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ウイルド・コンパニー

第2章

〈お食事をとってまいりました〉
 この部屋にはおれ以外に誰もいない。
 なのにその声はすぐ側で言っている様だった。
 あっと。あ、そうか。今のは声じゃなくてテレパシー。
 直接脳に伝わるテレパシーだった。ならこの声の主は部屋の外からおれに話しかけているんだろう。
〈入ってもよろしいでしょうか?〉
 この声の感じは……
「どうぞ」
 おれテレパシーで返す方法知らないもんね。
〈失礼致します〉
 ドアが横にスライドすると、ワゴンに似た台を押して青髪碧眼のさっきの女の子が入って来た。
 彼女は部屋の真ん中にあるテーブルの上に、運んできた食べ物の類らしき物を並べ終るとおれに向かって静かに頭を下げた。
〈どうぞ、お食事の用意が出来ました、トゥームの神〉
「あのさあ、トゥームの神って?」
〈は?〉
 彼女は驚いた様に顔を上げ、ぱっちりとした眼で、に腰かけたままのおれを見る。
「ここに来た時から、トゥームの神、トヴームの神って言われてたんだけど、一体何のことか分かんなくてさあ」
〈トゥームの神は、貴方様のことですわ〉
「おれのことおぉぉ?!」
〈ええ〉
 彼女、静かに微笑む。
「おれ、おれはユウっていうんだ。何を勘達いしてるのか知らないけど、おれはトゥームの神とか言うもんじゃないんだよ」
〈ユウ……様?〉
「そう! 様はいらないけど、おれはユウっていうんだ」
 彼女、おれの言葉をどう受け止めたのか優しく微笑み頷いた。
〈ユウ様がトゥームの神なのですわ〉
 おれの頭の中で高らかに鐘が鳴り響いた。
 一体全体トゥームの神って何なんだぁ?
〈どうぞお食事をなさって下さい〉
 気が抜けて動く気はしないものの、腹は確かに減っている。仕方ない。ご馳走になろう。
「じゃ、そのトゥームの神について話してくれないかな?そ、それと……君の……」
 ぐ……次の言葉が咽につまってなかなか出てこない。
「あの、き、君のな、な……」
 何でこんなにも簡単なひと言を言うのにエネルギーを必要以上に必要とするんだろうか。
「き、君の名前……は?」
 うわっ、手に汗をかいてしまった。
 あ、彼女少し頬を赤らめた……。
〈メディアと申します〉
 メディア……メディア…メデューなんとかって、ギリシア神話に出てくる魔女の名前だっけ? けど、だけど、この星は地球じゃないんだから関係ないか。
 そんなこと思いつつベッドから降り立つ。
 あー、顔洗ってないや、おれ。
 腕でごしごしと顔をこすっているおれを見てか、
 メディアが布のようなものを差し出した。
〈これをどうぞ〉
 なんとなく湿り気のある布……紙にも似てるな。それを顔にあてて拭いてみる。
 お! スーって感じ。アルコールでも含んであるみたいだ。
 目もぱっちりとしたところでおれはテーブルについてメディアに食べ物の種類と食べ方の簡単な説明を受けた。
「じや、いただきます。でも、メディアは食べないの?」
〈はい。わたしは先にいただきましたわ〉
 メディアは窓側に立つと、トゥームの神についての話をはじめてくれた。
 窓から差し込むやわらかな光が彼女を包む。
〈トゥームの神は、数万年昔にこのトゥームを救って下さったことをお忘れですか?〉
 数万年前ぇ?
〈それはまだ、わたし達の祖先がユウ様のように言葉を音として互いに話が出来た時と伝えられています。そして想像もできないほどの高度な文明が栄えていた頃だとも言われています。この建物もその頃の遺産のひとつといわれているものですわ〉
 メディアは眩しそうに部屋の中の全てを見渡した。
 どうりで村の建物とこの建物との落差が大きいわけだ。
〈その文明が何故失われたのかは……今では知る者もいません。その代りこんないいつたえ伝説が残されていますわ〉
 彼女は静かに瞳を閉じた。

 それは 我がトゥームの 遥かなる時代。
 それは 我らが言葉を その口元より こぼしていた昔。
 それは 我が大地が 海が空が風が和であった時。
 それは 起きたり。
 鳴呼。
 青き世界を 灰が侵し 染め行く。
 大地は 轟き。
 大空は 雷を伴い。
 大海は 荒れ狂い。
 風は 坤く。
 アピオス 灰と染まりたる。
 灰の者 トゥームを染め行く。
 我ら なすすべなし。
 時の流れ トゥームに向かず。
 青き世界 黒き世界に救いを求めん。
 黒き世界の トゥームの神よ。
 我が命 汝に与えんと。
 七の時を待ち トゥームの神 
 我らがもとへ降りたり。
 その 黒き髪と瞳
 黒き世界の 証しなり。
 そして 神につき従う小さな光の使者達よ。
 我らが主 トゥームに降り立てば
 灰の者 トゥームより消え去りなん。
 されば青き世界
 再びトゥームに その姿を現わしたり

 メデイアの送ってきた声は、おれの心の中でいくらか神話めいたとして感じ受けてしまった為なのか、その言葉は古文的文体へと変化して聞きとることが出来た。
〈今のがトゥームにおける伝説ですわ〉
 彼女がおれを見て微笑む。その微笑みは何というか、とってもおれを敬っている感じの清楚な微笑み。
 彼女本気でおれの事を『トゥームの神さま』だと信じきっているみたいだ。
「あのさ、トゥームの神は黒髪に黒い眼、で、おれも黒髪黒眼だからっていうんでトゥームの神と一緒にしているわけかい? おれは今の伝説についても何も知らないんだ。この星、トゥームのことだって…。」
 おれはカワンという、桜ん坊とぶどうとが合体したような果実をひと粒口に運びながらメデイアを見たが、彼女は「いいえ」と言う様に真っ直におれを見つめた。
〈この建物はトゥームの神がいらっしゃった時のみ、その扉を開くと伝えられています。建物の扉だけではありませんわ。その他多くの遺産達がその眠りから目覚めるとのこと。昨日はそれらの物に尽く異変が起きたので、長がもしやと思い『翼人の休息所』までお迎えに上がったのです。トゥームの神を。ユウ様を。ですわ〉
 碧い瞳がきらきらと輝き、頬が紅潮している……思わず見とれてしまった。
 美人――というよりその一歩手前の幼女のままの柔らかさを持ち続けている女性。
 おれと同じか、少し下の年齢だろう――もちろん地球時間で、での場合でだけれど……。
 それにしても、だ。
 彼女達は、祖先の遺産にこれまでに経験したことのない異変が起こったのでトゥームの神の御到来だと思って『翼人の休息所』――あのおれ達の乗ってきたエアポートのあった一帯の名前らしい――へ行ったら、たまたま黒髪黒眼がいた。
 ただ、それだけのことで……。
 でも、何で異変なんて起きたんだろう?
