3章 〈12時30分 遭遇 シンクロ〉 |
「おい、おまえラグだろ」
ラグがトイレから出て控え室に戻ろうと通路を歩いていると、背後から声をかけてきた人物がいた。
「え?」
振り返ると四、五人の青年たちが、通路の突き当たりのT字路に足を止めて自分を見ていた。
その中の一人が、ラグの名を呼びながら足早に近づいてくるのだ。
「俺だよ、俺」
アイドルのような衣裳を着て、アイドルのような髪型、格好をしている同年代の人間がどんどん近づいてくる。
「え?」
ラグは面食らって、一歩後ろへ後ずさる。
「ハルトだよ。ハルト・ショウジ。オーディション受ける時、お前に写真撮ってもらっただろ!!」
「ハルト? うわぁ……お久しぶり」
ハルトは久々の再会に感激しているのか、大きな声を上げながら抱きついてくる。
ラグはその腕が離れるのを待って、同級生の変身ぶりに目を丸くしてその顔を小首をかしげて見つめる。
「そっか、デビューしていたんだよね。僕あまりテレビとか見てなくて……でも、雑誌とかでは時々見てたから知ってたよ」
ラグは、記憶をつなげてハルトが所属しているグループを思い出す。
小学校六年生の時に、オーディション応募用の写真を撮ってくれと頼まれたことがあった。
ラグの家は町で小さな写真・ビデオ等の映像関係のスタジオを経営しており、父親が不在の時に内緒で何枚か取ってあげたのだ。
アイドル事務所のオーディションに合格をしたことは本人からの報告で知っていたが、その後はハルトが別の中学に転校してしまった為、会うことはなくなっていた。
約五年ぶりの再会。
「デビューしたはしたけど。アイドルっていったって、俺らの会社だけでも、上には先輩たちが何組もいるだろ。他の事務所や劇団、俳優なんかも山ほどいるし、厳しいよ。華々しいデビューはさせてもらったけど、出られる番組は月に一、二本。ラジオが持ち回りで週一回、現実ってマジ厳しい」
ハルトは、五年前に「シンクロ」という五人グループでデビューしたが、その言葉から成功したとは言いがたい様子をうかがわせる。
所属する事務所「BAD-BOYS」はいわゆる男性アイドルの育成の他、クラシック、ミュージカル、古典芸能、俳優、モデル、コメディアン等のあらゆるジャンルのタレントを続々と誕生させている老舗の有名芸能プロダクションだ。
憧れてオーディションを受け、研修生としてスクールに通う者のその数はまさに星の数ほど。毎年何人もの新人アイドルやグループが誕生しているが、人気がなくなり自然消滅する者の数も多かった。芸能プロダクションだけでも星の数ほどある世界。放送局の数は増え、ネットの番組数が増えても人気がなければ仕事は当然遠ざかった。
マルチタレントが有象無象に現れては消えていく。どちらかというと飽和状態に近く、頭打ちの状況といえた。
「まぁ、俺の話はいいとしてさ、ラグはなんでここにいるんだ? 親父さんの仕事の手伝い?」
「ううん。今日ここでドラマの撮影をする知人がいて、見学させてくれるって言うからついて来ただけ。そういえばさ、スタジオの空気変だよね。何かあったの?」
「それがさぁ」
「おい、ハルト」
二人の様子をを見ていた、ハルトのグループのメンバーが歩み寄ってくる。
「ごめんなさい。先に行っててください」
同じグループとは行っても年が離れているためかハルトは一礼して敬語で返事をする。
「いや、そうじゃなくて」
その中の一人がラグの顔を「誰だ?」という怪訝な表情で問う。
「あ、こいつですか? ラグっていって小学生の時からの同級生なんです。こいつが、俺の写真を……」
そう言いかけて、ハルトはハッとして固まった。
自分が間違いを侵したことに気がついたのだ。
ラグに声をかけたとき、大声で叫んだ言葉を思い出す。
「俺、言っちゃってる……?」
「ハルト……?」
ハルトの顔から一気に血の気が失せる。
その隙をぬって、長髪で深い緑色の瞳をした青年がラグの顔を覗き込んだ。
「君が、ハルトのオーディションの写真を撮ったのかい?」
肩をつかまれて、ラグはキョトンとした顔で、雑誌で見たことのある前髪に一筋の金髪のメッシュをいれたその青年の顔を見つめてる。
(シンクロの……誰、だったかな?)
