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第二十四章《 迷 宮 》

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 グリトニルの話し相手として信頼を得始めた頃、カルモナーラ城に、黒の侯爵が現れた。
「侯爵がナイアデスから戻られました。陛下へのお目通りを求めております」
 メイヴからの伝言を知らせるべく、遠乗りに出ていたグリトニルとジュゼールを追って、部下が早馬でやってきた。
「黒の侯爵とは?」
 ジュゼールは、自分をこの城まで運んでくれた黒装束の男。黒の侯爵に関してほとんど知らなかった。
 城に運ばれていか以降、カルモナーラ城では一度も見かけたことがないのだ。
 グリトニルも「黒の侯爵と呼ばれている。メイヴの忠臣だが、お前を除いては私を王として信義を尽くしてくれている。メイヴにも漏らさず、私の言葉に従ってジュゼールを探し出してくれたのはガーゼフだけだ」と言うだけで、詳細に関しては自分もあまり知らないと言って、教えてくれることはなかった。
 それでもようやく女官たちから聞きだしてわかったのは、メイヴ妃のナクロ国時代からの臣下だという話だった。 
 メイヴ妃が、ヘルモーズ王に嫁いだ後、祖国ナクロ公国はハリア国に攻め滅ぼされている。ガーゼフは、輿入れ時代から付き従ってきた家臣で、ミレーゼが女王だった時に爵位が上がり伯爵から侯爵になっている。
 しかし、誰もが彼に関しては詳しいことは知らないと口を閉じた。グリトニルの実母、亡き第三側妃ミディールと特別に親密な仲であった人物だということを除いては。

 城に戻ると謁見の間にガーゼフが控えていた。
 ジュゼールが覚えているままの黒ずくめの男。年齢は自分と同じ頃にみえたが、端正な顔立ちが女性のようにも見える。
「ナイアデス皇国で動きがあったのか?」
「いいえ。ゴラ国がリンセンテートスへ進軍を開始いたしました」
「何?」
 グリトニルとメイヴ、そして後ろに控えていたジュゼールは思いがけない報告にわが耳を疑った。
「どういうことだ?」
 メイヴが身を乗り出す。
「ゴラ国とリンセンテートスの国境付近では、例の砂嵐に襲われてから大なり小なりの戦が起きておりました。交易が断たれた事態、その上、天候の影響を受けて、食糧難に陥り、ナイアデス皇国フェリエスの不在を理由に、食糧援助が滞ったこと等から、ナイアデス寄りのヒルト王が、軍を率いる甥のウルムートに倒されました。もともと好戦的な民の国です。ウルムートは国力の落ちているリンセンテートスをこの機会に侵略するのではないかと」
「は。あの知性のかけらもない野蛮人が、王になったと申すか?」
 メイヴはウルムートの名を聞いた瞬間、バカにしたように鼻で笑った。
「それで、ナイアデスとセルグの動きは?」
「リンセンテートスにはフェリエスの姉が嫁いでおります。リンセンテートスを守るための準備は必定かと。セルグもゴラ同様、飢饉や疫病が流行り、国を維持するのに必死。とてもリンセンテートスへ兵を派遣する余力はないものかと」
 よく響く低い声に耳を傾けていたメイヴは視線を床に落とし、何事かを思案しているようだった。
 しばらくしてその瞳がグリトニルに向う。
「陛下。ナイアデス皇国のフェリエスに書簡をおしたため下さい。ハリア公国の公王としての正式なご挨拶のお手紙です」
「どうしてだ?」
 メイヴはやや緊張した面持ちで笑みを作った。
「私はいつも陛下のことを第一に考えております。私のお願い事を聞いてくだされば、陛下はエリルに対抗するだけの力を得られます」
「手紙を書くだけでいいのか?」
「はい。そしてその使者として、そこのジュゼールを任じてくださいませ」
 突然の指名に、末座にいたジュゼールは驚いてメイヴを見つめる。
 それは、グリトニルも、他の家臣も同様だった。
「ジュゼールは私に任せると言ったではないか」
 グリトニルの抗議にメイヴはうやうやしく頭を下げる。
「陛下のために、命をかけて親書を届けるにあたり、仮ではありますが爵位を与えましょう。そして、無事帰国したあかつきには、正式に陛下直属の家臣として迎え、所領を与えましょう。手柄をたてればどこからも口出しは出ないでしょう」
「それは……」
 グリトニルは困ったような表情で、メイヴとジュゼールを交互に見つめた。
「陛下が私の申し出をお断りになられても結構です。ただしその場合、ジュゼールはこのハリアでは日陰者の身分のままです。それでもよろしいのでしたら、使者には別の者を立てさせます」
(これは、グリトニルから私を引き離すための策略だ)
 メイヴが、グリトニルのそばにいることの多くなったジュゼールを煙たがっていたのは感じていた。
 だが、グリトニルに認めさせる形でハリアを出されるとは、想像もしていなかったのだ。
 状況によっては、ナイアデスへ入国する前に命を落とすことも充分考えられた。何が身に降りかかるか予測できなくなる。
「もちろん、一人ではなく護衛の者を四人つけましょう。家臣のいない一国の使者では、疑われても困りますゆえ」
 子供をやすやすと手玉にとり、グリトニルにすべてを了承させてしまうメイヴを、ジュゼールは、怒りを持って表情には出さずに見つめていた。

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