 アミーの言葉を借りるなら確かに変だよ。
〈ユウ様。ユウ様がご自分が神ではないとお思いになるのは……きっと……〉
「え?」
 きっと? メデイアのそのひと言におれは思わずギクリとした。ここでは本人が違うと言っても神だと信じられる訳でもあるのか?
〈神はトゥームの人々の前にその姿をお現わしになる時、ご自分が神であるという記憶をご自身の手により忘れさせてしまうのだと伝えられております。昔、祖先達を救って下さった黒き世界のトゥームの神も、自らがトゥームの神だとはひと言もおっしゃらなかったと伝承に残っいますもの。ですから、ユウ様はその時と同じようにご自身の手によって神であるという記億を封じておしまいになられているのですわ。きっとー〉
 ああ――。
 ニッコリと微笑むメデイアを前におれはもう何も言えなかった。
 おれは本当に神さんでも、ぺーパー様でも何でもないし、まして過去の記億がないなんていう記憶喪失まがいのものでもない。
 おれには地球で暮らしてきたという立派な――多分……――記億がある。
 だけど……なあ……うん。
 おれいつから女の子に甘くなったんだろう……男兄弟で育った後遺症だろうか、それともあのルアシとアミーに出会ってしまったせいだろうか……。
 出会い? 出逢い……。と言えば、どうして彼女のような人がここに、つまりおれのそばにいるんだろう。
「メディアはどうして、その、おれの食事の世話とかをみてくれてるんだい?」
〈長、ベーダーはわたしの祖父ですわ〉
 彼女はそれだけ言うとおれの持っていた金属製のコップに飲み物をついでくれた。
 長の孫娘ってことはだ。メデイアはそれでおれの世話役に命じられたんだろうか。
 果実酒にも似たエキスを飲み終え、食べ物のほとんどを平らげたおれは、メディアに頼んで別々の部屋に別れてしまったはずのラグ達のところまで連れて行ってもらうことにした。

「わ―い! リーダーだぁ!」
 メディアに案内された最初の部屋に入ったとたん、能天気なサミーの声がおれを迎えた。
 ここ、サミーの部屋かぁ。と思いきや……。
「よぉ、遅かったじゃねぇか」
「きゃあ★リーダーよくここが分かったわねえ★」
「ほらアミー、当たった」
「まあね」
 な、何だ。こいつら全員揃ってるじゃないか……。一体誰の部屋なんだぁ?
 でも、まあ。何となくこいつらの顔を見たら安心してしまった。おれ一人だけじゃないんだっていう安心感。
「ね、リーダーその人はぁ?」
 ルアシがおれの後ろに立っていたメディアを、見つけ出した、
「ああ、彼女メディアっていうんだ」
 メディアを連中と引き合わせると、彼女は静かに頭を下げた。と、ガキ共上へ下への大騒ぎ。
「美人★」
「わぁ――。うわぁ――。わぁ――★」
「きれい……」
「わ! すごーい★」
「あら……」
 ラグ、サミー、シーダの面々思わず身なりを整える。ラグなんかトレードマークの 帽子をサッととって胸のところに持って来ている。
 それを見たメディアの頬がポッと染まっていた。
〈メディアと申します。皆様方のお世話をさせていただくことになりました〉
「あのねー、ボク、サミーっていうの? よろしくね。メディアさん」
「オレ……ぼく、シーダです?」
「ぼくラグって言います。よろしく?」
 おーっ! あのシーダまでが『ぼく』。なんて言っている。
「わたしはアミー。見てわかると思うけどサミーとは双子よ。よろしく」
「あ、あたしルアシ。ラ、ラグはあたしのボーイフレンドなの……」
 あーあ、動揺のないアミーと動揺だらけのルアシの挨拶が終わったところで、部屋の外――つまり廊下――に立つていたおれとメディアは部屋の中に入ることにした。
「ここ、誰の部屋だ?」
「オ、じゃなくてぼくの部屋です!」
 シーダの奴かしこまってやがる。
「食事を運んで来てくれた人にサミーの部屋を聞いて、その後二人でラグ達を探したの。と言ってもわたし達の部屋は全部真横一列に並んでいたんだけどね。リーダーの部屋だけが見つからなかったのよ。どこにいたの?」
 アミーが説明を混えて質問する。
「この部屋のちょうど真上辺りじゃないのかな。ね、メディア」
〈ええ〉
 と、またガキ共が騒ぎ出した。
「あ――っ! いけないんだ、リーダー。メディアさんのこと、呼び捨てにしてるぅ!」
「そーだ、そーだ!」
一人占めしてずるいぞ! メディアさんはオレ達全員の世話をしてくれるって言ったじゃねぇか!」
「ラグ! 何が『そーだそーだ』なの?」
「だってルアシはそう思わない……か……」
「思うわよ! リーダーのこと一人占めして、ずるいわ!」
「……」
 あー、頭痛ぇ。
「ところでリーダー、何かわかった?」
 アミーだけがいつもと変わりない。
「ああ、メディアが"トゥームの神伝説"について教えてくれたよ。アミー達は聞いてないのか?」
「うん、誰も教えてくれる人なんていないんだもの。ね、メディアさんその話わたし達にも聞かせてもらえるかしら?」
〈はい〉
 メディアはそう答えると、おれに話してくれたのと同じ内容を話した後、次のことを付け加えた。
〈そういえばわたしが生まれる前に一度、偽のトゥームの神が現われたそうです〉
「ぉ?」
〈ええ、皆最初は嬉しさのあまりそれと気づかず喜んで迎え入れたそうです。ところが祖先逢の残した遺産達が、その神を迎え入れるのを拒否するかの様に沈黙を保ち続けているのに人々は気づいたそうです〉
「それで偽者だ! ってわかったわけ? 」
 アミーの問いにメディアが静かに頷く。
〈トゥームの遺産達は自分達の主人以外の者に従うことはありませんわ。たとえわたし達が騙されたとしても……トゥームの神以外には〉
 一瞬メディアの表情が曇った。が、すぐに元の表情へと戻る。
〈あとのことはわたしが申し上げることではありません。長がすべてをお伝え申し上げますわ〉
 話を聞き終るとラグが力の抜けた様子で肩をすくめた。
「何だか大変なことになっちゃったね、リーダー」
「お前もそう思うだろう」
「あたしはよくわかんない。神話とか伝説って作り話なんでしょう?」
 ルアシがつまらなさそうな顔をしているのとは反対に、あのサミー何やら感動した眼でおれをじっと
見ていた。
「すごーい? リーダーって神様だったの? いいなぁ。ボクも神様になりたい」
アホか……!
