第二十三章《 時 を 待 つ 影 》
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「アウシュダール」
目覚めると、アウシュダールは自分が部屋の寝台に横たわっているのを知った。
そばではクロトとメイベルがほっとしたように安堵の笑みを浮べる。
「クロト兄上……」
「〈遠眼〉が突然始まる場面に立ち会ったのは初めてだったから驚いた。大丈夫なのか?」
アウシュダールは目を細めて笑みを返した。
「大丈夫です。ですが、〈遠眼〉はまだ始まったばかり。今度は少し時間をかけて視てきます」
「時間をかけて?」
「はい。次の目覚めの時には、面白い内容をご報告できそうです」
クロトは、夢うつつ状態の潤んだ瞳でそう応じるアウシュダールを形容しがたい思いて見つめた。
シルク・トトゥ神の転身人としての力を見せ付けられるたびに、クロトの心は違和感に包まれる。
喜ぶべきことを素直に喜べず、心配する言葉も、儀礼的なものになる。
――ダレダ、オマエハ。
意味のわからない言葉が咽元までせり上がり、発してしまいそうになるのを必死に押さえ込んで、クロトはそれを飲み込む。
自分が何を言おうとしているのか、なぜ弟に対してそんな言葉を発してしまいそうになるのかまったくわからない。
アウシュダールと接し、その力に接するたびに咽もとにせりあがる言葉を飲み込むので精一杯になるだけだった。
(アル神の息子の生まれ変わりにといっても、弟に変わりないはずだ。なのに、おれは何を言おうとしているんだ……)
いつ実際に口にしてしまいかねない状況が恐ろしくて、アルティナ城から距離を置いた。
アウシュダールに対する心の棘を感じる自分も嫌だった。
「ご心配されないよう。テセウス兄上、アルクメーネ兄上にもお伝えください。城の中にはいらっしゃらないようなので」
「そんなことは……」
言いかけて、アウシュダールが倒れたという騒ぎが伝われば、すぐに姿を見せるはずの二人がまだ現れていない事実に気が付く。
アウシュダールが言うならば、その通りなのだろうとクロトは思う。
「兄上、頼みます。私はこのまま〈遠眼〉の続きに入ります。その前に……メイベルに命じるべきことがあるのです。」
アウシュダールは、視線をクロトからアンナの一族である薄紫のベールで全身を覆っているメイベルへ移す。
「〈遠眼〉の間は、私の力が弱まり、国内の結界が弱まる。お前は結界を張り巡らせ監視を怠るな。言っている意味はわかるな」
「はい」
メイベルは緊張した面持ちで深々と頭を垂れた。
その言葉は、一見アウシュダールの意識のない体を命がけで守れという命令に聞こえる。
「では、兄上……」
アウシュダールの瞼がゆっくりと綴じた。
やがて呼びかけても、人形のように横たわっているだけだった。
このような状態になっても、アウシュダールは自分をどこからか見つめているのだろうかと、ほんのわずかだが薄気味悪い気分になり、クロトは横たわったアウシュダールに背を向けた。
「メイベル」
「はい。クロト殿下」
クロトは部屋を出ようとして、振り返らないまま、背後のメイベルにそのまま声をかけた。
「わたしの監視はいいから、アウシュダールのそばを片時も離れず守ってくれ。頼むぞ」
「…………」
メイベルが息をのみ込むのを背中で感じながら、クロトは大きく息を吐き出した。
「冗談だ」
クロトはそう言うとそのまま部屋を出た。
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