第3章
「わああっ! ワープするなぁ!」
「アルファ号が壊れちゃうよぉ!」
「リーダー、捕まえたわ!」
アミーがコンソール〈操縦盤〉上のパラを抱き押さえた時、船中に響いていた不気味な音が消えた。
そしてその代りに、今度ははっきりとした言葉がどこからともなく聞こえてきた。
『故障箇所ハナイヨ』
「へっ?」
おれ達はその声に驚いて操縦室中を見廻す。が、おれ達四人と一匹以外誰もいない。
「何……今の確か、日本語よね……?」
「うん日本語だぁ……」
アミーとサミーが同じ顔をつき合わせて首をひねっている。
〈ユウ様〉
メディアが心細気におれを見る。
「ねえ……リーダー、今の誰?」
「そんなこと知るもんか」
「お化けかなあ……リーダー! お化けだったらどうしよう?」
おれの学生服の袖をぐいぐい引っぱりながらサミーが騒ぐ。
「冗談じゃない! これ以上の面倒はもうご免だ」
その時再び先刻の声が聞こえてきた。
『私ハ、オ化ケナンテ名前ジャナイモン“ろん”ッテ言ウンダモンネ』
「…………!!」
『ドウシタノ? 私何カイケナイコト言ッタノカシラァ?』
「ろ……ろん?」
『ソォーヨォ。私ハ“ろん”ナンダ』
「ぷっ!」
おれとアミーとサミーの三人が吹き出した。
今までの緊張感はどこへやら、あまりのおかしな言葉使いに思わず笑ってしまう。
「な、何てしゃべり方」
「名前がロン=Bだってぇ!」
「マージャンのロンかよ」
『何ガオカシイノヨ!』
「何が……って、もう」
アミーがくっくと咽を鳴らして笑っている。
「あなた一体誰なの? 何者? どこにいるの?」
『ダカラ私ハ“ろん”ナノ。コノ船ツマリ皆ノ言ウ“あるふぁ号”ナンダヨ。あみー。さみー。りーだー・ゆう』
「へ? おれ達のこと……全部知ってるのか? それに、ロンがアルファ号?」
おれはロンの返答に戸惑いの表情を浮かべた。と、声が答える。
『ソウヨ。私ハ、りーだー・ゆうガ私ヲ見ツケタ時カラ知ツテルノヨ。アト、らぐヤるあし、しーだノコトモ、初メカラズウーット知ツテタノ』
あん? おれがアルファ号を見つけた時からぁ?
意味わかんねぇし。
しかし、アルファ号って生き物だったんだろうか? するとロンは頭脳ってところか?
おれが次のセリフを言い出せずに黙ったままでいると、双子がロンと掛け合いをしだした。
先手はいつもの通りアミー。
「ねぇ、ロンがわたし達のことを最初から知っていたなら、なぜ最初から出てこないで、今頃になって出てきたの?」
『さみーガ私ノ音量調節きーノすいっちヲ、消シテシマッタジャナイカ。私ガアノ時、翻訳作業ヲ全テ終了スル直前ニィ。ダカラ私、今マデ何モ言ウコトガ出来ナカッタノヨ』
「えぇ――っ? じゃあ、あの時理解不明のわけのわからない変な音を放ったのはロンだったの? それじゃ今はパラが押したポタンが……」
『私ノすいっちヲ入レタンダヨ。さみー』
サミーはロンの返事に飛び上がって喜んだ。
「ねえリーダー聞いた? ボクが押したスイッチって音量調節のやつだったんだって」
「言っとくけど、お前の押したボタンはひとつやふたつじゃないんだぞ」
「あ、そーかあ」
サミー、一度考えてから、
「でも良かった★」
良くない! 良くない!
そんなおれ達をアミーが苦笑いを浮かべながら見た後、どこへともなく問いかける。
「ねぇロン。それにしても変な言薬使いね。あなた、わたし達六人の言い方を真似したの?」
『ソウヨォ★』
「あ……」
アミーが疲れた笑みを浮かべた。
今の言葉使い、ルアシの喋り方だ。
「ねー、ねー、ロンはぼく達の味方なの?」
『モチノロンロン。決マッテルジャナイ。ダカラ私ハ――』
「やったあ! ね、メディアさん聞いた? ロンはボク達の味方なんだって」
と、メディアはなぜか困った様な顔をした。
〈いいえ。わたしにはこの音がユウ様方と同じお言葉を話しているのだということは分かるのですが、意味はほとんどわかりませんわ〉
それを聞いてアミーが頷いた。
「仕方ないわよ。ロンと精神感応なんて無理だものね」
ああ、だからメディアは今まで、おれ達と音のやり取りを不思議そうに見ていたんだ。
しっかし、それがすぐ分かってしまうなんてアミー、本当に十歳の女の子だとは信じ難い。それともおれの方がアホなんだろうか。
「それじゃ、ロンはシーダ探すの手伝ってくれるよね」
『エェイイワ。ソノ前――-』
「その前にその話し方を少し直してもらわなきゃね。くすぐったくて仕方ないわ」
『ダケドォ――』
「いいから、いいから」
アミーは座席を操縦盤のそばへ移動させて座り、ロンの言葉使いを直すという作業に入った。
〈どうしたのですか? ユウ様〉
メディアがほとんど理解不能といった顔つきでアミーのやっていることを見つめている。
「あのね、メディアさん。この船がシーダ達探すの手伝ってくれるんだよ。アルファ号はロンっていう名前だったんだって」
〈まあ、シーダ様方を? 本当に? 良かったですわ。やっぱりトゥームの神の乗物。ユウ様方とだけ意志の疎通が図れるのですね。素晴らしいですわ〉
メディア……おれ神さんじゃないんだよぉ。それにこのロンだって、きっとアルファ号の中に仕組まれたコンピュータか何かなんだろうし……。
でもいくら説明しても結局は『トゥームの神のお力』なぁんてことで収まるんだろうなぁ。
おれ仕方ないから、あやふやな笑い方して話をそらす。
「ところで、シーダの言ってた島――ここから三十分位離れた所に島なんてあるのかい? メディア」
〈島……〉
しばらく考え込んでいた彼女は、突如何か思い出したように顔を上げた。
〈わたしには良く分かりませんが、ミラクに聞けばわかると思いますわ〉
メディアは何か、とても嬉しそうに瞳を輝かせて答えた。ミラク? 一体誰のことだろう、
〈“翼人の休息所”。にいると思いますわ。ミラクならきっとユウ様のお役に立てることと思います。今すぐ呼んでまいりますからユウ様方はここでお待ちになっていて下さいませ〉
そう言って一礼すると彼女は、駆けるようにして操縦室を出て行ってしまった。
何だか……恋人にでも会いに行くようだ……。
「メディアさん嬉しそうだね」
「ん……? ああ」
と、操縦席についているアミーが座席ごとくるりと回っておれ達の方を見た。
「ミラクって恋人かもしれないわよ。メディアさんの。リーダー、後追っかけてみなくてもいいの?」
メディアの……恋人……?