「オレさあその遺産とかっていうの見たいな。すごい文明だったんだろう?」
〈後ほどご案内致しますわ。その前に皆がユウ様方にお目にかかりたいと、申しているのですがお受け願えるでしょうか。ユウ様〉
「おれ達に……ねえ」
 まあ『トゥームの神』だと信じてしまっているんだから当然のことなのかもしれないけど……。
「仕方ないんじゃない? リーダーさん」
 アミーが笑いながらおれの背中をポンとたたいた。
「アミー、おたくひょっとしてさあ、他人が困ってるのを見て楽しむ方だろ?」
「あら、わかったぁ?」
「……」
こわい子だ……。

 そういうわけでおれ達一行は部屋を出て、メディアの案内に従って歩いていた。
 と、前を歩く彼女がある扉の前で立ち止まった。
 この部屋の中にトゥームの人達がいるんだろうか?……と違うみたいだ。
〈トゥームの神。この部屋にてお召し替えをお願い致しますわ〉
「お召し替えぇ――っ?」
 んなこと聞いてない。
 でも、やっぱり学ラン姿じゃ今いち格好がつかないんだろうか? おれ学生服好きなんだけどなあ……。
〈この部屋はトゥームの神でなければ入れないそうです。長から長へと伝えられた話では、この中にトゥームの神でなくては入ることの出来ない部屋がひとつだけあり、神はその部屋にてお召し替えをなさるとのこと、その部屋がこの部屋ですわ〉
「ヘェー。じゃトゥームの神って奴はこの部屋の人間鍵なのか」
 シーダ。お前なぁ……。
 連中の声を背にの前に立つ。
 扉の上の方に赤外線スコープのようなものがおれの姿を見つめているのに気がついた。そして五秒程、間をおいて扉が大きくいた。
「うわあぁ……」
 思わず歓声。凄いや、この部屋。
 高く広い半円球の天井に天体図。さながらプラネタリウムを想像させるが、それは天井だけでなく部屋全体を小さな宇宙空間として造り上げていた。
 思わず一歩部屋の中に足を踏み入れてしまう。
「ねえリーダーこっち向いて★」
 ルアシの声にドアの方を振り向く。
「キャア★ リーダーの中に融け込んで行くみたい、髪と眼と服の色のせいよ」
 そっ、そうかなあ……思わず照れてしまう。
〈ユウ様どうぞ奥の方へ〉
 メディアの言葉に従がって進んで行くと。
わっ! 突然おれの足下から円形筒状の金属製――だと思う――の壁がするすると出て来ておれの周りを取り囲んだ。
「あらぁ。リーダー本当に融けちゃった」
 ルアシーぃ! なに言ってるんだよぉ、もう。と、明りがついた。
 薄い紫色、紫外線かな。これ。何となく閉じこめられた感じ……。
「リーダー! いるのぉ?」
「おー! いるぞぉ!」
「何やってるのぉ?」
「何もやってない」
 ラグ達とやり取りをしていたら突然この壁がうなり始めた。
「…………?」
 おののいているおれの目の前で壁が四角い口をぱこっと開け、中から何かを出した。
 サークレットに短剣。そしてあとは衣類。
 ひょっとしてこれを身に着けるんだろうか。
 服は二枚重ねになっていて、中に着る服はハイネックの半袖、腕首には金属製のブレスレッドが位置している。そして上着の方は左の肩元で服をとめられるように出来ていて、その上着の襟元から裾にかけて模様が刺繍によって施されていた。あとは布製のとスラックスにブーツ。そしてケープ。
 全体の色が青色で整えられているようだ。
 肌触りがすごく滑らかで、光沢もあって厚みがしっかりあるのにシワはまったくないし、軽い。
 超高価な生地だってことぐらいおれでもわかる。
 本当に……おれが着るんだろうか?この……と、考えあぐねていたらガキ共が騒ぎ出した。
「リーダー、どうしたの? まだぁ?」
「早くしろよぉ!」
 うぐ……。くそお! もうこうなったらやけだ。
 おもむろに学ラン脱ぎ捨て着替え出す。
 鏡がないだけ精神的には気が楽だけど、似合わなかったら最高の悲劇。笑い者になってしまう!
 でもこの星の人逢も似た様なデザインの服を着ていたし大丈夫かなぁ……と、このサークレット頭にはめるんだな。そして短剣は、腰のベルトの間にはさめばいいや、完了。
「こんなもんかな? ――あれ?」
 着替え終わったと同時に壁はスルスルと自動的に下がり始め、あっという間に床に消えてしまった。
 簡易更衣室だったのかな……。
「あ! リーダーよ。早くこっちに来て」
 ルアシの声が飛ぶ中、おれは脱いだ学生服一式持っておそるおそる部屋の外に出た。
「馬子にも衣裳」
「わ――、いいなあ。ボクも着たい」
 双子であってもやはり性格は違うらしい。このふたり。
「キャアっ★ リーダー顔真っ赤。かわいいー★」
〈とってもお似合いですわ〉
「リーダーその短剣はぁ?」
「頭の輪っかはぁ?」
 あー、何て賑やかなんだ……。
〈伝説では、剣はアティヌ。そしての輪はルメイヤと伝えられていますわ〉
 メディア、そう言っておれにやさしく微笑みかけた。
「わ、それ全部貰ったの? リーダー」
 おれのなわけないだろうに。
〈はい。トゥームの神のものですわ、すべて。さ、どうぞご案内致します〉
 ご案内……あ、そうか、この星の人逢に会うんだったっけ。しかしトゥームの神でもないのに、こんなことしていいんだろうか?
