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14章 〈 20時30分 第2スタジオ 〉

「カメラ五台、ハンディ二台、準備完了しました」
「アシスタントが少ない? A.D、どうなってんだ?」
 第二スタジオで、クロサキが一時間前に到着したフロアデレクターを怒鳴りつけた。
 彼の頭はすでに飽和状態寸前だった。
 ドラマ撮影の途中から、突然歌撮りの収録を問答無用で押し付けられたかと思うと、準備を始めて間もなく、数時間後の生放送に組み込むからなんとかしろと命令を受けた。しかも、上層部から局の命運をかける仕事だと現場の全責任を背負わされて。
 時間不足、準備不足、人手不足、資材不足。ありとあらゆる不足の波がクロサキめがけて押し寄せる。
「カメラとカメラマンがいても、ケーブルさばけなきゃ動かせねぇだろ。固定カメラのニュース番組とわけが違うんだ。どうしろっていうんだ」
「スタッフは今、向っています」
「放送が終ったころに着いても意味がないんだよ」
「すみません」
 わかってた。
 事情は一番自分がわかっている。
 首脳会談で都内はあちこち厳重な検問やら、交通規制がかかっている。
 都心から離れたこのスタジオに都内からたどり着くことだけでも大変なことだということも。
 だが、理解のあるふりさえ、もう限界だった。
「ドラマ班からすこし回させるか……」
 そうつぶやいてはみたものの、ドラマの方は、ショウの緊急登板で未収録分を急ピッチで撮影しているだろうことは予想できた。
 無理を言うことは出来ない。
 フロア・ディレクターもカメラテストを行ないたいが、この状態では出来ないことをクロサキに説明をする。
 それもわかっていた。
「うーーーー」
 八方塞りのこの状態を前にクロサキは唸り出した。
 その様子を見ていたシンクロのミズキが、抱えていたケーブルの束をカメラのそばに置くと、そのままクロサキに走り寄ってきた。
「よかったら、俺たちケーブルさばきやりますよ」
「え?」
「小さい頃から歌番組でカメラさんやアシスタントの方のケーブルさばき見てきたから、カメラテストだけでもよければお手伝いできると思います。走る、跳ぶの体力は有り余ってますから」
「しかし……」
 クロサキは突然の提案に正直ありがたくもあったが、戸惑った
「それに、今、スクリーンの搬入も終りましたから、手があくと思います」
「ちょっと、待ってくれ」
 クロサキは大きく息を吐き出すとカメラマンたちを集めた。
 自分で勝手に了解することではなかったからだ。
 だが、カメラマンたちは意外にもあっさりとその提案を受け入れた。
「やらせてみてダメならその時でしょう」
「気軽に、気軽に」が口癖のチーフが陽気に笑顔を浮べた。
「あいつら大道具の搬入やら、雑用をずっと手伝ってくれてるだろう。ミズキがさっきここに来たときに、自分たちのことは一号、二号、って番号で呼んでくれって言いやがった。笑える奴らだよな。運動神経はあるし、ダンスとかやってるぶん呑み込みは早いだろう。ここにいないスタッフを待って時間をつぶしているよりずっといいさ」
「ああ……そう、だな」
 クロサキは結局ゴーサインを出した。
 頭のすみに、B.B事務所に承諾もなしにこれ以上手伝わせていいのか……と思った時、ショウと一緒に来たマネージャーの顔が浮かんだ。
 あわててドラマ撮りのスタジオに連絡を入れるが、あいにく本番中でつながらない。
(局の命運のあとは、事務所問題か……)
 頭のいたいタネが増えたが、もう精神的な限界は越えつつあった。
(開き直ってやる……やるしか、ない)
 テストを見守りながら、クロサキは腹を決めた。
 シンクロのメンバーは、ミズキの言葉どおり、無類の運動神経と、運動能力で、カメラのスピーディーかつ複雑でダイナミックな動きに機敏に対応した。
 一度、二度とテストを重ねるごとに動きはよくなり、「仕事がなくなったら、ここで働けよ」とカメラマン達から絶賛されるまでになった。
「僕ら、歌番組のスタジオで皆さんの動きを見ているのが大好きなんです」
 ミズキの言葉にカメラマンやスタッフ達が少し照れながら満足そうに互いの顔を見合わせる。
 これまで直接会話する機会は少なかったが、互いに名前も顔も旧知の仲だ。
 それが今回のアクシデントを通して、グンとお互いの距離が近くなった感触があった。
「歌っている人より、カメラやケーブルスタッフの動きが気になってしかたなくてさ。職人芸だよなーって」
 アオイが、無表情を装おうとして、失敗し相好を崩した。
 クロサキが最も意外な印象を持ったのはクールを売りにしているアオイだった。
 「二号!」と呼ばれるたびにスタッフの元に飛んで行き、真剣に雑用から力仕事までこなしていった。
 どこかやる気のない今時の若者、と思っていた印象とのギヤップに自分の目を疑ったほどだ。
 あとでアオイをこき使ったスタッフから「あいつはもともと舞台の裏方仕事が希望だったそうだ。親が劇場の裏方の仕事をしている関係で、そっちの舞台を作る仕事に憧れて裏方志望で今の事務所に入ったのに、気がついたらアイドルになっていたんだと。今日始めてやりたかったことに触れられた、って嬉しそうに話してたよ」。そう聞くまでは。
「みんなの動きってアクロバット級だもんね」
「カメラを飛び越えたり、滑り込んだり。僕たちもなんだか負けたくない気持ちになる」
 双子のイルハとルイージが同時にうなずく。
 素直な性格の二人は、とにかくスタジオを走り回り、言われるままに動き、働いた。
 しかも大喧騒のスタジオのむさくるしい男たちの中で、二人が三号、四号と呼ばれるたびに、「はーい」と返事をして涼しげに笑顔を向けるのを見て、その場の誰もがいやされる気分だった。
「こうしてやってみて楽しいけど、やっぱりプロには勝てないよ」
 ハルトも床に座り込みながら笑う。
 五人の中で一番呑み込みも早く、動きも機敏なハルトはいつの間にかスタッフたちに、からかわれながらも可愛がられる存在になっていた。
「これを一時間で七回もやるなんて、ほんと、すごすぎ」
 ミズキの瞳には、自分たちが手伝えたこと、スタッフとして参加できたことを心から楽しんでいる気持ちがあふれていた。
 次々とでる賞賛の言葉にスタッフは緊張感の中に温かいものが流れているように笑顔がこぼれる。
「よし、この調子で仕上げまで持っていくぞ」
「はい」
 時間との戦いの中、緊張と緊迫の中にあって、元気な声がスタジオに響いた。

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