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第十九章《見えざる手》

「陛下は、ミレーゼ女王の時のように、直接フェリエスと会いたいと考えられているのだろうか……」
「あの時とは、事情が違う」
 カラギは吐き捨てるようにジュゼールを見た。
「あの時は、ハリアの女王がリンセンテートスに来るというまたとない機会だった。だから、戦さを避けたいという陛下の心情を受けて、一か八か提案したことだ。第三国の地の利を得るという奴だ。客人として呼ばれている他国で突然会う分には、こちら側はいろいろと小細工が効くし、逃げ道もある。相手も準備が出来ない以上拒否されても、無理に深追いはしてこない。だが、陛下が単身、ナイアデス皇国へ行くとなれば話は別だ。相手の懐の中へ入って行く行為は死ににいくのも同然。陛下が、そんな愚かな行為をするとは考えられん」
「私の……せいかもしれない」
 ジュゼールは、思い詰めたように深いため息を吐き出した。
「……?」
「内乱の直後、母上、兄君を失われ、フューリー様の行方がわからなくなった時、陛下は十歳だった。その陛下が、帝位につくのはお嫌だと断固として拒否されたんだ。そのとき、陛下は私に、妹君を助け出す力を得るために帝位についてもいいのかと問われた。私は、それが心の支えとなるのならばと思い、それでもいいとお答えした」
「やはり、そうなのかしらね……」
 ジュゼールを見上げるリリアもまた小さくため息をつく。 
「父上様が目覚められたと一報が入ったときのロディ様のお喜びになる姿を見たとき、なぜだか『行ってしまわれる』と感じたの。それがなにを意味することかその時はわからなかった。でも、いまの話を聞いていて……わかったわ。陛下は、多分……」
「まいった……」
 天を仰ぐカラギを横目で見ながら、ジュゼールは苦渋の表情を浮かべた。
(私のせいだ……)
 あの時、あの事態の中、帝位につくのを拒むロディをなだめるために発した言葉だったとは言え、ジュゼールは本当にロディがナイアデスに行くつもりでいるのならば、そのすべての責任は自分にあると認めざるを得なかった。
「吉事が凶事を連れて来るとは……な」
 カラギの言葉に、ジュゼールは言葉がなかった。
(…………)
「でも、まだ陛下がそう言われてはいないのですもの。私たちが決めつけてはいけないわ。それに、父君が復権をお断りになってくださらないかしら。そうすれば、なんの問題も起きないでしょう」
 励ますようなリリアの言葉に、ジュゼールとカラギは互いの顔を見合わせる。
「それはそうだが、今からどのような事態が起きても対処できる算段は整えておかなくては行けない。楽観主義もいいが、それだけでは陛下の側近はつとまらない」
 カラギは覚悟を決めたように前髪をかきあげた。
「前君がどのようにお考えになっていられるか、ご意向をご確認する分には問題ないだろう。目覚められたとはいってもご病気であることには変わられない。いざとなれば、考えもある」
 ジュゼールはカラギが危険なことを考えているのではないかと視線をおくる。
 だが、カラギはいつもの自信家の空気を取り戻したように笑みさえ浮かべた。
「陛下ご自身の本心をたずねてみる。今と以前では国の状況も違うし、ミア・ティーナ様というカヒローネから正妃も娶られた。お考え自体変わられているかもしれないからな」
 そうあってほしいと願いながら、ジュゼールはカラギに真剣な目で語りかけた。
「もしも、フューリー様をご自身でお探しになるつもりでいられるのなら、命じてくれ。この身をていしてでもお止めする」
 そのいつになく思い詰めた表情に、カラギとリリアもまた真剣な表情でうなずく。
「陛下をそう導いてしまった責任は私にあるのだから」 

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