 いいわけないと思うんだけど――。

 歓声。歓声。歓声。
 目まいがするほどの歓声の渦。
 数千人の歓声がおれを縛りつける。
 テレパシーの歓声ほど凄まじいものはないものだろう。
 音として耳から入ってくる音は耳を塞げば多少なりとも音は小さくなるけど、テレパシーって直接頭に入って来るし、こういう体験って初めてだから防ぎ方がわからない。
 うーっ。頭の中がガンガンして来た。まるで鐘をついているみたいだ。
 ゴーンゴーンゴォ――ン。
 目まいを起こしかけながら隣りに座っているアミーを見ると、なんだかおれよりきつそうだ。苦しそうに肩で息をしている。
「大丈夫か?」
「う……ん……」
 他の連中は、と見るとサミーをのぞくラグ達はそんなに感じてもいないようだった。
 どうやら、この双子とおれだけがきついと感じているらしい。
 アミーとサミーは特殊な能カがあるとかないとか言ってたから強く感じるんだろうけど、おれの場合は直接攻撃だぜ……。
 この大広間に集まっている人達全てがおれを『トゥームの神』と信じ切った様子で盛んに歓声を上げている。
 このはおれ達がいた部屋と同じ建物の中らしい。五千人は楽に収容出来そうな、そのフロアの正面。奥の奥に段の高くなったところがある。そこは多分、王座。そして、今そこにはおれとラグ達が不安を抱えながら座っていた。
〈トゥームの神よ〉
 歓声の中で威厳に満ちた長の声が響いた。
 歓声が止む。
 長のべーダーはおれの正面。段の下のフロアに白のローブをまとい、数千人もの人々を従える代表者として立っていた。
 そのすぐ後ろにメディアの姿もある。
〈トゥームの神よ。我らトゥームの民は今再び、あなたに救いの手を求めなくてはならなくなったことをどうかお許し下さい。
 我々があなたに願いを乞うたこの“七の時”がどれ程長く感じられたことか――。
 神よ、偉大なる我トゥームの神よ。
 どうか今再びトゥームを救って下され。
 今、トゥームは何者とも知れぬ者により重圧を受けております。
 我孫娘、メディアの申す話によりますと、何者かが自分へ様々な通告を送って来るとのこと。
 そして、それは通告後、ひとつの時の問に実現してしまうのです。
 例えば『数日後にトゥーム全域に対し日照りを起こす』と告げられれば、その通りになり、『水害を与えよう』と来ればその様になってしまう。
 天地をも自由に操つることの出来る恐ろしい者が我らトゥームの民を苦しめ、脅かかすのです。
 そして、ある日とうとう恐るべき通告を申し入れて来ました。
 『我をトゥームの神として受け入れよ。万が一拒否することあらばこのトゥームに、守りの星々が天よりその地へ落ち行くことになろう』と。
 そのような言葉を受け入れることは神にそむく行為。
 どうか今再びお力をお貸し下され。
 神よ!!〉
 ベーダーは言葉のひとつひとつに力を込め、そう言い終えると悲痛にさえ感じる表情でおれをじっと見つめた。 
 べーダーだけじゃない。大広間にいる人達全員が全員、闇の中から光を見い出そうとでもしているかのようにくいいるようにおれを見つめている。
〈神はきっと我々を救って下さる〉
〈神は我々の為にトゥームに降りられた〉
〈トゥームが救われるなら、この命をも神に捧げましょうぞ〉
〈神よ〉
〈トゥームの神よ〉
 言葉として今まで彼らが伝えていたものとは別種の、心の中での想いとでも言ったらいいのか、そんな感じのものがおれの胸の中に、ひとつひとつの想いとして突き刺さった。
 何て言ったらいいんだろう……。
 おれ、おれが本当にトゥームの神さんならこの人達助けるために何でもしてやりたいと思う。
 だけど……だけど、おれただの中学生で……人間で……神なんかじゃなくて……。
 だけど――。
 この人達前になんて言えばいいんだよ。今おれが本当のこと言っても信じるわけないし、ヘタをすると彼らの願いを拒否したと思わせてしまうかもしれない。
〈ユウ様……〉
 メディア彼女の声が胸を貫いた――と、一瞬おれの頭の中は空白化し何ごとかが口をついて出た。
「わかりました。出来る限りのことはさせていただきましょう」

 庭の陽当たりのいい場所におれ達は円陣を組むようにして、様々な格好で座っていた。
「ね、元気出してよリーダー。リーダーが悪いんじゃないんだもの! 最初っから間達えてるあの人達の方がいけないのよ!」
 ルアシが大声で抗議するように言った。
「そうだよ。リーダーがあの時、違うって言ったって誰も信じなかったと思うよ」
「ボクもラグと同じに思うよ」
 サミーのセリフ言葉におれため息をつく。
「みんなの言う通りよリーダー。リーダーがああでも言わなきゃわたし達今頃どうなってたかわかんないもの。昔から『可愛さ余って憎さ百倍』。とも言うじゃない。誰もリーダーが悪いなんて言ってないわよ」
 アミーが今までになく優しい声で言った。
 おれ、ふたつ目のため息をつく。
 あの大広間で言ったセリフ言葉を思い返しては何であんなことを言ってしまったんだろう、という後悔の念に頭を押さえつけられて、もう気分はどっぷりブラック・ホール。
 長のべーダー以下全員は飛び上がらんばかりに喜んだけど、おれは茫然自失。気がついたらここにこうして座っていた。
 多分、ラグ達がおれの様子に気づいて、人のいない所まで連れて来てくれたんだろう。
 メディアは席をはずしているようだ。
「大丈夫よ。あたし達リーダーのこと、見捨てたりしないから」
 みっつ目のため息をつこうとした時、突然腕の中に何者かが飛び込んで来て、おれは驚いて顔を上げた。
「元気だせよ、リーダー。それパラっていうんだってさ」
 パラ?
 シーダに言われて腕の中を見る。
「うさぎ……か?」
 いや、ちょっと違うかな。うさぎに似てはいるけどフサフサしているしっぽは狐に似ているし、くるくるとした愛らしい目はリスを想像させる。でもまあ、あとは真白で柔らかそうな毛といい、チャームポイントの大きな耳といい、うさぎを思わせる小動物だった。
「どうしたんだ? これ」
「林ン中で見つけたんだ。おっかしいんだぜ、ここの連中このパラ見て悲鳴上げてやんの。テレパシーの悲鳴!」
 シーダはゲラゲラ笑いながら説明をした。
「さっきあそこの林ン中に白いのが跳ねてたんで聞いたら、メディアさんがパラだって教えてくれたんだ。それでオレが捕まえて歩いていたら途中で会った人達大 騒ぎしやんの。何でだろうと思ったら、このパラがここの人達の体に悪影響を与えるんだとさ。オレ何でもないぜ」
「ボクも触わりたい★ リーダー貸して」
 サミーが手を差し出したのでパラを抱き上げようとしたらおれの頬をペロリとなめた。
 おお、可愛いじゃないか。
「ほれ」
「わーい。パラだぁ★」
「リーダー少しは元気になった?」
 ルアシが心配そうにおれの顔をのぞき込む。
 金髪がサラリと音をたてて揺れ、目の光を受けて黄金色に輝いた。
「ああ、ありがとうルアシ。もう大丈夫だよ」
 何とか笑顔をつくってみる。
「おれは『トゥームの神』。でも何でもないけど約束したことには変わりはないんだ。『武士に二言は無し』ってね。出来るだけのことはやるさ」
「そこでね、リーダー」
 おれのそのセリフを待っていたかのように、アミーが人さし指を立てた。
「長は正体不明の相手が天地を自由に操るって言ってたでしょう。だけどそれ、今の地球じゃすでにテスト・ケースの段階まで持って来てるじゃない? ほら気象調整の為の」
「あ――っ!」
「でしょう」
「だけどよぉ」
 シーダが異論あり気に口を出した。
「ここの星の文明って昔から最高度な技術があったんだろう? だったら何で自分たちも気象調整システムで対抗しないんだよぉ」
「シーダ、メディアさんは昔栄えてたとは言ったけど、今も栄えてるなんて言わなかったよ」
「そーよそーよ。シーダのバカぁ」
 ルアシがラグの腕をとってそばにくっつきながらシーダをヤジった。
「なんだよ! じゃ何で昔栄えてた文明が今のこの人達に伝わってないんだよぉ! おれ達のいるここらの超高層建築物以外、まるでへんぴな田舎村じゃねえか! 説明してみろよルアシ!」
「あたしにわかるわけないでしょう!」
 ルアシが眉を逆立てて怒鳴るのを見て、シーダは言い返せる相手ではないことを思い出したのかブツブツと一人言を言っていた。
「女はすぐこれだから……」
「文明って栄えたら滅んじゃうのかなあ。ムー大陸とかアトランティス大陸とか、みんなある日突然その姿を消したっていってるもんね。どーしてかなあ?」
 サミーがいつになく真面目なことを言っている。
 本当に何を考えているのか、わからないガキ共ばかりだ。
 そう思いながら空を見上げた。
 大気汚染とかってないんだろうな。どこまでも高く澄んだまっ青な空。きれいだなぁ……うん。
「え? 空がどうしたって?」
「何がきれいなのリーダー」
 突如としてアミーとサミーが振り向いた。
 何でおれの思っていたことがわかったんだぁ?!
