HOMEに戻る


第十七章《 国境を越える時 》

1

 水平線だけが見える雄大な大河の流れの中、小さな帆船はリンセンテートスの岸を離れ遥か先りある対岸のハリア国へと船首を向けて進んでいた。
 船の甲板の上には、五人の商人、そしてエリルとネイ二人の姿があった。
「いゃあ、ネイさんがいてくれて本当に助かりましたよ。約束していた船長は突然、『やはり夜に船は出せない』と言ったまま行方不明になる、こっちはここ数日の悪天候続きで商売相手に荷物を引き渡す期限が迫っているわで、あんたたちと会えなかったら、わたしの首が胴体から離れるところでしたよ。これも旅の神ビアン神のお導きとしか言いようがありませんな」
 商人のガルロアは、やや太り過ぎる体格を揺らしながらガハハと陽気に笑う。
「いいってことさ」
 ネイはニコリとほほ笑むと、エリルに意味ありげな視線を送った。
「ちょうど、あたしらはハリアに行きたかったし、あんたたちは一刻も早く船を出したかった。そして、あたしは航海術を知っている。互いの利害が一致しただけだからね。お互いの詮索は無用だよ」
 自分でもとぼけた台詞だと思いながらネイは笑顔を絶やさずに、風を読み、舵輪を操る。
 すべては、ハリア国に向かう船を手に入れるために、密輸を扱っているとおぼしき商人に目をつけネイが仕組んだ企てだった。
 そんな自分達の思惑にまったく気づいていないガルロアの様子に、エリルも内心ほっと胸をなでおろす。
 このハリア渡航計画のほとんどは、ネイがたて一人で実行に移した。
 金で雇った男に船長と名乗らせ、夜な夜な酒場で「自分は夜に船を出せる」と吹聴して回らせたのだ。
 夜に船を出すなど、神をも畏れぬ無謀な行為であり、よほどの事情が無い限り望む者などいないことは百も承知だとネイは言う。
 だが、そこに手を出してくる者は、必ずいるとも断言した。
「金の亡者は神様なんて怖れないからね」
 そのエサにかかってきたのがガルロアたちだった。
 打つ手がことごとく的中して、物事が次から次へと前に進んで行く様子に、そばで見ていたエリルは、ネイに尊敬の眼差しを送らずにはいられなかった。
(本当に、無理を言って来てもらってよかった)
 すぐ真下の船底で艪を漕ぐ六名の雇い人夫たちに檄を飛ばし船を操る生き生きとしたネイの姿を眺めながら、エリルは今、自分がハリア国に向かう船上にいることを実感していた。
(国はどのようになっているのだろうか。ミレーゼ姉上の身は大丈夫だろうか)
 エリルは六年ぶりの帰国が、暗雲たちこめてるのである予感を感じずにはいられなかった。

戻る 次へ


★目次  ★登場人物&神々
ストーリー・ワールド目次