「べ、別におれは――」
「リーダーってすぐ顔に出ちゃうのよね」
アミーは抱いているパラの頭をなでながら、意地悪そうに笑う。
そのアミーの背後にあるスクリーンにはアルファ号から降りて行くメディアの姿が映っていた。足どりも軽く、楽しそうな後姿が駆けていく……。
思わず後を追いたいという衝動を押さえ、おれはアミーに笑いかけた。
「な、何が顔に出るって?」
と、アミーはわざとらしくおれの言葉を無視して――。
「やっぱり行った方がいいわよ」
「メディアさんの恋人ってどんな人かな?」
サミーの奴まで一緒になって……。
「お、お前ら、一体何が言いたいんだよ……」
げ! サミーとアミーがわけ知り顔に、にーっこりと笑った。
「だあーってリーダー、メディアさんのこと好きなんでしよう?」
双子の声がきれいにハモる。
「あ、あの、あのな、お、おれは、おれは、別に……その」
思わず……後ずさり。
赤面しているおれを見てアミーがくっくと笑っている。
「わあー! リーダー早く行かないとメディアさん見えなくなっちゃうよ!」
「え?」
うろたえるおれに、アミーが更に追い討ちを掛けるよううに、すっくと立ち上がりおれを指さして叫んだ。
「行け! 日本男子、リーダー・ユウ!」
おれが操縦室を飛び出したのは言うまでもない。
――が、しかし……。
アミーとサミーの二人にけしかけられてメディアの後を追った帰り道。
おれは、ブラック・ホールを背負って帰還した。
ああ、女性の後をつけるなんてみっともない真似をしたおかげで、見なくてもいいもの場面を見てしまった……。
遠目ではあったものの、“翼人の休息所”の建物から出てきた人影にメディアが駆け寄り、その腕の中に飛び込んだまま、何言か言葉を交わしているシーン場面。
最初から高嶺の花だとはわかってはいたものの……ああもはっきりと見てしまうと――背の高い男。あの男がメディアの恋人かぁ――もう言葉もない。結局、これ失恋というものなんだろうか……。
「どうしたのリーダー? まあーっ暗だよ」
操縦室のソファでホケッとしているおれのそばをサミーの声が通り過ぎる。
「あら、本当にミラクって人、メディアさんの恋人だったの? わたしはそう思わなかったんだけど、今度ばかりはカンが狂ったかな?」
『ドウシタノデスカ? りーだー・ゆう』
ロンはアミーに修正された通りにおれに話しかけた……が、今はそれに応える気も起きない。
「かなり落ちてるわねぇ。はいリーダー、パラよ」
アミーがわざわざ操縦席から立って、ソファのおれのところまで、パラを持って来てくれた時だった。
操縦室のドアがスライドして、メディアともう一人、男が入ってきた。見なくても気配でわかる。
〈遅くなって申し訳ありませんでした。ただ今戻りましたわユウ様。そしてお話ししました者を連れて来ました。“翼人の休息所”の護人として五年程前からその任に就き、トゥーム一の物知りと言われる者です〉
メディアの紹介を受けた男は、一瞬おれの腕の中にいるパラを見て立ちすくんだようだったが、腹を決めた感じでおれの足元まで近寄り、片膝を床について、その流れるような長く青い艶のある髪の毛が床に着くのを苦とする様子もなく、こうべ頭を深く垂れた。
〈トゥームの神よ。この度の謁見、誠に感謝申し上げます。メディアより神のお話は伺いましたが、このミラク未熟者ですので行き届かぬことも多いものかと存じますが誠心誠意を尽くし、お役に立てるよう務めさせていただきます。神の御意思の赴くまま、この身をお使い下さい〉
ミラクがひと言ひと言、言う度に腕の中のパラはうさぎのような耳をぴんと立て、体勢を低く構えた攻撃体勢で咽を低く唸らせていた。おれもその度にパラの耳元に「こらこら」と言うようにして話しかける。と、パラは安心したように吃るのを止める。
「それじゃ……」
何て返言葉を返せばいいのか困ってアミーの方を見ると、彼女はわかったと言う様に頷いた。
「あの、顔を上げて下さい。あの、あなたに聞きたいことがあったので……アミーが説明します」
〈はっ〉
う……。顔を上げたミラクの頼、目鼻立ちといい容姿といい、いかにもモテそうなタイブの背の高い男だった。きっとおれより年上に違いない。十八歳位だろうか。
アミーがミラクのそばに来て、両膝を折り両手を組んで彼の顔を覗きこんでクスクスと笑いながら言った。
「さあ立ってわたしにシーダのいそうな島のこと教えてくれる? 今リーダー、深ぁ〜い考えごとをしているから。でないとわたしもこのままずーっとこうしてなきゃならないわ」
〈はっ。しかし……〉
「いいから。いいから」
サミーもやって来て、ミラクのあいた片手をとって立ち上がらせた。そしてそのままコンソールの方へと導いていく。
〈ユウ様?〉
その声に見ると、メディアがひどく心配そうな顔をして立っていた。
〈どこか御加減でもお悪いのですか?〉
「何でもないんだ。アミーの言う通りちょっと考えごとしてただけだから。その……シーダやラグ達のこと……」
ちょっと笑ってみせる。そのおれにサミーが突拍子もない声で叫びかけた。
「リーダー! シーダ達ね、“小さな翼”っていう奴でフロラ島まで行ったんだって! その“小さな翼”っていうの小型飛行艇みたいなんだけど」
