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第二十章《 失 月 夜 》

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 だが次第に、《ルーフの砦》の山賊たちとは違う、旅人の服を来ている男たちだというのがわかってくる。
「俺だ。イズナだ。アルクメーネと一緒にいたと名乗った方が思い出せるか? それに、さっき見えていた光りはなんだったんだ?」
 半分まで戻った月の光がその顔を映し出す。
「イズナ……? どうして?」
 ルナは、イズナの顔を見て困惑した表情を浮かべた。が、やがてナイアデスの将校であることを思い出した。
 当然、連想した言葉を迷わず口にした。
「イズナが討伐軍なの?」
 ルナはラウセリアスの体を地面に静かに横たえると、イズナ乗る馬の前に立った。
 ヨルンを伴ったランレイが追いついてきてルナの隣に並ぶ。
 イズナが《ルーフの砦》を襲うなら戦わなくてはいけないとルナは睨みつけた。
「ちょっと、待てよ。おれ達とそいつらは一緒じゃない。討伐隊は……そいつらだけだ」
 イズナは、苦悩に顔を歪め地上で悶絶死している兵士たちを気持ち悪そうに見つめた。
「ゴラとセルグの混成隊だ。俺の部下は後ろの五人だけだ。お前を探す旅に二十人も、三十人も連れて歩けるわけないだろう。ミゼア山に入るのにそいつらの後ろをついて来たのは本当だ、身の安全を図れるだろう」
 イズナはとっさに嘘をついた。
 死んでいる男たちがゴラとセルグの兵士であり、イズナの部下でないことは本当だったが、討伐隊の司令部隊と同行していたのはほかならない自分だった。
 高台で様子を見ていたのだが、ゴラ、セルグ軍が、突然の失月夜に馬が怯えて暴れ出してしまったのだ。
 狂ったように走り出す馬たちに巻き込まれて、イズナは手綱をさばくどころではなくなりはぐれてしまった。
 幸いイズナたちの馬は闇夜に行動する訓練も受けており、出立前に宮廷魔道士から護符を受けていることもあり、すぐに落ち着きを取り戻したのだが、山に取り残される危険から、自分達以外の松明の灯りを求めて慎重に移動をしていたのだ。
 その闇の中で奇妙な光を見た気がした。
 気がつけば蝕が終わりを告げ、月の光が輝き始めた。
 その闇の中に、一筋の月光をうけた銀色の髪の子供がいた。
 ――ジーンだ。
 そう確信したものの気が付けば、死んでいるのか無数に倒れている修羅場の中に飛び込んでしまっていた
「イズナが討伐軍なの?」
 ジーンの言葉と怒りに満ちた緑色の瞳を見て、正直な話をする必要はなかった。
 口調からもジーンは《ルーフの砦》で山賊たちと行動していたことは間違いないだろうと推測できた。
 ならば、山賊を血祭りに上げて来た自分たち討伐隊は敵という構図になり、立場としては危険の真っ只中にいることになる。
 イズナはルナをナイアデスに連れて行くために探し回ってやっと見つけたのだ。
 ナイアデスに連れて行くには、ジーンの信頼を得ることしかなかった。
 フェリエスから与えられたチャンスを逃すことは決してならなかった。
 だから、ルナが《ルーフの砦》に身をおいている可能性も見越して、イズナたちナイアデス兵だけは軍服ではなく、旅人の服を身に纏っていた。
「俺は、ジーン。お前を探していたんだ」
「どうして?」
 イズナの偶然にしては出来過ぎている登場に、怪訝な表情を浮かべていたルナは、名指しされて少し動揺した。
「そう、俺はこの半年以上お前をずーっと探していた。理由はあとで話す。一緒に来い」
 そう言われてルナの脳裏に、イズナと一緒にいたアルクメーネの顔が浮かんだ。
「あの……あの人に何かあったの?」
「……。それもある」
