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ウイルド・コンパニー

4


 小型飛行艇小さな翼≠収容して、おれ達の乗ったアルファ号はトゥームの衛星アーモルへ向かって飛んでいた。
「リーダー、頭の中がチクチクするよ」
 サミーがそう言い出したのはトゥームの大気圏から出てしばらく経ってからのことだった。
「お前もか……」
 おれは首を捻った。
 これでおれ以外の全員――といってもサミーとメディアとパラ、二人と一匹だけだけど――に異変が起こっていることになる。
 メディアが最初、頭痛がするといった時はパラのせいかとも思ったけど、どうやらそれとは別のもののせいらしかった。
 パラは奴の声を聞いてからずっと部屋の隅で何かを警戒するように唸り続けている。
 話に聞くところによると、このうさぎに似た愛らしい小動物は、メディア達トゥームの人々にとって天敵といってもいい位の力を持っているらしい。
 パラのそばに悪意をもって近寄ったり、触れようとした人々の中では狂死した者も少なくはないという。
 でもそのパラは、おれ達に対してまったく害をなさないし、幸いなことにトゥームの住人であるメディアやミラクさんにも、今のところ吃る程度でおさまっている。
「おいロン。お前は原因が何かわかるか?」
『原因ハ精神波ニヨル精神攻撃ト推定』
「あ?」
 おれは自分でもわかるほど、間の抜けた声を出した。
 精神攻撃だなんてあまりにとっぴ過ぎる解答だ。第一、コンピュータにそこまで判断出来る知覚があるわけが……。
『何でわかるの?』
 サミーが頭をとんとんと軽くたたきながら聞いた。
『私ハ、ソレガわかるヨウニ作ラレタカラヨー』
「誰に!?」
『…………』
 初めての沈黙だった。
 おれとサミーはしばらく黙り込んでから、再び聞いた。
 そう、ずっと疑問だったことを。
「パラは誰に作られたの?」
「どこで造られたんだ?」
『……ゴメンナサイ。今ハマダ答ガ出マセン。私ノ中ニ答ガナイノデス』
「何だぁ!?」
 そんなアホな……。妙な間が、誤魔化してますと言ってるようなもんだ。
『デモ、さみぃ達ノ精神ニ害ヲ与エテイルノハ、精神攻撃ニ間違イナワヨ』
 ロンの野郎、話をそらしたな。
 コンピュータの分際でいい度胸してるじゃないか。
 徹底的にいじめ抜いてやろうかとも思ったけど、ソファに座らせたメディアの顔が血の気を失っているのを見てやめた。
 んな場合じゃない。
「じゃ、どこから?」
 わかりきったこと、と心の中でもう一人のおれが言っている。
『衛星あーもる』
 ロンの声と同的に奴の声が蘇った。
――ただし来れたらの話だが。
 くそっ! 冗談じゃないぜ。あの野郎はこのことを言ってやがったんだ。
 簡単にはアーモルに行くことが出来ないと遠まわしにほのめかしたんだ。
「メディア」
 おれは振り向いてそっと話しかけた。
「大丈夫かい? 我慢出来なかったら言ってくれよ。そしたら……」
〈大丈夫ですわ。ユウ様〉
 言葉とは裏腹に、微笑むメディアの顔は青白い。
「リーダー、ボクも大丈夫だからね」
 横からサミーが入ってきた。
 お前になんぞ聞いとらんわ。まったく。
 でもそう言っているサミーの顔色も本当に優れないようだ。
 スクリーンに大きく映る衛星アーモル。地球でいうところの月。
『アト、約三時間デス』
 と、ロンがおれの問いに答えた。
「で、三時間経ったとしたら、メディアやサミーの痛みはどうなってる?」
『現在ノ倍トナルことハ必至ネ。デモ、精神攻撃ノ本当ノ標的ハ、りーだー・ゆう』
「お……れ……?」
 一瞬息を呑む。サミーも驚いたようにおれを見た。
 あたり前だ……そりゃあ奴は確かにおれを敵視しているようだけど……。
「馬鹿じゃねえの? おれ何ともないじゃないか。本当におれに的を絞ってんのか?」
 ふいに笑いの衝動に駆られておれとサミーは吹き出して笑った。
「じゃロン。おれが少しでもここから離れていれば、この二人の痛み減るか?」
『ハイデス』
「そうか……。じゃおれ別のところに移る」
「別のところって? どこ行くの?」
 サミーがいかにも、ボクも行く! と言わんばかりにおれのそばに駆け寄って来た。
「教えてやんない。お前はメディアとここにいろよ。頭痛いんだろ」
〈いけませんわユウ様。それでしたらわたしがこの部屋を出ます。ユウ様を部屋から追い出す様なことはわたしには出来ませんわ〉
 メディアはおれの腕をとって言ったが、その自分の行為に驚いた様にすぐ手を離した。
「あのさメディア。別におれは追い出されるんじゃなくて自分からちょこっと抜け出すだけなんだ。それに出て行くったってアルファ号の中にいることに変りないし。連絡つけたかったらロンを通せばいいじゃないか。それに第一、おれやサミーもメディア達のように話しが少しだけど出来るから離れていてもそばにいても、たいして関係ないさ。あんまり大袈裟に考えないでくれると楽なんだけどな」
 笑いながら軽くウインク。
「じゃちょっと散歩行ってくる」
 片手を上げておれは操縦室の外へ出た。
 何となく小さい頃見た西部劇を思い出してしまうなあ。
 ガンマンのように後姿はかっこよく決まっただろうか……なんて。
 思わず顔がにやけてくる。
 しかし、この緊張状態の中にあっておれの神経どうなってるんだろ。
 奴がおれを「狙っている」と知っても一向に恐怖感が沸いてこない。