「べ、別に何にも」
「ふうーん。ならいいけど」
 ぶ、不気味や。不気味な双子だぁ……。
「おれちょっとあの丘の上まで走ってくる」
 はずみをつけて立ち上がる。
 今は何となくただ走りたい気分だった。
「オレもあとから行くよ。このパラ馴らすんだ。おいサミー、おれのパラ返せ」
「ずるいシーダ、ボクもほしい」
「転ばないようにね。リーダー」
「シーダ達とあとから行くよ」
「あたしもラグと一緒に行くからぁ」
 種々様々な見送りの言葉を背中に、村とは反対方向の、シーダがパラを見つけたという林を抜けたところに見える小高い丘に向かって、おれは走りだした。
 大地一面緑の世界。その中に出来た一本の細長い道。
 アスファルトの道とは全く異った、地肌が剥き出しになったままの地表が足に優しい。
 革のブーツで走るのはちょっと考えものだけど、それでもこの走り良さは絶好だった。
 ケープがなびいてパタパタという音を発する。
 澄みきった空気と吹き抜ける風。そしてあたたかい陽射し。それらのものすべてが優しくおれを包み込んでいるようだった。
 足どりも軽く、土を蹴る音が小気味良い。
 そして不思議なことに、走れば走るほど先刻まで沈んでいた心がどんどんと軽くなって行く感覚を味わっていた。
 ふと、立ち止まりたいという思いに駆られるのを振り切りながら、おれは丘の上を目差して走り続けた。
 規則的な呼吸を繰り返し続けているうちに、おれはいつの間にか軽い錯覚の中に身を浸していた。
――ここは地球。それも近代化の波で自然が押し潰されかけている地球じゃなくて、人々が自然と共存していた頃の地球。木々が高く高く太陽の目射しを求めて両手を伸ばし、緑の大地を小動物達と駆け巡る。
 そんな地球をおれは走り続けた。
 そしてその錯覚は錯覚を呼び、今、おれは宇宙空間を滑走する。
 どこまで行こうとも決して追いつくことは出来ないだろうどこかへ向かって、いくつもの星雲がまるで小さな星のように光を発しながら点在していた。
 全身に満ち溢れる不思議な感動。
 何かとりとめもない大きなものが体いっぱいに広がり始めた。何と表現したらいいのだろう。そう、風船だ。この感じは、破裂寸前の風船を両手で包み込んでいる時に似ているかもしれない。どこまでも膨らみそうな、それでいて今すぐ弾けてしまいそうな、そんな不可解なものが膨張し続け――。
 と、それは突然ふいうちを喰らわせたかの様に消えてしまった。
 何の余韻すら残さず、あまりにも呆っ気なく、目覚めれば忘れてしまう夢のように素っ気なく、それは去った。
 そして気がつくとおれは一本の大木にもたれかかって大きく喘いでいた。
 いつの間にか丘の上まで走り着いていたようだ。
 心臓が高鳴り、全身に動悸が響き渡る。
 おれは木のそばを離れると、今度は緑の草原の中に全身の力を抜いて仰向けに寝っ転がった。
 少し日射しがきついかな……。
 流れ出る汗をそのままに、忍び寄る眠気を迎え入れながら、おれは数回大きな深呼吸をした後、胸の鼓励を感じながらまぶたをゆっくりと閉じた。
 陽のぬく温もりが放り出した手足、体中に染み込んで行く。
 風がなんとも気持ちいい。高まった体熱をやさしく静めてくれる。
 どこか遠くで小鳥のさえずる声が聞こえて来る。
 長閑だなあ――。
 意識が半分夢の世界へと傾きかけた時だ。にわかにくすぐったいという感覚が起きて眠気は遠のいていった。
〈…………〉
どうしたんだろう。本当に何かこそばゆいや。思わず顔がにやけそうになる。
〈カミシャマ〉
 ひ、ひえ?
 だ、だめだ! くっ……くすぐったい!
〈カミシャマ〉
 へっ?
 声を発して笑い出そうとした寸前、おれは眼を開け、幼い女の子がおれをのぞき込んでいるのを知って体を起こした。
〈カミシャマでしょ?〉
 あ……この感じ。
 今までくすぐったかったのはこの子の精神感応〈テレパシー〉の為だったんだ。
 テレパシーって何となく分かって来たような気がする。人によってそれぞれ波長というか、感じ方が達うんだ。声が人によってそれぞれ達うのと同じように。
 長のべーダーは老樹の風格を漂わせる感じ。メディアは春風の様な温かくて優しさのある感じ。そして目の前にいる女の子はくすぐったい感じ……かな?
