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第二十四章《 迷 宮 》

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 カヒローネから嫁いできたミア・ティーナには守護妖獣がいると聞くが、ダーナンの歴史の中で王家に守護妖獣がいたという話は聞いたことがなかったからだ。
 また、ロディがこの数年で支配下に治めた国々にも守護妖獣がいたという話は聞いたことがない。
 ジュゼール自身、妃となったミアの守護妖獣を実際に見たこともなく、守護妖獣という存在自体が本当にあるものなのかさえ、実際にはわからなかった。
 守護妖獣とは、王家を象徴的する伝説の生き物だと信じていたのだ。
「…………」
 答えあぐねていると
――クククククク。
 ゾクリとする笑い声が耳元で響いた。
――噂ハ本当ラシイナ。
 見下すような声。
 だが、その声の持ち主がわからない。
 ジュゼールは部屋中に視線を走らせた。
 グリトニルはそうした様子を気にするそぶりも見せずに、書物を暗唱するような平坦な口調で続ける。
「大国、帝国という名はあっても、守護妖獣を持たない王は、欠陥のある王。だから、辺境の小国ノストールにも歯が立たなかった。狙うのは守護妖獣のいない国ばかり。欠陥を補うために、守護妖獣を得る為にカヒローネの塔姫と縁組をした。ノストールの転身人に対抗する力を得るために、って。やっぱりそうなんだ」
「な……」
 あまりの言われように抗議をしようとしたその時、ジュゼールの身体が激しい衝動で寝台に打ちつけられた。
 目の前には黒い霧のような獣の形をした巨大な物体が出現し、巨大な力で自分に馬乗りになり、押さえつけていた。
 突然の出来事に、自分の目を疑う。
 体にのしかかっている大きな影はその鎌首をもたげ、大きな口を開けると鋭い牙でジュゼールの咽に軽く噛み付いた。
――ククククククク。
 生々しい歯の感触が、ジュゼールの体中から血の気を引かせる。
 警告だ。そう黒い霧は言っているようだった。
(なん……だ…?)
 かつてない恐怖に全身を凍りつかせる。
「下がれ」
 グリトニルの声が小さく命じると、満足したように黒い霧は奇妙なくぐもった声で咆哮を上げ、消え去った。
 同時に、押さえつけられていた体が解放される。
「ヴァルツ。私の守護妖獣だ」
 グリトニルは、驚愕に言葉を失っているジュゼールを見て、可笑しそうに笑った。
「私から逃げ出そうとすれば、ヴァルツの牙がその咽を噛み切る。覚えておくように」
 静まり返った部屋中の沈黙と、兵士達の顔に浮かんだ恐怖の色をゆっくりと確認したグリトニルは、一瞬だけ卑屈そうに笑って背を向け部屋を出て行った

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