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メイハーナの虜囚

2章 〜王妃の恋人〜
 ある日の夜会、久々に顔を合わせた年上の友人がシャルゼルトに向って、少しだけ得意気な表情で言った。
「君が生まれる以前に、すべての女性の心を虜にした男が宮廷にいたのを知っているだろう?」
 最新情報のように話す友人の言葉にも、シャルゼルトは興味なさそうな表情を向けた。
「ココ王妃の幻の恋人の話ですね。王妃ココを嫉妬の末に病死に追い込んだ王の愛人たちが、王妃の死後、実は王妃は不幸ではなく、幸せだったことにするための偶像」
 よく出来た話だと思った。
 ココ王妃にはいつも美しい恋人が常にそばにいて彼女を守り続けていたという作り話だ。
 ココ王妃にも恋人がいた。愛人である自分たちが可愛想なオルト王を慰めていた。
 だから自分たちには罪はない、誰も悪くはなかった、という贖罪が生み出した王妃の恋人。
「陛下は王妃の亡くなった後は、すべての愛人たちを遠ざけてしまわれた。王妃が陛下を裏切られたのなら、そんな必要はなかった。陛下がよくご存知だろう。誰がココ王妃を死に追いやったのか。捨てられた愛人たちは、すまし顔で今も上品ぶって生きているけれどね」
 シャルゼルトにしては珍しい毒舌に、友人はさもありなんというように満足げに笑う。
 そうした忌まわしき愛人たちさえいなければ、ココは若くして亡くなることもなく、シャルゼルトは自分がその心を癒すことの出来る存在になれたのにと、信じて疑っていない。
「第一、家柄も、身分も、名前さえ記録に載っていない人物が、王妃の恋人であるわけがないし、宮廷に出入りできるはずがない。恋人と思われていた男性は実はココ王妃の守護妖精だった、という話が通説になりつつある。それなら神がかった美貌を持つといわれても、名が残っていなくても、いつもそばにいたとしても不思議ではない」
「本当によく調べているなぁ」
 友人は驚いた表情をしながら、苦笑する。
「初恋の相手、王妃ココに関することは調べつくしました。デュマ家当主にも直接話しを聞きに言きましたしね。ココ王妃に関してはすべてを知っているのが自分でありたいと思っています」
 涼しい顔のシャルゼルトに、その言葉を待っていたというように友人は余裕のある笑みを浮べる。
「では、幻の恋人は本当に実在した。そして、私はその事実を知っているという話はどうだ?」
「どういうことです? 今までそんな話をしたことは一度としてないではないですか」
「神学所」で知り合った年上の友人は、王族の一人であったが、変わり者とされて、一族の中でもつまはじき状態だった。
 他国への留学を繰り返してはゴラとは異なる風習を王宮に持ち込もうとして厄介払いをされている。思ったことはストレートに口にする毒舌家でもあり、多くの貴族は表面的には当たり障りなく接するものの、決して近づこうとしないのだった。
 シャルゼルトは、神学に関して意見交換をするうちに親しくなった。
 時に神話やその伝承に関しての解釈や見解の違いにぶつかり合うこともあったが、互いに一目置いている存在であることは間違いなかった。
 王族でもあるその友人が挑むように投げつけた言葉だけに、あながち無視出来ない情報ではないかと直感したのだ。
 友人云わく、王妃ココの恋人は王妃亡き後、ブレネイ市街に住んでいた。
 妻と娘と暮らしていたけれど、やがて妻が病気で亡くなり、彼もまた後を追うように、一人娘を残して亡くなった。
 娘は今もブレネイ市街に住んでいる。
 しかし、街の人々はそのことを決して口外しないため、その存在は今も隠され続けている、というのだ。
「王妃が亡くなった後、彼のパトロンになろうとする輩が居場所を探し当て、抱え込もうとしたらしい。結局、目的は果たせなかったわけだが」
 シャルゼルトは考え込んだ。
「非現実的すぎる話は、時に現実的だ。だろう?」
 友人は、シャルゼルトの口癖を真似てそういうと、謎を解いてみろよ、という視線を放つ。
「先日、M公爵が世間話にまじえてそんな話しをしていたのを耳にした。あわてて打ち消していたが、恋人に関しては緘口令が引かれているようだ。云わくあけり気で面白い話だろう」
 友人はそう言い残して去って行った。
 その後ろ姿を見送りながらシャルゼルトは軽く衝撃を受けていた。
 幻の恋人に関してはあまりに非現実的すぎて、ほとんど調べていなかったからだ。
 けれど、M公爵がかかわっているとなると話は別だった。
(しかも緘口令?)
 友人の話はしばらくの間、シャルゼルトを悩ませるに充分だった。


第1章 第3章

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