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第二十五章《 霧 の 中 の ア ン ナ 》

 アンナの一族とその長・サーザキアは、セルグ国からゴラ国に向って旅をしていた。
 オルト王が、ゴラ国の〈クルクスの指輪〉のことで相談があると、呼び寄せたのだ。
「長、セルジーニから遣い文が届きました」
 人形のような顔立ちをした幼い少女イリューシアが、森の中、ゴラ国の方角に向いたままたたずんでいるサーザキアに呼びかけた。
「遣い文?」
「はい。しかも三重の封印が施されています」
 姿は幼いが、イリューシアはアンナ一族の家長であった。それも家長の中で最も能力が高いと認められいる。
 その声は「三重の」という言葉を静かにゆっくりと告げた。
 アンナの連絡方法は、通常人や動物を介し手紙を伝える方法、また遠隔地から思念により直接伝える方法とがある。
 最も早く正確なのは、能力が高いアンナであれば自分の実体から離れ、思念体で直接接触することだ。
 エディスたち《星守りの旅》に出ている三人の影守役として内密についていっているセルジーニはこれまでもそうしてきた。
 だが、遣い文とは、諸国に点在する一族から離れた元アンナの者に命じて手紙を届けさせる方法だった。
 人から人に手紙を託し、届けてもらう。
 ある意味、人が当たり前に用いる手段であったが、アンナにとっては術を介すことを最大限避ける、という一点において重大な意味を持っていた。
 それは、術を行使することは、他の占術士や能力者の介入、干渉、関心を呼ぶ危険が常にはらんでいるためだった。
 大気、風、磁場の乱れ、そして結界は術士が存在し力を行使していることを他の術士に見破られる場合があった。
 その国の宮廷魔道士などは、常に国内国外の異変を察知するために全神経を張り巡らせて異変を捕らえようとしている。
 また、アンナ以外に魔道や占術を生業としている身分の保証されていない放浪者もわずかではあるが存在し、自分を宮廷や貴族に売り込むために、思念の通り道に接触し重要な情報を得ようとするものもいるのだ。
 アンナの一族の力から見れば、百歳の老人と赤子ほどの差があるため、それらの存在はほとんど問題にすることもなく、遣い文を使う必要はほとんどありえなかった。人の足では時間もかかり、また事故や災害などで届かない危険もやはりあるからだ。
 だが、セルジーニはあえて遣い文を使った。
 長が振り返ると、イリューシアとともに見覚えのある中年の男が立っていた。
「ひさしいな」
 セルジーニと同じ、ユク・アンナの系列の男だった。アンナとして生まれたが、結局能力不足と判定を下され、《星守りの旅》の後、アンナを離れて、庶民として町で旅宿を営みながら暮らしていると聞いていた。
「お目にかかれることがあるとは思っておりませんでした」
 男は地に跪くと、深く頭を垂れて、懐からセルジーニから預かったというものを差し出した。見るかぎり、それはただの黒い石にしか見えない。
「遣い文か」
 サーザキアは石に手をかかげた。
「長、お待ちください」
 男は、サーザキアが封印を解こうとした瞬間、慌ててもう一つ別の緑色の石を体に直接巻きつけていた布から出すと、差し出した。
「こちらは、《星守りの旅》の途中のエディスより預かりました」
「エディスから?」
「はい。マーティス、オージー、エディスの三人は私の宿のことを聞いて来たといっておりました。エディスは旅立つとき、この手紙を長に届けて欲しいと私に託しました。封印が施されておりませんでしたが、その直後セルジーニ様がお見えになり、その話しをご存知だったのでしょう。エディスの手紙に封印を施され、自分の手紙とともに厳重に守り、長に直接届けるようにと命じられたのです」
「封印なんて」
 イリューシアは、大げさなというように幼い眉間に皺を寄せた。
 エディスは、この男同様《星守りの旅》が終れば、一族を出て行かなければならない少女なのだ。旅ももうすぐ終る。その時期も間もない。
「きっと旅が終わりに近づいたので、どの国に入国して合流すべきかの便りですわ」
 だが、サーザキアは深い意味を感じ取ったかのようにじっと男の手の平にのった二つの石を見つめたまましばらく何かを考えているようだった。
 やがて、男の手に自分の手を重ねると、三度異なる呪文を口ずさんだ。
 石はその手の中で、三度の変化を繰り返し、やがて二通の手紙となった。
「ご苦労であったな」
 サーザキアは慈しむように男を見つめると、イリューシアに命じて、男に充分な休息と食事を与えるように告げた。
 そして一人になると、セルジーニからの手紙を開封した。
『影守役の交代を願う。尚、わが手紙は、翠の瞳のために存在するものなり』
 サーザキアの顔色が変わる。
 セルジーニは、エディスの手紙に封印をし、さらに自分の手紙を万が一の時の身代わりになるように真の意味では護符として男に持たせたと文面の底に綴っていることを、長は読み取った。
 だから男は、護符の役割であるセルジーニの石をまず手渡し、それからエディスの石を最後に差し出したのだ。
 サーザキアは、呼吸を整えるとゆっくりとエディスの手紙を開封した。
「…………」
 短い二、三行の文章をサーザキアは何度も目で追い、読み返す。
 その手が知らず知らずのうちに震えていた。
 やがて長は、自らの両手が作り出した炎で二通の手紙を燃やし、灰とした。


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