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第二十章《 失 月 夜 》

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 その夜、リゲルとカイトーゼの指示で《ルーフの砦》に帰る一行は山中で夜を過ごすことにした。
 疲労しているラウセリアスを静かな場所で休ませてやりたいとリゲルが望んだのだ。
「『魔眼』っていう言葉を、聞いたことはあるか?」
 たき火に枝をくべながら、大木を背もたれにしてリゲルが向かい側に座っているルナに話しかける。
 他にいるのはランレイだけで、カイトーゼやギルックたちは別の場所で酒盛りをして盛り上がっていた。
 やさしい面立ちに知性を感じさせるリゲルは、たき火の向こう側のルナがどう反応するのか興味深そうにじっと見つめていた。
「ない」
「ジーンは見たのだろう。ラウセリアスが何をしたか。そして、何が起こったか」
「うん……」
 それはとても衝撃的な恐ろしい出来事だった。
 だが、ルナにはそれ以上に、なぜだかラウセリアスの後ろ姿が悲しく感じられたのだ。
「ラウセリアスが怖くなったかい?」
「どうして?」
 ルナは直感的に、あの時ラウセリアスはただ苦しんでいただけだと思っていた。
 理由はわからなかったがそう感じたのだ。
「ラウセリアスは『魔眼』の持ち主だ。だから彼は失月夜が近づくと山にこもって、自分の両眼をつぶし、くりぬいてしまうんだ」
「え?」
 リゲルがあまりに淡々と説明したので、ルナは自分が聞き違いをしたのではないかと思った。
「ラウセリアスは『魔眼』の持ち主だ。だから彼は失月夜が近づくと山にこもって、自分の両眼をつぶして、くりぬいてしまう」
 リゲルは同じ言葉を繰り返した。
 その意味する衝撃的な言葉に、ルナは息が止まりそうになった。
「失月夜に、ラウセリアスの魔眼に見つめられた者は生きたまま死んで行く。だから奴はそれを知って自分の目を自分でつぶした。だが不思議なことに、見えないその目は、やがて次の失月夜に向けて回復していく。だから、今度はくりぬいたというんだ。しかし、眼球のないはずのその目を見ただけでも出会った人々はあの死体のようにもがき死んでしまう。一度、魔眼が開放されてしまうと、ラウセリアスが止めたいと望んでも意識は吹き飛び、殺戮はとめどもなく続けられる。それも日が昇るまでとめることさえ出来ない。そして、次の失月夜までには再び新しい眼球が再生される。信じられないだろう」
 ルナは、茫然としたままリゲルの話に聞きいった。
「ラウセリアスは何度も命を断とうと実行した。だが、ことごとく失敗したらしい。『死神デ・サラにも見放された』ってたまにそう言っているよ。死ぬことも生きることもできず、ボロボロになっているときにルージンとセインと出会った。特にセインは楽観的思考回路の持ち主だからな。『失月夜だけ、おれ達から離れてどっかに隠れてろ。だから俺の一番目の手下になれ。で、一緒に酒を飲もう』って誘ったらしい」
「ルージンとセインは、話を聞いたんだよね? 怖くなかったの?」
「どうだろうな。きっと、自分だけは大丈夫だって根拠のない自信があるんだと思うよ」
「…………」
 ルナは、ラウセリアスが眠っている場所に視線を向けた。
 そのそばにはヨルンがしっかりと付き添っている。
「ラウセリアスの『魔眼』のことを知っているのは、ルージンとセイン、カイトーゼと、おれだけだ。他の連中が知ったらラウセリアスはきっと砦にはいられなくなる。だから、ジーンもランレイも今日見たことは他言しないでくれ。頼む」
 リゲルは深々と頭をたれた。
 ルナは思い出していた。
 ラウセリアスの両眼の目映いばかりの光の輝きと痛さと、奇妙な感覚を。
 だが、自分がその光を見たことを、ルナはリゲルに話すことはしなかった。
(それに、きっとあれは……魔眼なんかじゃないと思うから……)
 ルナは穏やかな輝きを取り戻した銀盤の月をいつまでもじっと見上げていた。

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