走っていた。
 もっと早く。
 もっと早く。
 心は急くのに体がいうことをきかない。
 そうしている間にも、それは背後からジワジワと追いついて来る。
――おまえはいてはいけない……
 声。
 声が追いかけていた。
 声に駆り立てられ、それに取り込まれぬようにおれは逃げ続ける。
――お前の時代は過ぎ去ったのだ……お前は消えねばならない……
 それがおれに追いつき、触れ、包み込んだ。
――お前にこの闇は支配出来ない。これはお前のものではないからだ、そして同じように全世界の空間、生命はお前の手から放れ、新たなる神に受け継がれなければならない。
 体中に声がこだました。
 そう……そうなのかもしれない。
 がらんどうになった頭の中、浮かんで来る言葉――。
 おれの時代はとうの昔に過ぎ去った。今は受け継ぎの時代なんだ。おれの中のすべてを次の者に引き渡し、去らなければならない。おれはもう存在する意味のない者となった。彼に力を捧げなければならない。
 おれにはもう、為すべきことははなくなったから――。
――違う!
 ゴムが弾けたように、おれの意識の中から一人の子供の意識が飛び出した。
 おれを捕らえたそれが気付いて、先刻と同様に子供を取り込もうとしたが、子供は強烈な拒否をそれに投げつけ、ゴムボールのように走り出した。
――いやだ! 誰か……誰か来て! お爺ちゃん!
 辺り一面の闇――
 その闇の中をただがむしゃらに、無我夢中に走り続ける子ども――あれは五歳のおれだ。
 おれは、おれを取り込んだものの中に脱出口を見つけた思いで、五歳のおれの後を追い、その意識の中へ飛び込み、混ざり合った。
 あの声は、五歳のおれのぶつけた拒絶の力のせいか、過去の意識に飛び込んだせいか、追いかけてこないようだった。
――いやだ……怖い。ここ……どこ?
 夜空を覆う巨大な木々のざわめき、肌をなめる空気と生暖かい風、獣の気配、闇夜。
 五歳のおれは歯を食いしばったまま、夜の密林の中を走り回っていた。
 迷ってしまったのだ――初めて来た異郷の地で、親から言い渡された再三の注意にもかかわらず、生まれて初めて見た小動物を追いかけ、気がついた時にはすでに密林のかなり深いところまで入り込んでしまっていた。
 空高く昇っていた陽は落ち、辺りは闇と化していた。
――おなかがすいたよ……お爺ちゃん、迎えに来てよぉ……
 のど元までせり上げて来る熱い固まりを、一気に吐き出してしまいたいのに、意地なのか、それとも他の何かの為なのか、ガキでありながらもおれは、それをぐいと飲み込んだ。
 走りはいつしか歩みとなっていた。
 地表に浮き出た大木の根につまずいては転び、転んでは立ち上がり、それをいく度となく繰り返しては棒のようになった傷だらけ血だらけの足を引きずり、おれは闇の密林をさまよい続けていた。
――……?
――なぜ、怯えるのですか?
――なにが、あなたを恐れさせるのですか?
――よく目を開いてわたし達を見つめて下さい。あなたにはわかるはず。
――怖がらないで下さい。
――わたし達のことはすべて、あなたが良く知っているはず。
――怯えないで下さい。
――わたし達はあなたに気付いてほしいだけなのですから。
――幼な児の姿の、あなたよ。
 なに!? 誰!?
 気がついた時は、おれの……ぼくの身体の中、心の中いっぱいに、柔らかに囁きかける多くの声がいた。
 ぼくは立ち止まった。
 誰? ぼくに話しかけて来たの、誰!?
――わたし達……この森のすべてです。
 相変わらずの生暖かい、けれど鮮明な意志を示した風が、耳元で渦を巻いて通りすぎた。
――風はぼく達の意志の代表……。
 彼らが言おうとした言葉がぼくの心の中に浮かんでいる。
 恐怖心はきれいに拭い去られていた。
 闇に対する、密林に対する、あらゆることに関する恐怖心が消えていた。
 彼らが話しかけてきた時、風がそよいだ時、ぼくの中でスイッチが弾かれ、同時に心と生命の扉が宇宙に向けて大きく、力一杯開放された。
 ぼくは悟(し)った。
 開け放った扉から巨大なエネルギーが全身に注ぎ込まれてくる。
 彼らとぼくは同一の存在だということを。
――あなたはわたし達に力を与えてくれます。
 密林の意志が風にのって、やさしくぼくを包み込む。
 そしてみんなも、ぼくに力を与えてくれる。
――しかし、あなたの力にわたし達は遠く及ばない。
 それでもぼく達は一緒だよ、
 ぼくは、夜空を仰ぎ見ながら彼ら〈密林〉に心を伝えた。
 木も、草も、花も、動物も、水も、土も、光も、闇も、星も、宇宙も、自然の中で生み出された生命という存在に変わりないよ。
 自然が与えてくれる生命がなかったなら、存在しなかったもの達だから。
 同じに、自然でさえも、生命がなくては存在しなかったものだから。
 ぼく達は生命であると同時に、自然そのものなんだ。
 何も恐がることなんて、恐がる必要なんてなかったのにね。
――そう、わたし達は至上の喜びをもってあなたを迎え入れます。あなたにはやつれた自然に、生命の活気を吹き返らせる力がある。
――わたし達と同一の存在であっても、あなたの力、エネルギー〈生命力〉は、この地球におさまりきれず、宇宙に浸透して行くほどに広大で力強い。
――わたし達はそれを知っています。
 ぼくは笑いかけた。
 彼らが微笑みを返した。
 闇夜のジャングル〈密林〉は、いつしか温かい生命の巣となって、ぼくをやさしく包み込んでいった――。

 おれは、眠りに入った五歳のおれからそっと離れた。
 おれには分かっていた。この不可思議な経験が、密林を出ると同時に忘れ去ってしまうということを……。
 いや、深層意識部のタンスの引き出しの中に大切にしまわれて、表層意識が忘れた様に思い込んでしまうことを。
 そして、その記憶はめったなことでは引き出せないはずだった。
 大きな意味がなければ思い出すことの出来ないもののはずだった。
 大きな意味――この記憶を糧に、しなくてはならない何か。
 再び、何もない闇の中にいたおれは、闇の彼方から急速に近づいてくる光の固まりに気付いて目を据えた。
 すべてはあの光の中――闇の向こうで待っている。

 目の前に奴の姿があった。
 漆黒の髪と、異様に輝く黒い瞳を湛え、白い肌に浮かぶ血の様に赤い唇に薄い笑みをさしながら、奴はおれを見つめていた、
 初対面、というより再会的な気分が強かった。おれは目の前の奴――ヒューアスが、目覚める前からその姿を知っていたから。
 気がついた時、おれの体はヒューアスと面と向かい会って立っていた。いつここに来たのか、いつからこうして立っていたのか、まるで覚えがない。
 そのかわり、肉体から離れていた間に起きた、意識中の変化についての記憶は鮮明に凄っていた。そしてそれは、あの時、一度はおれを取り込むことの出来た声の主が、奴に他ならないということを気付かせた。
「ユウ……と言ったな、古き者よ」
「…………!」
 おれは思わずゴクリと咽を鳴らした。
 一瞬、奴が日本語を喋ったのかと思ったからだ。
 声として発音したせいもあるかもしれないが、それはおれの全く知らない異語だった。にもかかわらずそう思えたのは、奴の放つテレパシーのボルテージが、異常に高いものだったからに他ならない。
 でも何故!? サイボーグ〈人造人間〉である奴に、それほど強大な能力が備わっているんだ? 何故そんなことが出来るんだ!? 何故!?