ラグは何を言われているのか要領を得ないまま、ハルトを見る。と、ハルトは他の仲間から問い詰められていた。
「ちょっ、ハルト。そのカメラマン、死んだって言ってなかったか?」
「あれ、嘘だったのかよ?」
「いや、違う、違うって」
ハルトは蒼ざめたまま、首をブンブンと激しく横に振る。
「だって、お前今、ここで言ったじゃねえか。『オーディション受ける時、お前に写真撮ってもらった』って」
一言一言を区切るように目の鋭い超二枚目のアオイに詰め寄られて、ハルトの目が涙目になっていた。
「アオイ……」
その様子にあわててミズキが二人の間に割り込む。
「いいから、アオイ。俺が聞くから」
ラグの肩から手を離しながら、興奮したように緑色の瞳を輝かせてラグに向き直った。
「初対面なのに、ゴメンな。シンクロのリーダーをしているミズキといいます」
「はぁ」
ラグはこの状況に戸惑う。
だが、ミズキはそんなことに構わず勢い込んで話し始めた。
「ハルトのオーディションの時の写真がさ、かなり有名なんだよ。どこの店で撮ったかこいつ絶対教えなくてさ。うちの会社じゃ一時、会社命令でその写真工房を探せっていう話が出たこともあって、その時、ハルトは写真工房の社長は、デビュー前に亡くなってしまってお店も閉店したって、お礼にも行けなかった……って、社長の前で泣いて謝ってた。でも、今こいつ、君にオーディションの写真撮ってもらったって、確かに言ってた。本当に君が撮ったの?」
「ゴメン。まじごめんなさい」
ハルトはミズキの言葉が終らないうちに、その場におもむろに座り込むとラグに向って土下座をした。
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」
そういって半泣き状態でラグの顔を見上げる。
「もう二度と言わないから。グループのみんなにも口止めするから、ごめんなさい。許して」
額を通路の床に擦り付けて謝るハルトをラグが慌てて抱き起こす。
「ハルト……」
「俺、………に殺されるかも」
顔を上げてラグを見るハルトの口元が「ルアシとアミー」と言ったのを見てラグが思わず苦笑する。
「俺、俺……」
ラグは青ざめて口をぱくぱくしている友人の顔を見ているうちに我慢できなくなって笑い始めてしまった。
「あはは……。ありがとう。ちゃんと約束守ってくれていたんだ」
「口止めされていたのに。破った……」
ハルトの脳裏に、どんなルアシとアミーの形相が浮かんでいるのかと思うと、ラグは慰めずにはいられなくなる。
ラグに支えられるように抱き起こされたハルトはそのままラグの肩に頭を落とした。そして、ラグにしか聞こえない消え入りそうな声で謝った。
「俺さ、あの写真で合格させてもらったみたいなもんなんだ。今までいろんなカメラマンに撮ってもらったけど、ラグに撮ってもらった写真が一番だった。会社の偉い人達がたくさん誉めてくれた。かっこよく写ってるわけじゃないのに、俺のいいところがちゃんと引き出されているいい写真だって、凄い腕のカメラマンだって、専属カメラマンに招きたいから紹介しろって何度もいわれた。本当にあの時、アミーの言ったとおりの状態になったんだ。だから、約束どおり死んだことにしていたんだけど……。俺、ラグを見つけてつい嬉しくて……つい……。マジ、ゴメン……」
「うん。わかった」
「俺、バカだぁ……」
二人のその様子を興味深そうに見ていたミズキが、後ろからハルトの両肩に手をおいて、ラグからひき離す。
「わけありなのはこいつの態度からわかるんだけど……」
その瞳が、ラグを正面から見つめる。
「俺達、今日の収録が中止になってこのあと時間あるんだ。君の都合がよければちょっとでいいから話をしたい」
ラグにも検討はつく。話は、多分、引き受けられそうにない「撮影の依頼」。
ラグは。軽く息を吐き出して答えた。
「ごめんなさい。僕、ドラマの撮影で来ている人の付き添いで来ているからもう戻らないと」
