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第十五章《 導 き 》

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「帰れ! ここから先にはいるな!」
 一番背の高い少年が、精一杯アルクメーネ達を睨みながら大声で叫んだ。
「帰れ! 帰れ!」
 全員が必死な形相で、絶対にここから先は通すまいと両手をいっぱいに広げて、子供達が口々に叫ぶ。
 初めて見るだろう守護妖獣に怯えた表情を見せながらも、真剣に瞳にただならないものが感じられた。
「帰れったら、帰れ!」
 勝ち気そうな顔をした少年が怒鳴る。
「カカル村の子供か?」
 さすがのイズナも意外な森の出現者にどうしたものかアルクメーネに視線を送ろうとするが、イズナの後ろにいたアルクメーネは、馬から降りて、イズナの横を通り抜けて行くところだった。
「おい」
 イズナも、あわてて馬からおりる。
 アルクメーネは、カイチの前に立ち、少年達と向かい合うと真摯な表情と言葉で話しかけた。
「わたし達はあなた達に迷惑をかけません。だからここを通してはもらえないでしょうか」
「ウソだ!」
 即座に別の子供が叫ぶ。
「大犬のトトを殺したじゃないか!」
「大丈夫、気を失っただけです。ですが、あれはあなた達の仕業ですか?」
 穏やかなだが、まっすぐに一人一人の目を見つめるアルクメーネに、子供達は興奮した様子から戸惑ったように互いの顔とアルクメーネの顔を見る。
 あきらかに予想外の反応にどうしていいのか探っているようだった。
「だって、森に入ろうとするよそ者は、追い返すって決めてるんだもん。帰ってよ」
 大きな目をした幼い少女が自分達を弁護するように必死に叫ぶ。
「馬小屋……」
 アルクメーネの一言に、子供達は全員はっとしたように表情を変えた。
 その反応に、アルクメーネ自身も驚き、そして確信をした。
 この森に、あの夢で見た馬小屋があることを。
「馬小屋を探しています。どこにあるか教えてくれないでしょうか?」 
「…………」
 アルクメーネの問いに、高いに「どうする?」「いや、だめだ」と小声でやり取りをしている子供達に、イズナが動いた。
「安心しろ。おれ達は、旅人でも盗っ人でもない。皇都コリンズから、このあたりに盗賊団が出ると聞いて調べに来た皇帝の使いだ」
 イズナは腰の短剣を鞘ごと抜き、そこに記されている美しい鳥の舞い姿を印したマイリージア家の家紋を見せる。
 本来なら、子供など無視して進むことなど容易かったが、アルクメーネの態度からそれは許されないことを感じていた。
「おまえ達を盗賊から守るために来た。だから……」
 イズナが、子供に家紋を見せても通じるか半信半疑でとった行動だったが、効果はてきめんだった。
「人買いじゃないんだな?」
「本当に、悪い奴を捕まえに来たの?」
「あの子を追いかけて来たんじゃないの?」
「悪い人じゃないの?」
「本当に? 本当なの?」
 子供達は、イズナの言葉に呼応するように思った言葉を口々に声に出し、叫び出した。
 そして、それまでのこわばった表情が消え、求めすがるような顔になる。
「この動物は、守護妖獣といって王の使いの証しです」
 アルクメーネが、カイチを示しさらに子供達の警戒を解こうとする。
 その言葉にカイチが従う。
 ひと声高く吠えると、突然風が起こった。
 森の木々が揺れ、葉がまるで波音のように一斉にざわめいたかと思うと、彼らのいる場所が眩しいほど光に満たされ輝いた。
「すげぇー」
「…………」
「まぶしい」
 目を真ん丸くしたまま、口をぽかんと開けてカチイに目を釘付けにしている子供達に、アルクメーネが誠実に再度言葉をかける。
「お願いします。その馬小屋に案内してください」
 アルクメーネの必死な様子に、子供達は守護妖獣とアルクメーネを交互に見つめた。
「どうして馬小屋を探してるんだ?」
「それは……」
「理由をちゃんと言え」
 背の高い少年が、ゴクンと喉をならしながら睨むように問いかける。
「夢で……」
 アルクメーネは言うしかないと思った。
「夢で、私の父がそこへ行けと……」