 一言、正しく奴のたった一言が、俺を混乱におとし入れた。
 それだけではない、その一言は、おれの中にいままでなかった真なる恐怖と、どうすることも出来ないほどの深い悲しみのふたつを、同時に呼び起こしたのだ。
 奴は、ヒューアスは、ただのサイポーグではなかった。
 その真実がおれを、打ちのめした。
 何の理由もなく――ただわかってしまったのだ。
 ヒューアスが、全宇宙の生命法則に真っ向から背いたものとして生まれた――それをそう呼んでいいものか――生命の保持者だということに。
 だから、今までに交わした奴との精神感応の際、あれほどまでに生命の冷える様なイメージを受けて来たんだ。
 ヒューアスは、おれの受けたショックを知ってか知らずかついと歩み寄る。
 反射的におれは後ろへ跳びのいた。
 来るな! そばに来るな!
 断固とした拒否が心に芽生えた。が、それは恐怖心と、何かに対する悲しみの心とが生み出したものにすぎなかった。
 存在するはずのない、存在すべさでないものが、現におれの目の前に存在しているという恐ろしさ。
 それをもし例えることが出来るとしたら、町中を歩いていてふと、何気なく視線を合わせた人物が自分自身だった。というものに近いかもしれない。
 存在しているわけのないものを、見てしまった恐怖。
「すでに言うことは何もない。私にその力をすべて捧げよ――」
「いや……だ」
 奴の瞬きもせずに見つめてくる瞳が、息苦しくさせる。
「お前が何を言おうと、私はお前の中からカを奪い取る!」
 ヒューアスの、おれめがけて突さ出した右の手の平が、一瞬にしておれの身体の自由を奪い去った。
 恐怖心の増大――今のおれに、あの闇の中で応じられた生命の力強く波うつ響きは聞こえなかった。
 宇宙の広さも目には映らない。代わりに恐怖≠ニいう名の宇宙のみが心を占める。悲しみ≠ェ心をしめつける。
 そのおれの、心の中を見抜いたとでも言うように、奴の、今にも血のしたたりそうな赤い唇が、両はしにニュッと吊り上がった。
 体中の力が抜け、右手の指にからみつく様に掴んでいたそれが、音をたてて床に落ちた。
――剣アティヌ!
 拾わなければ……と思うのだが体が動かない。
 どうにかして、やっと視界の端で剣アティヌの姿を捕えたおれは、その姿を見て愕然とした。
 剣が再び、元の短剣に戻っていたのだ! しかも、刀身が石へと身を変えて!
 頭の芯がくらっときた。
 奴が、そうしたのか!? やったのか!?
「私は今、新しきトゥームの神となる」
 宣言に似たその声に視像を上げたおれは、一歩、二歩と近づいて来る奴の姿を見た。
――来るな!
 心が叫んだ。
 今のおれにとり、ヒューアスは死神〈デス〉以上の存在――。
 機械から生まれた、生命を持つサイボーグ〈機械〉。人格を備えた機械。複雑な回路をおさめ、居並ぶキーと多くのパネル、ランプの点滅する金属の箱が生んだ生命、生物、人間。リンカーネーション〈輪廻転生〉から外れた、永遠の死が生み落とした生命=B
 無≠ェ育てあげた有=B
「それでもユウ、私はお前と変わらぬ――」
「!!」
 ヒューアスは――おれの心を読んでいた。
「神であるお前が人間体として生まれてきた様に、私もまた同じ様に人間体であるだけ、たとえ死神から生まれようと、神たるものに違いはない」
――やめろ……
「そして仮に、お前が私のことを機械でしかありえないと思うならば、聞こう! 人間体として生まれた私だ。お前から見て、人間どもから見て、私のどこが人間と違うというのだ? 体個胞さえ数十万倍に拡大してみなければ、人工細胞で組み立てられた身体だとは、誰にもわからぬ。皮膚を切れば血は流れ、涙を流せといわれれば泣くことも出来る。更に、アレピオスの時とは違い、人間どもに危害を加えようと自滅するようなことはない」
「や……めろ……」
「さぁ、答えよ! 私のどこが人間と違う!? お前と違う!? 私はお前と同じものだ。神≠スる存在なのだ!」
 奴は勝ち誇った様におれを見つめた。
「やめろ……」
 おれの恐怖感の原因――それが奴の口から放たれている。
 いつしかおれの中で宇宙が反転しはじめていた。
 人、人、人、とごった返す街の中をあてもなく歩き続け、ふと立ち寄った小さな店。出てきたのはなんの変哲もない男、この店の主。
 彼が言う。嘲笑をこめて
「まだ人間さんがいらしたんですねえ」
 モノトーンの街の中を、おれは叫びながら逃げ出した。
 ごった返す人、人、人。
 けれど彼らの中におれと同じ人間はただの一人として存在しなかった。
 くり出す人々の体内のどこひとつをとっても、自然から与えられたものは存在しない。
 人間の姿に化した機械達が街を往来する。
 逃れようと街を抜け出たおれの前に、公園で遊ぶ一人の幼い女の子が興味深げに近づいて来た。
「お兄ちゃん。人間でしょう?」
 彼女も街の中の人々と同じなのだ! 気が狂いそうだ! この街は、この世界は狂っている。
 彼女の、舌足らずな喋り方、あどけない仕草、表現内容の乏しさ。二言、三言交わした後、本当はこの子は、ふつう〈自然〉の子ではないかと思ったおれに彼女は笑いながら言った。
「違うの。子供はね、子供らしく表現しなくちゃいけないのよ。行動も、性格も計算した上で、子供をやるのよ。普通じゃない、こんなこと。お兄ちゃんがおかしいだけよ」
 街を歩く人々がおれを見つけて、取り囲む。
――人間だ……。
――変わったものねぇ。
――普通じゃないわぁ、成長するなんてねぇ。
――そして死ぬんだって。
――普通じゃねえーな、本当に。
――自然じゃないよ。
「止めろ! 止めろ! 止めろぉ――っ」
 絶叫と同時に、人間でない者たちの姿が薄れていった。――が、一人だけ消えない奴がいた。
 ヒューアス。
 そして今のは、奴の見せた幻覚……。
 身体の芯が恐怖で冷えきっていた。
「答えてみよ。私のこの体のどこが自然のものではないというのかー」
「…………」
 おれは答えるすべを失っていた。
 あの中で、彼らは自然であり、おれは異種だった。
 おれこそが……。
 恐慌に落ち入ったおれの中に、それを喰い止めるものはすべて消えていた。
 奴が勝利に酔ったような、しかしあくまで冷ややかな笑みを漏らしながら、突き出していた片手を、ゆっくりと歩み寄りおれの左頬に軽く触れた。
「!!」
 体中の神経が跳び上がった。
「やめろぉ――っ!!」
 実際、その絶叫が声になったものなのかは、おれ自身にもわからなかった。ただその言葉に奴への拒否と、求めてやまない何かに対する叫びとを同時に吐き出したことは事実。
――誰か……! 誰か……くれ……。今のおれに何が真の姿なのか見極める、見極められるだけの心の余裕を……、そのきっかけをくれ! 心に温れる恐怖心と悲しみ、迷いをこれ以上増やさない何かを!
