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第二十二章《 遥 か な る 想 い 》

 「兄上、いかがされました?」
 声に振り返ると、庭園の入口の方からクロトが歩いてくる姿が見えた。
「クロトでしたか、何かありましたか?」
「なにもなくても私はノストール中を駆け廻りますよ」
 少しぶすりとした表情でクロトは、2番目の兄を見る。
「最近は兄上まで陛下と同じような表情をしている」
「え?」
 弟の思いがけない言葉にアルクメーネは、衝撃を受けたように丸く目を大きく見開いた。
「気難しい父上に似てきた」
「私は母上に似ているのですよ」
「まぁ、テセウス兄上……陛下ほどじゃないけどね」
 そういいながらクロトもアルクメーネが見上げていたエーツ山脈を見て、大きな伸びをする。
「考えごと?」
「ええ」
「?」
 アルクメーネの返事に今度はクロトが、やや意外そうな表情を浮かべる。
「なんだか……昔の、たくさん遊んでもらったときの兄上みたいだ。最近、そんなふうに普通に返事を返してくれたことないもんなぁ」
「そうでしたか?」
「うん。いつも、『そんなことありませんよ』とかいう言葉が必ず返ってきた。だから、ちょっと驚いた」
 本当にあせっている様子の弟の表情を見て、アルクメーネも内心胸を突かれたような気持ちになっていた。
「子供の頃のように、議題を決めることなく、話をしたり時間をともに過ごすということが何年もなくなっていましたね」
 アルクメーネはクロトの言葉に、ナイアデス皇国でジーンやランレイたちと丸一日、ただなにをするわけでもなく過ごした一日を思い返した。
 ジーンが犬たちと戯れては笑い、ランレイがその様子を見ながら出される食べ物や飲み物をひたすら口に運び、イズナが自分の子供の頃の自慢話をはじめ、アルクメーネも他愛のない話をした。
「たまには、ただ一緒の時間をすごすためだけに会うのも大切かもしれませんね。家族なのですから」
「…………」
 その言葉にクロトは少しほっとしたように兄を見つめた。
 そして、今なら聞いてみてもいいだろうか、と思う。
「兄上、変なことを聞くけどさ、カイチが絶対に一緒に行ってくれない場所ってある?」
「え?」
「くだらないことだって言われそうだし、守護妖獣のことだから兄上たちにしか聞けないことだから、本当はずっと話してみたかったんだけど、聞きにくくて」
「いいですよ。守護妖獣に関する事ならどのような小さなことでも大事です。今日の公務はほぼ片付いていますし、来客の予定もありませんから、時間をつくりましょう。どうせなら夕食も用意させます。今日はこちらに泊まっていきなさい」
 アルクメーネの予想外の優しい言葉にクロトは兄の穏やかな横顔を見つめた。
 その視線をエーツ山脈の足元を覆うように生い茂る樹海の青々とした木々たちに移して、今日まで胸に秘めてきたあの森での出来事を話し始めた。

 話を聞き終わったアルクメーネが、クロトに言葉をかけようとしたとき、二人は視線を送っていた森に異変が起こっていることに気がついた。
 森の上空に消えていく黒く細い一筋の煙が流れていたのだ。
「兄上、あの方角は今話したラクスのいる森の方向からです」
 黒煙は火災を意味する。
「行きましょう!」
 二人は大声で馬を準備させると、従者たちを待たずに城を飛び出していた。

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