第1章
「こらぁー! 待たんかマサオカ!」
うへっ、冗談じゃない。
おれは遠く後方で叫び続けている、世界情報学科の教師の声を無視して、学校の裏山へと続く三百段以上もある石段を駆け上り続けていた。
さすがに半分を過ぎると汗が吹き出し、足も多少だるくなってきたが、コンピューター・ティーチャーの〈ソシアル〉相手に、この一週間に起きた世界のありとあらゆる事項を暗誦させられることにくらべれば苦にもならない。
やっぱり、せっかくの土曜日を補習授業なんかでパアにする気はないんでね。
額から眼へかけて滝のように流れてくる汗を両手でかわるがわる拭いながら、おれは石段の上まで一気に駆け上がった。
「ハァ……」
地面に手をつけ、ゼイゼイと喘ぐ。
どうやらアジアの血を引く青い眼の教師も、ここまで追ってくる気はないらしい。山の上から見下ろしたおれの目に、小さな人影が校舎の中に消えて行くのが映る。
「つ、疲れたぁ……」
やったぁ! と叫ぶよりも、出た言葉はこれ。
武道家の親父がこのありさまを見たならば、間違いなく一喝を下すだろう。
あー、やなことを思い出したもんだ。
平常に戻りつつある呼吸を整えると、立ち上がる。ガキの頃から親父に鍛えられたおかげで、回復は早い。
おれは目の前に続く、細々とした一本の山道を歩き始めた。この辺りは、確か数十年前にハイキング・コースとして設けられたものらしいけど、今のこの時代、わざわざ疲れるために歩こうという人間はいないらしく、その小道は五分と歩かないうちに、雑草で覆い隠されてしまっていた。
「あ〜あ」
おれは道に頼るのを諦めて、雑木林の中へと足を踏みいれた。
それにしても、この山の中に入ったのは何年振りだろう? いやぁ、久しく来ない間にずいぶんと荒れ果てて、山の管理人は何をしている! と思ったけどまぁいいや。中腹辺にあったはずの、谷間の辺りまで足を伸ばしてみるとしよう。
三十分近く歩いて、着いたガケっぷちから下の川を見下ろしたおれは、目を丸くしてしまうこととなった。
とにかく、おれは・・それの正体を見極めるべく、高さ約二十メートル強の急斜面を滑降して、川岸に下り立った。
「うーん。不気味だ」
向こうの川岸からこっちの岸川までの谷間いっぱいに、直径五十メートルはあるだろう、球を楕円の六角形っぽくつぶした様な、シルバーブルーに輝く物体が水面スレスレに浮かんでいるのだから……。
すると突然、それを見ていたおれの後ろから、声が聞こえてきた。
「ほら、やっぱりあったでしょう」
「本当だ、何で急に見えるようになったのかなぁ……」
ん? 子どもの声だ。
見ると川岸にそって、右手の方から五、六人の小学生達が、このでかい物体を指さしながらワヤワヤとした様子でやって来た。
手にバスケットやらバッグやら持っているところから見て、ピクニックにでも来たんだろうか?
その五人の子ども達はおれに気づいてか、そばまで来ると立ち止まった。
「お兄さん、宇宙人?」
へっ? 三、四年生ぐらいの茶色い髪をした男の子が、おれの顔をまじっと見つめた。
「宇宙人なわけないじゃない。ね、お兄さん、お名前は?」
金髪碧眼の、くるくるした瞳の女の子が、笑いながらそう言った。
金髪碧眼――今の時代は、日本も近隣の諸外国との交流が深くなり、過去の横浜のように金髪さんや青い眼のハーフの人々が往来していても、たいして珍しくもないし、逆に一般化してしまっているといっても過言じゃない。
一見、日本人に見えても――日本の国籍ではあるのだけれど――二世だとか三世だったとか言う話はあたりまえになりつつある。
その為、最近ではいわゆる生粋の日本人と呼べる人達が、極端に減り始めているのが現状だ。よく、ひと昔かふた昔に、産婆さんに取り上げられて生まれた人達は、現代においては大変珍しい人だとかいわれていたのと、同じような扱いになっているわけ。
ところで、おれはというと、その珍重品扱いされている人間にあてはまってしまう。うちが、代々武道家で道場なんてやってるもんだから、親同士もそっちの関係で知り合ったらしく、今もって純和風の家柄。
おれは、目の前のフランス系っぽい顔立ちの、長い金髪をふたつに分けて結わえている女の子に答えた。
「おれはユウ。ユウ・マサオカ」
「あら、じゃあ生粋の日本人かしら? 目の色も髪の色も、おまけにその学ランまで真っ黒」
クスッと笑う金髪の女の子の隣で、もうひとりの女の子――あれっ? この子茶色の髪といい、おれのことを宇宙人とかいった子と、同じような顔をしている――も一緒になって笑い、そして言った。
「まるでカラスね」
別に……いいんだけどね……。
「ところで、このでかいの君達の?」
そう言ったおれの言葉に、今まで別の子と話をしていた栗色の髪に緑色の眼をした、ソバカスのあるモロ、アメリカン・ボーイという感じの最年少の少年が振り向いた。
「冗談! オレ達のなわけないだろう」
ム……なんてガキだ。
「連合軍かなんかの艦か、そうでなきゃUFOってことになるなぁ」
シーダと話しをしていた、帽子をかぶった少年が肩をすくめるジェスチャーをしてみせる。
「えっ? じゃあ、これ宇宙船なのか?」
嘘だろー? おれは、いままで・・これが何かと悩んでいたというのに。
と、あのソバカスのガキが、大声で笑い出した。
「これ宇宙船なのか? だって! 兄ちゃんバカじゃねえの? 本当に中学かよ」
ぐっ、言い返すセリフが出てこない。
「だけど、さっきまでなかったのに、どうして急に現われたんだろう? サミーとアミーには見えてたんだろう? 最初っから」
「そうよ、見えてたわ」
サミーとアミー? このふたりの名前のようだけど………。
そんなおれの様子に気づいたのか、帽子の少年がニコッと笑いかけてきた。
「一応、自己紹介するね。ぼくはラグ、フルネームはラグ・ミラン。六年生だよ」
すると間をおかずに、ラグにぺとっと寄りそった金髪の女の子が続けた。
「あたしはルアシ、ルアシ・サーマンよ。五年生★」
あ、あははははは―。
おれ、思わずあとずさりしかけてしまった。このルアシとかいう女の子、おれにウインクしたのだ。
「ボク、サミー。小学四年生。でね、こっちはボクの妹」
サミーに紹介された、茶色の髪の女の子。
おれのことを『カラス』だと言った子だ。
「わたしはアミー、アミー・ミズシマ。サミーとは双子なの」
どうりで顔かたちが似てると思った。けど、性格のほうはなんとなく……うん。
「オレはシーダっていうんだ。シーダ・ティド、二年生」
例のソバカスガキが、不敵な笑いを浮かべた。虫の好かない、とはこーいうことをいうんだろう。六つも年上のおれに向かって。
シーダ、シーダ・ティドとかいったな。よ〜っく覚えておいてやろう。
内心そうブツブツ思っていると、
「ねぇ、このUFOの中にはいって、探検してみようよ」
サミーだ。なんだか物騒なことを、軽々しく口にする子だなぁ。
「でも、どこから入るの?」
「あそこ。扉が開いてるところ」
サミーの指さす方向を見て、ルアシが目を丸くした。
「あらホント。入り口が出来てる!」
UFOのちょうど真ン中辺に、ハッチが降りていて、入り口が開け放たれていたのだ。