 きっかけを与えてくれる何かを! でなければおれの中のそれらがあっという間に膨れ上がり、破裂し、おれを飲み込んでこの宇宙へ流れ出してしまう! その前に――。誰か! 誰か! 誰か!!
――無駄なこと。
 奴の瞳がそう笑った時、それは起きた。
 光――。
 光が――小さな、けれど力強い光を放つ光球が、一体どこから現れたものなのか――この暗く、部屋なのかさえよくわからない様な空間に二個、三個と次々と輝き出し、一瞬にしておれの中に入りこんだ光り達は、そして……戻ったそれらは、おれの中で広がり、通じてスパークした。
 目を射る光――。
「な……!?」
 奴の、ひどく狼狽した声がすぐ側で響いている。
 おれの身体から黄金に輝く光が放つ。
 心の中に光りが満ちあふれていた。
 取り戻した、いや、返ってきたおれの心〈生命力〉。体中に生気が戻る。呪縛は解けた。すべては透明と輝く――
「リーダー!!」
〈神――!?)
〈ユウ様……!〉
 そう、きっかけを与えてくれた奴ら――一人を除いて全員がそこにいた。
 ラグ、ルアシ、シーダ、ミラクさん。そして何故だろう、異次元空間に跳ばされたはずのサミーと、アルファ号に残っているはずのメディアとパラの姿があった、
――みんな……。
 ラグ達はまるで暗闇を燈す灯の様に、夜空にきらめく星たちの様に点在し、立っている。

――おれの……力、生命力たち……迷いをたちどころに断ち切ってしまえる力を、その力を沸きたたせる者たち……守りの者たち!
「機械に、お前に、生きとし生けるものたちの持つ生命の強さはない。自然の、宇宙の与えてくれるエネルギーを取り込む無限に未知なるものはない」
 おれは……本当なら微笑みながら言えるはずのこの言萎を、今、血を吐くような思いでヒューアスに投げつけた。
 何がおれをこれほどまでに悲しくさせる。
「き、貴様……!」
 奴のその表情が、ことのあらましをすべて知ったというものに変った。おれに触れていた手は今のショックのためか多少離れたもののそのままで、黒々と輝くその瞳は鬼人とでも化した様に――醜く、けれども美しく――吊り上がり、奴独特の光の色を持っておれを見つめていた。
「そんな力を……一体どこに――!? しかも、守りの者たち≠呼び集める力が残っていたというのか!?」
 突然奴の力が、まるでひとまわりも、ふたまわりも収縮してしまった様だった。おれとは逆に――あ!
 おれは、ある生き物が発する攻撃色を含んだ光に気がついた。
 パラ!?
 思わず目を向けたパラは、自ら発する光の球の中で、今まで見たこともない程、怒りに満ちた表情で唸り続けていた。
「おれの力は、おれのものであると同時におれ以外のものでもあるから――」
 意識を剣アティヌに向ける。
 床に落ちていた剣が、引力を断ち切った様に、それがまるで自然だという様に浮き上がり、おれの右の手の中におさまった。
 同時にアティヌは、この剣の持つはっとする様な青味のかかった鮮やかな光を蘇らせた。かと思うと、手のしびれる程のエネルギーをおれに伝え、次いで部屋すべてを照らす勢いに満ちた光を発しながら刃先をのぼしはじめていた。
 ぐぐっというあの重量感を伴って――石の刃は再び神剣となった。
 その瞬間、またあれが起った。おれの知らないはずのことがらが浮かんでくる。
――人々の生命力を反映する剣。ワクナル〈死の石〉≠謔關カれし剣。彼の……ラフィン博士の想いを焼き付けし剣。アティヌ! おれの心を映し出す、おれの為に作られた剣!
 ラフィン……。あの時、剣に映ったトゥーム人はきっとあなただった。
「見ろ!」
 おれはヒューアスに向かって剣アティヌを突き出してみせた。すらりとのびた刃を向けられて奴の顔が苦痛そうにゆがむ。
「見ろ! この剣がおれとお前の違いだ! この剣は生を持つありとあらゆるもの達の力〈生命力〉を映し出す剣だ! 今お前がこの剣を持っても……」
 喋るのがひどく苦痛だった。胸の奥に針をつき刺している様な痛みが広がる。
「私には持てないと言うのか? そのようなことはあるわけがない!」
 奴は張りのある声で静かに言ってのけた。
「私は神なのだ! お前に出来ることは私にも出来る」
 何なのだろう……奴にあるこうまでの自信は――。
「私は今の今まで、お前の力を沈めていた。お前がここに来てからのすべてを私が監視し、お前の精神を狂わせてきた。今とて! 私の封じ込めた者どもさえ来なければ、お前が呼びさえしなければ、お前は私の手に中おちていた! その私に出来ぬことなど何もない!」
 ここに来てからのすべて――!?