「小型艇? 何でそんな物が……」
「詳しいことは後で語してくれるって、だから早くフロラ島へ行こ!」
サミーがいかにも今すぐ飛んで行けそうなことを軽々と口にする。
「どうやって行くんだよ」
ソファから立ち上がってサミー達の方へ行くと、アミーがからかうような眼つきでおれを見た。
「リーダー、わたし達が今、何に乗ってるのか忘れちやたのぉ?」
「あ……でも……」
「大丈夫だよ。ロンが飛んでくれるって! ミラクさんが持ってきてくれた地図をコンピューター・ルームの指定装置にセットすればすぐ行けるって! ね、ロン」
サミーがミラクから受け取ったという地図をピラピラさせながら部屋を出て行った、
『りーだー・ゆう。安心シテ下サイデス。入カ済ミシダイ、スグニ飛ブコトガデキルワヨ』
「あた……」
アミーが頬に手を当てて舌をペロッと出した。
「メカって一度癖がついたら直りにくいのよね。人間と同じで」
「しかし一体何でシーダ達小型艇なんかで
……誰か大人の人が操縦して行ったのか?」
頭を掻きながら空いているシートに腰を落とす。
ん? 待てよ。
この星の人達、昔ならともかく、今は全く機械というものに対しての知識や理解が失われているはずだ……だとすれば小型艇なんか操れるわけがない! それに、それ以前に、「祖先の遺産だ」とか「トゥームの神が」云々とか言って、勝手に触るはずがない。
すると……まさか……まさか……。
『入力完了。あるふぁ号離陸準傭OK。あていしょんぷりーず。あていしょんぷりーず。出発進行。離陸シマス』
サミーの奴が教えたのだろう言葉を告げた後、アルファ号は浮遊感のふの字も応じさせない程、音もなく静かに飛び立った。
「わーい★ 飛んだぁ」
部屋の外からサミーが駆けて来てスクリーンに飛びつくようむにして段々遠ざかって行く地上を見下ろした。
〈こ、これは……〉
〈……………〉
これでシーダを救助に行ける。と安心顔のおれ達とは反対に、メディアとミラクは天地がひっくり返ったとでも言うような顔をして立ちすくんでいた。
無理もないか。自分たちが空を飛ぶなんて――いくらトゥームの神のご一行が空からやって来た、と理解していても――全く観念外のことだったんだろうから。
「大丈夫★ 落ちたりしないから」
アミーも気づいてか、二人に似笑みながらウインクを投げかけた。
その言簑に多少は安心したのか二人ともいく分か肩の力を抜いたが、その拍子にメディアがよろめいて倒れそうになったのをミラクが抱き止めた。
あ――。また暗くなって来た。
だけどいつまでもイジけているわけにもいかない。
「ミラクさん。メディア……さんと一緒にソファに座ってた方がいいと思うんだけど」
首を少し傾けて親指で奥のソファを示す。
〈は。わたしは大丈夫ですが、お言葉に甘えてメディアだけでも座らさせていただきます。さ、メディア〉
〈いえ。わたしは……驚いただけですから〉
〈それならいいが……それにしてもわたし達は本当に空の中を飛んでいるのですか?〉
「そうだよ★ トゥームの星って綺麗だね。ビルや工場なんか全然ないやぁ」
サミーは言いながら、おれにパラを貸してという仕草をする。
〈ま、まさしく神の乗り物。“翼人の船”〉
目一杯感動してるなあ……。いいけど。
おれは隣の席のサミーにパラを渡すと席を立ってメディアに勧めた。
〈でも、ユウ様は……〉
「いいから。おれソファ。で、ミラクさん、さっきも言ったんだけど何でシーダ達その何とかの翼って奴でその島まで行ったのかな」
途中まで歩いて振り返り、しばらくは空の上からこの星の景色を見ていようかなんて気になって、おれは立ったままで話すことにした。
〈は。シーダ様方が“翼人の休息所”の建物に来られたことは御承知のことと思われますが、その折わたしと数名の護人達とで、調査をしておりました建物の中を御案内しておりましたところ、“小さな翼”をお目に止められ、一度是非乗せて貰いたいとのお申し出がございましたので〉
「で、乗っちゃった……の?」
〈はい〉
アミーが呆きれ果てたという顔をした。
「あの三人ならやりかねないわ」
じゃ……やっぱりもしかして……。
「アミー、誰が操縦したのか見当ついてるのか?」
思わずアミーが座っているシートの背もたれ部に手をかける。
「シーダに決まってるわ」
「シーダあー?」
呆っ気にとられいるおれを見てパラを抱いたサミーが手を上げた。
「だってリーダー、シーダのうち家ティド財閥だよ。ボクも遊びに行くと時々やらせてくれるんだけど、シーダの家の地下室にね、宇宙局にあるのと同じ特別製の戦闘機操縦装置室シュミレーションルームがあるんだよ。本物の! シーダ凄く上手いんだよ。ボクはね、少し飛べるんだけどすぐ墜突しちゃうの。地面と」
ははは……何も言えん、
九歳のガキが小型飛行艇を操縦だと?
「でも何で島なんかに?」
〈はい。飛び立たれる際に、この辺りで一番近くにある無人島はないかと聞かれましたので、フロラ島の印をつけた地図をお渡し致しました〉
探偵ごっこの延長線だな。あいつらの頭は。
ん? 無人島だって?
