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第十七章《 国境を越える時 》

(それにしても……)
 エリルは唇を噛んだ。
 自分さえ町を離れていなければこの事態を回避でき、ヴァルツとの接触が出来、《エボルの指輪》の手がかりをみつけられたかもしれない。
 ジーンたちと一緒にいれば、あの妖獣はまた現れると思い、その為に、ジーンやネイ達と行動を共にしてきたはずなのだ。
 エリルは思わず壁に立て掛けたナーラガージュの杖を恨めしそうに見つめる。
(だいたいこの杖がいけないよなぁ。あんまり震えるから僕自身に危険が迫っているとばかり思ったんだ)
 持ち主の身に危険を知らせるというナーラガージュの杖は、確かにエリルを厄災から遠ざけた。
 だが、それはエリルにとっては捜し求める《エボルの指輪》と関わりがあると睨んだ妖獣ヴァルツと巡り会う好機を逃してしまったことになる。
(あの妖獣は《エボルの指輪》に関わりがあるはずなんだ)
 ヴァルツと対治した瞬間に感じた直感、アンナの《先読み》に従いエリルはあのヴァルツに出会えた。
 《エボルの指輪》に深く係わっている存在だと、エリルは一瞬にして感じ取ったのだ。
「ヴァルツはほかになにか言ったりしていましたか? どんな様子でしたか?」
 エリルの問いに、ネイは記憶を思い起こそうと目を閉じた。
「エーツ山脈のときは、ジーンに向かって、確か『もっと怒れ、そして自分に力≠求めろ』と言ってたような気がする。でもそう言いながら、ジーンに『自分に力≠授けろ』って。あの時ジーンは、あたしを見殺しに出来なかったから、懸命に奴と戦おうとしてた。でも、どうにもできなくて……」
 ネイは震える唇に自分の指を当てながら、あの時の状況を思い出したように青ざめる。
 呼吸の間隔が短くなり息苦しそうにするネイの手に、エリルはそっと自分の手を添えた。
 その手の温もりと心強さに、徐々にネイの頬にうっすらと赤みが戻ってくる。
「エリル、あの時にあんたが現れなかったら、あたしたちはどうなっていたんだろう……?」
 ネイに問われてもエリルは、静かに首を横にふることしかできなかった。
 出会ったときのあの谷底での異様な光景。
 そこにそのようなやりとりがあったことは知らなかった。今、初めてネイの口から知ったのだ。
「考えたくないけど、あの化け物はジーンを捜し続けていたんだと思う」
 エリルは、ネイの青ざめただが怒りをにじませた強い瞳を見つめた。
「あの化け物はあたしを襲ったときに言ったんだ。『おまえが殺されたら、アイツがどれほどの闇の怒りに満ちるだろう』『早くそれを見たい』って、嬉しそうに薄気味悪い声で笑ってた。あれは、ジーンを苦しめ傷つけたがっている。そして、どうしてだか本気で怒らせたいと思っている。一緒に連れている子供のように、ジーンにとりつきたがってるんだ」
 ネイの言葉にエリルははっとして顔を上げた。
「ジーンにとりつく?」
「うん。よく覚えていないけど、あの化け物が現れる前、崖の上でジーンと同じくらいの子供と会ったんだ。あいつは……サトニって言ってたかな。化け物に操られているように見えた」
 エリルは目を細くして考えこんだ。
 あのヴァルツが《エボルの指輪》の、ひよっとすると守護妖獣ではないのかと推測していたのだ。
 エリルはヴァルツが逃げたのは、アンナの魔よけ降伏の呪文が効いたからではなく、ハリア国の王族の血を引く自分の言葉に逆らえなかったのだと今も思っている。
 だが、それではヴァルツは誰の守護妖獣なのだろう。
 主人を失った守護妖獣なのか……。
 もしも、ヴァルツが指輪の守護妖獣だとしても、守護妖獣自身に主人を決定することはできない。
 ましてや王族の人間ではないものにとりつくなど、ありえないはずだった。
 サトニという子供が存在するならば、何者なのか。
(わからなくなった……ヴァルツはどんな妖獣なんだろう……そして、《エボルの指輪》はどこにあるんだろう) 
 エリルが自分の思いの中に浸り込んでいる、ネイが様子を伺うように話しかけた。
「あのさ、あんたジーンを追いかけて行ってくれないかな?」
「あ、そうですね。でも、いいんですか?」
 ネイの突然の言葉に、けれど、エリルはそれが当たり前のことであるかのように即答していた。
「よかった。あたしはケガが治るまで動けないし、アンナのあんたが行ってジーンのそばにいてくれると安心できる。エリルには世話になりっぱなしだし、あんたにも行き先が決まっているだろうから、無理かなと思ったんだけど。よかった」
 真っすぐな黒い瞳に見つめられて、エリルはほほ笑んだ。
「安心してください。わたしの用件も若干方向が変更になったみたいなので」

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