 じゃあ! あの時サミーと入った部屋で見せられた映像も奴が仕掛けたのか!? でも一体何のために……。
 それにしても……。
 おれは剣を持つ手を少しゆるめた。剣のがするりとおれの手の中から抜け、一度宙に浮いてから、ヒューアスの手に渡った。
 それにしても……。
奴の力は弱まっていた。パラの力が関わっていることに間違いはないのだろうけれど、奴自身の力というよりは奴に力を注ぎ込んでいた太いパイブの様なものが切断された。そんな感じだ。
「う、うわあーっ!」
 奴の手の中で、剣アティヌは何の変化も示しはしなかった。なのに奴は空を切り裂く様な絶叫をあげていた、
「お……おのれ……!」
「!」
 そこに凄い形相の奴がいた。
 体つき、顔つき、そのすべてが――姿、形は変っていないのに!――ひとめで人間ではないもの、機械の体だと目に見えてわかるものに変貌した中、その瞳だけがぎらぎらと、生にしがみつくものとしてひときわ鮮やかに、臭様さを漂わせて浮かび上がっていた。
「見、見よ……! 剣は……お前の時と変わらぬ……見よ!」
 剣は……アティヌは、その姿を変える代わりに、奴の真の姿を引きずり出しあらわにしたのだ。
「いやっ! 何!? 気持ち悪い!」
 突然、ルアシの悲鳴が上がった。
 ヒューアスの姿が見るに耐えなかったんだろう。ルアシの体がラグのもとへと駆け寄る。シーダでさえ顔をそむけている。
「な……んだ……と……」
 テレパシーまでが金属の鉄のさびたものの様に響く。
 ああ――。
 おれの心の中が悲しみで充ちた。目に見えない涙が溢れ、こぱれる。
「何故……お前は生まれて来たんだろう」
 おれ達、宇宙に生きるもの達の生命を、生のプラス≠ニするなら、ヒューアスは自然が生み出さなかった、機械が生み出した生命、死のプラス=Bピタリと合致し得ないもの。互いに反発しあう生命。この宇宙に生まれてくるはずのなかった生命……。
――ここは時空間の歪みを利用して造られた特異なる建物――。
 奴も、時空間の歪みを利用して創りだされた生命に他ならないのか……。けれど、それはアレピオス〈機械〉がすぺき行為であってはならないはずだ。
「おれは……」
 ヒューアスに向かって手をのぼす、
――アティヌ、戻ってこい。
「ヒューアス。あんたをこのにこのまま存在させておくことなんか出来ない!」
 奴は呻き声を上げながらも、アティヌを離そうとしない。
「私とて……同じことだ……」
 剣の柄を掴んで離さないヒューアス。
 おれは今、ただ奴を哀れなる存在として、見つめていた。
 おれの中で宇宙が広がっていく。
 おれは、奴の本釆あるべき宇宙へ返してやるべきなのだ。その為に今、おれはあの時、五歳の時知った自然と交わした力の記憶を思い出す必要があった。
「ヒューアス……」
 おれは小さくつぶやくと奴の持つ剣アティヌに手を差し出したまま、ラグ達にテレパシーを送った。
――ただ、剣の光を見つめていろ。何も特別なことは考えなくてもいいから……。
――うん
 メディアも、ミラクさんも……
《は、はい》
 人の、生命の奥底にある自然の力を、アティヌの輝きが引き出す。同時に、ヒューアスに宿った本来の生命をもー
 部屋が、建物の四方が余すところなく透き通り、頭上にも、足の下にも宇宙があった。
 宇宙の中--
 とっくん。とっくん。
 宇宙の胎動が聞こえないか――
 赤ん坊の泣き声が聞こえないか――
 忘れてはいないか……おれ達はいつも宇宙自身だということに――。
 奴の手からアティヌが離れた。
 光を放ったまま、剣はおれの手の中に戻ってくる。
「そ、その剣は……」
 奴のしゃがれた声の響く中、おれは頭上遠く、宙に浮いたまま横たわっているアミーの姿を見出した。遠く離れた星の様に小さく光る点の中にアミーはいた。
 ただ、その周りは小さな角錐状の透明な壁で囲まれている。
 遠く遥か彼方には渦巻状の星雲がながめられる。
「お前を……あの中へ入れるわけにはいかぬ……」
「なら今すぐアミーを返せ」
「それも……ならぬ! お前の力を強める様な真似は……出来ぬ……せっかく引き離したものを」
「何――!?」
 前髪が垂れて片目を隠した。それでもなお不気味に黒光りする奴の瞳は、背景の宇宙とは重ならず、水に浮く油のように、そこのみが浮き上がっているようだった。
「もしも、お前が私を殺し、あの中へ入ることが出来たとしても、少女を助けたとしてもお前は助からない。あの部屋へ入った序、それがお前の最期となる」
 ヒューアスが苦痛気に途中で思考会話を止め、言葉のみの会話に切り替える。
 パラの側で強力なテレパシーを使うことは自殺行為なのだとメディアは言った。
 パラは、自分に危害を及ぼすようなテレパシーを感じると、拒絶反応を示して、自分が受けた苦痛と同じだけの、時にはそれ以上の攻撃性の思念波をそのまま相手にはね返してしまう特殊能力をもっている。うさぎのような愛らしい姿をしたこの小動物は鏡に似た力があるという。
 そのパラが、ヒューアスの強力なカに苦痛を感じて、すぐさま同等の力を奴にたたきつけていたとしたら…………ヒューアスといってもきついはずだ。
 奴の力が弱まったと応じたのもパラのおかげに違いない。
「何だって……」
「例えお前が私に勝とうとも、お前に神の座を開け渡す気など毛頭ないからだ」
 Rの音の美しい異語。これは遥か昔に失われたトゥームの言葉なのだろう。
 それを今おれは、まるで母国語のように、聞き、受け応えをしている。
「あの少女の力は私に注ぎ込まれている。お前が守りの者≠フ力を使って私の力を奪おうとすることは、すなわちあの少女の力を消滅させるに過ぎないのだ」
「何て……」。
 おれの中で悲しみの声が身をひそめ、代わりに怒りがつき上げて来た。
「何て奴なんだ! ヒューアス! お前って奴は!」
 おれが叫んだ時、おれと奴との間に、スッとサミーの姿が割り込んで来た。
「サミー! どいてろ」
「いやだ! どうして?」
 終りの言葉は奴に向けられた。その表情は今までのサミーにはない悲し気な、そして大人びたものだった。
「どうして? なぜアミーにそんなことをするの? あなたにそんな権利はないのに、なぜアミーにだけそんな……。それに、どうしてあの時、ポクとリーダーにあんな映像見せたりしたのーアミーや、シーダやミラクさんを殺したようにみせるなんてなんて…」
「古き者<ウの精神にダメージを与える過程、そしてお前をあの少女から引き離す為。何故なら、私にとりお前達二人は不可解なものだからだ……。同じ者でありながら違う者。」
 奴の膝がガクンと折れて床に膝をついた。吊り上がった瞳はサミーをみつける。
「今……私がこの場で果てるならば……それと同時にあの少女もやがては息絶える。あの部屋は、時空間のズレの――最も激しく、エネルギーを集中させやすい磁場の中にある部屋。そして、力を封じ込める場所。本釆ならユウ、お前の屍を葬るべきところなのだ。あの空間は私を産み出したところ、私以外の者が入れば私にエネルギーを与えるだけの存在となる……」