 逆に空しさみたいなものを感じているのかもしれない。だけどそれが、その気持ちがなぜから出て来るものなのかもおれ自身分かっていないのだから矛盾の固まりみたいなもんだ。
 まぁ、もともと諭理的に考えるのは得意じゃないから突きつめて考えてみようなんて思いもしないけど。
 おれは廊下の突き当たり近くから出ている階段を上に進んだ。上に出ると少し手前、左側にぶ厚い金金属製の扉がどっしりと構えていた。
 ドアの横のボタンを押して、スライドして口を開けた部屋の中へ足を踏み入れる。同時に天井のライトと床のランブが一斉に点灯した。
 思わず口笛が飛ぶ。
 そして前方にあるのは小さな翼=B
 格納庫に来たのに理由があるわげでもない。好奇心。興味の類。
 おれはコクビットの中に身を収めると、計器類や操縦管を触ったり眺めたりしていたが、これに乗ってアミー、シーダ、ミラクさんの三人が捕まったことを思い出して ため息をついた。
 あと三時間か……。長い。行くおれ達にとっても三時間という時間は長いけど、いつ助けが来るかも分からないラグやルアシ達にとっては、おれ達がアーモルに着くまでの時間はおれ達の倍以上も長く感じているかもしれない。
 奴。
 一体どんな奴なんだろうか。男には違いないようだけどイメージがほとんど沸いてこない。おれって思ってたより想像力が貧困みたいだ。格技の時は別としても……。
 格技で思い出した。短剣アティヌ。
「!」
 ベルトの間に挟んであった剣を鞘ごと抜いて両手に持った。
 短剣の鞘は革で作られたものの様だった。
 柄の部分は短剣にはそぐわない必要長以上の重心がかかっている。まるで長剣の柄の様だ。
 短剣の割に重量――があるけど、ガキの頃から家に代々伝わる日本刀などの真剣相手に遊んでいたおれには抵抗がない。長剣だったら丁度いい位の重さだ。
「では拝見……と」
 今まで持っていながら中味を見ようという気が一度も起きなかったのは、我ながら意外なことだとも思う。
 今は、体中の血が騒ぐ程うずうずしているのに。
 まさか錆びてはいないだろうな……。
 おれは剣を抜いた。

 閃光が迸った。
 光の矢がおれの眼を貫き、視界は利かなくなり、辺りは闇と化した。

 その一面の闇の中に数人の人影があった。
 これは幻覚だ。
 そう思うのとは反対に、幻覚ではないと心に訴えるものがあるのも否めなかった。
 あなたも呼ばれたの?
 その中の一人がおれに呼びかけている。
 見たことのない、それでいながら良く知っている友人に再会した懐かしさを味わいながら、おれはその女の人を見た。
 彼等は地球人でも、トゥーム人でもない様だった。
 しかも、全員がまったく異なる世界の住人であるということが不思議にそれと知れる。
――呼ばれた……って? 誰に?
――わからないわ。
 おれを入れて五人。もっと増えるのかな……? 年齢もそう違わないだろうとわかる。
 待っているんだ。誰かを……
――あなたで五人目よ。
――一体何の因果やら。
 後の三人が口々にそう言った時だった。目の眩む様な光がおれ達を照らし、次の瞬間には目の前に、一人の長髪の男が立っていた。
――彼だ!
――彼女よ!
 おれ達は同時にそう感じた。
 が、その彼∞彼女≠フ意味するものが何なのかわかっていない。その人物が男か女なのかもわからない。そう気付いたのもまた同時だった。
 意識が共有されていることが自然にわかるが、少しもおかしいと感じない。
 その人≠ヘ一人の青年としておれの目の前に存在しているのだが、女性に見えている人もいる。
 ひょっとしたら人間じゃないのかもしれない。
 もっと違う存在の様な気がしてならない。
 彼も、そしてこの場にいる存在も自分にわかりやすい存在、知識や受け入れやすい存在に置き換えているだけで、実際はヒューマノイドタイプじゃないのかもしれない。
 特に、彼≠ヘ。
 床につくほどまで長く伸びた漆黒の黒髪と、宇宙の深淵を思わせる黒い瞳のが印象的だ。
――メッセンジャー達よ。
 涼。と、研ぎ澄まされた――しかし、温かみのある――声がこの空間の隅々に響き渡る。
 メッセンジャー達?
 その言葉におれ達は互いの碩を見合わせる。
――私はあなた達に出会えたことを嬉しく思う。
 その人≠ヘ柔らかな光を持つ瞳で微笑んだ。
――あなた達は意思強き者達。私は今、あなた達の出会いと云う機会を与えました。その意味するところは深い。
 けれどそれはあなた達自身の手により知ることになるでしょう。あなた達は時間と空間を超え、互いに助力しあうことの可能な力をもっています。今この時はあなた達全員の起点なのです。これより起こる様々な事柄はあなた達の目覚めの為の尊き経験となるでしょう。その難所を超える為には、今はまだ互いの助力が必要となることは必至。
 私があなた達に対し出来ることは与えることのみかもしれなません…。だからこそ私は望みたい。あなた達の自分の意志、生命が良き方向へ進み、協力し合える可能性を……。あなた達はどんなときも一人きりでは決してないのですから。
 メッセンジャー達よ――
その人≠ェ語り終えると再び、あの強烈な光が目前に現れ、おれ達は手を翳して目を庇った。
 光はどんどんと増幅したかと思うと、突然炸裂し、鋭い光が四方に飛び散った。

『う……?』
 短剣が放った閃光はおさまったけれど、目のほうが慣れるのにしばらくかかった。立ちくらみしたように、目の前が真っ暗になった。
 白昼夢でも見てたような気がするが?