一瞬おれの頭の中をシーダの、救援を求めた時の声が横切った。
――ラグとルアシが変な奴らにとっ捕まえられて……
「まてよおかしいぜアミー。シーダ達が無事、無人島であるフロラ島に着いたとしたなら、何でラグとルアシが襲われたりするんだ? 人のいないはずの島で」
「それは……」
アミ…が解答なしというように首を振った。
ミラクとメディアは口を閉じたまま、おれ達を見ている。
――動き出した。
何だ今の……また空耳だろうか。
とにかく。とにかく今は、一人島でおれ達が迎えに来るのを待っているだろうシーダのところへ行くことが出来れば何か分かるはずだ。
操縦室中に何か重っ苦しい雰囲気が広がる中で、一人だけ意にも介さぬといった感じでサミーが叫んだ。
「ボクおなかがすいたあ! もうお昼過ぎてるよねぇ。何か食べようよぉ」
あっけらかんとした調子のサミーにアミーが微笑みを浮かべた。
「まだよサミー。シーダを無事救出してから。そしたらルアシのサンドイッチがあったでしょ? それ食べましよう」
「うん★ それ聞いたらボク急にシーダに会いたくなっちゃった」
何て安直な奴だ……。
おれは肩を軽くすくめるとソファに歩み寄り、ス二―カーを脱ぎ拾て、あぐら胡座をかいて座った。
何かが心の中に引っ掛かっている。何だろう。
軽く瞼を閉じる。
それさえ分かればすべての疑問が解けるかもしれないのに……多少の疑問は……。
だけどその何かは考えれば考える程遠くに行ってしまう。まるで今思い出してはいけないとでも言うようにだ。
それともおれの思考能力が低下しているのかな。まあそっちの方の可能性が多過かもしれない。
何と言っても昨日から、おれの身に振りかかって来た出来事はあまりにも多すぎたものだから、疲れてるのかな? こっちはガキ共と違ってバイタリティの消耗も激しいし……それに。
〈ユウ様?〉
遠くの方で微かに誰かが呼んでいる。まるで夢の中からおれを呼ぶように。
妙にフワフワとした心地になり、再びその声が何か言ったようだったがすぐに忘れてしまった。
とっくん。とっくん。とっくん。
鋭利に光る透明なカブセルの中よりその怪しげな鼓動は漏れていた。
中に横たわるは人間の、男の裸体。
その透き通るような白い肌に血の通った生物の温かさは感じられない。
確かに――それは自然の生物ではありえなかった、
とっくん。とっくん。とっくん。
カブセルが開いた。まるでその鼓動の正確な間合いに合せるかの如く。
そして男は目を覚ますと片手で、素直なストレートの黒髪に静かに触れた。
その姿から男の歳は推定しにくかった。
まだ少年の様な、しかし大人びた風格とを両方兼ね備えた一人の青年はその美しい黒く輝く瞳を細め、血の色をした唇にうっすらと笑みさえこぽしながらカプセルよりゆっくりと起き上がった。
「…………でさあ」
頭がカクンと前に倒れて慌てておれは目を覚ました。
いつの間にか眠ってしまっていたらしいが頭の中はやけにスッキリとしていて気分も良かった。
「いろんな小動物も生息してるって言うのを聞いて、ルアシがどうしてもその島に行きたいって言ったんだ。それでオレ達フロラ島へ行ったんだよ」
目を開けたおれの前にはなんと、床に胡座をかいて座っているシーダの姿があった。
「あらリーダー、おはよう」
アミーが目を覚ましたばかりのおれを目敏く見つけて、お得意の皮肉を放った。
「まったく一日の間によくそう何度も眠れるものねえ。頭の中腐らない?」
「本当本当! 本当にリーダー、オレのこと心配してくれてんのかね」
シーダがジロリとおれを見返す、
「あ、あははははは――は、いやあ! 無事で何より! で、何でシーダがここに?」
一体今どこを飛んでいるんだろうか。
「リーダーが眠ってる間にフロラ島に降りて助けちゃったんだよ」
サミーがオーバーなぐらい両手を振って説明しようとしている。
「そ、そうか。うん。シーダ、おれお前のこと本当に心配してたんだぜ。本当」
「心配ねえ。リーダーって寝ながら心配するの? ほー心配ねえ。熟睡してたみたいだけど、心配?」
ぐっ。な、何も言い返す手がない。別に寝るつもりじゃあなかったんだけど……ううっ。
「シーダ。その辺で許してあげたら? 早く話の続きが聞きたいの」
アミーの顔が真顔なのを見るとシーダは「わあったよ」と、軽く舌打ちを一度だけすると、大きく深呼吸をして肩の力を抜いた、
どうやら島で起きた出来事についてらしい。
視線を床の上に落としながら、シーダはポツポツと話し始めた。
「それで三十分位飛んだら地図通りの島があったんで、何とか無事に着陸したんだ」
「きゃあ★ 何てきれいな島なのかしらぁ★」
ルアシは島に降り立つと、そう第一声を放ったと、シーダは言った。
あの娘のことだからあの青い瞳をキラキラと輝かせてはしゃいでいたに違いない。
「ねえ、ラグ! 早くあの森の中を探検しましょうよ、この島にはパラ以外の動物もたくさんいるって言ってたじゃない。早く行きましょう」
ルアシはラグの腕をとって、島のほぼ全域を占めている森林地帯を指さした。
「うん」
ラグは笑いながら額いた。が、シーダだけは妙な予感に囚われていて、いつもの時の様にはしゃぐ気分になれなかった。
決して、好奇心がないとか薄くなっているわけではない。もしそうであれば、動くかどうか試めしに乗ってみた“小さな翼”にラグとルアシを乗せて、無人島探検に行こうとは思わなかったはずなのだから――。
それに、護人達の誰もが、この島にいる動物はそのほとんどがパラ並みの大きさのものしかいないようだと言っていたし、何もあるはずがない。
そうわかっても何故かワクワク感がないのだ。
しかし、シーダの前を歩いている二人が、そんなシーダの様子に気づくはずもなかった。