 奴の顔に機械じみた笑みが浮かぶ。
「アミー!」
 サミーの体が宙に浮き、アミーの元へと走る。そして、ラグもルアシも、シーダも向かっていく。
 メディアとミラクさん、パラだけが残っていた。
「さあ、どうする神――!? お前が殺すのは私ではなく、あの中の少女、つまりはお前の守りの者≠セ」
 機械の油の切れた様な、奴の笑いが響く中、おれはアティヌを右手に構えた。おれ達のこころ〈生命〉を映し出す剣を――
――許してくれヒューアス……
 怒りと、恐怖と憎しみは、この瞬間、おれの心から消え、悲しみだけが残っていた。
――自然は、大宇宙はお前が生まれてくることすら許容したのかもしれない。でも、そのお前が何も知らない人々を苦しめるのを、おれは今、この方法を使ってしかくい止めることを知らない。知らないことが多すぎて、おれ自身が小さすぎて……。アレピオスという機械に利用されるためだけに生み出されてきた生命よ――今、還そう。
 剣を振りかぶる。
 剣の放つ光は筋を引いてヒューアスの体の上を斜めに走った。
「――!」
 額の汗が眼に入る。
 奴の、人間に似た、しかし完全に異なる機械の身体が、嫌な音をたてて斜めにずれ始めた。
 剣のみで身体が真っぷたつに分かれるわけがない。光の力が加わったためだろうか……。
「ユウよ……」
 おれと、後ろのメディア達がはっとしてヒューアスの頭部を見やった。
 奴の顔は痛みを知らぬ者のように、悪魔的に微笑んだ。
「あの少女を助ける為、あがくがいい……。すべての神器が……ワクナル〈死の石〉にて作られし剣、壁、金輪のそろいし時、お前は死ぬのだ!」
 奴の体の断面が露になる中、最後の声高に笑う響きのみが広がった。
 そして――ヒューアスは体ごと爆破し、砕け散った。
〈ユウ様……〉
〈神!〉
 爆風が止んだすぐ後、メディアとミラクさんが駆け寄ってきた。
 おれの足元に、貴金属の冷たい光彩を放つ、小さなフットポール状の金属がコツンと音をたててぶつかった。
――ヒューアス、
 今、ここにヒューアスの生命は感じられなくなっていた。
〈ユウ様……血が〉
 メディアの柔らかそうな手がおれの首筋にのびてきて、おれは少しためらいながら身を引いた。
「アミーがまだ……。助けに行ってくるから、待っててくれるかな。おいでパラ」
 呼ぶとすぐに腕の中に飛び込んできたパラを抱いて、おれは床を蹴った。
 無限なる宇宙の姿は、奴の死と共に消え、おれ達はがらんどうの大ホールのような場所に身をおいていたことを初めて知った。
――アミー! 死なせはしない。
 あの無眼に広がる感覚がおれを包む。一方で感じるのは、時間が止まる中を走るような奇妙な感覚。
 おれは跳んだ。
 アミーはこのピラミッド〈建物〉の一番頂点部の小さな部屋にいるはず……おれは見つけていたのだから。
 その部屋にこの身を飛ばすことを……。
 そう、今度は迷わない。
 身体が空間から分離する感覚がきた。
 おれは、壁の前に立っていた。そう、アミーのいる部屋の前の廊下に出られたのだ。
「リーダー!」
「え?」
 声のする方向をみて、ギクリとする。そこに、おれよりひと足早く来ていたようすのサミー、ラグ、ルアシ、シーダの姿があった。
 ルアシが駆け寄って来た。
「ドアが! 入るドアがどこにもないの!サミーの超能力でも中に入れないの壁も、触れるだけで電流みたいなものが走るのよ!どうしよう!? アミーが大変よぉ! 助けてあげなくちゃいけないのに。ねぇ、リーダー! リーダー何か出来るんでしょ? まさかあの男の人を殺しちゃったなんてことないでしようーアミーが! アミーが!」
 大きな青い瞳から涙がポロポロとこぼれおちる。
 おれはうなずいた。
 壁のそばで必死に何かをしようと手をのばしているサミーが硬い表情でおれを見る。
「リーダー!」
 シーダとラグが、パラを床におろして剣アティヌを壁につき立てはじめたおれを見て同時に叫んだ。
――神器のそろうときお前も死ぬ!
 一体何が起こるのかはわからない。けど、
 今はアミーをこの部屋の中から助け出さなければならない。
 奴は、ヒューアスは、自分の死が、やがてアミーの死を招くようなことを言ったけど、奴と共に死んだとは思えない。アミー生きているといった確信があった。
 剣が、突然引っ張られるように壁の中にすいこまれた。
 頭ごと壁に突っ込む。と、確かの手がおれの足首を掴んだ。
 壁の内側、部屋の中、中央の人間大の透明カプセルの中に、眼を閉じたまま横たわっているアミーの姿があった。
「アミー……! ぐ、誰だこの手は!?」
 部屋の中へ出たおれは、引っぱられている片足のおかげで危うく顔面から床めがけて転びそうになり、両手を床ついてこらえる。
「うわぁー!」
「どえぇっ!」
「ええ――っ!?」
「きゃあーん!」
 様々な悲鳴、叫びと共に、おれの足をひっ掴んだサミーを先頭にして、シーダ+パラ、ラグ、ルアシ達がいもづる式に部屋の中へなだれ込んできた。
「――」
 一気に疲れが増していくようだ……。
「アミー!」
 真っ先にサミーがアミーの横たわるカプセルをのぞき込んだ。全員がそれにならう。
「アミー! わかる? ポクだよ!」
「オイ! アミー、生きてるか!?」
「起きて! 起きてアミー!」
「アミー、助けに来たんだよ」
――待って……
 アミーの思念波がそっと通りすぎ、全員が体を固くする。
――大丈夫……生きてるわよシーダ。ただ体にまったく力がはいらないの……。 早くこの都屋から出して、
「うん」
 サミーがカプセルのふたに手を乗せて瞳を閉じ、ゆっくりとなにごとか念じ、押すような仕草をすると、ふたが自動的に開きだした。その時――。
 突然、この小さな空間に目の覚める程、鮮やかな黄金の光があふれ出した。いや一瞬にして室内を照らし出したというべきか――。とにかく、おれが微かにおぼえためまいの原因である、光は、四方の壁、剣アティヌ、そしておれの額のルメイヤの三つが、互いに共鳴し合い生まれた光の洪水だった。
 足下で何かが振動した。
「リーダー、アミーを」
「ああ」
 おれはカプセルのアミーをそっと抱き上げた。
「何か……くる」
 アミーが腕の中で弱々しげにつぶやいた時、建物全体が、ズズッと唸り激しく独振動した。
「地震!?」
「違う!」
 おれは突然あることに気がついて、光の中で叫んだ。
「アレピオスが自爆するんだ!」
――神器がそろう……それがアレピオスの何かに影響を与え、狂わしたのか……。
 いや、ヒューアスは知っていたに違いない。
 ヒューアスの死こそがアレピオスの自爆スイッチを押すということを。自らの夢を託した生命体に似せたヒューアスが、遥か昔に死んだラフィン博士のアティヌの剣に敗れればどうなるか。越えられない壁。自分が神ではないという結論を再び突きつけられ、ラフィン博士が取り付けた自爆装置が今度こそ作動することを。
 あ!