 何だか……本当に一瞬だったんだけど、何かひどく長い時間だったような気もして、可笑しな気分だ。
 まぁ、それはともかくとして、この短剣。見かけは普通の剣と変わりないけれど並の剣じゃないだろうことは、多少剣に詳しい眼利の人間なら誰にでもわかるだろう。剣の刃の光がただならぬものを感じさせる。
――神剣? 妖刀?
 ふとそんな言葉が浮かんで、おれは思わず苦笑いを浮かべてしまった。
 妖刀なわけないか。
 そう、この短剣はトゥームの神≠フ神剣に当たるんだった。
 おれは本当にトゥームの神さんじゃないんだけど、トゥームの人達がそう信じているんなら、どこかにいるのだろうトゥームの神≠ウんとやら、おれがあんたの代理として一時この短剣をの間、携えることを許してくれるだろ?
 神の名を利用して、この星を支配とかする気もないし。
 実感はないけど、今のおれは、トゥームという星ひとつの命運を背負い込んでるらしいから、どっちかというと出来るだけ神の御加護って奴をたくさんほしいぐらいなんだ。
 もし神剣が、トゥームの神の神器なら少しは力になってくれよな、おい。
 おれは短剣を一振した後、鞘に納めた。出来ることなら使うような場面には出会いたくない――。

 二時間を少し回った時、ロンが、アーモルの上空に着いたことを知らせてくれた。
「メディアやサミーの様子はどうだ?」
『良好デス』
 格納庫のどこからともなく響いてくるロンの声に、おれは安堵のため息を漏らした。
 ロンの言うことには、おれが操縦室から出た数分後にメディア達の頭痛と、そして精神攻撃がピタリと止んだという。
 その連絡はその時すぐおれに来たのだけれど、おれは用心のため操縦室には戻らなかった。
 なぜ奴が精神攻撃を止めてしまったのかが分からないというせいもある。
 だからおれはその三時間を小さな翼≠フ中でじっと――半分眠りながら――待っていたんだ。
『着陸シマスカ? りーだー・ゆう』
「うん? いや待て! アルファ号はこのままの方がいい。後はおれがこの小型艇で乗り込むよ。アルファ号に何かあったらおれ達地球へ戻れなくなっちまうだろ? 全員で無事に地球に帰りたいもんなぁ。自信があるととは言いきれないけど“なせばなる。なさねばならぬ何事も”ってことわざもあるし、おれ頑張ってみるから、ロンもメディアとサミーのこと頼むぜ。で、ロン、アーモルって大気があるのか?」
『稀薄デハアルケド、有ルコトハ有ルワヨ一』
「じゃあ小さな翼≠ナアーモルに降り立つ……のは考えものだな。それに降りる場所にしたってこの部屋からじゃ下の地形はわからないしな」
 一度操縦室に戻って外の様子を確認してから出発するのが一番安全な方法なんだろうとは思うけど、今はその時間さえ惜しく感じられる。
 どうしたらいいだろうか……。
『小さな翼<m座席ノ後二酸素ぼんべガ備ワッテイルワヨ。ソレヲ使用スルトイイデス。地球ノ大気ト成分ハ同ジ。酸素供給自動変換ふぃるたーモますくに取リ付ケ済ミ。用意周到。準備万端。万能知識ナろん』
 何で酸素ボンベまで・・・?
 おれは咽まで出かかったその疑問を無理やり飲み込んで、小型艇の酸素ボンベを確認した。本当にあった。
 ロンがなぜ知っているのか。その理由を知りたい、知りたくてたまらない気持ちをおれは押えつけた。
 それは後からでも聞けることだ。多分・・・。
 今はそんなことで時間を費やしてやしている余裕はないはずなのだから。
「ならロン、今から出る。用意はいいか?」
「待ってぇ!」
「……!」
 おれはビクリとして反射的に首をすくめた。
 今の……声は……まさか……まさか。
 恐る恐る後ろを振り返ったおれは顔を手で覆った。
 あちゃあ……
「待ってリーダー! ボクも行く!」
 気持ちよさそうにハァハァと息を吐さながらサミーはさっさと機体に乗り込んでしまった。
「お、お前って奴はぁ……」
「どうしたのリーダー? 早く行こ」
「…………」
 サミーは、おれが唖然としているのをいいことに、ロンに合図をとり始めていた。
「カタパルト〈飛行機射出機〉、OK?」
『OK』
「ロン、十秒のカウントとって」
『OK。十、九、八……』
「リーダー、発進するよ」
「…………」
 あれ、まてよ? 発進するってことは、アルファ号にはメディアとパラだけが残るってことで……。パラは、トゥーム人の天敵に相当する存在で……。
『2、1、GO!』
「わ!?」
 我に帰ったおれは慌てて操縦管を握りしめた。が吹っ飛ばされた……というのが実感。
 Gはさほどきつくはなかったが、それにしても心臓が飛び出すかと思った。あー恐ろしかった……。
「リーダー! リーダー!」
 サミーが隣りで騒いでいる。元気な奴だ。
「リーダー! リーダーったら!」
「何だよ?」
「ちゃんと操縦してよぉ! 落ちちゃってるよ! 墜落してドカンって爆発したら、ボク達死んじゃうかもしれないよぉ!!」
「ひぇ――!」
 気が付くと、小型艇はアーモルに向かって急降下していた。
 えーっと、シーダに教えてもらった操縦法は……!? お、思い出せん。
 自動操縦は? ロンは何やってる? 何が準備万全だ。あのお調子コンビューター。
「リーダー! 引くの! 手前に引くの!」
「わかった!」
 もう、力いっぱい操縦桿を手前へ引いた。
 機首は首をもたげ、機体は何とか安定してくれた。
 やっぱり付け焼刃じゃ、いざって時に何の役にも立たないな……。
「ね、リーダー。ボクが一緒で良かったね。そう思うでしよう?」
「認めざるを得ないかな?」
「えヘヘ★」
 サミーは嬉しそうに笑ったあと、鼻の頭の上を指で掻いた。
「だけどいつもはね、シーダの家でシュミレーションやる時は、失敗ばっかりだったんだよ。タイミングが合わなかったり、操縦桿を反対に倒しちゃったりね」
恐ろしい話だ……。
 それにしてもアルファ号にロンと一人残ったメディア。大丈夫だろうか……。ごめん、あとで謝るしかない。
「リーダー! あそこ。ずうーっと向こうの少し左手の方向見て!」
「あん? 山?」
 アーモルの地上は全体側に地球の月の月面に似ていた。緑はないに等しく、砂漠同然の姿に、大小様々なクレーターが出来上がっている。
 サミーが指摘したのは離れたところに小さく見える山形だった。
 あまりにしつこくサミーが言うので、おれは仕方なく機首をその方向に向けた。
「あの山に基地かなんかが出来てるとか言うのか?」
「そうかもしれないけど……」
 サミーは適当に相槌をうっているようだった。心はすでにあの山に飛んでいる。
 間の抜けた、と言うよりは双子の妹アミーの思慮深げな顔つきに近いように見える。
 おれとしては今隣りにいるのがサミーより、アミーだったらなぁ、と思ってしまう。あの子には十歳とは思えない迫力があるからな……。
「ん――?」
 おれは山形のそれに近づくにつれ、目を細めたり、見開いたりし出した。
隣りのサミーは今や放心状態に近かった。
 地上絵――?