「多分、今日はフェニックス・テレビ関係の撮影、収録関係は、全部中止になると思うよ」
「中止?」
穏やかそうな大人びたミズキの表情がラグを見定めようとするように、メガネの奥の瞳を覗き込む。
「詳しくはわからないけど、フェニックス・テレビで問題が起きて、社員、スタッフ総動員で事態収集に乗り出しているらしい。多分、ドラマ班の人間もそろそろ撮影どころじゃないんじゃないかな。俺たちも先輩の収録の後に、歌番組の撮りがあるからって朝8時入りしたけど、4時半間待たされて中止って言われたばかり。もうすぐ、こっちはカラになると思うよ」
「そう……なんですか……」
ラグはシンクロのメンバーに視線を泳がせながら、ニコっと笑った。
「今日は、ハルトに会えて良かった。じゃあ、僕はこれで」
五人の間を抜けて立ち去ろうとするラグの前をミズキが阻む。
「いや、今日がだめなら別の日でもいい。時間は作るから、連絡先だけでも教えてくれないか?」
ミズキが食い下がろうとラグの腕をとろうとしたその時、
「カメラ小僧!!」
シンクロのメンバーの背後から熊のようなガタイと顔をしたヒゲだらけの中年の男が、ラグを囲む五人を割る様に入って来た。
「あ、ササヤマさん、こんにちは」
フェニックス・テレビの下請け制作会社のカメラマンのササヤマだった。
時々、ラグの祖父の会社に仕事を持ってくることがあり、顔見知りの人間だった。
「こんなところでタレント共にたかられて何してる? お前は、アイドルのアイドルなのかよ?」
そう言ってシンクロのメンバーを一瞥すると、ラグの二の腕を大きな手で掴み集団の中から引き離す。
「お前等には悪いが、こいつに急用ができた。連れて行くぞ」
「ササヤマさん?」
ラグはササヤマに引きずられるようにして、シンクロのメンバーたちの前から強引に連れ去られていく。
今日は、こんなことの繰り返しだ……と、内心思う。
「ハルト、またね〜」
「ラグぅぅ……」
ハルトが両手を合わせて謝りながらラグを見送る。
「なんだ、知り合いがいたのか? カツ上げでもされているのかと思ったぞ」
「うん、同級生が一人いてね」
「それは悪かった」
「ううん。ありがとう。助けてもらったような状況だから。でも、ササヤマさん、僕、連れの人がいて戻らないといけないんだけど」
「非常事態だ」
空いている会議室に連れ込まれ、目をパチクリさせているラグにササヤマが声を潜めて口もとに人差し指を当てる。
「お前、確か撮影旅行に出ているって、おやっさんから聞いたんだが、いつ帰ってきた?」
「今日です。で、なぜか、空港からそのままここに」
「どこに行ってきた?」
いつになく真剣なササヤマの表情にラグも、声をひそめる。
「欧州を中心に、北欧とか」
「その中にミレドニア国はあるか?」
「ありますよ。あのあたりは絶景ポイントが限りなくあって小さいけれど素敵な国ですね」
「よし、俺は運がいいな」
ササヤマの顔に、安堵を隠し切れないといった表情が浮かぶ。
「どうしたんです?」
「頼む、写真を買わせてくれ」
唐突な言葉に、ラグは帽子をかぶりなおす。
「……だめです」
表情が曇った。
「頼む」
ササヤマがすがるような目をする。
「突然買うといわれても事情もわからないし、第一僕の写真を僕自身も、ササヤマさんだって一枚も見ていないのに、そういうのはダメです」
ササヤマはラグの言葉に、あせりまくっている自分にはたと気がつく。
「そうだ。それはそうだ。お前の写真ならオールオッケーなんだって先入観があってな。悪かった」
ササヤマは自分の動揺具合に、首筋をポリポリと掻きながら申し訳ないという表情をみせる。
「実は……」
改まった表情で、ため息をひとつ吐き出すとラグに告げた。
「俺の後輩が、国内はもとよりヘタをすれば国際問題になるドジを踏んだ」
そう言ってササヤマは、フェニックス・テレビで起きた事件を話し始めた。
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