「メディアとミラクさんがまだ下に! アルファ号は、ロンはどこにいる!?」
 そう叫んで上を見上げたおれはアルファ号の姿を見つけていた。
 幻じゃない! ピラミッドの上空付近を回旋し続けているアルファ号が見えるんだ。
「ロン! ここだ!」
 おれが天井に向かって叫ぶと、サミーやラグ達も叫び出した。見えていないはずのアルファ号に向かって……。
「リーダー、おろして」
「え? だってまだ立てないだろう。それにこんな中じゃあ」
 互いの輪郭がぶれて見える激しい揺れの中、アミーはしっかりとした足どりで床に立った。
「変なの。今の光を見たとたん体に力が戻ってきたの。だから大丈夫。それよりメディアさん達を助けに行ってあげて」
 元気そうに笑ってはいるものの顔にはまだ血の気が戻っていない……。
 おれはそっとアミーの額に手をあてた。
 おれに、力の記憶が少しでも残っているうちに、アミーを回復させられたら……。
 そして、早く脱出しなければ……。だけど一体どうやってラグ達とメディア達を助けたらいい?
 揺れはさらに激しく、地底から坤き声の様な咆哮に似たものが高まる。
「リーダー、ありがとう。何だか体中にエネルギーがあふれてくるみたい。今度は本当にもう何ともないわ」
 アミーらしい落ちついた声が返ってきた。
「で、リーダー、名案が浮かんだの。リーダーがわたし達をアルファ号に跳ばして、それでメディアさん達も助ければいいわ」
 名案って……。
 ああ、でもそんなことでも出来なきゃもう助かりっこない。……少なくとも力の記憶≠ェ遠ざかって行かないうちにやるしかない!
「ポクも手伝うから」
「ああ」
 おれの差し出した手に全員が、自分の手を差しだし重ねる。
――こいつらをアルファ号へ!
 奴ら一人一人にエネルギーをおくろうとして、その必要がまったくいらないことに、今気づいた。剣によって引き出されたが継続しているからだ、何て強い生命を持つ奴らだったんだろう。些細なことなど気にもとめない、怖いもの知らずのガキ共。こいつらは全員、自分がこんなことで死ぬはずがないと信じている。その逞しさ、ずうずうしさにおれはあらためて舌を巻いた。
 あの感覚が蘇える。剣アティヌを高くかかげ、先端をアルファ号へと向ける。
――アルファ号へ!
「――」
 あいつらの姿が消えた。
 奴らは行った。
 時間はない、早くメディア達を助けなくては――。
 すべてのものの輪郭が二重、三重にぶれはじめた、時間がない!
 この部屋の真下に二人がいる。
 おれは剣アティヌを今度は床につき立て、吸い込まれていく剣ともども体ごと呑み込まれ、下へ抜け出ると二人のもとへ跳んだ。
〈神!!〉
 ミラクさんが気づいて上を見上げる。
――メディアは!?
 下の様子は、あの特殊なワクナル〈死の石〉ので作られた空間とは違ってて、床や壁がくずれはじめていた。
 メディアがミラクさんの腕の中で倒れている。
「ミラクさん! メディアが!?」
 宙から彼らのもとへ着地を急いだ。時間がない!
〈神!〉
 早く助け……足が床に着いた時、床のふくれ上がる感覚がおれを襲った。
――時間が!