 おれは初めそれを地上絵かと思ったのだが、近づくにつれ違うと知れる。
 おれが山だと思っていたものは、巨大なクレーターの中に納まっていた。
 上空から見下ろしたクレーターの中には、幾何学模様に金属郡の建物が立ち並んでいた。そしてその中央には何と、巨大ピラミッドがあったのだ。
「こりゃあ基地なんてもんじゃない。まるで要塞だ』
「うん」
 サミーは相変わらず生返事だけれど、その目はピラミッドに据えられたまま離そうとそうとしない。
 さて、どうしたものか。
 クレーターの中には着陸出来そうないい場所は見つからないし、かと言ってクレーターの外に降りて中へ入って行くというのも物騒だ――ー第一、クレーターの断崖は目寸法でも二、三百キロはありそうだ――思案にくれながら上空で旋回していた時、突如クレーター内の数ヶ所から光の筋が奇妙な弧を描くようにして、おれ達めがけてぶっ飛んできた。
「げっ!」
 体中の血がサッと音をたてて引いて行く。
 おれは操縦桿を一気に手前に引いた。
 小さな翼≠ヘ急上昇した。
 が、何でだよぉ! 光線の団体さん達、通り過ぎずにそのまま追っかけて来た! 
 今度は機首を下にさげる。ほとんど墜落同然だ。けれども光線はやっぱりくっついていて、その距離を確実に縮めていた。 
 おれは再び機首をもたげた。上下左右に逃げ回るおれ達を、まるで遊んででもいるかのように、光線は着かず離れずの状態で真後ろから追って来る。
 操縦桿を掴んでいる手にしろ、床につけている足にしろ、とにかく身休全身が震えているのがわかる。武者震いとはこういうことをいうんだろう。
 身体中の血が煮えたぎっているのがわかる。
 こんな時に――もう駄目かもしれないというこんな時なのに、おれは少しも恐がってはいないようだった。
「ボク達……死んじゃうのうの?」
 サミーの感情のない声におれはギクリとして振り向いた。
 目がピラミッドだけを追いかけている。
「おいサミー! しっかりしろ!」
 大声で怒鳴ってやると、少し驚いたように瞬きひとつしておれの顔を見た。
「あ、リーダーだ』
「アホ!」
「あれ――? わあー! リーダー! 大変だよぉ! レーザー光線の団体さん達がすぐ後ろにいるよぉ! わぁー!」
 サミーが急におれの体にしがみついて揺すぶったので手元が誤り、小型艇はピラミッドヘと突進し出した。
「離せ!! このままじゃ追突しちまうぞ! サミー! 手を離せ!! おいサミー!」
「いやだぁ! 死んじゃうよぉ! ボク死にたくない!」
「死にたくないなら離せ!! お前が手を離すだけでいいんだ! サミー!」
「リーダーと死ぬなんてやだぁ!」
「いやだったら離せぇ!!」
「いやだぁ!」
 言ってることがもう支離滅裂だ。
 正面にはピラミッドの壁面が、後ろには幾筋もの光線が集まってひとつに結集した――小型艇よりも直径のでかくなった――光線が小さな翼≠はさみ撃ちする形となっていた。
 絶体絶命! もう駄目だ!

 おれとサミーは目を閉じた。あとはその時を待つしかない。
――メディア、ごめん。約束果たせなかった。ついでに本物のトゥームの神さん、あんたにも謝らなきゃ、短剣返せそうにない。不運だと思って諦めてくれ。それからラグ、ルアシ、アミー、シーダ、ミラクさん、助けられなくてごめんよ。それから、それから………。
 あれ?
 おれは片目だけを開けて、おれにしがみついたままのサミーを見た。
 その時がまだ来ていない?