 この際、ジーンを連れ帰るためなら嘘八百ついたとしても厭わないと思った。
「だから、一緒に来い」
 突然の申し出に、ルナは横に振った。
 イズナの言葉が一瞬詰まったのを見て、アルクメーネとは関係ないのだと察する。
「まだ、山は下りない」
「おい……」
 アルクメーネのことを匂わせればジーンはついて来ると思っていただけに、イズナは計算外の返事に戸惑う。
 しかも、地面にはいつくばるように倒れていた山賊とおぼしき男たちが、月が天満月の輝きを取り戻すのに呼応するかのように次々と身を起こし出したのだ。
「頼むから一緒に来い。お前に会いたいと待っている人がいるんだ」
 もし本当にアルクメーネが自分を待っていてくれるのだとしても、それならば、どうしてもディアードを見つけなければならなかった。
 ディアードと会わせてくれるとラウセリアスは約束してくれたのだ。
「どうしても、これから会わなければいけない人がいるから。その人と会わない限り山は下りない。もうすぐ会えるかもしれないんだ。そうしたらイズナと一緒に行ってもいいよ」
 やがて屈強な男たちが、ルナとイズナたちを取り巻くように集まり出すのを、イズナは眉をしかめて一瞥した。
「しかし……」
 説得しようにも、この状況では自分たちが明らかに不利だった。
 場所をかえてゆっくり話をしたかったが、それを言い出せる雰囲気でもなさそうだった。
「そういうことなら、おまえのその用事が済むまで俺はおまえと一緒にいる。俺はおまえと一緒じゃないと帰ってくるなと言い渡されているんだ」
 ルナは困ったようにランレイと顔を見合わせた。
 一緒にいると言っても、山賊のアジトである《ルーフの砦》に、ナイアデスの将校を連れていくわけには行かなかった。
 自分が去った後、諸国の軍に情報が流れてしまえば、砦が襲われてしまうのは目に見えていた。
「それは絶対にだめ。できない」 
 イズナは深いため息を吐き出した。
 既に取り囲まれていて、これ以上の押し問答は危険だった。
「わかった。その代わり俺はこの下の峠でお前を待ち続ける。俺もお前が来るまで山はおりないからな」
「うん」
 ルナもこれ以上イズナと話し続けるのは、イズナたちの身に危険が及びそうだと感じていた。
 少し離れた場所で、腕を組んだまま仁王立ちして自分達を見ているをカイトーゼを、ルナは呼んで耳打ちをした。
 ルナとイズナの言葉は、別の言語が交ざっていて彼らには会話の中身すべてがわからないとカイトーゼは説明を求める。
「おう、そういうことか」
 カイトーゼはルナから話を聞き終わると、集まっている仲間たちに向き直った。
「こいつらは、ジーンの知り合いでジーンを探しに来る途中で、討伐軍の奴らに金品を巻き上げられたんだとよ。それで、金を取り返すために追いかけてきたらしい。討伐隊はどうやら、ここに倒れている奴だけで、あとは逃げ出したらしい、おれ達は勝ったぞ!」
「おおー!」  
 カイトーゼの言葉に呼応して、雄叫びが響くが、彼らもまたその兵士たちの異様な死に顔に心なしか戸惑っているようだった。
「てめえら、よく見ておくんだな。こいつらは、失月夜に大騒ぎを引き起こして、アル神の怒りを受けた! 天罰が落ちんだ。おれ達には神の守護があるぞ!」
「そうか……」
 神の力という言葉に、男たちはやっとふに落ちたという表情にかわって行く。
「おれ達は勝ったんだ!」
「おおーっ!!」
 男たちの勝どきが山々に響き渡る。
 ルナは、イズナ達を一晩くらいとめてやろうかと言うカイトーゼの申し出を断って、イズナたちを引き上げさせた。
 そして、気を失ったまま倒れているラウセリアスを心配そうに見つめた。

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