 閃光が床を割って噴き出した。
「メディア! ミラクーっ!」
 その瞬間、アレピオスの要塞は大爆発を遂げた。

 まさに間一髪だった――。
 アーモルから離れ、アルファ号のスクリーンに映っている、アレピオスのあったクレーターから濛々と噴き上がる煙を見つめながらおれは思った。
「い! 痛てぇ! もういいよアミー!」
「騒がないの! 日本男児なんでしょう?ほら、メディアさんとミラクさんが心配そうにしてるじゃない」
 アミーが冷たく言い放ちながら、おれの体中に出来た大小様々の傷口に、消毒液を目一杯しみ込ませたガーゼを遠慮なくぶち込んでくれる。
「そ、そんなこと言ったって……ぐわっ! 痛い!」
 目の前でシーダがニヤニヤと笑う。
 だいたい、ラグ達は無傷もいいとこなんだ。
 メディアとミラクさんだけが心配そうな表情で応急手当てを見守っている。
「はい、おしまい」
 小気味のよい音をたててアミーがおれの患部をペチッとたたいた。
「!!!」
「あらやーね、リーダーったら白目むいてる」
 ルアシがキャイキャイと笑う。
 本当に嫌になるくらい元気な奴らだ。
「でもさぁ、みーんな助かって良かったね。ポクなんか一回もうだめかなぁって思っちゃったもん」
「そう、サミー! お前だ、お前異次元空間に跳ばされたじゃなかったのか?」
「ウン★」
 ウンって……。
「アミーのいる部屋に飛び込もうとした瞬間、ゴムポールみたいに弾かれちゃったんだけど、パラが引っかけてくれたの……っていうのか、ポクの意識がボクからずーっと流れ出していってるのかなって思った時、もの凄い頭痛がしたんだ。それで離れていこうとしてた意識がびっくりして戻ってきたんだ。で今のは何だろうって思ってもう一回エネルギーをそっと流してみたら、真っ暗でわかんなかったんだげど、頭にチクっときて、パラだってわかったの。パラがね、起きろって教えてくれたの。それで、あの空間から抜け出せたんだ」
「でもお前が消えた時は驚いたぞ。あれはやっぱりアミーを見たからか?」
「わかんない……ただあれ見た時、目の前がピカッと光っちゃって何が何だかわからなかったんだ」
 ヒューアスは……おれを精神的に追いつめるために仕組んだことだとは言ってたけど、それは結局、サミーの未知な力を大きくさせ、更に、おれをあの壁に体当たりする様な真似をしないですむ役目を果たしてしまったわけだ。
「ぼくもリーダーが呼びにきた時はびっくりしたよ」
「おれが?」
 おれは帽子をくるくる回しているラグを見つめた。
「うん。リーダーが行っちゃったあと。リーダーが目の前に現われて、来てくれって 手を差し出したんだよ、覚えてないの?」
「あ、ああ?」
 おれは、我ながら呆然とした。何か大切な記憶が失われているような気がする。
「じゃ、サミーやメディアのところにも?』
「うん」
〈はい……〉
 何となく赤面――覚えていないがおれは全貝に助けを求めたらしい。
「わたしね、ヒューアスとリーダーのやりとり一部始終知ってたわよ。リーダー」
「アミーい!?」
 おれほ、穴があったら入りたいと思う……今思うと、何だかスゴィことばかり言ってた様な気がする。
 それから、メディアとミラクさんを送る為にトゥームヘ行く間、ラグやシーダ、ルアシ達が、おれと別れてから自分達がどんな目にあったかをことこまかに話してくれた。
 ルアシなんかもっぱら、ヒューアスが本当の人間だったら良かったのにと連発して、おれの苦笑いをさそった。
 ただ、今だによくわからないのは、一体何者がおれ達をここまで導き、トゥームの神に仕立てあげたのか。何故おれの知らないことばかりを、おれは知っていたのだろうか。
 そしてアレピオスの建物の格納庫で小さな翼≠フキャノピーをあけたのは誰なのかということ――
 おれは短剣に戻ったアティヌとを見ながらそう思う。
 いや、一番の問題はアルファ号、ロンについてだ。
 でもロンは自分自身のことはわからないと答えたし……でも、まあ、とにかく、地球へ帰れるんだからいいか。
 ふとため息をついた時、シーダとサミーがアティヌとルメイヤを指さしながら何ごとかを言いあっていた。
「どうした?」
「うん、それ短くなったり長くなったりする剣だろ? 輪っかも光るし、んで何で出来てんのかロンのコンピュータを使って調べてみたいなーって、サミーと言ってたんだ。少しでいいから貸してよ」
 シーダがサミーも一緒に頼めと、頭をこずく。
「しょーもないな、借りもんだから壊すなよ」
「ラジャー〈了解〉★」
 二人は操縦室から出ていった。
「ね! ミラクさん★」
 突然ルアシがラグのそばを離れてミラクさんにペトっと、くっついた、
〈は。なにか?〉
「あたし達が帰っても、あたしのこと忘れないでね。髪の毛一本もらってもいい?」
〈!?〉
 ミラクさんとメディアが驚いた表情でおれを見た。
〈神! まさか……帰ってしまわれるおつもりですかー〉
〈ユウ様!?)
「うん……二人を降ろしたら……ね」
 メディア――、彼女と別れるなんて思うだけでも心が重いのに、メディア、そんな悲しそうな顔をしないでほしい。
〈しかし……〉
「ね、ミラクさん。伝説のトゥームの神も敵をやっつけたあとは、すぐに姿を消したんでしょう?」
〈はい……〉
 操縦席のシートからアミーが静かに言った。
「だから、わたし達も同じことをするだけ。そう思って」
〈…………〉
 ミラクさん、凄く沈痛そうな表情を浮かべる。
〈神――〉
 彼はおれの前までくると、垣例の片膝をついて頭を垂れたポーズをとった。
〈神、我々はあなたの、我々に対して示して下さった尊いお姿を、決して子孫代々忘れはしません。どうか神よ、私には何といって感謝の言葉を延べればいいのかわからないのですが――。神よ、わたしの忠誠をお受け取り下さい。我らがトゥームの神よ!〉
「ミラクさん……」
 まいったな……どう答えよう。
 ラグ達の、しのび笑いを横目に見ながら困っていると。
――全員集合セヨ! しーだー君ノオ呼ビデース。全員こんぴゅーた室二集合セヨ!
「何かしら」
 ロンの声に、アミーがシートから立ち上がっておれ達をうながした。
「行ってみましょう」

 おれは、コンピュータ室のメイン・モニターに映っていた男の顔を見たとたん思わず叫んでいた。
「ラフィンさん!」
 中にいたサミーとシーダが振り返る。
「よっ、見てよこれ。剣のあとに輪っか〈ルメイヤ〉を調べはじめたら、こんな人が映ったんだ」
「きゃあ★ ハンサム★ 美青年★ 」
 ルアシの奇声をよそにアミーがおれの顔をのぞき込んだ、
「お知り合い? このトゥームの若い男の人と?」
「少し……」
「静かに!」
 シーダが偉そうに叫んだ、
「何かを言ってんだよ」
『私の名はラフィン。このルメイヤ〈金輪〉知識の記憶層として造り上げた者です、このルメイヤを使用するのはトゥームの神≠フみ。黒髪の少年よ。私があなたをトゥームに招いた者です。何か質問があれば聞いて下さい。ルメイヤの知識は私自身のものですから。
 ラフィン博士……こんなに若い男だったのか……。
 剣に映ったのじゃ顔立ちまでははっきりしていなかったもんな。
「質問その一! ラフィンさんがロンを作ったの?」
 サミーが凄く嬉しそうにニコニコ満面笑みを湛えながらと画面に問いかける。
『はい、アレピオスの支配とは唯一まぬがれて造られた宇宙船です。アレピオスと同等の能力を備えています』
 言葉はロンが翻訳しているので会話に支障はない。
「質問その二、じゃあ、僕たちの地球のこと知ってて、ロンを送りだしたの?」
『いいえ。私にその予感があったからです。異星に住まわれるトゥームの神≠フ為、私は自らの直感に従い、目的を決めることなく船を宇宙へ出しました。』
「んじゃ、偶然地球へ来たんだ」
『その時の私には、すでに黒髪の少年。あなたが神であることを知っていました。きっと、あなたも私の造り上げた剣アティヌを通して私を見て下さったことと思っています』
「なら、あの眠りからさめた文明の遺産たちって……」
 おれは身をのり出した。
『ロンがトゥームに戻ることにより、ロンの支配下にある建物や機械が特殊な電波を受け、地中から姿を現し作動をする仕組みにしました。ロン自身がいわば鍵の役目を果たすのです。』
「はーん」
 アミーが笑った。
 メディアとミラクさんには、今だ、わけのわからない困惑した表情が浮かんでいる。
 おれはみんなに気づかれない様にして部屋を出た。
 結局、二万年前の科学者であり、特別な能力――予知能力者だったんだろうか?――を持ったあのラフィン博士さえも、おれをトゥームの神さんだと思い込んでいた。一体何でそうなるんだろう……。
 あの時、アレピオスの要塞に追い込まれて小さな翼≠フキャノピーが開いたのは、アレピオスが、ロンと同じように遠隔操縦を行ったというところは理解してもいい。
 でも……アルファ号が、二万年前に宇宙に出たアルファ号が、何で今ごろ地球なんかにやってきたんだろうか……。
 操縦室の中へ足を踏み入れた時、後ろから誰かの足音が駆けてくるのが聞こえてきた。
「トゥーム星が……」
 おれは部屋の中央で立ち止まった。
 スクリーンにはトゥーム星が大きく映っている。
 後ろから来た誰かも、おれの後ろで立ち止っていた。
〈トゥーム……〉
 この声!