 おれ、ゆっくりと口の中で数を数えあげた。なのに五十を数え終わってもその時 は来なかった。
 思い切って顔を上げたおれは、機体がピラミッドの壁から少し離れたまま停止していることと、光の中にすっぽりと包み込まれているという事実を知った。
――生きている……。
 今までおれ達を執拗に追い回していた光の束は、攻撃の為のものではなかったのか、今はまるで光のカプセル・エレベーターの様に、小さな翼≠収めたまま、ゆっくりとピラミッドの側面にそって落下していた。
「リーダーぁ?」
「おっ、サミー元気か?」
 おれは笑いながら、軽くサミーの頬をつねってやった。
「いたあーい! リーダーひどいよぉ! ボク何もしてないのにつねるなんてあんまりだよ!」
 サミー、右頼に手をあてがいながら顔を上げたが、次いで、あれ? という顔つきになった。
「リーダー、ボク達死んでなかったの?」
「らしいな。言っとくけど夢でもないぞ、頬っぺた痛かったろ?」
「え? じゃあ……! うん! 痛かった! 痛かったよ、リーダー! わあーい! ボク生きてるんだ! ばんざーい! リーダー、だからつねってくれたの? わはっ★ ボクリーダーのこと大好きになっちゃた。わあーい! リーダーぁ!」
 がばっと、サミーが抱きついてきた。
「サ、サミーい。気持ちは分からんでもないんだけどな……助かったというよりも、捕まっちまったと言った方がいいのかもしれないぜ、見ろよ」
 光のカプセル・エレベーターが、ピラミッドの真ん中より、やや下のところで停止すると、そのピラミッドの金属の壁の一部が口を開いた。機体は光に包まれ、ピラミッドの内部へと収容される形になった。
「わー、見てよリーダー、この中の大きな。すごいねぇ」
 サミーが感嘆のため息を洩らした。
 おれ達が収容されたのはどうやら格納庫らしき場所だった。
 そこにはサミーの言ったとおり、戦艦や巡洋艦タイプのものが数隻、冷ややかな光を放ちながらどっしりと構えていたが、人の気配は全く感じられなかった。
 おれ達は奴に捕まったんじゃなかったのか?
「これからどうするの? リーダー」
「どうするったってなぁ」
 おれは頭を掻いた。
 小さな翼≠降りてアミー達の居場所を探すのが一番だとは思うんだけど、この格納庫やピラミッド全体に酸素があるのかどうか分からないもんだから動きがとれない。
 と、おれ達の小さな翼≠フキャノピーが突然、操作も何もしていないのに自動的に開いてしまった。
「な?」
 おれは慌ててキャノピー開閉用のスイッチを何度も何度も押したのだが、全く作動しようとはしない。
 隣りでは、両手を口にあてて息を止めているサミーが真っ赤な顔をしていた。
――リーダー! ボクもうダメだよ!
 コクピット内に満ちていた酸素はもう効果もないだろう。外部の真空? 大気?にとけてしまっているに違いない。となればもうどっちみち助からないのか? 一難去ってまた一難とはこのことだ。
――もうダメだぁ!
 サミーの思念が届いたかと思った時はすでに口の中の息を吐き出している姿が目に映った。
 おれも、近々限界だ。
 おれの隣りでサミーは一気に息を吐き終えたと同時にコンコンとむせて咳をしだした。
 咳? 息が……出来るのか―?
「リ、リーダー、い、息出来る」
 咳込んで涙を出しながらサミーが笑った。
 おれは溜まっていた息を吐き、貪るようにして急いで息を吸い込み、次いで同じくむせ返った。
「よ、良かったな、サミー」
「う、うん!」
 ようやく咳が止まった後、おれ達は笑いながら小さな翼≠ゥら降りた。
 何故ここに空気があるのだろうかと言うより、あって良かった。ありがとう!と、今はただそれだけしかなかった。
「リーダー、あそこにドアみたいのがあるよ。行ってみよう」
 サミーの目が、再びどこか遠くを見つめている目つきに戻っている。
 そのドアは――まるでおれ達がすぐ見つけられる様にという感じで――小さな翼≠ェ収容された場所の正面に見えていた。
 目前でスライドしたドアの外に出たおれ達は、広いホールの様なところに出た。
 その正面には壁一面の六角型のスクリーンが備わっていて、おれ達が部屋に入ると同時に映像が流れ出した。
「アミー!」
 おれとサミーは同時に叫んだ。
 画面には――まるで隣りの部屋を透かして見ているのと同じように――横を向いて立っているアミーの姿が映っていた。
 後ろ向きに立っている二人の姿はシーダとミラクさんに違いない。
 三人は、数体のアンドロイド達に包囲されたまま立ち止まっていた。そのアンドロイドの先頭、アミ―の正面に男が一人立っている。
 その男は、まるで神話の若く美しい青年神が出て来たのではないかと錯覚しそうなほど、完璧な美貌と、そして黒色の瞳と髪を持って、そこにいた。
――誰だ?
