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《第十六章 封 印 》

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「なぜその子供たちを連れて来なかった?」
 皇都コリンズに戻り、挨拶をするために皇帝フェリエスを訪ねたイズナは、その午後のお茶の席でやや不満そうな皇帝の言葉に、意外なことを言うといった表情をみせた。
「森の中で死にかけていただけの、身元もわからぬ子供を連れて帰れと言われるのですか?」
 思わずカップをもった手をとめて、フェリエスを見つめる。
 すると、同席しているオルローが、目を細目ながら口を開いた。
「世にも稀な銀色の髪の子供。それは本当に病の為に起きたことなのか? アルクメーネ皇太子の関心の高さの真意は何故だ? 美女にも金にも、博打にもなびかないのならば、その子供を利用する方法はいくらでもあったはずだ」
「おいおい」
 まるでイズナをたしなめるようなその口調にイズナは、勘弁してくれというように二人を交互に見る。
「あの二人の子供は、死にかけていただけの親なしのただの子供です。ジーンっていう女の子はやたらと泣き虫だし、ランレイという少年は言葉が話せないおとなしい子だ。俺たちが見つけなければとっくに死んでいた。そんな子供を連れ来て面倒を見てやる義理が一体どこにあるんです。銀色の髪は珍しいが、重要なこととは思えない」
 イズナは、なぜあの子供たちのことをフェリエスが気に留めるのか、まったくわからなかった。
 屋敷にいる間は出来る限り、アルクメーネと係わり合いを増やさないように神経を尖らせてきたのだ。
 フェリエスは、大きなため息をついて椅子から立ち上がった。
「以前ロロノアが、ノストールの第四王子は、大病のために銀色の髪になったという噂があると報告をしたことがあった」
 イズナは、はっとして息を呑む。どこかで聞いたとは思っていた話がノストール王国のものだと思い出す。
「民はアル神に愛された王子の証としてしたっていると」
「そして、ノストールの前王カルザキア王は、銀色の髪の子供に殺されたという報告もある。その者はまだ見つかっていないらしい」
 フェリエスは、腕を組み思案するように金色の瞳を閉じる。
「銀色の髪の二人の子供と、おまえが出あった少年のような格好をした少女。この三人とラウ王家には必ずかつながりがあるような気がする。なぜアウシュダール王子は噂に聞く銀色の髪ではなかったのか。そもそも銀色の髪となったという話のは、ただの噂に過ぎなかったのか。銀色の髪をもつ人間などこのナイアデスには存在しない。いや、ラーサイル大陸でも民族としてそうした髪をもつ種族、地域があるという話は聞いたこともない。もし、実在するのならば、そのジーンという子供からなにか糸口が掴めたかもしれない。銀色の髪の子供たち、そして月の女神アル神の息子・シルク・トトゥ神の転身人であり、銀色の髪ではないノストールのアウシュダール王子。いまはあのアウシュダール王子に結び付く情報がひとつでも欲しい時だ……」
「陛下……」
 イズナは自分の判断に誤りがあったことを認めざるを得なかった。
「申し訳ありませんでした」
 イズナは席を立つと、フェリエスに頭を垂れた。
 フェリエスとオルローに言われるまで、「銀色の髪」のことなど深く考えたことなかった。
 むしろ、これ以上アルクメーネを深入りせまいと、厄介払いに懸命になっていたのだ。
「アルクメーネ王子は、銀色の髪の子供に対してなにか言っていたのか? どんな話をしていた?」
 オルローは頭を下げたままでいるイズナに、一見無感情にも思える言葉を放つ。
「カルザキア王を殺した者が銀髪であったらしいことは聞きました。しかし、兵士達も混乱していて、見まちがえである可能性も否めないと。ただし、王を殺したものが近くにいれば守護妖獣にはわかると話していました。それに、確かに大病で髪が銀色になることもあるという話もしていましたが、アウシュダール王子のことという話ではなく、ノストールではありがちな一般的なことのように話していました。もしジーンがカルザキア王殺しに関わっていたならば、アルクメーネ王子は私が何を言っても城に連れ帰った上でノストールに連行したに違いありません。また、あれほど親切にはしなかったはずです」
 イズナは全身が総毛立つのがわかった。
 アルクメーネの守護妖獣が姿を現してまで森の中から探し出した子供を、自分は排除することしか考えなかった。
 そして、アルクメーネが一緒に行こうと、二人に言い出したときも、なぜそこまで係わろうとするのか疑問を持つことすらしなかった。
 過失としか言えなかった。
「それは偽りなき言葉だろう」
