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第十章《 神 の 怒 り 》

 ルナは、ネイとロッシュに倒れているところを見つけられてから二日の間は、森の中から一歩も出ることのないまま過ごした。
 疲労で起きれなくなった体が回復するのを待ち続けたのだ。
「エーツ山脈を越えようっていう奴が、何の用意もないまま、その使いもんにならない体を引きづって歩いてみろ。ボロボロの帆すら張ってない穴のあいたグート船で大海を航行するようなもんだ。一発であの世行きだ。無謀以外のなにもんでもないぞ」
 ロッシュの言葉に、ルナは黙ったまま静かにうなずくしかなかった。
――リンセンテートスに向かったテセウス皇太子の軍に、兄がいるかもしれない。王を殺した犯人と間違われた自分の無実を晴らすには兄に助けてもらうしかない。
 ルナは山を越え、ノストール軍を追う理由をそう説明した。
――ダーナンと戦さになることもあるかもしれないって、城で兵士が話してるのを聞いた。兄の身にに何かあったら自分の無実は証明できなくなる。だから、すぐに後を追いたい……と。
 ネイとロッシュはルナの言葉に、それならばなお、体力が回復するまで動かないよう寝ているようにとルナを諭した。
 そしてロッシュたちは、その間にいろいろと山越えの準備を整えくれたのだ。
「結局、海賊協定状を盗む作戦は当分無理になっちまったし、お前が兄貴をさがす旅に出るのを止める理由はない。でもよ、別にこっちからあわてて行かなくても、国王が死んだとなれば、世継ぎの皇太子は速効で引き返してくるんじゃないのか」
 ロッシュのその言葉にルナは、緑色の瞳を丸くした。
 ロッシュの言うとおりならば、ルナはノストールで待っていれば兄に会えるはずだった。
 そして体調が回復する間、三人は、ひたすら皇太子帰還の報を待ち続けた。
 しかし、ネイが町や村の兵士たちや村人たちからその話を聞き出そうとしても、人々は戸惑ったように黙り込み、表情を曇らせた。
 カルザキア王の逝去後、瑞獣は現れず、新王となるべきテセウス皇太子は帰還しない。
 しかも、王崩御をテセウスに知らせるために後を追った早駆けの兵さえ帰って来ないのだ。
 城下はもちろん、町では人々が皇太子テセウスやアウシュダールの身に何かが起きたのではないかという不吉な噂が流れ始めていた。
 王の葬儀は、皇太子がいなくては執り行えない。
 即位の式もまた、テセウス本人がいなくては執り行えない。
 ひと月をおいて、なお皇太子の行方がわからない場合は、第二王子であるアルクメーネ王子が、その代行にあたることになる。
 そして、その後も皇太子の行方が不明のまま、一年が過ぎた場合、アルクメーネが即位の式に臨むことになるのだ。
 たとえ第一王子が帰還したとしても、新王がその座から降りなければ王位は変更されない。
 ノストール王国ラウ王家の『王訓書』には厳しくそう説かれていた。

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