 そう思うのとは反対に、おれはその男を知っているような奇妙な感覚にとらわれた。
 知っているはずがないのに……絶対に知っている。その考えは頑として動こうとはしない。
 画面の中で男の声が響いた。
 その容姿に違わず、静かな響きを持つテノールの声。
『私は新しき、トゥームの神=Bとなる。それは神の定めしことだ。何故お前達はそれを妨げる。古き神の時代はとうの昔に過ぎ去ったのだ。何故今頃になって現われるのか』
 男の冷ややかな声とは別の、もう一つの声が重なり会うように、直接おれの中へと送り込まれて来た。
 彼こそが、トゥームの神≠ニして創られし存在。彼こそが、トゥームの神≠ノふさわしく闇をも支配可能なる唯一の者。去れよ、来たりし黒き世界のトゥームの神≠諱B去れ。新しきトゥームの神≠フ時は来た。去れ――。
 何者だろう? この少しの感情の起伏もない機械のような淡々とした思考の持ち主は……。画面に映っている男のものとは思えない。
 思念は、彼こそがトゥームの神♂]々とおれに伝えたのだから。
 おれの横でサミーは食い入る様にしてを見つめている。
「わたしは神様じゃないからわからないわ」
 アミーは無表情で答えた。
「でも、あなたは神なんかじゃないわ。神様ともあろう存在が、凶暴犯罪者のように人質をとって自分の要求を呑むように迫るなんて馬鹿なこと聞こともないもの。そんなの生まれたばかりの赤ちゃんにだってわかりそうなことよ。神っていうほどの偉大な存在なら、別に人々に強いて自分を神だと認めさせなければ気がすまないっていう程、了見の狭いものじゃないもの」
「私が神でない。と言うのか?」
 アミーがゆっくりと頷く。
 男はその整った美貌の顔に冷ややかな表情を浮かべ、咽をくっくと鳴らして笑い出した。
「トゥームの愚かな者達には、私の大いなる力を見せ示さなくては理解することが出来ないのだ。私が真の神だと言う事実も、私の神ゆえの力も、精神もな。加えて言うならば、私が、お前達の仲間の少年と少女の二人を捕らえたのは人質としてではない。もとよりお前達のもとへ還すつもりなどない」
「…………」
 アミーと奴との間にはさながら見えない火花が散っている様だ。
「が……」
 男は微かに微笑んだ。
「状況が変わった。お前達のトゥームの神≠ヘ今、すでに我が手中にある。私の目的は、古きトゥームの神≠呼び寄せつぶすことのみ。古き神は、新しき神の前に膝を屈し、その命と力を差し出すのだ。私を次のトゥームの神として認めるためにな」
「嘘よ!」
 アミーの言葉を無視して、奴の手が上がる。するとそれに従ってアンドロイド達の手にした銃口が、アミーに狙いを定めた。
《…………!》
 ミラクさんがアミーの前に立ち塞がった。
「見よ、トゥームの神よ!」
 画面の奴はおれに向けて言葉を放った。
「私に、新しきトゥームの神を認めよ。汝のその命、我に捧げよ!」
「だめよ、トゥームの神! もしわたしの声が届いていたら絶対に来ては駄目!」
 アミーの叫びにサミーの体がビクンと反応した。
 すでにその顔からは表情というものがなかった。
「答えよ神!」
 お、おれは本当に神なんてもんじゃないのに……。
 だけど今となってはそんなセリフ、まるで言い逃れのようにさえ感じる。
 おれには答える権利がないのに、答えなければならない義務を今、押しつけられている。
 何と答えればいいと言うんだ?
 奴は無言で、おれの返答の如何によってはアミー達を殺すと示唆している。
――アミー!
 ふいにサミーの思念が飛び込んできた。おれに向けて放っているわけじゃないのに……まるで叫ぶようにしてアミーに呼びかけている。
 だが、画面の中のアミーは、サミーの叫び声にまったく反応をみせない。
――アミー!
 悲痛な叫びに包まれながら、おれは無意識に言葉をつむぎ出していた。
 心の中で何かが警告している。
――変だ……と。
「おれはお前が会いたいというから来たんだ。何故おれと直接、正々堂々と渡り合わないんだ? 次期トゥームの神≠ニなろうという者が卑怯な真似をしたなんてトゥームの人達に知れたらお前は一生、神として受け入れられることはなくなるのに」
「余計なことだ!」
 奴が初めて声を荒げた。
「まさか……おれを恐がってるわけじゃないんだろうに」
 冗談半分で言ったセリフに奴の顔が強張った。何だか真に受けたようだ、
「よかろう……。だがその前に」
「!」
 奴の挙げられていた腕がミラクさんとアミー、そしてシーダに向かって振り下ろされた! 銃声が立て続けに鳴り響いた。
「駄目だぁ! アミーい!」
 サミーの悲鳴が上がった。
 そのあまりの凄まじさ、それが肉声なのかテレパシーなのか判断が効かなかった。
 同時に何かが起こった。
――騙されちゃ駄目よ……。リーダー。
 遠くからかすかに届く声があった。
 そう、違和感の正体がわかった。
 映像のアミーはおれを「トゥームの神」と呼んだ。それだけはありえないセリフだ。
「あれは違う!」
 おれは叫ぶ。
 画面には背を向け、床に倒れ行く三人の姿。
「行くなサミー! あれは違う!」
 サミーの身体が輪郭を残したまま薄れつつあった。
「サミー! 駄目だ! あれは違うんだ! あれはアミーじゃ……」
 サミーを捕えようとしたおれの手は宙をさまよった。
 サミーは消えた――。
「な――? 馬鹿な……!?」
 そんなことがあるわけが……。
 テレポーテーション〈瞬間移動〉!?
 だけど――。
 おれの頭は大混乱を来たしていた。
 何か……固定概念が足元からくずれて行くような徹底的な不安定さ、不気味さがおれを襲った。
 そりゃ、テレパシーとか、鉛筆を転がしたり金属を曲げたりする念力とかいうあたりの超能力なら抵抗とかいうものはそうない。だけど……人が消える。
 目の前で消えてしまった。
 夢だ云々言うことも出来ない程の生々しさを残したまま――。
 これを一体どう理解しろというんだ?
 どう受け止めろというんだ?
 激しく波打つ心臓の鼓動を感じながら、おれは画面を見返した後、息を吐きながら床にくずれるように座り込んだ。
 画面にはもう何も映し出されていない。
 サミーは一体どこへ行ってしまったのだろうか。
 そして、おれはあれはアミーじゃない≠ニ確かにあの時そう思った。だけど、ひょっとするとあれは本当にアミー達で、だとするとアミー達はもう……。
 ブルルと頭を振って立ち上がる。
 へたり込んでる場合じゃない。
 冗談じゃない。あいつらが死ぬもんか。死なれてたまるもんか。さんざん人をコケにしやがってお礼をさせてもらうまで死なせてなんぞやるものか。
 そう思うことで、にわかに気力が戻ってきた。落ち込んで、へたれて、暗くなっても力は出ない。
 奴はこの中――ピラミッド――のどこかに必ずいるに違いない。でなければ、わざわざおれ達を格納庫の中に入れるわけがない。
 奴はいる。あの男が――。
 おれは入ってきたドアとは反対側にあるもうひとつの扉の前に立った。
 ドアがスライドして口を開ける。一歩踏み出すと、長い通路が左右に続いていた。
 おれは走り出した。
 奴を探し出さなければ、ラグやアミー達を見つけ出さなくては。
 通路に並んでいる部屋のひとつひとつに入っては中に誰もいないか、確かめながらおれは走り続けた。
 だけど……おれは奴と会ってどうするというんだ? 本物の神様でもないおれが、どんな力を持っているのかわからない相手と会って何をするというんだ?