三人は、シーダの提案で、獣道と思われる様な小さくて細い道を歩いていた、
「こーゆ一道をたどっていけば、パラなんかを見つけやすいだろ?」
そう説明するシーダに、ルアシは冷たく言い放った。
「あったりまえじゃない」
シーダがため息混じりに舌打ちをした時、前を歩いていた二人が歩みを止めた。
「どうしたんだラグ? 何かいたのか?」
「しっ!」
前方を歩いていたラグが口元に人差し指を立ててシーダの声を制する。
「誰かいる」
二人は反射的に茂みの中に身を沈めた。
理由は分からなかったがシーダもすぐその後に続く。
「どうした?」
声を出さずに口で形をつくる。
ラグがゆっくりとある方向を指差す。その先を見つめたシーグは、「えっ?」と言う小さな声を上げた。
「アンド……ロイド?」
シーダ達三人は、そこで何かをしている数体のヒューマノイドタイプのアンドロイドを目撃したのだ。
見た瞬間は人間と変わりないないが、その顔に表情はなく、歩行動作も皆同じ、機械的なにおいを撒き散らかしている感じが強かった。
しかも、彼らが人間でないことを示すように、間接を覆っている透明なカバーから、様々な人工部品を見て取ることが出来た。
五、六体のアンドロイド等は、三人に気づいた様子もなく、何か気ぜわしそうに、土の中より突起している小さな金属ボックスの中から、絶えず出たり入ったりしていた。
「一体何者だ? あいつら」
シーダはささやくように、しかし普段と全く変わらない口調でラグに向かって言った。
「うん……、あんまり良さそうな感じはしないな。ここ無人島のはずだし……」
「そうよね、おかしいわぁ……」
三人が身動きひとつせずに、その光景に見入っていた時、シーダの靴の裏を何かがカリカリと掻いていた。
「…………?」
ギクリとしつつもゆっくりと後ろを振り返ったシーダは、自分の靴にいたずらを仕掛けている相手の正体を知って目を丸くして、内心飛び上がらんばかりに喜んだ。
一匹のパラがそこにいたからだ。
シーダが振り向いたのに気づいて、パラは驚いて飛びずさった。
「ラグ……オレ、あのパラ捕まえてくる」
シーダの上ずった声に、ルアシは怒り、ラグは苦笑いを浮かべた。
「もう、シーダったらあ、今はパラどころじゃないっていうのに」
「まあ、シーダの動物好きは、メカの上をまさるんだし、しかたないよ」
そんなささやき声を聞きながらシーダは、逃げるパラのあとを追っていた。
アンドロイドのことは、アミーやリーダー違に連絡しなくてはいけないな、と思うのだけれども、まあそれはラグがやってくれるだろうと一人で納得して、安心して、シーダはラグ達のそばを離れた。
後方で、何やらラグとルアシが言い合っているのがわかる。
ラグ達の方が風上のせいで、声が流れて聞こえてくるのだろう。
「あ……れ?」
追っていたはずなのに、いつの間にかパラの姿は消えていた。
「逃げられた……もう少しだったのになぁ」
内心、舌打ちをしたその時――!
「きゃあ――っ!」
ルアシの悲鳴にシーダは振り返った。
「いやあぁ! 離してよぉ!」
シーダの目に、アンドロイド達に連れさらわれて行く二人の姿が映った。
警告のようなルアシの悲鳴に、とっさに木の陰に身体を隠したシーダにはどうすることも出来なかった。
心臓が必要以上に高鳴り、自分が大きな衝撃を受けていることを伝える。
そしてシーダはその時確かに、目分に向けて声――テレパシー――が発せられたのを聞いた。
〈舞い降りしトゥームの神へ伝えよ。今すぐトゥームを去れと。もしこの言葉聞き届けられぬときはトゥームの母なる地に若き子等の血の雨が天より降り注ぐであろうと。伝えよ。神へ〉
全員の視線がおれに集中していた。
「大変なことになったみたいね」
口とは裏腹にアミーの態度は平静そのものだった。
サミーはわけが分かっていないのか驚きすぎてなのか、抱いていたパラをシーダに取られてもわからない程にキョトンとしていた。
メディアとミラクは血の気のない顔でおれを呆然と見つめている。声もないって奴だろう。
当のおれはまあ驚いたものの、そんなに強烈にはショックを受けていなかった。
なんていうか、あまりにも現実離れしているので他人事の様に感じてしまっているのかもしれない。
でも反対にそんなこと前々から知ってたって気もするし……。ただ、心に重くのしかかるのは目の前にラグとルアシがいないという事実だ。
「でさあリーダー、今フロラ島から飛び発った正体不明のUFOがいて、それをロンに追跡させているんだ。だけどそのUFO変な飛び方してるんだよ」
シーダがパラに万歳ポーズをさせながら言った。
「UFO? ひょっとしてそれに……」
「うん多分ラグ達が乗せられている奴だと思うんだけどさ」
おれは身をのり出した。
「で、変な飛び方って?」
『同ジ処ヲ何度モ往復ヲ繰リ返シテイルヨ。ソレモ、カナリ出鱈目ナ動キ方デデスヨ』
ロンが即座に答えた。
呼びもしないのに自分で答えるコンピューターも珍しい。いい性格してるなぁ。
『今後モ様子ヲ見続ケマスカ? あみー』
「そうして」
どうやら追跡を命じたのはアミーのようだ。
一時間経ち二時間経ち、三時間が過ぎようとした時になって、やっとUFO動きに変化が生じた。
もう陽も暮れようとしている。
おれ達はそれまでの間、割と深刻に考え込まずに過ごした。もっともメディア達は別として。
食事をとったり、アミーの案で、この船にもあるシーダが操ったという、“小さな翼”の操縦方法をシーダに教えてもらったり。
しかしそんな悠長にしていたりも、アミーとサミーの双子が、まだしばらくの間はラグ達の身に心配はないだろうという『カン』をおれ達に伝えてくれていた為かもしれなかった。
そして自体は変化しつつあった。
例のUFOに母船らしきものが接近しつつあるというんだ。