「面白そうね、このUFO。最初見つけた時は、あんな入り口なんて見あたらなかったのに……まるで、わたしたちの到着を待ってたみたい」
アミーとサミーの双子が、互いの顔を見てうなずきあっている。
なんとなく、不気味な双子だなぁ―。
「オレも乗ってみようかな。ひょっとしたら宇宙人に会えるかもしれないしな。おい、ラグはどうすんの?」
と、シーダ。
「うん。中がどうなってるのか、見てみたい」
「ラグが乗るならあたしも★」
このルアシって子、そうとうマセてる。おれ、めいってしまいそう。
ルアシのセリフが終わると、連中の視線がおれに向けられた。
それも『帰してなるものか』といった表情でだ。
「わあった。わあった。一緒に乗りゃあいいんだろう」
わあっ、という歓声が上がった。
くそお―っ。一体何の因果で、せっかくの土曜日を小学生に囲まれてUFO探検せにゃならんというんだ。まったく……。
「じゃあ、今日はお兄さんがボク達探検隊のリーダーだね。わあっ、カッコイイ!」
サミーがひとりで、手をパチパチたたいている。
「そうね。お兄さん、じゃ何か変だものね。リーダーがいいわ。 ね、リーダー?」
ルアシが可愛いらしく言うもんだから、おれ思わずうなずいてしまった。
「じゃ、リーダーも決まったことだし、さっそく中に入ってみようよ」
ラグが前に立って言った。
なーにが、リーダーだ。結局はあの坊やがリーダー・シップをとっているんじゃないか。
「何すねてるの? リーダー」
「へっ? あ、アミーちゃん」
「アミーでいいわよ。さ、リーダーがお先にどうぞ」 アミーの台詞に、シーダが少しふくれっ面をした。
どうやら一番乗りしたかった口らしい。
「しょーもない」
言葉でこう言いつつ内心はドギマギとしながら、タラップに足をかけ、シルバーブルーに輝く巨体の中へと入って行く。
「ふえ―っ!」
思わず感動のため息。
この宇宙船の中。廊下の壁が青く発光している。それも、暗い光りかたじゃなくて――空。そう、青空のような透明な光を放っていた。
「リーダー、なんともなぁい? だれもいない?誰か出てきそうじゃなぁい? 誰もいない?」
ルアシの声に後ろを振り返ったおれは、連中がまだタラップの下にいることに初めて気がついた。
あいつらまだ外にいたのか。
「大丈夫みたいだけど……」
「みんな、大丈夫だって」
ルアシの声と共に、ガキ供が一斉に船ン中に駆け上がって来た。
――と、いうことはだ……? つまり、おれは毒味の役をさせられたのかぁ?
そっ、それも……あんなガキ達にぃ!?
おれが壁によりかかって呆然としていると、今度は連中が勝手にちょろちょろと歩き始めた。
あっちこっちから声が聞こえてくる。
「ねぇ! これ連合軍のじゃないわよね」
「やっぱりUFOだよ」
「おーい! 宇宙人さんやーい!」
「たくさん部屋があるよぉ」
別に……いいんだけどね。元気な子ども達だ。
しょーもないので、おれもボケッとするのをやめて、宇宙船の艦橋部分へとつづく感じのメインの廊下を選んで歩き始めた。
「あら、リーダー」
曲がり角から、同じ顔がふたつ現れた。
「どこ行くの。一緒に行こ!」
「この先のほうに何があるかと思ってね」
サミーにそう答えると、それを見ていたアミーが口元に微かな笑みを見せた。
「地球産の乗り物ならほとんど、ブリッジがあるわね」
少し歩くと、目的地らしい部屋にぶつかった。
スライド式のドアで、五十センチほど手前に来ると自動的にスッという感じで開いた。
「へえーっ。ここがブリッジか……誰もいない様だけど」
「無人船のようね」
そのブリッジ部屋に入ると、まず目につくのが正面に据えられている巨大なスクリーンだ。ちょうどシネマ・スコープの様な、六角形の細長型。
そして、その下のコンソールには、数々の計器類等と色つきのパネルボタンやレバー、小型モニターなどが設置してあり、置いてあるシート座席からみて、三人で操縦する操縦席の様だ。
あとは壁づたいにソファらしきものがずらりと並んでいるほかは、何もない広い部屋だった。
おれとアミー、サミーの三人が、この部屋のちょうど真ン中辺まで来たその時。
突然どこからともなく、機械音らしきものが船全体に響き始めた。
「わぁ―!!」
廊下の方で叫び声が上がり、ついで数人の足音がこの部屋に近づいてきた。
ラグ、ルアシ、シーダの三人のようだ。
今の解読不明の音に、驚いたんだろう、と。
「宇宙人だよぉ!」
「ちょっ! サミー! 兄さん!!」
「ばか! や止めろおっ!!」
おれとアミー、同時に叫んだ。
サミーの奴が突然、操縦席らしきデスクのパネルボタンやらを、めちゃめちゃに押し始めたからだ。
「わあ―っ! 止まれ、止まれえぇ――!」
機械の――どっちかというとコンピューターに近い――音声が急にトーンを上げ、わけのわからない言葉をわめき散らしたかと思うと、突然糸が切れたようにプッツリと止んでしまった。
「あ―! いたぁ―!!」
サミーを取り押さえている、おれ達の後ろからラグの声がした。
ゼイゼイと荒い呼吸をしているところを見ると、おれ達を探して駆けずり回ったらしい。
「ね! リーダー聞いた? 今変な声が……あら? 終わってる……」
ラグにつかまって深呼吸していたルアシは、そう言った後、急にハッとした表情になって叫んだ。
「アミー! サミー! どうしたの?」
「えっ?」
驚いて見返すと、ふたりは床にひざをついて、両手で頭を押さえつけていた。
「おい、大丈夫か? どうしたんだ?」
すぐにラグ達も駆け寄ってくる。と、そのラグの口から、思いがけない言葉が飛び出した。
「・・また・・何か・・・・起こった・の・・かい? それとも磁場か何かのせいかい?」
アミーとサミーが、苦しそうにうなずく。
「何だぁ―? その磁場とか何とかって、このふたりに関係あるのか?」
おれ思わず叫んでしまう。
「え……と」
ラグが、少し言いずらそうな顔で帽子の縁を前に下げた。話していいかどうか迷っているみたいだ。
それを見たシーダが、真顔で言った。
「アミーとサミーは霊感を持ってるのさ」
「霊感?」
驚くおれに、ルアシがシーダの頭をつっついた。
「霊感じゃないって言ってるでしょう、シーダ。超能力っていうの! 何度言ったらわかるのよぉ、まったく。あのねリーダー、超能力者なのよ、このふたり。」
「ちょーのーりょくしゃーああ???」
今度は何というのか……あまりにも嘘っぽくて、信じられなくなってきた。 すると、頭を押さえていたアミーが声にならない声でつぶやいた。
「じ、磁場が……変なの……何かこう、よくわからないけど……」
うーむ。このふたりが演技しているようには見えないし……。
しばらくの間、おれ達はどうしていいのかわからず、オロオロしていたのだが、やがてアミーとサミーがぐったりとして立ち上がると、安堵のためいきをこぼした。
しかし、このふたりが超能力者ねぇ……信じがたい。
「あら、そんな目で見ないで……、わたし達超能力者なんかじゃないから……」
アミーがおれの視線に気がついてか、弱々しく答えた。
しかし……本人が否定しているということは……?