 フェリエスは、二人の周囲をゆっくりと一周すると再び肘付き椅子にゆったりと腰掛けた。
「私が同じ立場なら、仮にこの城にその者が侵入しただけでも、守護妖獣は気配を察する」
 フェリエスは、亡き父オリシエ王とその守護妖獣ダヌ、そして彼らから王位継承の指輪をフェリエスに渡すために命を落とした己が守護妖精ミュラを想う。
 ミュラが生きていれば、父を殺した人間を突き止めることは容易だったはずだ、と。
 あの時、なにも出来ずに逃げ帰った自分を思い出し、また、リンセンテートスを出られなかった屈辱に満ちた二年間を振り返っては、二度とあのような無様な姿はさらしたくないと誓う。
 アウシュダール王子は自分に警告し、それは現実のものとなり、リンセンテートスの守護神ビアンの怒りを静めたのも、アウシュダール王子だった。
 味方にはしても、敵にだけは絶対に回すべき相手ではないことは肝に銘じている。
 その為にもノストールの情報だけは、どんな小さなものでも知っている必要があったのだ。
 それがアウシュダール王子に関係することであれば、ささいなことでも知っておく必要があった。
 フェリエスは問いかける。
「そのジーンという名の少女の出身は?」
「東大陸ではないのは確かです。ゴラかリンセンテートスの方かも知れません。口数がひどく少ないが、アルクメーネ王子と話すときはゆっくりと確かめるようにきれいな共通語を話していました。かと思えば、ランレイに話しかけるときはかなり聞き取れないような荒い言葉も使っていました。そのいずれも中大陸方面独特の発音がありました」
 ジーンに「国はどこか」と聞いた途端、泣き出され、アルクメーネに睨まれ、その後は何も聞けなかったことだけは、口が裂けても言えなかった。
「別れた後は、どこへ向かうと?」
「人を探す旅をしていると言っていました。ミゼア山へ行きたいと行って、方向を聞かれたので、簡単な地図を書いてやりましたが」
「ミゼア山?」
 フェリエスの表情が変わる。
 イズナは頷いた。
「ナイアデス皇国、リンセンテートス、ゴラの三つの国境を有し、かつ無法地帯。多くの山賊たちの拠点というべき場所が無数にあるから、危険すぎて子供が行くべきではないと警告はしましたが……」
「探すか……」
 フェリエスのつぶやきに、イズナは思わず顔をあげる。オルローも驚いたように皇帝の顔を見る。
「銀色の髪をもつ三人の子供の存在と、アウシュダール王子。ノストールでの目撃と、アルクメーネ王子の関心を引くなど、ノストールと深いなんらかの関係があるはずだ。そろそろアルクメーネ皇太子も帰国の途につく。お目付け役から解放されて休暇をやる約束だったが、行ってくれるか? もちろん探索部隊の人選はお前に任せる。探索期間は、オルローの結婚式に間に合うようにしてくれればいい。ついでに国境をうろちょろする山賊共を壊滅してくれると助かるんだが」
 後半は本気とも冗談ともつかない言葉だったが、イズナは幼なじみである皇帝から汚名返上の機会を与えられて、大きく安堵のため息を吐き出した。
「もちろん行かせて頂きます」
 二人のやり取りをみて安堵したのか、オルローがわざとに気難しそうな顔をつくる。
「陛下、このイズナの任務に関しては内密にしておいて頂きたいものです」
「内密にか?」
「はい。陛下が銀色の髪の持ち主にご執心と外に漏れ聞こえたならば、髪を銀粉で散らせた人間が城中を闊歩しかねない」
 オルローの言葉にフェリエスはくすくすと笑う。
「それは、私の大切な部隊をあずかるリンド嬢にもかい? イズナの任務を問われたらどう答える?」
 フェリエスにからかわれて、オルローは言葉につまり、その矛先をイズナに向ける。、
「なに、無二の親友の結婚式の祝いとして、世にもまれな宝物を探し出すために旅に出たと言っておきますよ」
「あのな……。あいつの嬉々として待っている顔が、嘘とわかって鬼の形相に変わる瞬間を想像してみろ。矛先はおれに来る」
 リンドの顔を思い浮かべて、イズナは憂いに満ちた表情になる。
「ついでに」
 フェリエスはくすくすと笑いながら、イズナに片目を閉じて見せた。
「イズナも、花嫁に迎えられるような令嬢でも射止めてくるといい。ゴラかセルグの令嬢あたりをしとめて来い」 
「それを兼ねた旅だとリンドにも言っておく」
 イズナの渋い顔を見て、フェリエスとオルローは楽しそうに声をあげて笑った。

 数日後、アルクメーネは一年の留学期間を終え、皇都コリンズからノストールへの帰路についた。
 そして、イズナはその警護に付きエルナン公国との国境まで送り届けたその岐路、ミゼア山へと向かった。
 銀色の髪をもつジーン――ルナ――を探すために。 

 第十六章《封印》(終)

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