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第十七章《 国境を越える時 》

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「陛下、最近お元気がないようですが、お身体は大丈夫なのですか?」
「大丈夫だから、散歩をしているのでしょう! その目は一体どこを見ているの?」
 早朝の湖畔の散歩に付き従うレイドリアンを無視するように早足で歩きながら、ミレーゼは半月前に大臣のダルクスから聞いた《エボルの指輪》について考えていた。
 もし、万が一、《エボルの指輪》がグリトニルの手に渡っているとしたなら、公王の資格を得たことになり、自分は文字通りおはらい箱になる。
 その前に、ダルクスたちが提案して来た案を受け入れるか、それとも別の方法がないものか、と。
 どうしたらこれから待ち受ける困難に向かっていけるのか、毎夜眠れぬ夜を過ごして来たのだ。
『グリトニル殿下が前陛下の御子ではないという噂を利用できれば、いくら指輪を手にしたところで、その正当な所有権は殿下にはないことになります』 
『お母様は、もういらっしゃらない。お父様はご病気でお会いすることも難しいのよ。もしお会いできて、たとえ真実の言葉を語ってくださったとしても正式な場所での発言でもない限り、誰も取り合わないわ。それに第一、証明のしようがないじゃない』
 例え真実がどうであれ、グリトニルとミレーゼ、そしてエリルの母は間違いなくミディール妃なのである。
 母亡き後は、メイヴ妃が手元に置きその教育にひとかたならない意欲を注いでいるが、ミレーゼは政務の多忙さも手伝い弟グリトニルと親しく接したことはほとんどなかった。 
 またグリトニルの評判は、「操り人形としては最適」と影で悪評を囁かれるほど、自己主張のない物静かな性格だった。
「レイ!」
 ミレーゼは、突然立ち止まると叱責するように側近の名を呼んだ。
「なんでしょうか? 陛下」
 少し遅れて駆け寄って来たレイドリアンは、慌ててミレーゼの前に立つと膝を地面につけ視線を落とす。
 日頃よりミレーゼが上から見下ろされるのを嫌うため、前に立つときは腰を落とさなくては叱られるのだ。
「あとで地図を渡すから、朝食を終えたら、印を付けた場所に行きなさい。そこにいる太った店主に『レーゼの小鳥が鳥籠から逃げ出した』と伝えて来なさい」
「はあっ?」
 突然命じられて、レイドリアンは思わず顔を上げて、命じられた言葉がまったく理解できずにミレーゼの顔を見たまま固まった。
「あなたのその頭で考えたってわからないわ。命じられたまま従いなさい。意味を知る必要もないし、邪推するのも禁じるわ。それから、絶対に極秘に遂行すること。誰かに見られたり、馬鹿みたいに正体がすぐにわかるような貴族様の格好で行くんじゃないわよ。しくじったら即刻処刑に処すから」
「え?」
 ミレーゼの厳しい表情と言葉に、レイドリアンは身を堅くした。
「でも、安心しなさい。その時はきっと私も一緒に処刑台行きだから」
 吐き捨てるように言うと、ミレーゼはその場にレイドリアンを置き去りにしたまま、宮殿に向って歩いて行ってしまった。

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