「あのね、ボク達ただ『カン』がいいっていうだけなんだよ。双子だからって言う人もいるし」
「あら、だってよく幽霊を見たり、誰が来るか当てたりするじゃない」
「スプーン曲げたの見たことあるぜ」 ルアシとシーダの連打にアミーが苦笑いをした。
「幽霊を見るのは普通の人だって見るし、『カン』のいい人なら電話のベルを聞いただけでも誰からかかって来たのかわかるわ。スプーン曲げなんて超能力 開発の初歩だから、特別なことでも何でもないっていつも言ってるでしょう? ラグ」
アミーの指名を受けたラグ、帽子を人差し指でくるくる回している。
「けど、ぼく達には最初見えなかったこのUFOを見ていたのも事実だ。それに何かあるって言った時は必ず突拍子もないことが起きる。だろ?」
「まあね」
アミーは肩をすくめて仕方なさそうに笑った。
何だ、別にたいしたことでもないんじゃないか。『カン』がいいなんて言われたことのないおれだって、この未確認飛行物体を発見した一人なんだし。
「そんなことよりアミー、早く外へ出ようよ。ここなんだか変だ」
「そうね……」
サミーの言葉にアミーがうなずくと、
「じゃあみんな、外へ出るよ。忘れ物はないね」
ラグの声にシーダが元気に返事をした。
ブリッジをあとに廊下を歩きながら、おれ、ラグに聞いてみる。
「アミーやルアシ達なんでバッグなんか持ってるんだ? 学校帰りじゃないんだろう?」
「うん、あのねぼく達毎月一回この山にハイキングに来てるんだ。ルアシの持っているバスケットには、お昼に食べるサンドイッチやジュース類が入ってるんだよ」
「へえーっ、ハイキングかぁ」
いいなぁ、なんて思ってたらかなり先行していたはずのシーダが、目を真ん丸くして駆け戻ってきた。
そして、出た言葉は……。
「ラグ! ハッチが、ドアが閉じてる!!」
「え―っ?」
「まさか!?」
シーダが冗談を言っているのかと思いながら、駆け寄ったおれ達の目に映ったのは、シーダの言ったとおり、隙間も残さず閉じてしまっているドアだった。
ドアは押しても引いても蹴っ飛ばしても、ピクリとも動かなかった。
「閉じ込められちゃったの? どうしよう?」
サミーがおれの手をとって上下に、ブンブンと振る。これがこの子の困った時の表現なんだろうか?
「さっき、お前がボタンやら何やら押しまくったんで閉じちゃったんじゃないのか?」
「そーかな?」
「あの部屋に戻ってみましょう!」
アミーが先陣をきって走り出した。本当に、この二人双子なんだろうか……。
「確か、この辺のボタンとパネルだったわね」
アミーが、その上に手をかざして軽く目を閉じる。
ラグとルアシ、シーダとおれがその様子をまじっと見守る中、原因作りの本人は操縦席に座って遊んでいた。
「ねー、ねー、この椅子、脇のボタンを押すと床のライン線の上を移動するよ。おもしろーい!」
知るか、んなこと。
「これ……かしら?」
アミーが眉を寄せ、少し戸惑いながら四角いパネルキーを押した。
と、急に部屋が薄暗くなった。光源が落ちたんじゃない。
スクリーン。正面のシネマ・スコープ型の細長六角形のスクリーンが、外の風景を映し出したんだ。どうやら今アミーが押したのは、スクリーンのスイッチ・キーだったらしい。
そして、そのスクリーンに浮かび上がった画像は……。
「宇宙――」
全員が息を呑んで・・それを見つめた。
瞬きもせず、ただ目の前にある信じられない光景を見つめていた。
そう、宇宙だった。スクリーンに映っていたのは宇宙。それも地上から見上げるのとは完全に異なった――宇宙の真っ只中にいなければ、見ることの出来ないような宇宙の姿がそこにあった。
「これ……夢なのかしら?」
ルアシが床にペタンと座り込んだ。つられておれ達全員もへばりつくように床に腰を降ろした。
サミーだけが椅子に座ったままだ。
なんてことだ……なんて……。一体ここは宇宙のどこなんだよ。なんで山の谷間から、宇宙空間にワープするんだよ。あー! そんなことより、なんでおれがこんな目に会わなくっちゃならないんだよぉ―っ!?
「どうしよう……」
「さあ……でも、これって録画映像が映ってるだけじゃ……」
シーダが希望的観測を言いかけたとき、サミーの間の抜けた希望を打ち砕く声がした。
「このふね……UFO動いてるよ」
「えっ?」
おれ達はその言葉に立ち上がった。
ルアシだけが『動いてたって、止まってたって宇宙にいることに変わりないじゃないのよぉ!』と、半べそ状態でわめ喚いている。
「本当だ。かなりのスピード速さで動いている……」
「どこに行くんだろう?」
こいつら、不安より好奇心が勝った顔になってる。
「天の川。ミルキィウェイはどこかな?」
「ここ銀河系かしら……」
「あ、見たこともない綺麗な星雲がある!」
「わぁお! 流れ星だぜ!」
シーダの声に、ひとりブツブツ言っていたルアシが、突然青い瞳を爛々と輝かせてスクリーンを覗き込んできた。
「どこ? 流れ星! ねぇシーダ、どこなのよ! どこ?」
「もう行っちゃったよ」
ラグの言葉に、その愛らしい小さな唇をとがらせたが、次に聞こえてきたサミーのつぶやきに、再び瞳は輝きを取り戻し、ルアシは食い入るようにスクリーンを見つめなおした。
「また来るよ」
サミーはそう言った。
そしてその言葉どおり約五秒後、光が尾を引いてスクリーンを斜めに流れた。
同時にルアシは両手を胸元で組み合わせた祈りのポーズでつぶやいた。
「ラグと結婚できますように★」
壮絶な音と共におれ達は崩れ落ちた。
こっ、このルアシって子も、一体何考えてるんだろう……。普段の何でもない時ならまだしも、この異常事態に『結婚』?