「あのUFOきっと母船が迎えに来るのを待ってたんだね。でも何だかボク達がどうするか見てたみたいだし、何となく誘っているみたい」
操縦席に座っていたサミーが大きなあくびをする。
「ねえロン。UFOが母船に入っちゃう前にラグ達助け出す方法ってないかな」
『難シイデス。ダッテ……』
「難しいっていうことは、まったく可能性がないわけじゃないんだな?」
おれは座っていたソファから立ち上がって大声で言った。
隣りに座っていたメディアとミラクが驚いたようにおれを見上げている。
『アマリニモ危険ヨ。“小さな翼”デ中二侵入。運良ク発見。即、脱出ガ出来レバノ話ダケド。構造ガマッタク不明ダシ……』
おれはうなずいた。
こんな時なのになぜだか、久しぶりに体中の血が騒ぐのを感じた。
ワクワクしてしまうって奴だ。柔道とか剣道とかの試合前に感じるあのウズウズとしたものが蘇ってくる。世に言う武者震いという奴。
多少の危険があるとしても何もしないでいるよりずっといいはずだ。どっちにしたっておれ達はラグとルアシを放っておけるわけがないし、かと言ってこの星の人達との約束を違えるわけにもいかない。
どうせおれは本当に神さんでも何でもないんだから、やれるだけやって……仮に負けたとしてもいいわけで――って。あれ? 負けっておれは一体誰と戦う気なんだ? あの正体不明の神様志願者とか? 何でそこまで行くんだろう。
そりゃあ、最終的にはそうなる所まで行き着くことになるのかもしれないけど、今はあのUFOの中からラグ達を助け出せるかってことが問題なわけだ。
なのに何でそんなこと――。
まあいいや。とにかくラグ達を助け出さないとな。
おれが急に黙ったのでシーダなんかが不審気な顔ををしておれを見ていた。
「やっぱりさあ」
おれは考えに考え抜いたという顔をして見せる。
「今ラグ達助けるのはロンの言った通り無理だと思うんだ。だから今はこのまま相手の動きを見張続け、もしサミーの言う通りなら、相手はおれ達を自分達のアジトまで案内してくれるかもしれない。違ったとしてもロンが相手のアジトを突き止めることが出来たら上手く行けば……そっちの方が確率としては高いだろ? ロン」
『情報不足ナノデ現段階デハ、何トモ返答出来ナイワ』
やばい……と内心思ったけど顔には出さないようにする。
「とにかく夜も近くなって来たし、さっきの話は諦めるさ」
操縦室を出て行こうとしたおれをアミーが呼び止めた。
「どこ行くの?」
「部屋。下に個室棟があったろ? 一人になってじっくりとラグ達助け出す計画でも考えてみるよ」
あー、見え見え過ぎたかなあ? でもこうでも言わなきゃ、ラグ達助けに一人で行くことなんか出来なくなる。言えば絶対自分達も行くと言い出すに決まっていた。
アミーはふうんという様に首を傾げ微かに唇を動かした。
――嘘つき。
そう言ったように感じておれはギクリとした。
思い過ごしならいいんだけど……。しかしそう思ったのもつかの間、アミーの言った次のセリフにおれはアミーがただ単にカンのいいだけの少女ではないことに気づいて、思わず自分の計画を喋りそうになってしまった。
「ねえメディアさん。悪いけどリーダーと一緒にいてくれる? わたし達ちょっとミラクさんと話したいことがあるんだけど、いい?」
「い、いや。あのアミー、おれは、つまり」
必死になって逃げ切ろうとするおれに、ガキ共が三人して人の弱みを攻撃し始めた。
「あ――! そんなこと言ったらメディアさんが可哀想じゃねえか!」
「そーよねぇ。来なくていいだなんて、男がいちいち・・・あんなことぐらいでおたつくなんてねえ」
「それともメディアさんがいたら邪魔な理由でもあるの? リーダー」
う……。
おれは負けまいと口を開きかけたとき、強烈なアッパーカットをくらった。
メディアが、なぜだか分からないけど凄く悲しげな表情をしてこうう言ったものだから。
〈ユウ様、わたしがいてはお邪魔なのですね。アミー様わたしは他のところに……〉
「わ! 違うんだメディア!」
かくておれの隠密作戦は塵と消えたのだった。
おれとメディアは操縦室を出たあと『アルファ号』の中を見学することにした。
どうせ考えごとをするなんて言うのは口実だったし、それにおれ自身も船の中がどうなっているのかTVモニターで眺めたぐらいでしか知らなかった。
他愛のない話なんかしながら、船をひと通り回って操縦室に戻ってきたおれは、口をぽかんと開けたまましばらくの間、狐にでもつままれた様な面持ちで、一人パラと遊んでい るサミーを見つめていた。
部屋にはその一人と一匹を除いて誰もいなかったのだ。
一緒にいたメディアも驚いた顔をしている。
「おいサミー、アミー達はどこに行ったんだ?」
「あ、お帰りリーダー。メディアさん」
サミーがニコッと笑いながら振り向いた。
「アミー達? あれ? えーっとね。リーダー達が出て行ってすぐに、三人して出て行っちゃったよ。どこ行ったんだろ? あのね、ボク留守番頼まれたんだよ」
「…………」
おれは頭を掻きながら、メディアと一緒にコンソールのそばへ寄った。
頭の輪っかルメイア――これと短剣だけは衣裳を着替えた後でも身に付けていて下さいとメディアに言われたんだ――が指先に触れる。
アルファ号が依然、空を飛び続けているのはスクリーンを見れば一目瞭然だった。
「おいロン! アミー達今どこにいるんだ?」
『ソレハソノォ……』
お! コンビューターが生意気に口ごもりなんぞしようとしている。
「いいから答えろよ。これはちゃあーんとした質問なんだ」
『あみー。しーだ。みらく。ノ三名ハ、十分程前二“小さな翼”デあるふぁ号ヨリ飛ビ立チマシタ」
「げっ!」
アミーの奴、おれが行こうとしたのを阻止したと思ったら、自分達だけで行きやがったんだ。冗談じゃない!
