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第十八章《混沌の中の光》

「さすがのカイトーゼも赤子同然だったのか……」
 盗賊団《ルーフの砦》のアジトでは、結果的に襲った商隊の荷物を結果的にまるごと強奪出来た盗品の山を前に、山賊たちの大宴会が繰り広げられていた。
 頭のルーフ・ルージンがギルックから珍しい客人の話を聞いて機嫌よさそうに高笑いをしている。
「ハーフノームの海賊の話は、こんな遠い国の山賊の間でも有名だ」
 客人として最上席に招かれたルナは、不思議そうな表情で頭のルーフ・ルージンを見ていた。
 頭といえば、ジルのような強面の父親像を想像していたのだが、ルージンはどう見ても二十代半ばの青年に見える。
 均整のとれた体格と整った顔立ちは精悍さを帯び、そしてなによりも自信に満ち溢れていた。
 その横には、ハーフノームの海賊だ、と声をかけて来たルナと年の近そうな少年のギルックがいた。
 ルナは覚えていなかったが、ギルックはルナを命の恩人と呼んだ。
 話によると、幼くして親から人買いに売られたギルックは、奴隷船の船底の中で大勢の子供たちと一緒に積み荷同然に押し込められて、食事も水も与えられずに死にかけていたのだという。
 その船が突然、海賊の奇襲攻撃を受けたのだ。
 締め切った船底の蒸すほどの暑さと、空腹とで意識朦朧としていた時、突然何かがぶつかった衝撃と罵声、大勢の足音があきらかに異常な事態を知らせた。
 息も絶え絶えの状態だったが、何が起きているかのか知りたい一心で、床と階段を這いずりながら進み、木蓋をされている板の大きな隙間から頭をなんとか出して、上の階の状況をのぞき見て息を呑んだ。
 自分たちをひどい目にあわせてきた人買いの男が、海賊たちの残忍な刃にかかり、血飛沫をあげて息絶えるのを見たのだ。
 走り回る足音と叫び声が海賊が乗り込んできて、殺戮を繰り広げていることをギルックに告げる。
 ――ハーフノームの海賊に出会って生き延びた者はいない。 
 船に乗せられる港でたまたま耳にしていた言葉。
 自分たちも殺されるのだと疑わなかった。
 親に捨てられ、誰にも助けられず、死ぬのだ。
 体は石のように堅くなり、全身に恐怖が襲い震え出して、歯の根が合わずカチカチと鳴りだした。
 なのに動くことも出来ず、目だけがひたすら阿鼻叫喚と化した、血まみれの男たちと、剣を振り回す海賊たちを追う。
 その目が、いつのまにか走り抜けた銀色の髪の子供の姿を捕らえる。
(子供の……海賊?)
 ギルックは信じられないものをみたように何度も瞬きをした。
 その子供は素早い動きで、しかも手には武器を何も持たず、素手のままで次々と大男たちをあっという間に倒していったのだ。
(凄い……)
 自分より小さな子供が、大荒れの船の上で大人の男たちに負けなずに、いやそれ以上に自由自在に走り回り、ばたばたと倒して行く姿にギルックはいつしか夢中になって見ていた。
 銀髪の子供の姿は、ギルックの視界から消えないところにいて、凶暴そうな全身刺青だらけの大男に声をかけられる。
『ジーン、目に付く金目のものは全部移した。他にはあったか?』
『隣の部屋に金貨の袋と宝石がベッドの下に詰め込まれてる。他の部屋にもまだあるみたいだ』
 ジーンと呼ばれた少年の指示に従い、数人かの海賊たちが呼び寄せられ、いくつもの部屋から金品を強奪して行く。
『よし、船に引き返すぞ。おい、どうした?』
『僕の分け前は、勝手にしていいんだよね』
『またかよ』
 吐き捨てるような大声が響く。
『いつものことだ好きにしな。旨そうな肉や果物があったのによ。あいつらもわかってるから船に移さず残してやがる』
『鬼の頭領の子供とは思えない甘ちゃん坊主だ』
『まったくだ』
『その代わりメルガイホークを獲ってあげるよ』
『おお、今日中に頼むぞ。できなきゃ、今夜は飯抜きだ』
『死んでくガキばかりの奴隷にエサやって、自分は飯抜きかよ』
『自分の飯は、自分で必ず仕留めるよ』
 若い海賊たちの呆れたような声の響きが聞こえたかと思うと、突然ギルックの真上の階段の木蓋が開けられた。
 ギルックは、あまりの突然の展開に階段から転がり落ちた。
 幸い、倒れている誰かが下敷きになって怪我はせずにすむ。
 階段を下りて最初に姿を現したのは、ジーンと呼ばれていた銀髪の少年だった。
『この船は我々ハーフノームの海賊が占領し、ここにいる以外の乗っていた人間は一人残らず殺した。すべての金品宝石もハーフノームの海賊のものだ。だが、お前たちのことは直接手をかける気はない。船はこのまま放置する。あとは自分の力で生き延びろ』
 少年の背後に立つ、若い海賊がギルックたちに怒鳴るように宣告する。
『ただし、わずかな食料だけは残しておいてやる。等分にわけるも、力のある奴が独り占めするのも自由だ。力と運があれば生き延びろ』
 扉を開け放ったまま、彼らは去って行った。
 そして、この船の船底に閉じ込められてから初めて出た甲板で、ギルックは転がる血の海の中に沈む死体に視線を落とし、次にマストに翻る深紅の布地に砂時計を描いた旗を見上げた。
 「海賊の旗……?」
 その視線は、去って行くハーフノームの海賊船に移る。
 ドクロを描いた真紅の旗がたなびいていた。
 ギルックの後を追って、船底からふらふらと甲板に出てきた数人の捕らわれた子供たちは、あちこちに転がっている船員等の血まみれの屍に悲鳴を上げていた。
 腰を抜かして尻もちをついたまま恐怖に混乱する中で、彼だけはハーフノームの海賊船を魅入られたように見つめていた。
 死ぬ間際の少年にとって、彼らはまさに暗黒の地獄の底から自由を与えてくれた光だった。
 しかも、小さなあの恐ろしく強い子供が自分たちのために食料を残してくれたことは忘れることはできなかった。
 ギルックは、いつまでもいつまでも去って行く船を見送り続けた。
 いつか自分も海賊になろうと誓いながら。

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