あー、頭痛ぇ。
頭を抱えつつ立ち上がったおれは、スクリーンの中央、画面に広がる星々の群れの中に、妙に目立つ青い星を見い出した。
青い星といっても惑星じゃない―多分恒星、太陽に属するものだろう。そしてその星は今のこの時点では、まだ針の先ほどにしか見えない大きさだ。
それでも、その小さな青い点が妙に、厭になるほど気にかかるのは何故だろう?
「宇宙の色ね」
ふいに投げかけられた言葉に、おれはそう言ったアミーを振り返った。アミーはクスリと微笑むとおれの顔を指さした。
「リーダーの眼の色よ。こうしてよく見ると本当に深い黒、宇宙の底みたい」
宇宙の底? 何だそりゃあ……。
「ね、リーダー。これからどうしよう」
ラグが厳しい表情を隠すように、帽子をぐいと深くかぶり直した。
どうやら、現状を把握しているのはこのラグとアミーだけのようだし……あーあ、当面はこのガキ共の面倒をみなきゃならないんだろうか?
「どうするったって……、あ! ラグ、確かハイキングの昼メシ、食い物持って来てるって言ってただろ?」
「うん。ルアシ」
ラグが言うと、すぐにルアシが部屋の端っこに置いてあったバスケットを持ってきた。
「サンドイッチにハンバーガー、サラダにジュース。お菓子と果物があるのよ」
「これ、ひょっとしてルアシちゃんが全部作ったの?」
「まっさかぁ★ あのね、あたしのおうちパン屋兼お菓子屋さんなの」
「ボク達のうちは病院と薬局やってるんだよ」
サミーがおれの服の端を引っぱった。
「病院?」
「うん。小児科、内科、外科。三つ専門科があるから今度来てね」
罪のない顔して、恐ろしいことを言う奴だ。『病院に来てね』イコール、病気になるか怪我をしろということじゃないか。まぁ…生きて地球に戻れればの話しだけど……。
そんなおれの思惑にも気づかず、
「オレん家は電気屋」
シーダがそう言いながら、自分のリュクの中から何やらゴソゴソと取り出しておれの目の前に並べ、ニヤリと不敵な面構えで笑って、示した。
「最新型の高性能カメラと双眼鏡、それと腕時計…腕…げっ! ま、まさか、まさかこれは!!」
MTTW――超最新式小型液晶モニター衛星通信通話装置内臓腕時計――だ!
これひとつでエア・バイクが一台も買えるという最高級品! おれの知り合いで持ってる奴は一人もいない。
地球の裏とも時差なしで通話できて、天候にも、停電にも影響されないだけでなく、そうとう最先端技術が駆使されているという噂。
な、なのに、たっ、たかだか電気屋のガキというだけで、これを五個も持っているんだぁ? たかが電気屋……電気……シーダ・ティド……ティド……ティドおぉ!? 突如として、とある名称がポンと浮かんでおれはシーダを、目の前のこのこ憎ったらしいガキを指さしながら、声にならない声で叫んだ。
「おまえまさか、・・あのティド・コンツェルンの……!?」
語尾が微かに震えてしまったのが自分でもわかる。
おいユウ、だらしないぞ。しゃんとしろ!しゃんと!
「言っただろ。電気屋だって」
シーダの奴、何ともつかない笑いかたをする。
ティド・コンツェルン――世界有数の財閥の中でも、五本の指に入る大財閥。名門の中の名門。ありとあらゆる電機・電化製品、乾電池一本からコンピューター、ランドモット粒子を取り入れた最新式の……そう、このNTTWまでをも開発したという大企業。
まさか、今おれの目の前にいるこいつシーダが、その大財閥の一員だというのか?
ハハハ…まさかね。
「んなことはいーからよ、先続けよーぜ」
シーダは茫然としているおれを無視して、五個のMTTWを配り始めた。
「一個足りないんだよな、こんなことになるなんて思ってなかったらよ」
「じゃあ、悪いけどアミーとサミーで一緒に使ってくれるかな」
ラグの言葉に双子の兄妹がうなずいた。
「ま、ラグがそう言うんじゃ、しゃーねーな。ほれ、これがリーダーのだぜ。大事に扱ってくれよな」
ポン、と手渡されたMTTWをおれしげしげと眺める。本物だ。
シーダの奴の小生意気さも、この感動の前には吹っ飛んでしまう。しかし……。
「何でこんなもの持ち歩いてるんだ?」
少々うわずった声で聞くおれにラグが答えた。
「ハイキングに来って言うことはさっき説明したよね。それで、みんながバラバラになっても大丈夫ようにシーダがMTTWを持ってきてくれるようになったってわけ。これでよく探険ごっこをやるんだ」
「へぇ―」
何て言うのか、結局、子供は子供だ。例えシーダが大財閥の一員であったとしても、普通の子供と何ら変わりない。つい色眼鏡で見てしまうのは、大人のすることだ。
髪の毛が金色でも、眼の色が青くたって緑色だって、日本人として日本で生まれ、育てば日本人だし、それ以前に同じ人間だもんなぁ。うん。
おれは、サンキューなんて言いながらMTTWを腕に取り付けると、ガキ共に向かっていった。このままじゃラグにリーダーの座を奪われてしまう!
「話を戻すけど、ルアシの持ってきた食糧は貴重な物だから、なるだけ少しずつ食うこと。時間制にするのが一番いいんだろうけど。でないと、あっという間に飢え死にするぞ」
このUFOが永遠に宇宙を漂流するとなれば、二、三日生き延びたところで意味はないんだろうけどな……。
スクリーンの中ではあの小さな点が、ほんの少しではあるけれどその光りを増している様だった。
「次に、このUFOの中がどうなっているのか調べてみようかと思うんだけど」
「わ★ 探検やるの? ボク賛成!」
サミー……おまえがここに飛ばした張本人じゃなかったか?
「うん、何もしないでいるより何かを見つけ出す方がずっといいね。ペアを作って捜索開始といこうか」
あー! ラグの奴、おれの言おうとしたセリフを取りやがった。それなのにルアシは、
「いいわよぉ★」
なんて言ってラグに、にっこりほほ笑むし、シーダは
「やっぱ、ラグは頭がいいや」
とか好きなことを言ってくれる。どーせおれは取ってくっつけたリーダーだよ。
内心す拗ねてる間に、アミーがサミーに言って、サミーのかばんの中から何やら取り出させた。
赤と黒の二種類のカラーテープだ。
アミーはそれを受け取ると、機械盤の、ある箇所だけを囲むように赤色のテープでぐるりと周りを張っていき、青色のテープはさっきアミーが押したスクリーンのスイッチ・キーのパネルの脇に小さく切ってくっつけた。
「何の印だい?」
「赤色テープはサミーがめちゃめちゃに押しまくったところよ。この中にワープ・ボタンのある可能性が高いの。今度また誰かが押してワープしたら大変でしょう? だから触っちゃいけませんマーク。青色はスクリーンのスイッチ・キーよ」
アミーは片目を閉じながら、サミーにテープを返した。
しかしまぁ、頭のいい子だ。テープで目印を付けるとは……ん? 待てよ。何でカラーテープなんか持ち歩いているんだろう? やっぱり探検ごっこに関係あるんだろうか?