「サミー、MTTWはアミーが持ってるんだったよな? お前じゃなくて」
「うん。ボクだけ持ってないの」
〈ユウ様? 一体……〉
「アミー達三人して、ラグ達助ける為に行ったらしいんだ」
言いながら、おれは腕のMTTWのコール・ボタンを押し続けた。
すぐにアミーとシーダの返事が返って来た。
「お前らずるいぞ! 抜けがけはなしだ!」
あ、あはははは……思わず本音が……。
『ごめぇんリーダー。やっぱり打てる限りの手は打つべきだと思って……。それにUFO達が突然ワープしちゃったりしたら手がかりが消えてしまうでしょう?』
「じゃあ何でおれが行こうとしたのを邪魔したんだ? 知ってたんだろ?」
『知ってたわよ』
『だってよぉ。リーダーオレ達を一緒に連れて行ってくれそうになかったもんなぁ』
当ってる。
と、今度はテレパスが来た。
〈申し訳けございません神。アミー様とシーダ様はわたしの身に代えてもお守りさせて頂きますので……お許し下さい〉
ミ、ミラクさん。
『それからねえリーダー。いいーこと教えたげる。ミラクさんはねメディアさんのお兄さんなんだって。五年ぶりに会った。だからリーダー、良かったわねえ』
あ・は・は・は・は・は。
それだけ言うとアミーは一方的にスイッチを切ってしまった。
そ、そーか。ミラクさんってメディアのお兄さんだったのか……★
メディアはアミーの言った意味がわかるはずもなく、ただ小首を傾げておれの顔を見ている、と。目の前のサミーがおれの顔をのぞきこんできてニッコリと無邪気に笑った
「良かったねリーダー★ ミラクさんがメディアさんの恋人じゃなく……」
「わー! わー! わあーっ!」
おれは叫びながらサミーの口を両手で塞いだ。が、時すでに遅い……だろう。
もう顔どころか身体中から火の出る思い。穴があったら入りたいとはこのことだ。
メディアはおれにさっと背を向けてしまったし……す、すべて双子のせいだ! くそー! アミーの笑い顔が見えてくるようだ。
それにしてもメディア……うーん。やっぱり、ひょっとして、おれって嫌われてるんだろうか……。
身の置きどころのない差恥心に駆られながらそう思った時だった。メディアの後姿が人目にもそれと分かる程びくっとしたかと思うと、こっちがはっとするような表情で振り向いた。
頬が上気して桜色に染まっているのとは逆に、その表情は愁いを帯び、碧く深海を思わせる瞳の色はなぜか所在のない程悲し気だった。
〈そんなこと……そのようなことは絶対にございませんわ! わたしがユウ様を嫌っているなんて……〉
「え……」
おれは息を呑んだ。
そばでサミーがおれの顔が赤い赤い、と喜んでいるが構ったことじゃない。
「何……で? 何でおれが喋ってないことがメディアに……? いや、偶然ってことも……」
〈いいえ、ユウ様がわたしにおっしゃいましたわ。わたし達トゥームの者が言葉を交わすのと同じように〉
「まさか……。おれ超能力者じゃないし、なんてやったこともやった憶えもない」
戸惑うおれにサミーがバァとパラを突きつける真似をしながら言う。
「きっとメディアさん達と話をしているうちに、自然と出来るようになっちゃったんじゃないかな? 連鎖反応ってやつ」
「まさか……いくら何でも」
否定しようとするおれに笑いながら話を続ける。
「あのねぇボク一年前まで跳び箱が跳べなかったんだ」
何のこっちゃ――。
「でね、今は跳べるんだけど、跳べるようになった理由があってね。別に練習したわけじゃなかったし練習しても跳べなかったんだけどね」
ますます意味不明――。
「それが新学期始まってすぐの体育の時間にね、跳び箱やったの。クラス替えしたばかりで知ってる友達少なかったんだけど、見てたらみんなポンポンってうさぎみたいに楽々跳んじゃうんだよ。跳び箱。で、それ見てたら跳べるかなあなんて、思って気がついたらつられて跳んでたんだ。ボク自分でびっくりしちゃった。だからリーダーもきっとボクの時と同じでつられちゃったんだよ」
つられて……ねえ。
おれが首を傾げているとサミーがまたもや元気良く叫んだ。
「リーダーが出来たんならボクにも出来るかもしれないよね!? メディアさん。ボクやってみるから聞こえたら言ってね」
言いながら目をぎゅっと閉じる。
――メーディーアーさーん!
「き……聞こえた……」
嘘のようだ。
〈聞こえましたわサミー様〉
「わーい! 出来ちゃったぁ★」
サミーはパラを抱いたままぴょんぴょんとそこら中を跳ぴ回った。
しかし、精神感応――テレパシー――がこんなに簡単に出来てしまって本当にいいんだろうか……。
それともやはりアミーの言った様に磁場の違いからくる脳や精神に対する刺激が関係して来ているんだろうか……。まぁ、おれの頭じゃ考えるだけ無駄だって気がしないでもないんだけど。
それよりも今おれが気になるのはさっきのメディアの言葉……。多分彼女はおれを『トゥームの神』だと信じているからこそ、ああいう答え方をしたのかもしれない……と思えるのはいくらか寂しい。
もしおれが『神』でもなんでもないことを知ったら――最初から並の人間だと理解していてくれたなら――それでも彼女は同じ言葉を差し出してくれただろうか。
おれは理路整然とそう考えたわけではなく、意識の中に混ぜ、ボンヤリという感じでそう思っていた。
当り前の話だけどメディアには話せること柄じゃないもんね。
その時、突然、寒気が身体中を襲った。
ひとつ間を置いてサミーも青い顔をして立ち止まり、振り向いた。
「ロン!」
おれ達二人は飛びつくようにして座席に座った。
「タッタ今、あみー達、乗務員三名ヲ乗セタ小サナ翼<K未確認飛行物体ノ母船ラシキ船二、捕獲サレタモヨウ」
「な……にぃ?」
知らぬうちに声のトーンが下がり絞り出すような低い声が出た。
『だって、たった今通信を切ったばかりだぞ。何かの間違いじゃ……』
ロンは同じ内容を繰り返しただけだった。
おれもサミーも、そして多分メディアにも多分、ロンが伝える直前にそれは虫の知らせともいうべきもので分かっていた――知っていたのかもしれないけど……それでも信じられない、信じたくない情報だった。
通信機で何度コールしても返事は返ってこなかった。
メディアが呼びかけてもミラクさんからの返事も何もなかった。
ただ、その中でサミーだけがにっこりと笑った。
「アミー達はまだ大丈夫だよ。わかるんだボク。だから今は大丈夫だよ」
