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10章 〈 17時50分 レンの控え室 〉

 ラグがレンの控え室に着替えて戻ってくると、ルアシが一人でテレビを見ていた。
「トモヤは?」
「レンの撮影を見守ってくるってスタジオに戻ったの。さっき、一人で適当にスタジオ見学してみたけど、なんだかいろんな人が増え始めてて様子が変だったから、ここに来ちゃった」
「そっか」
 ラグは、ルアシが座っているソファの横に腰をおろしながら、真剣に見ているニュース番組に視線を移す。
 総理官邸から出てくる政治家が画面に現れては消え、キャスターが深刻な表情で実況をしている。
「どうしたの?」
「今ね、十三カ国首脳会議を日本で行なっているの。だけど、新しく総理になったサワキ首相がドジったみたいで、今日の夜のパーティを何人かの首脳がキャンセルするらしいというニュース。ちょっとした騒ぎになってる。亡くなったマツヤマ首相は、いい人だったものね。彼がいてくれれば大丈夫だったのに」
 ルアシの瞳が潤んでいく。
「うん。でも訪問先の国の親子を事故から身を挺して守ったんだからすごい人だったよね。あの事故が報道で流れてからマツヤマさんは世界中から尊敬を受け続けている」
「あたし達にも優しかった」
「うん。ちゃんと守ってくれる努力をしてくれた。強い人だったよね」
 ラグとルアシは六年前の出来事を思い出す。
 トゥーム星から帰って来る途中で起こっていた、火星での事故とテロ活動。
 政治犯罪と未発表の宇宙開発の事故・事件の解決に、日本国籍の十五歳のユウと、十二歳のラグ、十一歳のルアシ、十歳のアミーとサミー、八歳のシーダが関わっていたことは知られてはいない。
 彼らがいなければ、地球は世界大戦真っ只中だったはずなのだが、今もって真実を知る人物はごく一部だ。
 どうやって宇宙船で船外活動中に起きた事故で宇宙空間を漂流していたパイロットを助けたのか、なによりどうして一般家庭の普通の子供たちが宇宙に存在して、火星に降り立ち、テロ活動を未然に防ぎ、大災害を防ぎ、人命救助をして、知らない間に日本に帰ってきていたのか。
 宇宙開発局をはじめ、事件に関わった中央5カ国の首脳をはじめ関係者はパニックになった。
 各国が関係したユウやラグ達から事情を聞き、特殊な力をもっているであろう、また知ってはいけないトップシークレットを知ってしまった子供達を自国の管理下に置こうと執拗に策略をおこなった。
 その時、当時日本の首相だったマツヤマが六人を守ってくれたのだ。
 実際にその効力がどこまであったかはともかく、自国の子供を守ろうと背中にかばってくれた大人のことを忘れることはできなかった。
「リーダーは、サワキ首相には協力してあげないのかしら?」
「マツヤマさんとサワキさんはライバル関係だったみたいだよ。マツヤマさんが急死して、サワキ首相になったとたん、マツヤマサイドの人間は大事なポストからすべて外されて、蚊帳の外だって。キースは説得を試みたらしいんだけど、サワキ首相に会わせてもらえないらしいよ。僕らとのパイプ役はキースだから、キースが切られた以上リーダーも蚊帳の外なんじゃないかな。忘れられやすい存在だしね」
 キースはマツヤマの側近を務めていた人間だった。
「ほら、それにキース以外の人間が僕らに接触をするには、ややこしい手続きが必要だろ。お目付けメンバーがいるから勝手なことはできないだろうし」
 ラグはクスクスと笑う。
 お目付けメンバーというのは、ラグ達を常時監視している世界各国の監視員のことだった。
 諸外国がラグたちに対して勝手な行動を起こさないよう、各国が互いの動きを牽制する為に監視を置いている。
 だから、常に二人以上の人間がどこからか見つめていることになる。
 だが監視されている感覚は本人たちにはない。監視というより万が一のボディガード代わり感覚になってしまっている。つかず離れずの関係だが、ある事件以来互いに監視員同士も友好ムードが芽生えている。
 撒こうと思えば実は簡単に撒いてしまえるので、それほどの負担にはなっていないのんきな感じだった。
「リーダー相手じゃ役にたたない。アミー云わく、気の毒なのはサワキ首相だって」
「そっか、だから、リーダーは暇なのね。本当なら大忙しの時期だものね」
 ルアシは笑う。
 テレビのキャスターは、来日中のトワラ国の首相が体調を崩して緊急入院の手配をとったとレポートを続けている。
「あ、仮病もちのサイゼ首相だ」
 ルアシが画面を指差してケタケタと笑いだす。
「今回は、仮病を使ってもアミーには会えそうにないかもね。日本にいないから」
 ラグもくすくすと笑う。
「首脳会議、このまま無事に終るかな」
「失敗したら、また新しい首相よね。面倒くさいなぁ。あの人、あたし達のこと信じてないもの。次の人も多分信じない。厄介者みたいな目で見られるのは嫌」
 ルアシがラグの肩にもたれかかる。
「なーんて、悲劇のヒロインぶってもいい?」
「たまにはね。可哀想なのは、僕らに振り回されるあの人たちの方なんだから」
「こんなにおとなしい日常を送ってるのにね」
「それが困るらしいよ」
 プッと吹き出した二人の明るい笑い声がはじける。
 その二人の会話を呼びに来ていたクロサキが息を凝らして聞き入っていた。
 ただの高校生カップルとは思えなかったが、マスコミさえ知らないような話をしながら、故マツヤマ前首相との深い関わりさえも示唆した話しぶりに、全身の毛穴が開くような何かを感じさせた。
 コンコン
 クロサキは息を整え、ノックをする。本当はわずかに開いていたドアを思い切りよく開けて登場してみせる。
「ラグ君。ちょっといいかな。会議室に来てほしい」

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