 おれは後ろを振り返った。
「メディ……ア」
〈あ、あの、ユウ様、わたし〉
 おれ達は肩を並べるようにしばらくの間、じっと青いトゥームを見つめた。
〈ユウ様。わたし……これを……〉
 見つめるとメディアの煩が鮮やかな桜色に染まった。
 ただその青い瞳は悲し気に揺れている。
 彼女の差し出した手のひらの上には、青い石のペンダントがあった。
〈これを、ユウ様に……〉
「おれに?」
〈はい〉
 メディアが微笑みを作ったと同時に真珠のような涙が一粒、こぼれ落ちた。
「何で……泣くの?」
 おれはズポンのポケットをあっちこっちひっかきまわしたあげく、ハンカチがないのを知って、思わず親指で彼女の涙を拭っていた。
〈ユウ様は……トゥームの神ですもの……〉
メディア……。
〈受け取って下さいますか?〉
「うん。ありがとう、大切にする」
 本当に……もう会えないのだろうか……。
「メディア……」
 おれはただ彼女を見つめていた。

 ソファに座るおれの前を二匹のパラとサミー、シーダが追いかけっこをしている。
 スクリーンに映る風景は宇宙――。
 トゥーム星は遥か遠くに去って見えない。
――メディア、何故君はあの時涙を流したんだろう。
 操縦席でワヤワヤ陽気に騒いでいるラグ、ルアシ、アミーの姿がおれの視界にぼんやりと映っている、

――ユウ、そして多くの、生命強く受けし者よ。
 宇宙の胎動を聞くことが出来る者達よ。
 その生命に宇宙を感じる生命強き者達よ。
 君達すべてに、生命を鍛え上げさせてゆく機会を与えているものの存在に、いつか気づく時もあるだろう。
 星を越え、銀河を越え、宇宙を越え、次元を越え。それでもすべてはひとつなのだと知る時も来るだろう。
 その為に、君達は互いに助け合っていきなさい。
 君達にありとあらゆる人々に生命の強ささを、優しさを伝えていってほしい。
 メッセンジャー――生命強き者――。私たちに最も近き者達よ。
 私――生命――の源に最も近き者達よ。

『りーだー・ゆう。地球二向カイわぁぷシマス。イ〜イ?』
「おーあ、うん」
 ロンに呼ばれて沈んだ気分のうたた寝状態から目を醒ます。
「何? メディアさんと別れたのがそんなに悲しいの? あたしだってミラクさんとさよならする時はすーっごくさみしかったわよぉ」
「ルアシ……次元が達うんだよ。リーダーのは、何たってペンダントももらったし」
「あたしだって髪の毛もらったわよ。ラグ」
 目の前でラグとルアシが言いあってる。
「だけど、どうしてそんなに落ち込むのかな? まるで二度と会えないみたいに……」
「へ?」
 サミーのあほらぁとした言葉におれは飛び上がった。
「何? 何だってサミー! どういう意味だ? もう一度言ってみろ」
 ソファから立ち上がり、操縦席のそばでウロウロしているサミーに叫ぶ。
「やーね、サミーがいいたいのは……。あら? ひょっとしてリーダー気づかなかったの? ロンが、アルファ号がある限り、またトゥームヘ行くことも出来るってことに」
「別に小説や映画じゃないんだから、行っちゃいけないなんて決まりはないでしょう?」
「あ――!!」
 何で今までそれに気がつかなかったんだろう。
「リーダーのスカタン。大馬鹿。ミスター勘違い」
 ふん、何とでも言えシーダ、おれは嬉しいんだ。
「ところでロン」
 アミーが珍しく切迫した声で尋ねた。
「これで地球に戻ったら百年後なんてことないでしょうね」
『ソンナコトハナイデス。異次元空間モ利用シテノわーぷデスモノ』
「そーだよね、小説やマンガと同じで、出発した日に戻るんだろ?」
『ハズレ』
「え?」
 シーダの口が開いたままで止まった、
 全員の顔が青ざめる。
『地球時間デ、約二週間後ニナリマス』
「え――っ!?」
 絶叫が上がった。
「そんなぁ! ママにどうやって言い訳したらいいのよう? ラグ」
「正直にUFOに乗ってましたっていう?」
「オレん宅、きっと身の代金目当ての誘拐だと思って大騒ぎしてんだろうなあ……」
「捜索隊が出てるかもしれないね、アミー」
「リーダー、誘拐犯にならない? 有名になれるわよ」
「誰がなるかぁ!」
 床の上を、シーダが捕まえてきたもう一匹の新しいパラが、二匹仲良くポンポンパラパラ走っている。
「だいたい、ハイキングに来てUFO見つけたアミーとサミーがいけないんだ!」
「違うわよ! ロンはリーダー探して来たんだもの、リーダーがいけないのよねぇ」
「違う! ロンがいけない! ロンがぁ!……うちのお袋、凄くこわいんだぞ……」
『私ハ、タダ、らふぃんノ言葉に従ッタダケヨォ……』
 互いに責任をなすりつけ合い、その後のいいわけを口論する操縦室の中、ロンの声が小さく響いていた。
『わぁぷ・いん★』

(おわり)

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