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第二十四章《 迷 宮 》

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 ジュゼールの体力が回復しはじめると、剣の実力を試すと言われて様々な人間との試合を命じられ、ハリア公国の基本的な学習を受けさせられた。
 城で暮らす間にわかってきたことは、自分がいるのがハリア公国の東国にあるカルモナーラ城と呼ばれる砦だということだった。
 メイヴ妃は、前王の側妃であり、グリトニル王の後見人であること。
 サトニは王家の指輪を持ち帰ってきた功績で貴族の位を得た少年なのだが、その出自に関しては知るものがいなかった。
 さらに内情を知り始めると、ダーナンでは知ることの出来なかったハリア公国王家内部におこっている確執をはじめ、グリトニルの置かれている立場の複雑さなどが徐々にわかってきた。
 メイヴは、グリトニルこそが真の公王であるとことあるごとに繰り返していたが、それは指輪と守護妖獣の存在があるからだけで、他国からの支持は得ていない。
 逆にエリルは他国に王位継承の公文書を送り、正式な王として名乗りを上げている。
 特に、ダーナン帝国ロディにはミレーゼから別に親書が一緒に届けられていた。
『ミレーゼ殿は機会があれば一度わが国に訪れたいと綴っている。弟君がご帰還し王位についたことがことのほか嬉しいらしい。ご機嫌麗しい様子が手に取れるような手紙だ。しかも、常にフューリーのこともいつも気に留めてくれている。ハリアからリンセンテートスに供としてシーラ妃に付き従っていった女官ら全員を、一度ハリア公国に帰国させるようナイアデス皇国に要請しているとも書いてある。近い将来、ハリア公国とダーナンは正式に友好国の条約を交わせるかもしれないな』
 穏やかに微笑んだロディのまなざしをジュゼールははっきりと覚えている。
 フューリーの情報を得て、ロディ本人が危険を顧みずにリンセンテートスに出向いたあの日。
 姉シーラの婚儀のために来ていたミレーゼを尋ねた夜。
 ミレーゼからもたらされた具体的な情報が、ナイアデス皇国の馬車で連れ出されたフューリーの居場所を見つけさせた。
 そして、一瞬ではあったが、ロディとフューリーを引き合わせたのだ。
 結果として救い出せないまま馬車を逃してしまったが、ロディは間違いなく妹のフューリーを見つけた。
 そのことがあって以来、ミレーゼに対して寄せる信頼は、ひとかたならないもののように見受けられた。
 それは、「本来は正式な書簡をもって、相手の出方を見ながら尋ねてくるべきことさえ、聞きたいことがあれば、無礼で不遜極まりないと思えるほど単刀直入に聞いてくる。怖いもの知らずの誇り高い隣国の女王様だ」と愉快そうに表現しているロディの口調から伝わってきた。
 恋人のリリアは、正妃のミア・ティーナに対するより、隣国の女王ミレーゼに嫉妬し、ロディがミレーゼに贈り物を用意させるだけで、大荒れの日々が続いた。
 ロディがミア・ティーナと過ごす時間にも当然荒れたが、その唇からミレーゼの名が発せられるだけで形相が変わったものだった。
 八つ当たりの矛先は、おもにジュゼールとカラギであり、なだめすかして説得しても怒りは収まらず、常にお手上げ状態だったものだ。
 そうしたことを思い返せば、自分の身を捕らえたのがグリトニル側ではなく、ミレーゼ側の人間であればどれだけ良かったか……と、思わずにはいられない。
 国へは戻れずとも、ロディへ無事であることだけでも伝えることができたかもしれないからだ。
 先の見えない日々に鬱々としている中で、ジュゼールは時折、グリトニルに連れられては、何人もの側近たちと共に貴族や領主たちを訪ね、遠乗りに出かけるようになっていた。
 理由は、あまりにも意外なことではあったが、グリトニルを「王」として――ジュゼールには至極当然の振る舞いだったのだが――接したことが彼をひどく喜ばせたことだった。
 メイヴ妃が実権を握っているカルモナーラ城では、グリトニルは飾り物の王でしかなく、真にグリトニルを王として仰ぐものはいなかったのだ
 その為か、時間を見つけては十歳でダーナンの帝位についたロディの話に関心を示し、知っている限りのことを話せ、と命じられた。
 ジュゼールは、自分がロディの側近であったことは伏せつつ、ロディのどんな人柄が部下や民の信頼を集めたのかを話すようになっていた。
 そばにいるとあまりの不憫さに、なんとか力になってあげられないかと思う憐憫の情が湧いてきたことも否めなかった。
 グリトニルは、自分に自信を持っていない少年だった。ヘルモーズ王の第三側妃ミディール妃の第三子として生まれたが、母は反逆者として死に服した。母の同じミレーゼやエリルと親しくすることもなく、いつも家庭教師たちの中に置き去りにされ、孤独な日々だがあった。
 母の死後は、第二側妃メイヴに養育され、逆うことすら考えられない立場を叩き込まれてきたのだ。
 王位も、指輪も、守護妖獣も与えられたものだった。ヘルモーズ王の血のつながった子ではない、との噂も耳に届いていた。
 ジュゼールが城に運ばれてきたときが初めての反抗だったという。
「夢で神が言葉を下さったから、死ぬ思いであの部屋に向ったんだ」と、後日言葉を濁しながらそう話したことがあった。
「ダーナンのロディはどうして強い王になったのだ?」
 ある時、グリトニルはジュゼールにそう問いかけた。
「目的を持たれた。とうかがいました」
「目的?」
「はい。帝位に就かれることに迷われたとき、帝位に就かなくては成し遂げられない目的を見いだされたそうです。王妃様と二人の兄上、妹君を骨肉の争いの末失われてしまった悲しみは、われわれには想像も出来ません。その傷跡深い国の帝位に就かれるご覚悟はいかばかりのものだったのかも。目的こそが、あの方を強い王にされたのだと思います」
「目的を持つなと、言われてきた」
「え?」
 グリトニルの言葉にジュゼールは言葉を詰まらせた。
「母上が亡くなられてから四年年の間、すべてはメイヴにまかせるようにといわれてきた。そうすれば王になれる、と。実際にそうしてきたから王位継承の証である指輪も、守護妖獣も私のものになった。なにも考えず、何かをしようと考えてはいけない。すべてはメイヴが守ってくれるから」
「…………」
 ゾクリと冷たいものが背筋を走った。
 ヘルモーズの元側妃はグリトニルを操り人形にして、国を自分の思い通りにしているだけではない何かを感じたのだ。
 執拗な執念、怨念めいたものを。
「そうか。目的か」
 すべてがロディと違いすぎる幼い王を前に愕然するジュゼールのそばで、なにかを探るような光がグリトニルの瞳に浮かんでいた。

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