「君が今おれ……じゃなくて、お兄さんのこと呼んだの?」
 おれわざとらしく自分の顔に指さしながら聞いてみる。
〈はい。カミシャマ。お兄さんはカミシャマなのでしょ?〉
 四、五歳位の可愛らしい女の子だった。
 髪の短いところを除けばどことなくルアシに似ている。
「お兄さんは神様じゃないんだよ」
〈くしゅぐったい。耳から聞こえてくるの、くしゅぐったい〉
 女の子はそう言ってくすくすと笑った。
 ってことは耳は聞こえてるわけだ。この子がくすぐったがっているのは多分声。 それも人間が言葉として発する声を初めて――かどうかは知らないけど――聞いた為にくすぐったさを感じているんじゃないかと思う。
〈でもお兄しゃん。しょれ。カミシャマのお服でしょ? 絵本で見たことある。あと、ルメーヤとアテー持ってるよ。しょれに目と髪が黒色だもの〉
 女の子は丸い眼で穴のあく程おれをじーっと見つめてからにっこり笑って言った。
〈カミシャマのお兄しゃんて、やしゃしいのね〉
 うっ。可愛いい★ とっても可愛いい★
「名前は何ていうの?」
〈ロリー〉
 へえー、ロリーちゃんていうのかぁ。
〈カミシャマのお名前はトゥームしゃまでしゅか?〉
「あ、お兄さんの名前はね、トゥームじゃなくてユウって言うんだよ。だから『カミシャマ』って呼ばなくてもいいんだよ」
〈ふーん。しょうなの〉
 ロリーちゃんがあどけなく笑うのにつられておれの顔も思わずほころびる。
そんな時どこからかロリーちゃんを呼ぶ声が聞こえて来た。もちろんテレパスの声だけど。
〈ロリー! ロリー!〉
 声が強まって来るのと人影が丘を上って来る姿が映ったのとはほぼ同時だった。
〈あ、お母しゃま。わたしのお母しゃまよ。お兄しゃん〉
 ロリーちゃんの母親はおれ達に気づいてかその足どりをゆるめた。
〈ロリー。まあこの子はどこに行ったかと思ったら……は? 神! トゥームの神……さま! お許し下さいませ。娘のロリーが何かご無礼でも……?〉
 若い母親は無意識のうちにか膝を地につけ、両手を胸の前で組み合わせておれを見つめた。
 おれの膝の上に座っていたロリーちゃんはキョトンとした様子でおれと母親の顔を交互に見比べている。
「いえ。ロリーちゃんは何も。ただ、ぼくと話をしていただけだから。あの……そんなに真剣な眼で見られると……」
〈有難うございます。なんとお優しい。やはりあなた様がわたし達の為に来て下さった真の『トゥームの神』なのですね。さ、ロリー、神様にお礼を申し上げなさい〉
〈お兄しゃん。ありがとう〉
〈お兄さんじゃないのよ。神様と……〉
「いいんです。おれがロリーちゃんにそう呼んでくれるように頼んだんだから。それに、おれただ普通の人間で……トゥームを助ける手伝いをするとは約束したけど、本当はトゥームの神じゃないんだ。みんな勘達いしちゃってるだけで……、だからおれのことはユウって呼んで下さい」
〈ユウ……様……?〉
「う、うん」
 何か。どーしても『様』を付けたいらしい。
 でも気分的には楽になったので、膝の上のロリーちゃんを座ったまま抱き上げる。
〈お兄しゃんはカミシャマのお星から来たの?〉
 母親は不思議そうな顔をしながら草の上に座り込んだ。
「お兄さんは神様の星から来たんじゃないんだよ」
〈じゃあ、どこから来たの?〉
「とおーっても遠いところからだよ」
〈とおーっても? とおーっても遠いとこにもお星しゃまがあるんでしゅか?〉
 小首を傾けた仕草がすごく可愛い★
「そうだよ。このお空はとおっても大きくて広いんだよ」
〈本当? ロリーも見てみたいなあ。とおっても大きくて広いお空をぜぇーんぶ〉
「そうだね」
 ロリーちゃんに笑いかけながら、ふと周りを見たおれの笑顔がひきつったまま停止した。
 その、ついさっきまでロリーちゃんの母親だけしかおれ達のそばにいなかったはずなのに、いつの間にか大勢の、青髪碧眼のトゥームの村人達がおれ達のいる場所を中心にして少し離れた所に、座ったままこっちを見つめていた。
「あ、あの……あの人達は?」
 ロリーちゃんの母親に聞いてみる。
〈皆、ユウ様をひと目拝見しようと、ユウ様のお声を聞きつけて集まって来た人達だと思いますわ……きっと〉
「ふ、ふぅーん」
 おれ神様じゃない、って言ったばっかりなのに……。
 ここに来た人達も全て、メディアのようにおれ――つまりトゥームの神――が神だという記憶を封じているのだと信じているのだろうか……。
〈神よ――〉
 人々の中から一人の老人がおれの前まで歩み寄って来ると、ゆったりとした物腰で目の前に腰をおろした。
 年齢のわりにはなかなかの体格の持ち主で、旅から旅を続けているとでもいったそんな雰囲気を体中に染み込ませている老人だった。
 その老人の、大地にどっしりと根を張った大木のイメージ感応が声となり脳の奥底にまで響いた。
〈黒き世界のトゥームの神よ。貴方様は今、自らは『トゥームの神』ではないと仰せられた。しかし、お悩みになられますな。神よ、貴方様は、貫方のその偉大なるお力により、自らの記憶を封印なされたのですから。その証に、貴方様が神と名乗られなくともトゥームの遺産達が貴方様に代わり、そのことを我らに伝えました。自ら何者の手も借りることなく、貴方様方を迎え招く為、眠っていた建物が蘇り、すべてに灯を燈したのです。〉
〈貴方様を迎える為以外に――一体、真の神以外にだれびと誰人がそのような行為を成すことが出来ましょうか。いま現在、我らを脅かし、天地をも操つる魔性の者にさえ出来ぬものを――。どうか御心配召されるなトゥームの神よ。貴方様は、真に我らがトゥームの神でござられるのですから〉
 老人はおれに話す間を与えないかのように、一方的に言いきり、大きく頷いていた。
 と、周囲にいた人々も、老人の話に触発されたかのようにおれのそばに駆け寄りはじめ、しまいにはまたも、「神よ、神よ」の大コールとなってしまった。
 ああ……。
 おれはロリーちゃんを抱いたまま、精神感応――テレパシー――の超大歓声にひっくり返った。

 とっくん。とっくん。とっくん。
 透明なケース容器の緑色をした液体の中で、それ浮いていた。
 ブヨブヨとした灰色の・・それは液体という名の宙に浮く脳――『生きた脳』であった。
 そして、その脳の下部より延びている一束の筋がケース容器の外部へ続いており、その長く延びた筋は、周囲にそびえている冷たい光を放つ物質の内部へと入っていき、その物質の中央にあるひとつのカプセルに接続していた。
 カプセルは、親指程の長さの小さなラグビーボール状であったが、その表面は貴金属の冷たい光で覆われている。
――記憶せよ――
 声が命ずる。
 とっくん。とっくん。とっくん。
 カプセルの真下より、人間の心臓と似た――しかし確かに異質と感じさせる――鼓動が響いていた。

 目を覚ますとおれの顔をのぞき込んでいるラグ達の顔があった。
 同時に古びた木材の臭いが鼻につき、薄暗い視界の中を見まわす。
 ……どうやら建物の中にいるようだ。どこだろう?
 暗く高い天井、カーテンで仕切られた窓。その窓の枠に両手を添えてぐいと押し、アミーが思い切り開放した。
 光と風が飛び込んできて、部屋の中はたちまち明るくなる。
「ここは?」
 頭を軽く振って体を起こす。
「丘の近くにある空き家よ」
 水の跳ねる音がしたかと思うと、ペチャッという音を立てて何かの塊りがおれの顔にぶち当たった。
「ストラーイク!」
 サミーの元気な声が響く。
 な、何だぁ?
