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第二十六章《 銀の冠 》

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「父上……」
 ルナは水面に映る自分の額に輝く銀冠をもっとよく見ようと、身をかがませ顔を近づける。
「また見ているのか」
 背後からルージンに声をかけられて、ルナはあわてて上体を起して、振り返った。
「まぁ、無理もないけどな。ディアードからの授かりモノとはいえ、どえらい代物だからな」
 そう言いながらルージンはルナに歩み寄り、傍らに落ちている深緑色のバンダナを拾い上げて、差し出す。
「これからはどんな時も、バンダナをするのを忘れるなよ。頭にお宝のっけているんだからな。盗賊に見つかったら首掻っ切られるぞ」
 盗賊団の頭の口元が皮肉気に笑みを浮べる。
「わかってる」
 ルナは、布を受け取ると、一度布全体を両手で大きく広げてから、髪全体を覆うように巻きつけた。
 幸い《ルーフの砦》に滞在中も目立つ銀髪を隠すために日常的にバンダナを巻いていたため、怪しむも者はいなかった。
「今日、村に着くの?」
「ああ」
 ルージンの顔に影がさす。
 《ルーフの砦》で、ルージンの故郷のホルド村が襲撃されているという突然の連絡を受けてから砦を発って以来、その顔からはいつもの明るく豪胆な表情が消えていた。
 常に険しい空気が全身をまとっている。
 当初、ディアードと会う目的を果たしたルナは、イズナとの約束どおりナイアデス皇国へ行くつもりだった。
 けれど、優先順位をネイに会うことに変更して、リンセンテートスに行こうと決めていた。
 ところが、ルージンたちに別れの挨拶をするために行った時、ルージンの出身・ホルド村が何者かに襲われたという話しを耳にしたのだ。
 ホルド村の若者が、ルージンに知らせるために砦にやってきたのだ。
――詳しいことはわからねぇ。俺の村を含めて、ゴラ国近隣の村々が一斉に何者かに襲われたらしい。女子供もさらわれたという話だ。何度も注意しろと言っていたのに。畜生。
 一報を耳にしたとき、ルージンは吼えた。
 見えない何かをにらみつけるように、今まで見せたこともない凶暴な炎を瞳に宿らせ怒りをあらわにし、奥歯をギリギリと音をたて、背にしていた壁を素手で思い切り叩きつけたのだ。
 壁に亀裂が入り、拳から血が伝い落ちた。
 青白い炎がルージンを包んでいるように、ルナには見えた。
 その炎の中に、突然にルナはある光景をかいま見た。

 集団で剣を振りかざす兵士達。
 飛び交う矢。次々と崩れ落ちて行く山賊たち。
 その背後からじっと見つめる双眸。
 不気味な影が、遠くから、遥か遠くから惨劇を笑いながら見つめていた。
 大勢の人間が苦しみ死んでいくのを、明らかに楽しんでいる視線。

 それは、過去に出会ったあの瞳と酷似していた。
 雪の中で暗闇に消えて行った自分と同い年の、故郷の少年たちを見下ろしていたあの冷酷な瞳だった。
 封じていた、悔しさと怒りが一気に膨れ上がり爆発しそうになるのを、ルナは無表情を貼りつけて、必死に押さえ込んだ。
 あの時の悔しさと、怒りと悲しみは焼きついている。
 そして、気がついたときには、自分も一緒に行くと言い出していたのだ。

「顔、洗い終わったなら行くぞ。小休憩は終わりだ」
「うん」
 背を向け歩き出すルージンに続いてルナが歩き出すと、大木に寄りかかって待っていたランレイがその横に並ぶ。
 ルージンは肩越しに振り返り、並んでいる後ろのルナたち二人に静かに言った。
「もう一度言っておくが、お前らはこれ以上関わりあわなくてもいいんだぞ。このまま、ここで別れてもいい」
「行くよ」
 ルナは硬い表情でルージンを見つめた。
「世話になったから」
「なんだか言い訳をしているような言葉だな。他になにか理由があるのか?」
 ルージンが不思議そうに言う。
 翠色の瞳には明らかに助勢するといったものとは違う意味があるように感じられたのだ。
「命を落とす危険もある。おまえら、やることがまだあるんだろう」
「ルージンは危険だと思ってないよね。自分が行けば大丈夫だって思ってる」
「そりゃそうだが」
 ルージンはいつもの自信過剰なまでの不敵な笑みを浮べる。
「《ルーフの砦》は、このルーフ・ルージンの砦だ。ホルド村は俺の縄張り。手を出す奴を許せないのは当然だ」
「だから、近くでその凄さを見学しようと思ってさ」
 宝石のような翠色の瞳がじっとルージンを見つめた。
「ほぉ」
 ルージンはため息を吐き出した。
「わかったよ」
 《ルーフの砦》の若き頭は、右手を軽く上げると真顔になった。
 最初に会ったときから、ジーンを気に入ったのはこの瞳だったのかもしれないことを思い出す。
 決して多くは語らず、けれど揺るぎのない鋼のような意志を宿した瞳。
 一見、おとなしい子供に見えるのに、留まらない風のような激しさを感じさせる何か。
 そして、子供相手に馬鹿馬鹿しく思えるのだが、一緒にいると何故か不思議と心強かった。
 今思えば、失月夜にラウセリアスのもとに使いに行かせたのもそんな何かを感じたせいかもしれない。
 結果的に、自分やラウセリアスが恐れていた最悪の事態は避けられた。
 ディアードを救ったことで、さらにその思いは深まった。
 息子であるラウセリアスがその手で封じ込め、肉体としての再会を拒絶し続けた存在。
 幻の姿や夢の中で自分達の前に現れては示唆をしてくれたこともあったが、その魂は常に狂気と闇をまとっていた。
 あの恐ろしい命を奪うような絶叫の渦の中、生き地獄の中でもがき苦しんでいたディアードを、ジーンは救った。
――一体こいつは何者なのだろう……と。
 ジーンがルージンの村に共に行くと言い出したとき、まだ一緒にいられることが嬉しかった反面、途中で気が変わって去って行くかもしれないことに、一抹の不安を感じていた。
 今回の騒動にジーン達は関係ないのだから、いつ立ち去っても止める立場ではない。
 だからこそ、つい確認をしてしまったのだ。


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