 奴は宇宙空間を超えて精神攻撃とかいう代物を行使することの可能な力を持っている。
 まさか平和に話し合いに応じるなんて思えない。そんな空気でもなかったし。
 その奴と、どうやって渡り合えばいいっていうんだ?
 今おれが用いることの出来る武器は、アティヌという未知なる短剣ただひとつ。
 これで何かが出来るなんて思えもしない。
 どうしたらいいんだ!?
 ひと気のない建物の中を、スニーカーの音だけが鳴り響いている。
 中を走り続けるうちに、おぼろ気にわかったことは、このピラミッド型の建物の内部の構造的なものについてだ。
 部屋が存在しているのは――今のところ――傾斜している通路の両側のみ。廊下がほんの少しずつ傾斜している。それが三重になっていて中央部には、上から下までを一直線につなぐエレベータらしきものがあった。だが、扉のそばにはボタンらしきものもなくて、どうやったらこれに乗れるのかまったく分からない。
 おれが見上げたところからは、上階部は遥か遠くにあった。
 この広大な建物をすべて走り尽くさなくてはならないのだろうか?
 マラソン選手にでもなった気分だが、めげてはいられない。
 おれは走り続けた。が――。
 どれほど走り続けただろうか。おれは、ある部屋に足を踏み入れたとたん愕然とした。
 その部屋は……壁のひとつがスクリーンとなっている部屋だった。
 そう、格納庫の隣り部屋。サミーが消えたあの部屋だ。
 念のため、部屋の中にある別のドアを抜けてみたが、そこは間違いなく格納庫だった。
 こんなのありかよ……。
 おれは通路に戻って、床の角度を調べてみた。確かに傾斜している。そしておれはその通路を上へ駆け続けたのにもかかわらず、ふり出しに戻って来たっていうのか?
 おれは気をとり直して再び走ることにした。どこかで上に続く道を見逃したのか もしれないからだ。
 けれども結果は同じだった。
 まるでパラドックスだ。
 壁に手をついて深呼吸をしているおれに、奴の声が聞こえてきた。
――この建物は時空間の歪みを利用して造り上げられた特異なる建物だ。下等な輩には決して抜け出すことの出来ぬ仕組みとなっている。だがお前になら抜け出すことは可能だ。何故ならお前はトゥームの神≠セからだ。お前が神で証としてそこを出た時、約束通り私はお前と会おう。
「何がだ。自分で呼んどきながら扉を閉ざしちまう屁理屈じいさん如き性格だ」
 おれは腹立ちまぎれに言ってやった。どうせおれは下等な輩だ。劣等生だし、上品でもない。
――私はわざわざお前達の為、この建物の空間すべてにトゥームのものと同じ大気を用意し、満たした。お前の苦しむ姿が少しでも長く見られるようにとな。
「ご親切痛み入りますとはこのことだ」
――では、待つとしよう……。
 奴の思考の去った後、しばらくの間おれは壁にもたれかかったまま目を閉じていた。
 建物の中央にあるあのエレベータは、何度探しても開閉用の隠しボタンがあるようには見えなかったので、あれを使うことは無理だろう。なら一体どうやってこの場所を抜け出せばいいというんだ?
――迷路とはな、人の心の迷いからくるのだよ、勇。
 懐かしい声が前触れもなく突然に蘇った。
――人と云うものは愚かなものでな、そこが迷路だよ、と云われると暗示にかかる。とたんに不安になり早く抜け出したいと、焦りもがくようになってしまう。心が急いてしまえば正しい判断がなかなか出来なくなる。あっちの道へ行こうか、それともこっちの道へ行った方がいいか。人は道や空間自体に迷わせられているような気分になってくるのだよ。真に大切なものが自分の心だと云うことも忘れてな、心さえ静かに落ち着けておれば心自体の迷いは失せ、冷静な判断力が蘇ってくる。その時、人は迷路より出られる最も良い方法を思いつくものなのだぞ。わかるか? 勇。
 ああ……。迷路≠ニいう言葉が思い出させた、死んだ爺ちゃんの記憶。
 あれは家族でどこか外国に出かけた時、近くの密林に一人入り込んだおれが、翌日ケロリとした顔で戻って来て現地の住民に驚かれた。それを見た爺ちゃんが、後で話してくれた言葉だ。
 あの頃はまだ五歳で、爺ちゃんの云った意味は。良く分からなかったが今なら分かりそうな気がする。
 それに、その時はあの密林が実は磁場の狂った密林で、土地カンのある者でさえ一歩誤れば、抜け出せなくなる迷路的な場所だなんて知らなかったのだから。
――ただし、お前に限っては少々意味を無さんかもしれんがな。村の人々が云っておった。お前が森の中へ迷い込んで帰って来なかった夜、木々達は普段とは全く異なった雰囲気が森全体に漂っていたとな。木々のざわめきすら不思議と優しく聞こえたそうだ。お前を見ていると、夜の不気味な木々の姿にも恐れをなさないようだとな。
――だって、ぼくはみんなに教えてもらって外に出たんだもん。怖くなんかなかったよ。
――みんなとは木のことか?
