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第二十章《 失 月 夜 》

 翌朝、《ルーフの砦》に戻るためラウセリアスの部屋をたずねたルナとランレイは、彼から意外な申し出を受けた。
「私を連れて行って欲しい。砦へ戻るのではなく、攻めてくる敵の一行が現れる場所に」
「え……?」
「一戦交える前に、個人的に用ができた」
「でも、ナイアデス軍の居場所はきっとカイトーゼが探索中だから。どこに敵がいるかなんて知らないよ」
 ラウセリアスは顔の上半分を隠す鉄仮面をのぞけば、昨日来ていた長衣ではなく、最初に出会ったときと同じ身軽な服装に着替えていた。 
「それに、ルージンからは、朝になったらすぐ戻るように言われているから、砦に戻る」
「協力してくれるならば、ディアードに会わせることを約束する」
「え?」
 ラウセリアスの口から出た思いがけない言葉に、ルナの緑色の瞳が大きく見開かれていった。
「知らないって……『生きている。でも、生きていない』ってそう言ったのはラウセリアスだ」
「それは嘘じゃない。本当のことだ。だが、すべては私に協力をしてくれた後に教える。どうする?」
「……」
 ルナはラウセリアスの見えない瞳を食い入るように見つめた。
(ラウセリアスの言葉を信じて裏切られるかもしれない。本当はディアードを知らないかもしれない。でも……)
 どちらにしろ、断れない話だということにルナは気がついた。
 自分はルージンに仕えているのではなく、ディアードを探すためにここにきたのだ。たとえ、自分を利用するための嘘だとしても、少しだけラウセリアスの力になってあげてもいいような気がしたのだ。何が目的なのかも気になった。
 今まで、裏切られるのを前提に人の言葉を受け取ってきた。それは海賊島で身に染み込んだ生きる術だった。
 ハーフノームの海賊は、裏切り者には死を与えるが、それは裏切りが多いという前提があった。
 頭領のジルは常に目を光らせ、怪しいものには徹底した処罰を与えた。
 かわりに、ハーフノームの海賊以外に対しては、冷徹だった。財宝を得るための裏切り、騙しは問題視されない。
 《ルーフの砦》の山賊たちも当然同じような掟があることくらいはわかっている。
 客人として受け入れてくれていても、いつなにがあるかわからない。
 だから決して居場所のわかるところで眠ることはしなかった。油断は自分の咽を絞めることを肌に染み込ませている。
 裏切りを前提として、関わる。
 楯代わりとなってくれていたネイと別れてからのこの旅では、特にそれが生き延びるための教訓となっていた。
「いいよ、協力する。その代わり」
 ルナは、足元で尻尾を振っているヨルンを抱き上げた。
「嘘だったら、ヨルンはもらうからね」
 信じてはいないという警告。
「意外に面白い奴だな。お前」
 ラウセリアスは言葉とは裏腹に、無感情な声で壁に立て掛けてある杖を手にした。
「私の指示に従って動いてくれ。それで道はしぼれてくる。連れて行ってくれ。」
 盲人とは思えない足取りで、ラウセリアスはルナたちを従えて洞窟の出口へと向かって歩き始めた。

 約一時間ほど歩き、ついたのは見晴らしのいい丘だった。
「ヨルン」
 ラウセリアスがパンと両手をたたくと、突然ヨルンが、その小さな体から信じられないほどの大きな声がほとばしり出た。
 長く尾を引くせつない叫び、「遠吠え」。
 ヨルンの遠吠えが山々にこだまして消えて行く。しばらくするとはるか彼方から別の遠吠えが微かに聞こえる。やがてそれが次々と別の遠吠えを生み出して行った。
「声のする方角だ。そこに向う」
「え? 今のでわかるの?」
「あの声は異変のあった方向を知らせている。ヨルンが先導する」
「どうやって伝えたの? 犬の言葉がわかるの?」
「教えてやってもいいが、その代わりディアードの話はなくなるぞ」
 身をひるがえして、犬の声が多く聞こえて来た方向へ行くようヨルンに指示をするラウセリアスの横顔は相変わらずの無表情だった。
 ルナはランレイと目配せをして、ため息混じりに肩をすくめた。  

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