そんなこと思っているおれを無視して、連中ペアを作り始めた。
「ラグはもちろんあたしとよねぇ★」
「あ……うーん、ぼくはここにいてみんなの連絡役にまわるよ」
「じゃあ。あたしもぉ」
ラグとルアシの声に混じって、アミー達の会話が。
「サミーはどうするの?」
「んーとね、ボクは探検に行く! 宇宙人が隠れているかもしれないよ」
「オレも探検!」
「そうね……サミーが行くなら、わたしも行こうかな」
お! アミーちゃんの意外な一面見っけ!
サミーが行くなら―か。
「リーダーはどうするの?」
「おれがここに残るよ。そしたらラグだって探検出来るだろ?」
「うん。ありがとうリーダー」
「でもよぉ、本当はただの無関心人間つーやつじゃねえのか? それとも無気力派とかよ」
「まっ、許せないわぁ」
「うん、ボクも」
「う、うっさい! シーダ、ルアシ、サミーのやつら言いたい放題言いやがって……おれはおまえ達よりずうっ―と、神経がデリケートに出来てるんだ。だいたいこんなはちゃめちゃ状態がたて続けに起きて、おかしくならない奴がいるかよ。おまえらの方が、よっぽどの異常体質なんだ!
「おまえら全員行ってこいよ。何かあったら知らせるから通信機のスイッチは全員オンONにしておけ」
「うん。わかった!」
ラグ達ニコニコしながら部屋を出ていってしまった。
何て薄情な人間なんだ。一人ぐらい残ってやろうという奴がいてもよさそうなのに……。
誰もいなくなった操縦室をひとりうろうろとしたあげく、おれは壁づたいのソファに寝転がった。
スクリーンには無限の宇宙。無数にさえ見える星々が広がっている。
そして、画面の中央には先刻と変わらずあの青い星が、数々の星にまぎれて映っていた。
腕のMTTWからは、連中の声がまるでラジオの雑音の様に流れてきて、おれは半分クスクスと笑いながら耳を傾けていた。
『これ何かな?』
『トイレだろ』
『絶対? 何賭ける?』
『トイレットペーパー!』
アホらし……。これは、シーダとサミーの奴だな。
『キャー★ すっごーい! ねぇ、ここってよくTVや映画のSFに出てくるところかしらぁ』
『うん。コンピューター・ルームだ。凄いや』
『これじゃ、宇宙局の技術なんてオモチャ同然ね。GSC〈銀河開発センター〉だって問題にもならないわ』
『でも……』
ラグの笑いを含んだ声が言う。
『ぼくらにとっては宝の持ち腐れだね。マニュアルもないし、あったって読めないんだろうから』
さすが上級生、言うことが違う。
今ンところ、連中の話の内容からいくとトイレ、コンピューター・ルーム、あとエレベーターらしきものがあるとサミーがわめいていたし、個室が何個かあり、使用不明の部屋もいくつかある様だ。
『次、これに乗って上に行こうぜ』
ヘェー、このUFO見掛けよりずうっとでかいらしい。
シーダ達のグループが、エレベーターに乗って動かし方をあーだこーだやっている様子を聞いていた時、ラグとアミーが操縦室に戻ってきた。
「変わりない?」
そう言ったアミーは、ソファの上のおれを見るなり呆れ果てた顔をした。
「どうりで行きたがらないと思ったら、こういうわけだったの」
「あ、あはははは……。何も変わったことなんてないよ、うん。ふたりともどうしたんだい? 上へは行かないのかい?」
「行くよ。その前にぼくとアミーで様子を見にきたのさ、リーダーのね」
ラグがニコッと笑うのと対象的に、スクリーンに目をやっていたアミーが何かに気づいたような顔をした。
「あの青い星、ずっとスクリーン画面の真ん中にあるわね」
「そうだね。ぼくも気になっていたところなんだ。ちょっと前まで点だったのが、もうアンタレス一等星ぐらいの光を放っている」
何? 何だって?
「ひ、ひょっとして、お前ら二人ともあの星に気づいてたのか?」
「それが気になるからこうしてラグと来たんじゃない」
アミーは笑いながら、けど目だけは笑わずにつぶやいた。
「もしかするとこのUFO、あの恒星の方向に進んでいる?」
「賭けようか?」
「どっちに?」
「ぼくはあの星に向かっているほうに」
「じゃあ勝負にならないじゃない」
アミーは肩を竦めるとラグに片目を閉じて見せた。
「それよりもうそろそろ戻らないと、ルアシに叱られちゃうな。ラグを独り占めしたって。わたしあの青い星に名前付けるわね、行こうラグ」
駆け出したアミーと共に部屋を出ていこうとするラグを、手招きで呼んで引き留める。
「何?」
「あのさ、あのシーダってガキ、本当にテッド家の人間なのか?」
「本人は厭がってるんだけどね、正真正銘名門テッド家の子息。デュセーヌ・テッドは父親だよ」
「…………」
あまりの驚きに言葉を返せないでいるおれに、『ないしょだよ』とニコッと笑うとラグは部屋を小走りに出て行ってしまった。
「信じられん……」
でっかいため息ひとつついて、さてこれからどうしたものかと考え始めた矢先、左腕からルアシのキンキン声が飛び出した。
『だからぁ! どうしてラグとアミーだけいなくなるのよ! 何で? パートナーはあたしなのよ。あんた達どうして教えてくれなかったの?』
『えー? ボクわかんない。アミーもいついなくなったのかなぁ』
『しらねぇもんは知らねぇよ』
どうやらアミーの言ったとおり、ルアシの機嫌はすこぶる悪そうだ。
「ん? 何だぁ、これ」
おれは上半身だけ起こして、ドアから少し離れたところに白いボタンが六つ、横一列に並んでいるのを見つけた。
「何だろ?」
考えるよりも早く、手は勝手にそのスイッチ・ボタンの上を走ってしまっていた。
しまった! 何のスイッチだったんだろう?
うわぁ! どうしよう……! 照明スイッチであってくれぇ! との願いもむなしく、この部屋の光源は消えてくれなかった。しかもその代わりに、ワァ――ンといった感じの機械音が唸りだし、何がどうなったのか訳のわからないうちに、ソファから放り出されていた。
な、何が起きたんだ?