「テレパシーか何かでわかるのか?」
「違うよ。少しは似たようなものがあるかもしれないんだど。うーんとね、糸電話ってあるでしょ? あれと似てるの。どんな所にいてもアミーの考えてることがすごく良くわかって、その時はアミーもボクの考えてること分かるっていうんだ。そういう時は糸がビーンと張ってる時の感じ。ただ嫌な予感がするとか、自分は何ともないのに急に楽しい気持ちになったりする時は、だいたいアミーがそういう気分の時なんだ。そんな時は、糸が少し緩いって感じかな。今がそれなの。アミー恐がってもいないみたいだから大丈夫だよ」
サミーは何度目かの『大丈夫』を言ったあと再びパラとじゃれ始めた。
普通は大丈夫と分かっていても心配になるのが人情ってもんだけどなあ……。しかし気になるのはアミーの行動だ。あの子のカンの良さなら、行けば捕まることぐらいわかっていただろうに。ミイラ取りがミイラになっちゃって……。
「でもアミーが行かなきゃ、リーダーが捕まっちゃったでしょう?」
「!」
また自分で気づかないうちにテレパスやっちゃったんだろうか――そのうち、ちゃんとコントロール出来るようにならないと、という気持ちと、アミーの行動の原因がおれかもしれないというサミーの言葉におれは隙を突かれた様な衝撃を受けた。
「だ……だけど、どっちにしろおれは、奴と会わなきゃならないんだし。何もアミー自ら火の中に飛び込むような真似しなくたって」
「アミー達が捕まってもリーダーが助けるに決まってるけど、リーダーが捕まったらボク達困っちゃうもんね」
「助けるに決まってるって、そんなのどうするか決まってないだろう」
「じゃあ、行かないの?」
サミーが不思議そうな顔をしておれを見る。
「ぐっ……」
「アミーの直感、ボクわかるんだ」
サミーの邪気のない笑みに、つられておれも苦笑い。
メディアだけが真剣そのものといった顔つきになっているのがかわいそうなような、おかしいような気持ちになってしまう。
そのあとおれは、ロンにアミー達を乗せた母船の行方を追い続けるように言い付けたあと“翼人の休息所”に寄ることは出釆ないかと聞いた。
小型艇が必要になるかもしれないなと思ったからだ。
『“小さな翼”ニハ自動操縦機能装置ガ備エツケラレテイルカラ。呼ンダ方ガ早イワヨ』
「呼ぶって誰が……?」
ロンの言動に不可解なものを感じながらおれは言った。
『ろんガデス。一機デイイノデスネ? りーだー・ゆう』
「ああ。だけど何でロン、お前が。小サナ翼≠呼ぶことが出釆るんだ? お前の中にその装置があるって言うのか? ならお前は一体……」
「リーダー! メデイアさんが!」
見ると部屋の中央でメディアが、床に座り込むように両膝をつけ、両腕で体を抱くようにしてガタガタと体を震わせていた。
そのメディアを、パラを放したサミーが支えている。
「どうしたんだ!? メディア!」
おれは座席から飛び出し、顔を真っ青にしているメディアのそばへ駆け寄った。
冷たい!
彼女の両肩を掴んだ時、おれの心臓がドキリとした。
あの奇妙な感覚……。奴!?
そう思った瞬間、明らかに奴だと分かる思考が訪れた。
――去れ。いにしえ古のトゥームの神たる者よ。私の目の前より立ち去れ。次の新たなるトゥームの神は出現した。貴様はもう必要ではないのだ。すべては私の手に委ねられた。去れよ古き者。私への祝福を残し去れ。いにしえ古のトゥームの神。
――冗談じゃない。
おれは奴へ通じるかどうか分からないままに返した。
すると不思議なことに予期もしない程の手応えが感じられた。
奴はなぜか異常な程驚いている。そんな感じだ。
そして再び驚いたのは、奴の一八○度回転した次の返答にだった。
――面白い。私は一度貴様と会っても良いという気になった。貴様が立ち去るのはそれから後でも良い。私はアーモルにいる。来るがいい、ただし来ることが出来たらの話だが。そして、貴様が私の目の前で立ち去ると約束するのだ。その言葉と引き換えに、貴様の守りの者ども――子供等を返してやるとしよう。さあトゥームの神よ、いざ我が手中へ。そして、私の前に膝を折り、誓約せよ。立ち去ると。
冷たい感情を表わさない単調な言葉は、深淵を覗き見凍りつくような様な恐怖感を与えるのだろう。
でもその恐怖すら、おれの中では凍る寸前に溶けて、消えて行くのを感じる。
これは一体何がもたらす力なんだろうか……
〈ユウ様?〉
「リーダー!」
はっとして二人を見つめる。
「大丈夫? ボーツとしちゃってて……リーダーも今の声聞いたんでしょう?」
「ああ」
サミーが珍しく眉を寄せながら、壁の隅で唸り続けているパラを指さした。
パラは警戒心、攻撃心をあらわに、見えない敵に向かって唸り反撃し続けているようだった。
「メディア、アーモルってどこだい?」
奴の声と、パラが攻撃的になっていることなど、様々な事柄がメディアに大きな衝撃をもたらしたのは確実で、そしてそれでもまだ彼女が懸命にそれらのことに耐えていられるのは、ふがいなくも――もちろんメディアはそうは思っていないのだけれど――おれというトゥームの神が彼女のそばにいるという事実なんだろう。
〈アーモル……守りの星々。わたし達に最も近い星、あれがそうですわ〉
メディアが指さしたスクリーンには、陽も落ちて暗くなった空に浮かんでいる月が映っていた。
「月ぃ? ね、あれがアーモルなの?」
サミーが間の抜けたような声を出した。
メディアの碧い瞳が額いた。表情は堅い。
「じゃ行くか」
おれはメディアの肩から手を離すと立ち上がった。
「わはっ? 月にいくの? ボク達?」
サミーが場の雰囲気にあわない喜び方をしたが、妙に今の場合はしっくりと心地の良いものとして収まった。
メディアの手をとって彼女をソファまで導く。
パラは依然、攻撃体勢のまま低く唸り続けてていた。
――行っておいで。
ふいに訪れた明確な意志。
誰かがおれにそう呼びかけているような感じだ。
確かこれと似たようなことがつい最近あった様な気がしたのだけど……いつの時だったのだろう。それとも……ただの思い過し?
だけどその感じはいつの時もおれの後ろにあって、力強く見つめている。いつ倒れても大きく抱きとめてくれる。そういった安心感を伴わせるもののようだった。
――行っておいで。
いつの間にか操縦室は消え、かわりに広大無辺な宇宙が目の前に広がっていく。
その中で――おれは大きく頷いていた。
(4章へ続く)