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第二十一章《 絆を結ぶ者 》

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「ラウセリアス、おい、大丈夫か?」
 彼は、自分を呼ぷ声に、深い闇から引きずり出されるようにして意識を取り戻した。
 だが、まぶを開くことが出来ない。あるのは闇だけ。
 覚えている。
 目は自分でつぶしてしまったのだ。
「…………」
 意識が鮮明になってくると同時に胸の動悸が高鳴り、今まで感じたことのない奇妙な状況と、「なにか」が襲ってくる予感に混乱する。
 自分のおかれている状況も、周りの状況もまったく飲み込めなかった。
 今が夜なのか、朝なのか、どこで何をしていたのかさえわからない。
 前後不覚に眠り込むことなど物心ついてから経験したことがなかった。
 宙をさまよわせるように伸ばした右手を、誰かが受け止め、再び名を呼びかける。
「ラウセリアス?」
 それがリゲルの声だと気づいて、さらに混乱する。
 洞窟にいるはずの自分を、どうしてリゲルが呼びかけているのだろうか……と。
 そして、唐突にすべてを思い出す。
 失月夜だったことを――。
 ラウセリアスの全身を虚脱と言語に絶する恐怖が駆け抜けていく。
「…………」
 硬く唇を噛み締めたまま、しばらくは言葉を発することさえ出来なかった。
「ラウセリアス」
 ラウセリアスはリゲルの手をもう一方の手をそえて引き剥がし、絞るような声で詫びた。
「すまない……」
 自分の声が他人の声に聞こえた。
 あの時、「魔眼」を押さえ込むため幾重にも封印した仮面を剥ぎ取り、捨てて、戦場の真っ只中に飛び込んだのだ。
 そしていつものように「魔眼」をさらした後の記憶はまったく残っていない。
 だが、わかっている。
 結末はいつも地獄絵図だ。
 苦悶に満ちた表惰で死んでいっただろう仲間たちの顔が浮かび、ラウセリアスは血がにじむほど唇を強く噛んだ。
 魔眼に支配されてしまうと自分ではなくなってしまう恐怖。
 いままで自分を大事にしてくれた人間を助けるどころか、魔眼の餌食にしてしまう事実。
 どうしてあの時、洞窟から出てしまったのか……多くの人間の血を求めるように動き出す体を制止することが出来なかったのか、とラウセリアスは手を硬く握り締める。
――カイトーゼたちは、ギルックたちは死んでしまったのだろうか
 脳裏に仲間達の顔が思い浮かぶ。
 知りたくはなかった。
 だが、知らなければならなかった。
 ラウセリアスは、カラカラに乾いた咽につばを送り込み、恐怖と戦いながらリゲルに問いかけた。
「状況を……教えてくれ……」
 リゲルは自分の手を力なく払ったラウセリアスのその手を、自分の両手で包み込んだ。
「大丈夫だ。安心しろ」
「気休めはいい……事実を……」
 どれだけの人間が死んだのか。
 「魔眼」の発する殺戮の力は誰にも制止できない。そう、自分を殺す「何か」が訪れない限り。
 ラウセリアスの声は力を失っていた。
「どうなった……」
「本当に大丈夫なんだ。あの時、あの場所にいた敵は死んだが、仲間は元気だ。カイトーゼがお前の合図を聞いて、地面に伏せるように指示を出した。お前の眼を見て死んだ奴はいない。安心しろ。それに、ほら、耳をすまさなくても聞こえるだろうあの馬鹿でかい声が」
 リゲルの言葉にラウセリアスは耳を疑った。
「そんなことは……」
 そう言い返そうとした途端、カイトーゼの大声と仲間たちの笑い声が洪水のように耳に飛び込んで来た。
 今までその声が耳にはいらなかったのが不思議なぐらいの喧騒。
 暖かい風と、木々のざわめき、鳥の鳴く声が自分を取り巻いていた。
 ラウセリアスは怪討な面持ちで、リゲルに助けられながら上半身を起こした。
――何が……起きたんだ……?
 信じがたい出来事だった。
「魔眼」に支配された失月夜の後に、笑い声がそばにあることなどあり得ない。
 夢を見ているのだろうか……。
 目覚める前に見ていた夢の内容は覚えていない。けれど、心地よいものだったような感覚だけが残っている。
 もしも、いまが夢だとしてもかまわないと思った。
 これ程までに安堵した空気に包まれた夢さえまた初めてなのだから。

 洞窟にこもっていない限り、失月夜の翌朝は朝日に照らされる大量の死体の中心で意識が覚醒した。
 そして、確かに自らの手でつぶし、くりぬいた眼球は、朝には再生が始まる。
 己の行なった残忍な殺戮のあとをその目で見ろというように、悶絶死した人々を映し出す。
 いっそのこと狂ってしまいたかった。
 自我を手放し、なにもかもから解き放たれて狂気の中で自由になりたかった。 
 だが、狂うことも許されず、ラウセリアスは自分自身を殺す行為に没頭することしか出来なかった。
 断崖絶壁の崖から身を投げ、川に流され、滝に身を投じ、剣で咽を掻き切り、心臓に剣を突き刺した。
 死罪に相当する犯罪を行なっては処刑されたはずだった。
 それでも生きている。
 呪われた「魔眼」に支配されながら。

 だが今、自分は仲間の笑い声に包まれていた。
「…………」
 ラウセリアスの閉じた瞼から涙が流れ落ちた。
 言葉にならない感情が沸きだし、この夢が覚めてしまわぬようにと握られたままのリゲルの手をさらに握り返す。
 夢ならこのまま、目覚めないでくれと祈りを込めて。
「水……飲む?」
 突然、夢心地の空気を破るような現実味を帯びた声に呼びかけられて、ラウセリアスはびくりと震えた。
 気配を悟ることが出来なかったのだ。
 けれど、その声が、ラウセリアスに夢を見ているのではない、現実なのだと語りかける。
――夢ではないのか?
 リゲルの手をそっと離すと、自分の手で、自身の手や手首、腕、肩をかたどるように触れ、体温を実感する。
「水は、必要?」
 ラウセリアスは、再びかけられた声それがジーンの声だと気づきうなずいた。
「ああ……」
 水の入った竹筒を受け取り、水を口に含んた瞬間、ラウセリアスは再び奇妙な感覚にとらわれた。
 魔眼に支配されてから一度も感じたことのない、不思議な安堵感と開放感に満たされている自分がいることに。
――なにが、この身に起きたのか……。
 昨晩のことを思い出したかった。
 いつもの失月夜とはまったく激変したこの状況の理由を知りたかった。
 失月夜の後は再生をはじめる両眼も失ったまま。
 綴じたまぶたに映し出されるのは漆黒の闇だけ。
 そして、無防備と言っていいほど人の気配に鈍感になっている自分。
 完全なる盲目。
 もしも、これが「魔限」から解放される印なら、苦にはならない。
 逆に嬉しいと心の底から本気で思える。
 ラウセリアスは喉を潤すため、事実を自分に伝えるために水を飲み続けた。

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