 塊りは顔からずり落ちて、あわてて下に揃えた手の平の中へ収まった。
 ペチャってこれ濡れタオルじゃないか。
 投げたのは窓側に立っているアミーのようだ。
「じゃ……ロリーちゃんや他の人達は? で、何でおれここにいるんだ?」
「あのねぇ」
 アミーがため息をつく。
「わたし達があれから少したってリーダーのあとを追って丘の上へ行ったら、誰が倒れていたと思う? 大勢の人達の真ん中で堂々と大の字になって……。あー、恥かしい。本当はそのままにして帰ろうかとも思ったんだけど、周りにいた人達が驚ろいちゃって凄かったもんだから、仕方なくそばにいた人達に手伝ってもらってここまで運んだのよ。さっきまで押しけて来た人たちに返ってもらうのに大変だったのよ」
「ヘえ――。そうだったのか……」
「そうだったのか、ってねえ」
 アミーが思いっきり呆きれた顔をする。
「で、リーダーこれからどうするんだ?」
 パラを両手で抱きかかえたシーダが言った。
「どうって……あ、メディアに話を聞きたい。彼女がことのあらましをよく知っている みたいだし。それとこの服、学ランに着替えたい。少し動くのに不便だろ? 着慣れてないし」
「そんなことだろうと思ってリーダーの服、メディアさんから貰い受けてあるわよ」
 アミーがクスっと笑うと、得意そうな顔をしてサミーが服を差し出した。しかし、本当にこの子のカンの良さは人並みじゃない。
「メディアさんもあとから来るわよぉ」
「手伝ってくれた人にことづけを頼んだから」
 相変わらず仲の良さそうなラグとルアシが並んでいる。
「そうか」
 窓の外を見ながらベルト帯を解いて、上着を抜ぎ出したらルアシが小さな悲鳴を上げた。
「ん? どうした?」
「え、だってえ……ね、アミー一緒に来て」
「ん。OK。じゃ失礼するわね、リーダー」
 アミーは頬を赤らめているルアシにウインクを送ると、部屋の外へ二人揃って出て行ってしまった。
「どうしたんだろ?」
 シーダが不思議そうな顔をしながらパラをあやしているが、構わずおれは着替えを続ける。
「そのうち一度、あのUFO船に戻らなきゃね。ボク荷物置きっぱなしなんだ」
「そうだなぁ……」
 サミーが、脱いだおれの服を暇そうにたたんでいる。
「ところでさ。リーダー、メディアさんって巫女さんみたいだよね。正体不明の主の通告を伝えることの出来るただ一人の女の人。カックいーじゃん」
 シーダがそう言うのを、ラグが笑いながらつけ加えた。
「日本古来からの巫女は、神様の言葉を人々に伝えるものだってぼくはアミーから聞いたことがあるよ。だろ? サミー」
「うん。でもなんでメディアさんがその巫女みたいなのに選ばれたんだろうね。リーダー」
「長の孫娘だからじゃないのか? おいシーダ、おれの服をパラにかぶせるな」
 パラがТシャツの中から顔だけ出してキョトキョトしているのを見て、ズボンのベルトを締めていたおれは吹き出した。
 サミーやラグも同様でケタケタと声を押し殺して笑っている。
「リーダー・パラの出来上がり? なんちゃって」
「バーカ★ ほら返せ」
 ドア側に立つシーダに手を伸ばした時、そのドアが開いて真っ青な顔をしたメディアが駆け込んで来た。
〈ユウ様、ご容態は?〉
「え? ああ、もう何とも……」
〈し……失礼致しました〉
 メディアはおれを見たとたん、顔を朱に染めて、慌てて部屋の外に出て行ってしまった。
「どうしたんだろ?」
 さっきシーダが言ったのと同じセリフを口にしてみる。
「リーダー。服着てないからじゃないかな」
 ラグがクスクス笑っている。
 そうか……じゃさっきのルアシ達もそれで?
 へぇー、女の子っておもしろいんだ。

「しかし、ここだけ別世界だよなぁ」
 おれ達を地球から、この星まで運んできた宇宙船の中の荷物をとりに、船(って言うかUFO)の置いてあるエアポートのある高台に行くと、シーダが改めて回りを見渡しながら、うーんと唸った。
 メディアの話からすると、ここは無造作に巨石が転がっている以外は、一面草原だったらしい。
 でも、おれ達が上空から見たときは、小さいけど整備の整った立派な空港だったんだ。
〈ここもユウ様方がいらっしゃられたことにより、その本来の姿を現わした遺産達の一部です。『翼人の休息所』と昔から呼ばれて来たところ場所ですわ〉
 メディアが誇らし気に瞳を輝かせておれを見る。
「じゃ、あれも超高度文明時代の?」
〈はい。目覚めた建物の中には、今、昔より代々この『翼人の休息所』を見守ってきた護人達が様子を見に入っているとのことですわ。でもわたし達が見ても何も分からないですわね、きっと〉
 メディアがそうシーダに言ったとたん、シーダとラグ、ルアシの三人は眼を爛々と輝かせた。
「行ってきても……いい?」
〈もちろんですわ〉
 この言葉にシーダは飛び上がると、パラをサミーに手渡して、駆け出したラグ達の後を追って行った。
 残ったおれとメディアと双子の四人は、本来の予定通りUFO宇宙船の中に乗り込んだ。
「誰も入った様子はないのね」
 アミーが、へや操縦室に放り出されたままのバック類を見てつぶやいた。
「あのねえアミー、ボク気がついちゃった」
 ポケーっとした顔でを見回してしていたサミーがその視線をアミーに向ける。
「ボク達が泊まった建物の造りと、この船の構造がね、似てるんだよ。基本構造がね。例えば扉や窓の形。秘か全部六角形だった」
「偶然じゃないのか?」
 おれのセリフにアミーは肩をすくめた。
「さあね」
「ボク決めたぁ!」
 間をおかずにサミーが大声で叫んだ。
「『この船』って言うの呼びにくいから名前決めた。『アルファ号』って言うの」
 な……こいつの頭ん中は一体どうなってるっていうんだ。構造が云々かんたら言ってたかと思ったら今度はUFOの名前だぁ……?
「アルファ号? 何で?」
 メディアは不思議そうにおれ達のやりとりを見ている。
「だってボクが折角この星にアルファ星って名前付けたのに、この星トゥーム星なんでしょう? アルファ星じゃなくなっちゃったから『アルファ号』にするの」
 あー、何て安直なキャラクター個性。ネーミングセンスというものがまるでない。
「単純すぎないか? 例えばこの船の姿から『スター・シップ――星船――』とか、『シーティング・スター――流れ星――』とか」
 と、アミーがサミーの助け舟を出した。
「あら。そうでもないわよ。『アルファ〈α〉』はギリシア文字の第一文字で物事のはじまり最初。とか、ある未知数。とかの意味があるのよ。一見単純そうだけど底が見えないなんてこの船そのものじゃない。物事の始まりってところもね」
「う……うん」
 アミーはおれが頷くのを見ると腕のMTTWのコールボタンを押してラグ達を呼び出していた。地球以外の星でも使用可能なんだろうか? お、でも通じてるみたいだ。何でだ?