……と思いつつ体を起こしたおれは……目を丸くした。今までソファのあったはずのところが全部、機械装置で埋めつくされていたのだから。
まぁ、つまり、その、何て言うか、そう! 今押した六つのボタンはソファと機械装置とを替えるための切り替えスイッチだったんだ。
「びっくりした……」
立ち上がりながら、側にある装置を見てまた驚いた。これ、モニター・デスクだ。しかも自動的にスイッチが入ったらしく、十五、六個の小型モニターと中央のメイン・モニターにはいろいろな場所の映像が映し出されていた。
お、ラグ達の姿が、そのうちのひとつ一番下の左端のモニターに映っている。
『ルアシがいなくなったって?』
左腕のMTTWから聞こえてくるラグの声に、ルアシちゃんの姿を探してみたが、本当にあの金髪の少女の姿だけが見当たらない。
「ってことはーっと」
思わず口に出しながら、別のモニターにルアシの姿を探してみる。
「お、いた」
ルアシは右端のモニターの中で、キョロキョロと辺りを見回していた。迷子にでもなったんだろうか?
場所は――ランプの様なものが床に点々と並んでいる――何だか滑走路に似ているな。と言うことはまさか格納庫かぁ? それにしては小型艇らしきものはどこにも見あたらない。
「ルアシ」
左腕を口元に持ってきて呼んでみる。
面白いことにラグ達とルアシ、一斉に自分達のMTTWに視線を走らせ、全員が同時に口を開いた。
『リーダー、ルアシがいなくなっちゃったんだよ』
『リーダーのところにルアシ行ってない?』
『ルアシの奴、エーリアンに捕っちまったかもしれないんだ』
『リーダー、あたし今ラグ達と一緒なんかじゃないわよ! ラグはあたしよりアミーといた方が楽しいのよ!あたしなんかいない方がいーんだから! 捜さないでよね!』
全員の声がMTTWから一斉に聞こえてきて、おれは腕を思いっきり耳から遠ざけた。特にルアシのキンキン声は閉口してしまうぐらい凄かった。
しかし――もしかしてこれは――痴話喧嘩ってやつだろうーか? しかも小学生の……頭痛くなってきた。
「あのねぇルアシちゃん。別に捜そうと思わなくても、場所の検討はだいたいついてるんだけどね……おれ」
『うそ! わかるわけないわよ。だってリーダー今、操縦室にいるんでしょう?』
「床に点々と並ぶランプの列。そこ格納庫に似てないか? 空港とかにある」
『え―っ? どうして、どうして分かったの?』
今まで泣き出しそうになるのを、懸命に堪えてMTTWを睨みつけていたルアシの顔が、急に狐にでもつままれた様な表情に変わった。
左下のモニターではアミーとサミーを先頭に、ラグ達がルアシを捜している。
「喧嘩の原因はよく分からないけど、よく話し合って仲直りをしな」
「やーよぉ! だってぇ……」
ルアシが困った顔をした時、隣のモニターからラグ達の姿が消えて、ルアシのいる格納庫もどきの部屋に現れた。
『ラグ……』
『あのね。さっきアミーと話をしてたのは、青い星の名前を決めていただけなんだよ』
『青い星って?』
『あ、リーダーさん』
ルアシとラグの声に替わり、アミーの声が聞こえてきた。
『今の会話で分かったと思うけど、あの星の名前を決めたわよ。《ブルー・ケルピー》っていうの。いいでしょう? 意味は《青い水の精》よ。どう?』
ブルーケルピー……中々ネーミングセンスのある女の子だ。しかも、まだ十歳!
「何だっていいけどね。――あ?」
いい加減な返事をしながら、アミー命名の《ブルー・ケルピー》を見ようとスクリーンを振り返ったおれは、そのままの姿勢で立ちすくんでしまった。
口がパクパクと金魚のように開いたり閉じたりしているのが分かっていても止めようがない。
『どうしたの? リーダー』
アミーの声が微かに届く。
「ち、近づいて来る……星が……」
『何? ブルー・ケルピーのこと?』
「違う! 惑星だ! 惑星! そいつが近づいて来るんだ!」
そう。それは確かに惑星で、しかも地球の大地から見あげた月と同じぐらいの大きさで、スクリーン中央に映っていた。
『星が近づいて来るんじゃなくて、このUFOが近づいているんでしょう? 今行くわ』
う……冷静な子だ。
おれがよたりながら操縦席におさまり、しばらくボーッとしているとアミーが息を弾ませて部屋の中に飛び込んできた。
「他の奴らは?」
「すぐ来るわ」
その言葉どおりに連中の騒々しい声が聞こえてきた。
「この星、ブルー・ケルピーの惑星みたいね。重力にでも捕まったのかしら?」
「重力にぃ? じゃあこの船このまま、あの星に突っ込んじまうっていうのかぁ?!」
「そうね」
そうねって、待てよ! 生きるか死ぬかの瀬戸際に何でこの子こんなに落ち着いていられるんだよ。
「ねぇ! リーダー、アミー、どうしたの?」
「惑星が近づいてきてるって?」
「おわっ!! 地球みてえ」
「青い惑星だぁ。あれがブルー・ケルピーなの? アミー」
ラグ達、部屋に入ってくるなり大騒ぎ。スクリーンの前にわやわやと集まって来た。
サミーがスクリーンとアミーの顔を交互に見較べる。
「違うわ。ブルーケルピーはこの惑星の太陽だったみたい」
「じゃあ、名前はないの? ボク名前つけちゃお★ んーっとね、アルファ星! ボクが最初に名前をつける星だからアルファ星。わぁーい! 名前つけちゃった」
サミーがひとりで喜んでいる。同じ双子の妹にたて何と単純なネーミングセンス。
しかし……ここにいる全員、今がどんな事態なのかまるで分かっていないじゃないか!