――うん。
――そうか……。木々とて生あるもの。心さえ通じ合えば、自然の密林自体、迷路と化すことはなくなるのだろうな。心が通じる。それは武道の道とて同じことだ。例えば剣一本、刀一鞘とってみても不思議なことが色々ある。刀にはな、作ったもの、使ったものの心が刻み込まれておる。それだから今自分が持っておる刀にどれ程の思いが込められているか知れぬ。いずれお前も自分の刀を持つ様になるだろうが、その時、代々の持ち手や、刀の作り手のことをその刃の中に見出すことがあるやもしれぬ。その時こそ剣の道を行く者の心が通い合ったと云う証となるのだ。心とはまさしく時、空を超えるものなのだぞ。今のお前には少々難しいだろうが、大人になるにつれわかる様になるからな。しっかりと心の中に刻み込んでおくのだぞ。勇。

 爺ちゃん。確かににあんたの言葉は時空を超えておれの元へやって来たよ。
 今まですっかり忘れていたはずの記憶が今のこの時の為の様に、五歳のあのままの姿でやってきた。
 今のおれは、あの中どうやって密林を抜け出したのかということは覚えていないけれど、何とかこの迷路を抜け出せる様な気持ちになって来た。
 ここは自然に出来た迷路じゃないけど、奴は自然の力――時空間の歪み――を利用して作り上げた物だと言ったからには何とか出られるはずだ。
「な、お前もそう思うだろ?」
 おれは剣アティヌに呼び掛け、鞘を抜いてその目の醒める様な光を見つめた。
 その光の中、刃の部分におれの顔が反射して映っている。が、見ているうちに刃は段々と光沢を幻していた。
 そして、刃の部分に映っていたおれの顔が、突然別人の顔と化して映っていた!
 短剣の持ち主? それとも作った人物?
 刃の中からおれを見つめているその男は、青い髪と青い瞳をしていた。
 トゥームの人間? トゥームの神? 
 男は悲しげな瞳の中に、強い意思の様なものを秘めておれを見ている。
「!」
 この男……何て言ったらいいのか、おれがこの人を見ているのと同じ様に、向こう側でもおれという存在を確認している……そんな感じが伝わって来た。
 これが爺ちゃんの言っていた以心伝心云々ってやつなのか!?
 男の、何かもの云いたげな目を見ているうち、おれは剣にひきつけられるようにして瞳に見入っていた。ふと気がついて、小さく息を吐き出した。放心状態になっていたみたいだ。
 剣に映っていた男の姿は消え、元通りおれの顔が、やや不格好によじれて映っていた。
「う――!」
 おれは一度剣を鞘に改めてから大きく伸びをした。
 爺ちゃんがおれに教えたかったのは、どんな時にでも心を落ち着かせ、心の迷いを取れと云うこと。
 剣に映ったあの男は――剣の作り手かもしれない――おれの思い切れない迷いを悲しんだのかもしれない。
 おれが、おれはトゥームの神を信じないから、といつまでもこだわっていることに……。
 おれは大きく深呼吸をしたあと、大声で連中の名を呼んだ。
 ラグ、ルアシ、アミー、サミー、シーダ、ミラクさん。六人の名前を。
 おれの身体の中で見えないものが、どんどんと巨大に膨らみ出しているのが実感出来る。
 鞘だけをベルトの間に挟み、剣の柄を両手で握り締め、おれは再びその刃を見つめた。
「おれの今の誓いを聞いてくれる奴がいないから、お前に言うぞ。おれは奴の力が強かろうが弱かろうが、あいつらを助ける為に精一杯やる。そのためにはここを抜け出さなきゃならないんだけど、いざとなったらあのエレベータ見たいなのつるつるした、壁を一生かけても上ってやる。それをお前に誓うよ」
 多分に今、おれは最も強くあの連中を好きだと感じている。
 よくわかんないけど、あいつらの笑顔が見たいと心から思った。
 と、手にしていた短剣が突如、力強い光を放ち、ついで短剣の刃先がぐぐっと伸び始めた!
「な……!?」
 そして剣は、その光に包まれてみるるるうちに長剣へと変化してしまった。
 こんな馬鹿なことが……冗談のようなことが……。
 短剣から長剣に姿を変えた神剣・アティヌは、更にその眩しいほどの光を発し、ますます力強く輝いていた。
――跳びなさい。ユウ!
「だ、誰だ?」
 ガン、と後ろから頭を思いっきりぶたれた様なショックがおれを襲った。
 心臓が飛び出すかと思った程だ。
 なのにおれの中にいるもう一人のおれは確かに目を醒まして頷いていた。
 ダブっていく意識。なにがどうなってるんだ?
 おれは、おれじゃなくなったんだろうか?
――跳ぶんだ。ユウ、みんなで助ける!
 誰かがそう言っている。
 一体誰なんだろ? 誰がおれを助けてくれるというのだろう。
 そう思う一方で、ああ、あいつらなんだ……と冷静に受け止めているおれがいる。
 光が洪水となってすべてを染めていく。
 あいつらが、おれの心の扉を開けた。
 今のショックは風と光が吹さ込んできた驚きだ。
 おれの中で、おれがおれに対して説明している。
――ユウ!
 わかった。どうすればいいかわかる。
 そう頷くおれの心の中で、何をするというんだとおれが問いかける。
「大丈夫だ。行ける」
 おれは両手で持った剣に言っていた。
 何となく……おれの中のおれは、おれの知らないこと全てを知っているようだ。
 ただし、そいつは別の奴じゃないことは確かだ。間違いなく、おれ自身だ。
 今、おれは自分の意識が無眼に広がり続ける感覚を味わっていた。
――跳べるー
 全てを知っているのだろうおれの声に応じて、おれは剣を携えたまま、体ごと跳んだ。

(5章に続く)


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