〈あれは何ですの? ユウ様〉
 メディアが不思議そうに小首を傾げてアミーを見つめる。
「あれはおれ達が遠くに離れていても互いに連絡が取れるようにする為の装置なんだ。すぐそばで話しているのと変りない時間でね」
〈まあ。わたし達は遠くにいる者と言葉を交わすのはとても難しいことですわ。道のりが遠くなればなる程、神経を集中させなくてはなりませんし、感応〈言葉〉が届かない場合がほとんどなのです〉
 へえー、いろいろなんだ。
 アミーは二言、三言、言葉を交すとMTTWのスイッチを切ってニッコリと笑っておれを見た。
「ラグ達三人ともOKよ。これで文句なしね。リーダー」
「はい。はい」
 パラと一緒に飛び跳ねるサミーを横目にアミーが続けた。
「それと、ラグ達近くまで探険に行って来るからって。夕方までには『アルファ号』に戻るらしいわ」
「了解」
 あいつらのことだから心配ないだろう、いざとなったら腕のMTTW通信機で連絡をとってくるだろうし。
「さて、と」
 おれは入口近くの壁際に並んでいるモニターデスクを切替ボタンでソファに転換させてから、メディアに座るように勧め、おれ達は操縦席のシート部を移動させて彼女の周りに座った。
「正体不明の、この星乗っ取り計画者について話が聞きたいんだけど」
〈はい〉
 メディアはおれの言菜に、真剣な表情になった。
「その……いつ頃から警告っていうやつが送られてきたんだい?」
〈今から、七の月経つ前です〉
 七の月――その言葉のイメージ感じは、おれ達の感覚からすると多分一年の半分、つまり半年位にあたるようだ。とすると、この星の一年って十四ケ月近くもあるのかな? ブルー・ケルピー青白いたいよう太陽を持つ惑星トゥームか……。
「で、その声の主はどんな感じ? それとどこから届くのかわかる?」
〈届いて来る方向は全く分かりません。相手の感じは……〉
 メディアは思い出すのも嫌そうに身震いした。顔からは血の気が失せている。
「ごめん。悪いこと聞いたかな」
〈いいえ。ただ……あまりにも冷やかな、魂を吸い取られてしまいそうな……そんな感じなんです……〉
 その感覚が蘇ったのか彼女は目を閉じ、唇をかみ締め、小刻みに震える自分の体を守るように両手で抱きしめた。
 同時に、突然彼女の受けた感覚が――何故か――そっくりそのままおれの中に流れ込んで来た。
 ただ違っていたのは、その真冬の氷にも似た、心臓をも止めかねない冷たさの感覚が、紙一枚の差をもっておれの中で弾き返されたことだ。
「メディア……」
 おれはいたたまれなくなって震えている彼女の肩に手をおいた。
 一体、メディアは何度こんな目に会ったというのだろうか――そして何故そんな目に会わなくてはならないのだろうか……。
〈ユウ様……〉
 メディアは驚いたようにおれの顔を見、ついで安堵の表情を浮かべた。
〈今、ユウ様がわたしの肩に触れられたと同時に、冷たい感覚が一瞬のうちに解けるようにして消えてしまいましたわ〉
 頬に赤味がさしてきたメディアを見て、おれは彼女の肩からそっと手を離した。
 この手、しばらく洗うのやめよ……。
「ね、リーダー、この話はまた後にでもして、このトゥームについての話をきかせてもらいましょうよ」
 メディアを気遣って、アミーがそう言ったのに同意し、おれ達がトゥーム星についての、色々なことをメディアから聞いていた時、突然MTTWの甲高いコールサインが鳴り響いた。
「緊急コール呼び出しだわ」
 おれとアミーがMTTWのスイッチを入れているそばで、何やらわー、わー、と騒いで、サミーがシートから飛び出した。
 どうやらパラが、コール音に驚ろいて、サミーの腕の中から飛び出したらしい。
 それを見たメディアは、悲鳴こそ上げなかったものの、おれのそばに駆け寄って来た。
 パラはどうやら、テレパシーの類が嫌いらしくて、自分の身に危険を感じると受けた苦痛をそのまま相手に返すという攻撃性をもつらしい。
 なので精神感応で言葉を交わすトゥームの人達からは忌み嫌われているらしいんだ。
「こちらアミー、どうぞ」
――ア、アミー!? リーダーもサミーもいる? オレ、シーダだよ!
 シーダの切迫した感じの声が小さく響く。
「みんないるぞ。どうしたんだ?」
 おれ達の後ろでは、サミーとパラが追っかけごっこを始めていた。
 操縦室のドアは閉まっているから、まず逃げ出すことはないだろう。
「あ、あのさ……大変なんだよ! ラグとルアシが変な奴らにとっ捕まえられて……」
 かなりの雑音が混って聞こえて来る。
「捕まったって……? 奴らって誰のことだ?」
 おれとアミーは一瞬、MTTWから顔を上げて互いの顔を見合った。
 サミーと、おれのそばのメディアは走り回っているパラに気を取られている。
『リーダー! 聞こえてるか? 声が聞き取りにくいんだよ! と、とにかく、あの時ルアシが行くって言い出したもんだから……すぐ戻るはずだったのに……そしたらあいつらが来て、あー! 何て言えばいいんだよぉ!』
 シーダの支離滅裂なセリフはラグ達の身に起きた、何か大変なことを告げているようだった。
 時折、ノイズ雑音がシーダの声を邪魔するかのように激しくなる。
「今どこにいるんだ?」
 おれはひと言、ひと言ゆっくりと大きな声で言った
『飛行場……三十分……島で………』
 雑音が一層ひどくなる。
『……』
 シーダの声は聞こえなくなってしまった。
 それを承知でアミーは叫んだ。
「いい? シーダ! すぐ行くから待ってるのよ! すぐ行くから!」
――何かが動き始めた。
 おれの中の何かがそう告げた時。
「わあぁ――パラが! パラがぁ!」
 あいつまだやってるのか? と、サミーの方を振り返ったおれとアミーの顔色が一瞬にして変った。
 パラは何と、こともあろうにコンソールの上を跳び弾ねている!
 おれ達二人はシートから飛び出した。
「何やってるんだ! 早く捕まえろ!」
「さっきから追いかけてるよぉ!」
「あっ! そのテープの中は!」
 おれ達がむきになって捕らえようとしたのが悪かったのか、パラはアミーが絶対触れぬようにと印をつけた赤ランブの・ど・・・真ん中へと飛び込んだ。
「!!」
 おれ達は体を寄せ合ったまま息を呑んだ。
 以前、サミーがそのテープ内の範囲をめちゃくちゃに押しまくった為に、おれ達は宇宙空間に跳んでしまったのだ。
 そして今、『アルファ号』全体に異様な音が響き出した。

(3章に続く)

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