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第二十章《 失 月 夜 》

「ルージン。遠吠えだ」
 《ルーフの砦》の参謀室に、早朝から聞こえたという犬たちの遠吠えに関する情報が次々と飛び込んで来た。
「よし、作戦どおりだ。いいか、ラウセリアスたちより早く敵を見つけだせ。同時並行でラウセリアスを探して、決して敵と出会わせるな。あいつは天の邪鬼だ。動くなといっても、絶対動くからな」
 ルージンは、円卓に広げた地図を指さし、集まっている十数人の小頭たちに指示を出して行く。
 盗賊団といっても、集団での大規模な交戦などは経験がない為、軍隊のように統制されているわけでも、明確に細かい役割まで決まっている訳ではなかった。人望のある者の傘下にそれぞれ人が集まり、ない者はその中で徒党を組み、それ以外の者は単独で、また中にはルナやランレイのように食客扱いの者もいた。規律正しく動けるのは、特定の集団に限られているのだ。
 そのならず者たちを、若いルージンたち五人が束ねている。
「その通り、ラウセリアスはどんなに止めても、動く」
 昨日から寝ずに動き回っているセインが大きな欠伸をしながら、開いたままの扉から現れる。
「そして、あいつだってわかっているさ。俺たちが遠吠えに気づいて動きだすことも、自分の動きを阻止しようとすることもな。だから、これは賭けだ。確か明日か明後日は天満月だ。失月夜は天満月の夜にしか起きない。あいつは絶対にその日を狙う」
「絶対に、先にたどり着いてやる」
 ルージンとセインは、互いの瞳を見つめると厳しい顔でうなずき会った。
 
 ナイアデスの方向を見定めながら、ゴラとセルグを分ける山道をカイトーゼは見下ろしていた。
「ミゼア山は普通に迂回をしても半月はかかる。だが、デス軍だとしたら、おれ達相手に大軍率いて強行突破するほど手間はかけないはずだ。精鋭少数で決して普通は考えない険しい山越えに挑んで、攻めてくるとリゲルは読んでいる。それでも馬に乗るならあの山道は通らないわけにはいかない。いいか、絶対に見過ごすなよ。怪しい奴らは一人残らず縛り上げろ」
 勢いのいい馬鹿でかい声が響き渡る。
「今回は目の前のお宝に気を奪われるな。敵を見つけだした奴、捕まえた者には、金貨詰まった大入り袋をくれてやる。わかってるだろうが、何度も言わせるな、見聞きしたことは一つも漏らさず報告しろ。見逃したり、殺してから、こいつがそうでしたとか馬鹿なことをほざいた奴は半殺しになると思え。身包みはいで砦から放り出す。一戦交える日はおれ達が決める。失月夜の夜だ。《ルーフの砦》の生き死にがかかっているんだ。慎重に動け、わかってるな」
 カイトーゼが叫ぶと、大声で返事を返し、目をギラギラさせた男たちがいくつかの集団に別れて散って行った。
 参謀の中では一番若いのがカイトーゼだが、ならず者の山賊たちの間では彼が最も人気があった。
 報酬は実力主義で惜しみ無く与える。その一方で《ルーフの砦》にいる年月をもとに新参者であっても邪険にすることは決してなかった。
 酒癖も悪く、情が深いとはいえないが、竹を割ったようにすっぱりとした気持ちのいい気質をしているのだ。
「ジーンは蝕の夜は怖がらなくても大丈夫だっていってたぜ」
 ギルックは、今回カイトーゼの副将として動くため、自分の仲間は洞窟を出たであろうラウセリアス探索にあたらせている。
「もちろんどんな奴も失月夜にびびるのはわかってる。だが、お前はおれ達が恐れている理由を何もわかっていねぇ」
「月が突然消えちまうんだろう。それに、失月夜の夜が曇りだったら消えていく月も見えないし。関係ないだろう」
「例え雨が降ろうと、雲が空を覆ったとしても失月夜である事実は変わらねぇ。危険と背中合わせだ」
 カイトーゼは、祈るように目を閉じると深いため息を吐き出した。
「知らないほうがいいこともある。ある意味では俺も初めてだ……」
「失月夜は見たことあるって言ってたじゃねぇかよ」
「砦で迎えるのは初めてだという意味だ」
 再びため息を吐き出す。
「チェッ、しけた面しやがって」
 戦い好きなカイトーゼの神経質そうな言葉にギルックは、その場の空気を変えようとするように大きな声で伸びをした。
「あーあ、こうなるとわかっているんだったら、ジーンにラウセリアスの居場所がわかるように目印でもつけとけっていえば良かったのに。緊急時にはのろしを上げさせるとかさ」
「それをさせない理由も、きっちりあるんだ」
 カイトーゼは、ギルックの額を指でバチリと弾く。
「痛ってーよ」
 怒る弟分の顔を見て、カイトーゼはニヤリと笑ってギルックの肩をバシリと叩く。
「俺たちもこの近辺を調べるぞ。経路はさっき説明したとおりだ。あまり派手に動いて感づかれるへまはやるなよ」
 カイトーゼたちは留守番部隊を残し、馬にまたがった。
「ラウセリアスの情報が入ったら狼煙を上げろ」
 そう言い残して。

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