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第十四章 《 守護を得る者 》


                      (イラスト・ゆきの)

 翌日の結婚式は、澄んだ空気と高く晴れ上がった悠久の青空の下、ユク・セルピヌス大聖堂で滞りなく進められていた。
 画家たちが半世紀をかけて完成させたという見事な絵画が描かれている高い丸天井と、金を基調とした壁の模様が、巨大なシャンデリアの蝋燭の灯火でより輝き、より幻想的な空間を造りだす。
 やがて「祝福の儀」が告げられると、紫色の長衣をまとった宮廷占術士が現れた。
 フェリエスの横に並び、既に婚姻の儀を終えたシーラは、司祭と入れ替わりに現れた宮廷占術士から一人だけ前に進むことを求められ、それに応じた。
「皇妃シーラ。そなたにフロイの名を授けよう。今日、この日、この時、この瞬間よりそなたはナイアデス皇国皇帝フェリエス・ジェンフォーデの妻であり、皇妃であり、ナイアデス皇国の母、シーラ・フロイ・ジェンフォーデとなる。聖なるナイアデス皇国の守護神ユクの名の下に《祝福》を授ける」
 占術士の手にした小さな《ファルカナン》の音が鈴のように美しく響く。
「これより祝福の儀」
 シャン、という音が続けざまに聖堂のいたるところから鳴り響く。
 その《ファルカナン》の音がシーラを取り巻く空間を変化させていった。
 美しい大聖堂の輝きが遠のき、周囲が闇に覆われていく。
「大丈夫」
 驚いて周囲を見回すシーラの腰に手が回され、見るといつの間にか横にフェリエスの姿があった。
 そして、皇太后ロマーヌ、フェリエスの末妹ルジーナ皇女、先王オリシエの弟ライサー大公とウェラー大公の四人が闇の中に浮かび上がり、シーラとフェリエスの目の前に立ち、その場所だけが光を発していた。
「皇帝フェリエス陛下」
 どこからともなく聞こえてくる占術士の声に、フェリエスがうなずき、自分の守護妖獣に向かい告げた。
「わが守護妖獣ランドールよ。聖なる儀式に命じる。我がユク神より受け継ぎし聖なる指輪《ラーヴ》の名の下に、わが花嫁の守護者を導け」
『御意』
 低い声が響き渡ったかと思うと、シーラは突如として視界いっぱいに現れた巨大な白い竜に目を見張った。
 その白竜は人間の三倍以上の体長で、二本の角と背びれは金色に輝いている。
 すべての者を見下ろすような白竜は、その場の一人一人を見つめながら、次々と守護妖獣の名を呼びはじめた。
『ロマーヌ皇太后に従いしヤーナ、皇女ルジーナに従いしリュートン、大公ライサーに従いしゾマ、大公ウェラーに従いしミロガ。《ラーヴの指輪》の守護の御為に、シーラ・フロイ・ジェンフォーデを皇妃と認める誓いをたて、新たなる守護者を招く道を開き、正当なる守護者であることを認めよ』
 名を呼ばれた守護妖獣はそれぞれの主の背後にその姿を現し、誓いの言葉を発していく。
 シーラはその現実離れした光景と、はじめてみる異形の姿の妖獣たちに圧倒された。
 そして、まるでその情景を見知っているように占術士の声が響く。
「我らが暁の神ユクよ。《ラーヴの指輪》よ。新たなる守護者の誕生を導き、わが主の皇妃、闇の神エボルに庇護されしシーラ・フロイ・ジェンフォーデの前に降り立ちたまえ!」
 シーラは、エボル神の名が告げられたことに違和感を覚えた。だが、占術士の声に続き、守護妖獣たちが口々に咆哮を放ち、シーラはそれを口にすることはできない。
『《ラーヴの指輪》。ユク神の御名のもと捧げられし我らが誓いの絆よ』
『ナイアデス皇国皇帝の皇妃となりしシーラ・フロイ・ジェンフォーデに、《ラーヴの指輪》の守護者を降りたたせたまえ!』
 鳴り響く声は、振動し空気を震えさせた。
 すると、まるでその咆哮に呼応するかのように、はるか天空からまばゆいほどの黄金の光が降り注ぎ、シーラとフェリエスを包みこんだ。
 光りはさらに輝きを増し、二人を光の壁で包み込んでいく。
 やがて洪水のように満ちはじめた光の中で体が上昇していく。
 目の前に立つフェリエスが、シーラの手をとった。
「シーラ・フロイ・ジェンフォーデ。ナイアデスを守護せし《ラーヴの指輪》に誓い、その皇帝に口づけを捧げよ」
 宮廷占術士の声がシーラに命じる。
 光の輝きと守護妖獣たちとロマーヌ皇太后らに見守られる中、シーラは戸惑う間もないまま、フェリエスの手に引き寄せられ、その唇に口づけをした。 
 その瞬間、シーラとフェリエスを包んでいた光の壁が弾け飛び、幾筋もの閃光が弧を描いて彼方へ散って行った。
 シーラはあまりのまぶしさに目を閉じてたが、異変を感じとって、そっとまぶたをあけた。
「君の……守護妖獣だ」
 フェリエスの声に促される前から、なぜだかシーラはそこにいるものを知っていた。
 翼のある茶色い毛をもつ子犬が目の前にいた。
「まぁ……」
 シーラが膝をおって、その子犬に手を差し出すと、守護妖獣はその瞳をシーラに注ぐ。
『ハティとお呼びください』
 守護妖獣に畏怖心を強く抱いていたシーラの心がほどけるように、ハティを受け入れていた。
 シーラが思わず抱き上げたハティを、ロマーヌ皇太后らが固い表情で見つめていた。
 その様子に、シーラはあわてて横に立つフェリエスに視線を向ける。
 しかし、そのフェリエスの黄金の瞳もまた大きく見開かれハティの額を見つめていた。
「瑞獣だ」
 フェリエスは驚いたようにつぶやいた。
 ハティの額の中央には、長い毛に覆われるようにエメラルド・グリーンの宝石が、体の一部として存在していたのだ。

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