「…………」
 背の高い少年がクルリと背を向る。
(だめなのか?)
 アルクメーネの中に一瞬失望感が漂う。
 その時。
「こっちだ」
 少年は固い声でそういうと走り出した。他の子供達は戸惑った顔で互いを見詰め合ったが、すぐにその少年の後を追って走り出す。
「感謝する」
 アルクメーネも子供達の後を追って、走りだした。
「おい!」
 ことの状態がわからず取り残されたイズナが、あわてて馬に飛び乗ると残されたアルクメーネの馬の手綱を取り、どんどん走って行く子供達の後を追いかける。
 深い迷路のような森だった。
 カイチはアルクメーネの脇にぴたりと付き従い、森の獣が姿を現すことさえ禁じるようにさらに一度吠えた。
 すると見る間に、必死に走る子供達と主人の行く手にある背の高い草木が左右に倒れるように傾き、障害物が取り去られ、馬が通れるほどの道ができる。 
 やがて、アルクメーネはたどり着いた。
 夢で父カルザキア王が示したとまったく同じ、古びた馬小屋を。
「おれ達、村から水を汲みに出た山の中で、人さらいに捕まって、ゴラに連れてかれて、人買いに売られるところだったんだ」
 先頭を走っていた少年が振り返り、息を切らし、目に涙を浮かべてアルクメーネに話しかけた。
「その時、助けてくれた奴がここにいる。でも、村には、どんなことがあってもよそ者は家の中に入れない掟がある。だから、だれも助けてくれないんだ。親父も関わるなって言う。あいつら、ケガしながら、必死にここまで、森までおれ達を助けて連れて来てくれたのに……。だから、ここに入る前に約束してくれ」
 少年は、唇を噛み締め、じっとアルクメーネの碧い目を見つめた。
 本当にこの人物を中にいれてもいいか最後の決断をしようとしているようだった。
「あいつは……ケガをしてる。熱もずっと出てる。でも、もう六日も何も食べていないんだ。食べると吐くし……。このままだと死ぬかもしれない。だから、絶対に助けてほしいんだ。おれ達、子供で何もしてやれないから、あんたに助けてやってほしいんだ……」
 少年の目からも、そばにいる子供達の目からも涙がポロポロとこぼれ落ちる。
 「助けて」と嗚咽しながら涙を両手で拭う。
(この中に誰がいるというんだ?)
 夢に導かれるようにたどり着いた森の中の馬小屋の前に立ち、アルクメーネは木の扉をゆっくりと開けた。
 最初に飛び込んで来たのは、真っ暗な小屋の中央に立っている少年の黒い双眸だった。
「!」
 ドクンと大きな鼓動がアルクメーネの全身に響き渡った。
 その強烈な意志を感じさせる瞳はアルクメーネを凝視していた。
 しかし、アルクメーネが一歩、狭い馬小屋の中に足を踏み入れると、ガクリとその場に両膝を着き、そのまま崩れるように倒れた。
「おい」
 アルクメーネは慌ててその子を抱き起こそうと手を伸ばす。
 だが、少年はその手を拒み、弱々しい動きで、光の差さない小屋の隅を指さした。
「?」
 そこに積まれたワラの中に埋もれるように、ぐったりと横たわっている子供の姿があった。
 アルクメーネは近寄り、思わずその頬に触れる。
 触れる前から指先に熱が伝わり、その子供がひどい高熱に襲われているのがわかる。
「…………」
 アルクメーネはどうして自分の鼓動がこれほどまでに波打ち、響き、焦燥感に駆り立てるのか分からなかった。
「おい、なにがあったんだ?」
 外から、追いついて来たイズナが飛び込んで来る。
 アルクメーネはワラの中の子供を自分の両腕で抱き上げると、もう一人の倒れている黒い瞳の少年をイズナに目で示す。
「この子達を連れて帰ります。一刻も早く薬師の療法をうけさせなければ……」
 腕の中の意識のないぐったりとした重みのある小さな体は、湯気がでるほどの熱さを放っていた。
 アルクメーネは自分でも理由の分からない心と体の震えに、不覚にも涙が込み上げて来そうになり、思わず叫んでいた。
「急ぎます。このままでは、この子は……この子は……死んでしまいます!」

 アルクメーネの腕の中で、ルナは死の淵をさまよっていた。

 第十五章《導き》(終)

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