あ―、おれがそう思っているうちにも、この船とサミー言うところのアルファ星は徐々に、だが確実にその距離を縮めつつあった。
「よぉリーダー、このままじゃあオレ達あの惑星と正面衝突しちまうんじゃあないのかぁ?」
やっと気づいたのか、シーダが何とも複雑な顔をした。
「えーっ、本当? わあーっどしよう、どうしよう」 こらサミー! 分かったからおれの手をとってブンブン振るな! 叫びたいのはこっちの方だぜ、まったく―。
「あたし達死んじゃうの、ラグ?」
「分からない……けど……多分……」
ルアシの碧い瞳から大粒の涙がポロリとこぼれ落ちた。そしてラグに何か言おうと口を開きかけた時、別の声が響いた。
「変だわ……」
アミーだ。
――変だわ。
思えば、この一言からすべては始まったような気がする。
「何が変なんだい?」
ラグがルアシにハンカチを渡しながら静かに聞いた。
「速度が変わっていないみたいなの。普通落下するときって加速するでしょう? でもこの船、まるで目的地へ降りる様に速度調節しているみたい。変でしょう?」
この子、この船の速度を感じとっているかの様だ。ラグの言っていたとおり、普通の人間の感性よりも鋭いところがあるのかもしれない。
「じゃあ、ボク達大丈夫だね」
「サミーもそう思う?」
「うん」
サミーのその一言にアミーの表情に和らいだものが浮かんだ。
「大丈夫ね」
ひとり言のようにつぶやくとアミーは静かに微笑んだ。何だかその表情は十歳の女の子というよりも、微かに大人びておれの目には映った。
それから十時間後、おれ達の乗った船はアルファ星の大気圏へと突入した。船はアミーの言ったとおり、燃え上がることなく雲の中を下へ下へと降下していた。
「曇ってるわねぇ。宇宙から見たときはすごく青かったのに。ちゃんと空気あるかしらぁ?」
「わお! 海みたいのがあるぜ! でかいなぁ、あれ絶対に海だ、海に違いないぜ」
ルアシ達の歓声が不思議と耳に心地良く響いた。
何か、よく訳の分からない感動に似たものが、おれの心身をふわりと包み込んでいる。
――言っておいで。
ふと、誰かがそう呼びかけたような気がした。
まさかね。でも……それにしてもこの高揚感は何だろう? 地球以外の惑星、青い惑星を今おれ自身が目の前にしているからなんだろうか? いやこれはもっと別の感情じゃないのだろうか……でも、だとすると一体何なんだろう。この不思議な、ふくらみ続ける感じは……。
「大陸だ緑があるよ!」
ラグの声におれは我に返った。
「この船、どこに着陸したらいいのか知っているみたいだね。ちゃんと大陸の方に向かってる」
「この星に宇宙人いるかな?」
「ばーか。あのなぁサミー、今はオレ達の方が宇宙人なんだぜ」
「あー本当だ。そう言えばそうだね。シーダ」
何かこの二人漫才でもやっているみたいだ。
数十分経過の後、船は緑の草原の中の高台にあった小さなエアポートに着陸した。
「人工で出来たエアポートがあるってことは、文明があるってこと……つまり、いるんだわ」
アミーの口から出た言葉は、興奮というものからは程遠い冷めた、何かを感じさせずにはいられないものだった。
なのに……。
「あれっ? こんなものあったっけ?」
「わーっ! すごーい! これこの船の中ならどこでも見えるんでしょ? ボクもこんなの欲しかったんだ」
「わかったわ! リーダーったらこれ見てたからあたし達のこと知ってたのね。ずるいわぁ」
連中、アミーの様子など気づきもせずに、おれが発見(?!)したモニター・デスクを見つけて騒いでいる。
「ね、リーダー。外に出られるかしら?」
ルアシが唇に人差し指をあてて首をかしげた。
「残念だけど、無理だよルアシ」
「何でぇ? 空は青いし、緑もあるじゃない。空気がないわけないわ。大丈夫だわよぉ」
「ドアが閉じてるのにかい?」
「あ……そうだったぁ」
おれのセリフにルアシはがっかりしたように、肩の力を抜いた。
「せっかく地球以外の星に来たのに、つまぁーんない」
と、その言葉を否定するかのように、シーダの威勢のいい声が弾けた。
「入り口が開いてるぜ! ハッチが降りてる!!」
「え?」
「これ見ろよ」
シーダが指さしたのは、小型モニターのうちのひとつだった。
そして、それには確かにハッチが降りて外の風景が覗いている画像が映っていた。
「行ってみようぜ!」
「行く!」
シーダとサミー。そしてラグとルアシが部屋から飛び出していく。それはまるで闇の中で見つけた、一条の光を追い求める者のように。
おれも! と、思わなかったわけじゃないが、アミーが残ってるのに気がついて出遅れてしまったのが実状。
「アミーは行かないのかい?」
「行くわよ。でも変だと思わない?」
出た。この子がこう言う時は必ず何かあるんだ。
「変ったって、最初から変なことずくめじゃないか。今さら変っつーたって……」
「わたしが変だって言いたいのは、まるで誰かがわたし達をこの星まで連れて来たみたいだっていうことよ。そうは思わない?」
「言われてみれば……」
おれ達が出会った場所に偶然現れたUFO。中へ入ろうとした時は偶然入り口が開いており、出ようとした時は何故か出口は閉ざされ、サミーの押したボタンのせいで宇宙へワープ。どこへともなくさまよっていた途中、偶然にブルー・ケルピーの惑星の重力に捕まって着陸。そして、何故か開いたハッチ。
あまりの異常事態の連続に、そんな単純な発想さえも浮かんでこなかった。だけど、もしアミーの言うとおりなら一体誰が何のために……。
「でも、こればかりはいくら考えても分かりっこないわよね。さぁ、わたし達も行ってみましょう、リーダー。う……」
歩き出そうとしたアミーの体が一瞬硬直し、両手がゆっくりと持ち上がり頭を両側から押さえると、ガタガタと震え始めた。
「どうしたんだアミー? 気分が悪いのか?」
まさかまた磁場が変わったとか言うんじゃないだろうな。
「だ、大丈夫よ……でも、ちょっときついだけ。だけど……まいるわ……こんなカルチャー・ショック……初めてだから。痛っ……」
「カルチャー・ショック?」
「リーダーにも分かるはずよ。こう……頭の中に、直接呼びかけてくる声があるのを……意識を外へ向けると、ほら……」
「え? あ、あ、あ――?!」
アミーが言ったせいもあるのか、意識し始めたとたん、頭の中に何か、得体の知れないものが雪崩のように突然一気に入り込んできた。
声の様で声でなく。かと言って、幻聴とも違うような……何だろう?」
「テレパシー、精神感応みたい……」
「テレパシーぃ?」
「とにかく、サミー達が心配だわ。早く行ってみましょう。何か起きてるのか分かるはず」
アミーがそう言って歩き出したので、おれも混乱している頭を抱えながら一緒に操縦室をあとにした。
例の声――テレパシーらしいけど――は出口の扉に近づくにつれ、波のざわめきの様に押し寄せてくるようだった。
そして昇降口の手前に立って、外の風景を見たおれとアミーは、その光景の前に一瞬にして、立ちすくんでしまう。
イセイジン……。
そう。異星人達――いや、正確にはこの星の住人達と言うのだろうけれど――が、二十人近くの異星人達が、この船から少し離れたところに集まっていた。
ちょっと遠目だけど分かるその姿は確かにヒューマノイド、地球人と相違のない体型の人々。ただ違うところを発見したとすれば、青みがかった髪の毛と瞳の色をしているということだ。そして、その中に……!
