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第二十五章《 霧 の 中 の ア ン ナ 》

 イリューシアから思念波による連絡を受けて、セルジーニがグルジアナ宮殿外、首都郊外の森の中に天幕を張っているアンナの一族のもとに現れたのは、それから半月過ぎのことだった。
「よく戻ってくれました」
 セルジーニ到着の報告を受けて、イリューシアが女性ばかりの側近のアンナたちを従えて現れた。
「どうなっているんだ。おじょうちゃんがいながら」
 再会の挨拶の第一声に、幼い顔に無表情を張り付かせていたイリューシアの顔がピクリと動く。
 その顔を見て、鼻でフッと可笑しそうに笑いながら訂正する。
「イリューシア殿にはご機嫌麗しく。お呼び出しに応じて参上いたしました」
「冗談を言っている場合ではないのよ」
「しかし、そうした余裕もまた大事かと」
 変わりないセルジーニの様子にあきれたようにイリューシアは表情を消す。
「状況は伝えたとおりです。グルジアナ宮殿にいるはずの長に会わせてもらえません。長や同行した三人の家長、供をした者たちからも連絡がない。このようなことは今までありませんでした」
「イリューシア殿の天眼でも、城の中を視透すことが出来ないということですね。なに、まだお小さいのですから気にされませんよう」
 イリューシアに仕えるアンナたちが、ぎょっとした顔でセルジーニを見る。
「…………」
 他のアンナたちでさえはばかられる言葉を躊躇することなく言い放つセルジーニに、イリューシアは返事のかわりにかすかなため息を漏らした。
 セルジーニの目から見れば、サーザキアに次ぐ高位能力を持っているといえど年齢的にはまだ十歳になるかならないかの少女。冷静に振舞ってはいるが、疲労の色もかなり濃いようだった。
「とにかく、あなたが来たことで改めて儀式を執り行うことができます」
 セルジーニは、ニコリと笑った。
「では、準備が整いましたらお知らせください。まずは、留守を許してくれた家の者たちに挨拶をしてまいりますので。ああそうだ。《星守りの旅》の子らはセルグ国のユマの里にて留まるよう伝えてあります」
 ユマの里とは、能力者としての力が認められず、アンナの一族から離れた者達が作物を育てながら暮らしているアンナたちの里のことを指した。ラーサイル大陸にその里はいくつか存在するが、隠れ里となっており、里の者の案内がなければ見つけ出すことは不可能と言われていた。
 普通の人間達と交わり、暮らしているアンナたちと区別して、彼らはユマ・アンナと呼ばれた。
「エディスにとっては顔見知りが早くできるのですから、いいことでしょう」
 イリューシアの言葉にセルジーニが口元の片方だけを上げてニヤリとした笑みをつくる。
「出発前と変わらぬご意見と言うわけだ。ではのちほど」
 他の天幕から、セルジーニの帰りを耳にして集まってくるアンナたちに軽く手を振りながら、セルジーニはユク・アンナの血統を守る家族達の待つ天幕のもとへと去っていった。
「イリューシア様」
 イリューシアの仕女たちが、おろおろしながら声をかける。
「気にするな」
「でも、イリューシア様に対してあの態度はあまりの振る舞い。長が不在の間は、イリューシア様が長の代行者でございます。そのお方に対して、同じ家長といえども無礼です」
「…………」
 イリューシアは、紫色の瞳を伏せた。
「よい。私が物心ついた頃からああなのだから、いまさら何を言っても聞くような者ではない。それに」
 儀式のための天幕の方向に歩き出す。
「セルジーニの言っていることも間違ってはいない。ここに残った家長だけでは長との連絡がつかなかった。セルジーニの思念体として空間を越える能力、心術においても勝る者は、長を除いてここにいない。七人の家長の中では、私を除いてあの者が最も力があるのは長も認めているところ」
 イリューシアは唇をきつく結ぶと、その後は何も語らなかった。

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