5章 〈13時40分 再びシンクロ〉 |
近くのレストランで遅めのランチを食べるために三人がスタジオを出ようとすると、どこに隠れていたのか、待ち伏せをしていた五人組に囲まれた。
「『シンクロ』のメンバー……だよな」
頭を下げて立ち尽くす、私服に着替えた五人組を、レンとトモヤが怪訝な顔をして見る。
「ラグ。さっきは話の途中になったけど、話をさせてくれ。いや、させて下さい」
リーダーのミズキ・シンがラグに向って、再度深々と頭を下げた。
「いや、それは……」
「お願いします」
「ちょっと、戻ろうか」
トモヤがラグの肩にポンと手を乗せ、そう促した。
五人のただならない様子に、門の前で待っているだろう『シンクロ』のファンの子達に気づかれることも考えて提案したのだ。
結局またレンの控え室に逆戻りすることになった。
「ラグが誰と来ているのか、どこにいるのかわからなくて、あれからずっと交代で待っていたんだ。ごめん」
ハルトが申し訳なさそうに謝る。
レンとトモヤは、ソファに座っているアイドルたちを、窓際の壁によりかかりながら遠巻きに眺めていた。シンクロのメンバーがラグにどんな話があるのかも、少し気になったからだ。
シンクロのリーダー、ミズキ・シン。
やや仏頂面したクールな二枚目が売りのアオイ・クロキ。
天然キャラが人気の双子、イルハ・リンゲと、ルイージ・リンゲ。
そして、スポーツ万能の元気キャラ、ハルト・ショウジ。
リーダーのミズキに単刀直入に切り出す。
「結論から言うと、ラグ、君に僕たちの写真を撮って欲しい……んです」
「……」
やっぱり……、とラグは思った。
自分の予感と言うより、五、六年前に今日のことを予告した幼馴染の少女の顔が浮かぶ。
(撮っちゃったものは仕方ないけど、内緒にしてもらうほうがいいわ。誰が撮ったかなんてわかったら、自分を撮ってくれって売込みが殺到するのは目に見えるもの。ラグの写真はその人物のいいところを写真に焼きこむ力があるの。芸能界になんてところに知られたら、ハイエナに襲われるようにボロボロにされるわよ。ラグが本当に撮りたいものが撮れなくなるのは嫌でしょう?)
あの時、十歳の少女はハルトを撮った写真を見ながら片目を閉じて大人っぽく笑った。
(大丈夫だけど、警告しておいてあげる)
その言葉は自分に向けられたものだとばかり思っていたが、ハルトの言葉からアミーはルアシと共にハルトにも写真の件を口止めしてくれていたようだ。
「一度でいいから僕達の写真を撮って欲しいんです」
ミズキの重ねる言葉に、ラグはハルトを見る。
ハルトはすまなさそうに下を向いたままだった。
多分、仲間から強引にラグを説得するからと押し切られたのだろう。
だが、ラグの答えは決まっていた。
「ごめんなさい。僕はあなた達の写真を撮ることはできません。お力にはなれません」
ラグは帽子を脱いでペコリと頭を下げる。
「あんたの家は撮影スタジオで、写真を撮る仕事をしているんだろう。金はちゃんと払うよ。客から頼まれたら引き受けるのが商売じゃないのか?」
アオイが話し出すと、ミズキが慌ててその口を手でふさぐ。
「ごめんな。こいつ口が悪くて」
その会話から、レンとトモヤは『シンクロ』のメンバーはラグが業界では有名なプロカメラマンだと知らないのだと察した。
二人は目配せをして面白そうに、ほくそ笑む。
「家では父が確かに撮影スタジオを経営しています。でも、僕はまだ高校生ですから家では手伝い程度でほとんど撮影には関わっていません」
「それでも構わない。どんな写真でも、どんな出来でも構わない。一度でいいんだ、ラグ・ミラン。君に僕達を撮ってほしい」
ミズキは深々と頭を下げた。
「本当にごめんなさい。せっかく声をかけてもらったけど」
ラグは思い切り頭を下げる。
「引き受けられません。お断りします」
顔を上げると、そこに唇を噛み締める五人の姿があった。
気が強いと知られているアオイは天井を見上げて唇を真一文字に結び、イルハとルイージは膝の上で握り締めた拳に視線を落とす。ハルトは悲しそうに微笑んでいた。
ミズキは、一度目を閉じてから再びその深い緑色の瞳でじっとラグを見つめた。
「僕達は、あと一年だけ猶予をもらっています。解散まで」
「ミズキ!!」
その言葉に動転したように、アオイがミズキの言葉を攻めるように声を荒げる。
「俺達の話は断られたんだ。こいつに話す必要なんかないだろう」
「いや」
ミズキは静かに首を横に振り、思いを淡々と語り始めた。
「僕達は……いや、俺は、オーディションで持って来たハルトの写真が好きだ。あの写真を見て、ミズキをグループに入れたいと社長に頼んだくらいに……。正直あの写真を見るまで、ハルトのことはよく知らなかった。だからメンバーを決定するにあたって、一人だけ俺が選んでもいいって言いわれた時、ずっと一緒にやってきた仲間を入れることも考えた。でも、仕事をする仲間は、仲良しごっこでも、遊び友達でもない。生涯をかけた仕事にしたい。だから出来る限りの人間を見てから決めようと思ったんだ」
ミズキは、レッスン風景を稽古場で見たり、様々な映像を徹底して見たことを思い出す。」
「最後の決め手はオーディション応募用の写真だった」
何十冊もあるファイルの履歴書とかプロフィール・カードを見せてもらった時、ハルトの一枚の写真だけが何故だか心に焼き付いて離れなかったことを。
「小学生高学年、ちょっと顔に自信があって、かっこつけている奴。でも、本当は慎重で、単純で、怒りっぽそうだけど悪気はなくて、根はめちゃめちゃいい元気な奴なんだろうな、って不思議にわかったんだ。それで、実際に会って声をかけたり、様子を見ていたら、そこに写真の中のそのままのハルトがちゃんといた。すげぇって、思った。」
ミズキの頬が上気して、瞳が潤んでくる。
「凄い……ハンパじゃない。そう思った。今までいろんな人が写真を撮ってくれり、見ても来たけど、あんな写真はなかった。よく『百聞は一見にしかず』って。あの写真がまさにそうだった。あんなにハルトをちゃんと魅せている写真はなかった。証明写真みたいな写真なのにさ。日を追うにつれて、俺もその人に撮って欲しいって想いがどんどん強くなっていった。君に、撮って欲しいんだ。『シンクロ』を」
ミズキの瞳に力が宿る。
「ごめんなさい」
ラグはミズキの瞳をまっすぐに見つめ返した。
「理由は? だってこんないい話……」
「多分、説得力のある理由じゃないから、答えられません。ただ、そう決めているから」
「一枚でいいんだ。君だっていい経験になるし、成功すればこれをきっかけに君の家の店だって有名になるかもしれない」
その緑色の瞳は、食い下がるようにラグを捕らえる。
「ごめんなさい」
ラグは頭を下げた。ただ、そうするしかなかった。
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