「サミー達がいるわ……」
アミーのささやく様なつぶやきにおれはうなづいた。
あいつらは青髪の異星人達に取り囲まれたまま、突然起こった緊急事態にただ、顔を引きつらせて立ち尽くしていた。
〈ファースト・コンタクト〉〈未知との遭遇〉〈宇宙からのメッセージ〉……。
唐突に、最近観た深夜テレビの、三本立てリバイバル・シネマのタイトルが目の前を横切って行く。
最初、連中はおれ達のことなんかには全くといっていいほど気づいていなかったのに、サミーがのんきに両手を振っておれとアミーに助けを求めたもんだから(後で本人の言うことには、「来ちゃだめだよ、って合図だったのに」と言うがどっちでも同じことだ)、さあ大変。全員がこっちを一斉に振り返ってしまった。
じ、冗談じゃない。
無意識に体が後ずさる。と、そのおれの腕をとって引き留めたアミーの目が、確かにこう言ったようにおれには思えた。
――何か変だわ。と。
でも、この異常事態宣言下で、何が変じゃないっていうんだ? 突然現れた宇宙人に、原住民が驚くのは当然のことで、しかも最初に抱く気持ちは敵意と戸惑い……なんじゃあなかろうかと、なんかの本に書いてあった。
けれど、おれ達を見つけた連中の様子に気がついた時、おれは驚きとともに、アミーの言葉を理解した。
何故かって……何と、青髪の異星人達ひどくショックなものを見たっていう表情で完全に茫然自失、心身喪失状態に陥ってしまったからだ。
同時に頭の中に響き渡っていたあのざわめきが、消えた。
つかの間の静寂。そのあとに起こったのは、爆発的な歓声と弾むように明るい異星人達の表情。
〈トゥームの神だ〉
〈トゥームの神が来てくださった〉
〈トゥームの神〉
〈トゥームの神が、真のトゥームの神がまいられた〉
〈トゥームの神よ〉
〈我らの守り神、トゥームの神が〉
頭の中を駆け巡る、意味不明の叫び声。耳をふさいでも目を閉じても声はちっとも小さくならない。
「……何なんだ一体!?」
「見て、リーダー」
今や完全に思考を失いつつあるおれの頭は、アミーの言うとおりに示された中央の人物を見た。
老人だ。白髪……と言うよりも銀髪の長い顎髭をはやしたひとりの老人が、他の人々の間をぬっておれとアミーのすぐ下のハッチの前までやってきた。と、何か儀式でもする時のように、すいっと手の平を上に両手を垂平に差し出し、青い瞳に万感の思いを込めるように微笑んだ。
〈トゥームの神よ〉
その声は今までになかった、おれ個人に対して直接投げかけられたテレパシーだった。
〈トゥームの神よ――〉
老人に従うように、ラグ達取り囲んでいた人々が、全員同じように両腕を差し出した。
トゥームの神? 何なんだそれ? 宇宙人の代名詞なんだろうか? それに何でこの星の人達は声を出して喋ろうとしないんだろうか? それともみんな超能力者なんだろうか?!
〈トゥームの神よ〉
その人達の目は微かに潤んでいるようにも見えた。
〈我らが偉大なる、トゥームの神よ〉
老人のものらしい声が響く。
〈何万年という時を越え、再び我がトゥームを救わんと現れた神よ。我々の祈りに応えてくださったことに感謝致します。古の約束を、祖先の声を、我らが願いを聞いて下さるのはもうトゥームの神しかございません。われらはどんなにかこの時を待ち望んだことか。トゥームの神よ、老の名はベーダー。この地クローブルの長を務めておりますからは、是非、これよりトゥームの神の館までお供いたしたく思いますが、お許し願えるでしょうか?〉
な、何なんだ? このお爺さん。それにおれがその、トゥームの神様ぁだって?! おれの館だってぇ?
「ど、どうする? アミー」
こうなったらリーダーも何も関係ない。今頼れるのはこの子だけだ。
「別に敵意はなさそうだから、サミー達さえ放してくれるんならいいんじゃない?」
アミーがそう言い終わるか終わらないうちに、サミー達を取り囲んでいた人々は、はっとした様にその輪を解いた。
「あら便利。こっちで話してるのが分かっちゃうのね」
あら便利って……何でこの子こんなに落ち着いていられるんだよぉ――。
結局、ベーダーの少し後についておれとラグ達は歩いていた。
何だか頭がボーッとしているのをおれは感じていた。一体全体何がどうなったというんだろう。
体が少し熱かった。
空を見あげると、曇っていたはずなのに雲はなく、そろそろ夕暮れなのか辺りが徐々に黄金色に染まり始めていた。
村とおぼしき所を通り過ぎ、その先の奥へ入ったところに、おおよそ、この星の人達の服装――古代ギリシャ神話でも思い出してしまいそうな服――からは想像もつかない建築物、つまり《トゥームの神の館》に案内された。
そこは、背の高い樹木たちに囲まれた場所にあり、建物自体は、おれ達の乗ってきたUFOと同じ、シルバー・ブルーの柔らかな輝きを放っていた。鋭角な部分を持たない円錐三角形をおおまかな基礎とした地上二十階分の高さを持つ建築物。《トゥームの神の館》に入った後は、ただもう急激な疲労と眠気に襲われて、挨拶もそこそこといったていで、寝具の備わっている部屋を見つけると各自持ち部屋を決めて、あっという間に寝息をたてはじめたのだ。
――誰だろう。
人の気配におれは眠りから覚めたが、いつもと同じように目は閉じたままで、しばらくの間軽いまどろみを楽しんでいた。と、頭上に手がのびてくる気配を感じて、おれは左手でその手を受け止めた。
「兄貴?」
〈アッ……〉
「わっ!」
や、柔らかい!
お袋さんかとも思ったが、うちの母親空手の達人! こんなに華奢じゃない。
おれ、その手をつかんだまま起き上がった。
「あ……」
〈…………〉
一瞬の静寂――。
天使! いや、どっちかというと妖精だ! まるで神話の中から抜け出してきたような女の子がそこにはいた。
肩先できれいに切り揃えられたストレートの青色の髪。海の色を思わせる碧い瞳。透けるように白い肌に花びらのような唇。
おれは夢の続きでも見ているんだろうか?
と、おれのつかんだままの手に戸惑うように、その彼女の肌がみるみるうちに桜色に染まっていく。
「わ!ごめん、おれ……悪気があってやったわけじゃ……そっ、その……つまり……」
うわぁ〜! 何を言ってるんだ、おれは。体中の血が一斉に頭に掛け上ってきたみたいだ。
あわてて離した手を、バッと背中に隠す。
〈い、いえ……あの、失礼致しました。わたし……お食事をとってまいります……トゥームの神〉
彼女は顔を朱に染めると、部屋から出ていってしまった。
か、可愛い。いまどきなんて純情な……あ…れ…?
――トゥームの神……?
それに、今の女の子、青色の髪に……碧眼……。
おれは部屋をぐるりと見回した。
おれの部屋じゃなかった! そして、そう理解したとたん、思い出した。
――ここは地球じゃなかった……んだ。
「これから……どうなるんだろう」
部屋に残された甘い香りを感じながら、おれはことの成り行きに、ただ茫然と空を見つめていた。
(2章に続く)
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