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《第十六章 封 印 》

 数日後、ルナとランレイはディアードを探すために町を出た。
 本当ならば重傷を負っているネイをおいて行くことはできなかったが、自分を付け狙う妖獣ヴァルツからネイを遠ざける為にも、一刻も早く町を出る必要に迫られていたのだ。
 ルナは、エーツ山脈から自分達ににつきまとってきたヴァルツの話を明かし、オージーたちアンナに良い方法はないかと相談した。
 その結果、オージーが提案したのは、自分たちと一緒に町から離れることだった。
 まず、ブレアの町には結界を張ったので、妖獣ヴァルツは入り込めない。
 しかし、ルナがディアードを探すために安全に町を出るには、アンナたちが途中まで一緒に行き、ルナが町を出たことを妖獣らわざと気づかせるために、ネナの気配を町の外に転々と残しながら、安全な場所まで自分たちが連れて行く方法だった。
 ルナは、ネイに相談をした。
 もしネイが嫌だと言ったら、ルナはあきらめようと決めていた。
 重傷を負って辛い状況にあるネイを悲しませてまで、旅に出たくはなかったのだ。
 だが、ネイは「待っているから、行っておいで」と優しく言葉をかけてくれた。
 「エリルは帰ってきてとんでもないことになったことを驚くかもしれないけど、話しておく。あいつはあたしと違って旅を続けるだろうから、もう会えないかもしれないけどさ。ちゃんと伝えておくよ。あたしまでいなくなったら、嫌われて置いてかれたと思っていじけそうだしな」
 そう穏やかに笑いながら。
 宿屋の女主人も、町の人々も「ネイのことはまかせておきな」と口々に行って、ルナを温かく送り出してくれた。
 自分達のせいで町が妖獣に襲われたことを、ルナはどうしても彼らに言うことは出来ないかった。
 温かく励ましてくれるほどに、心が痛んだ。
 「必ず帰るから」と約束を交わし、ルナとランレイはアンナたちと共にブレアの町を後にした。
 その後、いくつかの町を共に旅してのち、ルナはエディスたちと別れた。
 別れ際、マティスはルナの為に〈先読み〉をしてくれたが、それは不吉な結果だった。
 「探し人に関わる道は、いくつもの国の交わるところにあるはず。でも……決して、国境を越えてはだめよ。越えればあなたの前には道は見えない。生命を落とす危険があるの」
 告げたマティス自身の表情が青ざめていた。
「いい? 絶対にリンセンテートスから出てはだめよ。私には暗く日の射さない小屋の中で息絶えるあなたの姿が見える。それはこの国ではない場所。もし探し人が国境外にいたとしても、一度引き返してくること。この国から出てはだめ、絶対に。危険な時時期をやりすごすことが懸命だわ。危険な時期……次の〈失月夜〉を越えられれば、希望と選択肢はある。けれど、絶対に〈失月夜〉まではリンセンテートスから出ないで。命を落としたらその先は歩めないのよ」
 旅を続けるうちに、エディスが知り合いだというルナに対して、オージーとマティスもまた打ち解けて話ができるようになっていた。
 それだけに、マティスは自分の〈先読み〉で初めて見た「死」に、動揺を隠せずルナに繰り返し忠告を続けた。
 だが、ルナは笑っていた。
「ありがとう」
 マティスの目が丸くなる。
「自分が死ぬ〈先読み〉ならいいよ。ネイや、ランレイやエリルじゃなくて安心した」
「おまえなぁ……」
 あまり感情を面に出さないオージーも、安堵したように笑うルナを見て心配そうに緑色の髪をクシャリと撫でた。
「危なげなくて仕方ないなぁ……。ちゃんと自分を大切に生きるんだぞ。自分が死んでもいいなんて考えるな。生きていれば凄いことだってある」
 オージーは話しながら左手に巻いていた黒い布を外してルナの左腕に巻き付ける。
「これを貸してやる。妖獣よけの術を施しておいたから、次の新月の夜までは効果がある。もし他のアンナに会ったらこれを見せて、同じ術を施してもらうんだぞ。再会の術も施しておいたから。本当に……心配なんだ。いいかい、死ぬなよジーン」
「ありがとう」
 エディスから名を封印された衝撃は大きかったが、わずかな間、エディスと共にいられた旅は、ルナの心を癒す効果をもたらした。
 最後にエディスが別れを告げる時が来た。
 エディスはルナを抱き寄せ、耳元でだれにも聞き取れないほどの声でささやいた。
「あなたにはアル神の御加護が必ずあります。お父上との約束をされた探し人に、ディアードに会えることをいつも祈り続けます。お母上もきっと祈られていると信じます。体に気をつけて下さいね。私の名付け子」
「エディ……」
「ジーンとして生きて下さい。逃げないで……」
 ルナは自分を映す、エディスの紫色の美しい瞳を心に刻もうと、いつまでもその瞳を見つめていた。

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