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第二十二章《 遥 か な る 想 い 》

 アルクメーネは、はじめて聞く海の女神ドナと妖獣にまつわる物語にいつしか聞き入り、話が終わってもその余韻に浸るように黙ったまま、語り終えた若い男の顔を見ていた。
「面白い話だろう」
 若い男は口元だけニヤリと笑う。
「ええ、はじめて聞きました。ありがとうございます」
 感動した様子で素直にそう礼を口にするアルクメーネに、男は破顔した。
「いいって、で、ジーンは元気なのか?」
「ええ、ナイアデスで……」
 そう返事をしかけてアルクメーネは、はっとして男を見た。
「あなたはどうして?」
「ナイアデスか……。まぁ、元気でいるならいいか」
 男は大きくのびをすると、そのまま席を立った。
「待ってください」
 アルクメーネが慌てて席を立ち後を追おうとするが、店から今出て行ったはずの男の姿は外にはなかった。
 人ごみにまぎれてしまったのか、かき消えてしまったようにどこにも見当たらなかった。
 確かにその翌日からだった。
 アルクメーネたちの乗る船の視界はるか遠くに、常に一艘の船の姿が認められたのは。
 船は、着かず離れず一定の距離を保ちいつもどこかに見ることができた。
 一時は海賊船ではないかと危ぶむ話も出たが、それにしてはその船は一向に距離を縮めることはなかった。
 やがて、ノストール王国の内海領域に入り、迎えの護衛船がやってくるのを見届けるようにして、船は姿を消した。

(ジーンの知り合いのようだったけれど……なぜ、この港に?)
 アルクメーネは、ジーンに関することを少しでも知りたいと考えている自分に驚いていた。
 イズナの言うとおり、身元もわからない他国の子供のことで自分の心が占められている理由がわからなかった。
(もう、会うこともないのかもしれないのに……)
 わかっていても、そう考えるたびに、胸が締めつけられるように苦しかった。
 すべては時間の流れとともに、感情さえも薄れていくと思っていた。
 けれど、説明のつかないもどかしさが、いとおしさが、そして会いたいと思う衝動が強まるばかりだった。
 その一方で二度と会うことはないのだという現実とが自分の中で振り子のように揺れはじめ、それは次第に降れ幅を増し大きな弧を描き、アルクメーネを苦しめた。

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