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第十四章 《 守護を得る者 》


                      (イラスト・ゆきの)

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 ぬけるような青空の下、ナイアデスの首都コリンズの街は、その日多くの群衆で沿道がひしめき合っていた。
 色とりどりの花や花びらを入れた籠を手にした人々は、花や草、木の蔓で編んだ手製の冠を頭に被り、一番お気に入りの服に身を包み、その時が訪れるのを今か今かと待ちこがれていた。
 家々の屋根の上からは、気前よく菓子を沿道の人々にふるまう商人ら男たちの姿があり、また、道の中央では清めの水を踊りながらまき清める何組もの若い男女の姿があった。
 彼らは、楽士らの吹く笛の音と、人々の手拍子に合わせながら、誇らしげに笑顔をふりまき、軽やかに踊り続ける。
 青年が手にした水桶から、娘たちが両手で水をすくい道に撒き散らしていていくのだ。
 水の都コリンズでは、祝いのときには庶民も王族も儀式には必ず水を用いた。
 やがて道のはるか彼方からざわめきが起きだすと、瞬く間に大きなどよめきとなり、沿道の人々を呑み込んでいった。
「フェリエス皇帝陛下の馬車だ」
「花嫁の馬車がくるよ」
 興奮状態で叫ぶ数人の声をきっかけに、沿道の両端に立ち並ぶ人々の熱い視線が一点へと注がれる。  
 やがてはるか遠くから鐘の音が聞こえ出すと、道の上に行列の先頭が姿を現した。
 《ファルカナン》の演奏者の姿だ。
 王族の祝賀行事のみに用いられる縦に左右四個ずつ、計八個の金の鐘が並んだ楽器《ファルカナン》を手にした四人の宮廷奏者が、美しい音を奏でる。
 その後から、皇帝旗を掲げた衛兵の行進が続き、次に黒地に金の刺繍を施した礼装に身を包んだ皇帝の近衛騎馬連隊が、美しい式典用の馬にまたがり壮麗な姿をみせると、人々の間から感嘆のため息がもれた。
 美しい気品に満ちた凛々しい青年たちの姿は、一枚の絵のようでさえあった。
 やがて、六頭だての美しい白馬に引かれた豪華な馬車が遠めに現れるとどよめきと歓声が沸き起こる。
 群衆は羨望の視線をすべてジェンフォーデ王家の紋章を金で浮き上がらせた白い馬車一点に向けた。
 そして、その中で幸せに満ちた笑顔の皇帝の姿を求め、一斉に身を乗り出し、声をかけ、手を振る。
 最初の馬車には、黒い漆黒の髪に黄金の瞳をもつ皇帝フェリエスの横顔が、群衆の視線をくぎづけにした。
 彼らが自分たちの王の顔を間近で見ることができるのは、婚儀の前後に行われる祝賀行列の時に限られていた。
 フェリエスの乗る馬車には、リンセンテートス皇太子クランと皇太子妃セラが同乗していた。
 二番目の馬車が近づくにつれ、群衆の熱狂はさらに高まり、一段と大きな歓声に包まれる。
 人々は、フェリエス皇帝の妃となる美しい異国の姫の姿を一目間近で見ようと競い合うように身を乗り出した。
 青い空に向かって投げられた色とりどりの美しい花びらが花吹雪となって馬車と人々の頭上に降りそそぎ、白亜の馬車を包み込む。
 はじめて花嫁の姿を目にした人々の口からは、思わずため息がもれた。
 シーラの輝く瑠璃色の長い髪と琥珀色の瞳、白い肌に人形のように整った美しく優しげな顔立ちは、まるで妖精が地上に舞い降りたのではないかと人々を錯覚させるほど、街道を埋め尽くした群衆の心を魅了した。
 そしてさらに、明日の結婚式が終わったあとのパレードで見られるだろうフェリエス皇帝とシーラ皇妃の揃った姿を思い浮かべて、大声で祝辞を叫ぶ者の声であふれ、興奮が熱を帯びるように高まっていく。
「いかがいたしました?」
 街道の群衆にほほ笑みかけていたシーラに、正面に座るロマーヌ皇太后が、手をふりながらシーラにだけ聞き取れるほどの低い声で問いかけた。
「その……あまりの歓迎に驚いております……」
 馬車の中でシーラは、時折ふと視線を落とす瞬間がありそこを見とがめられたのだ。
 だが、その行動が緊張のためのものであると受け取ったロマーヌ皇太后は、満足そうな笑みを

 ぬけるような青空の下、ナイアデスの首都コリンズの街は、その日多くの群衆で沿道がひしめき合っていた。
 色とりどりの花や花びらを入れた籠を手にした人々は、花や草、木の蔓で編んだ手製の冠を頭に被り、一番お気に入りの服に身を包み、その時が訪れるのを今か今かと待ちこがれていた。
 家々の屋根の上からは、気前よく菓子を沿道の人々にふるまう商人ら男たちの姿があり、また、道の中央では清めの水を踊りながらまき清める何組もの若い男女の姿があった。
 彼らは、楽士らの吹く笛の音と、人々の手拍子に合わせながら、誇らしげに笑顔をふりまき、軽やかに踊り続ける。
 青年が手にした水桶から、娘たちが両手で水をすくい道に撒き散らしていていくのだ。
 水の都コリンズでは、祝いのときには庶民も王族も儀式には必ず水を用いた。
 やがて道のはるか彼方からざわめきが起きだすと、瞬く間に大きなどよめきとなり、沿道の人々を呑み込んでいった。
「フェリエス皇帝陛下の馬車だ」
「花嫁の馬車がくるよ」
 興奮状態で叫ぶ数人の声をきっかけに、沿道の両端に立ち並ぶ人々の熱い視線が一点へと注がれる。  
 やがてはるか遠くから鐘の音が聞こえ出すと、道の上に行列の先頭が姿を現した。
 《ファルカナン》の演奏者の姿だ。
 王族の祝賀行事のみに用いられる縦に左右四個ずつ、計八個の金の鐘が並んだ楽器《ファルカナン》を手にした四人の宮廷奏者が、美しい音を奏でる。
 その後から、皇帝旗を掲げた衛兵の行進が続き、次に黒地に金の刺繍を施した礼装に身を包んだ皇帝の近衛騎馬連隊が、美しい式典用の馬にまたがり壮麗な姿をみせると、人々の間から感嘆のため息がもれた。
 美しい気品に満ちた凛々しい青年たちの姿は、一枚の絵のようでさえあった。
 やがて、六頭だての美しい白馬に引かれた豪華な馬車が遠めに現れるとどよめきと歓声が沸き起こる。
 群衆は羨望の視線をすべてジェンフォーデ王家の紋章を金で浮き上がらせた白い馬車一点に向けた。
 そして、その中で幸せに満ちた笑顔の皇帝の姿を求め、一斉に身を乗り出し、声をかけ、手を振る。
 最初の馬車には、黒い漆黒の髪に黄金の瞳をもつ皇帝フェリエスの横顔が、群衆の視線をくぎづけにした。
 彼らが自分たちの王の顔を間近で見ることができるのは、婚儀の前後に行われる祝賀行列の時に限られていた。
 フェリエスの乗る馬車には、リンセンテートス皇太子クランと皇太子妃セラが同乗していた。
 二番目の馬車が近づくにつれ、群衆の熱狂はさらに高まり、一段と大きな歓声に包まれる。
 人々は、フェリエス皇帝の妃となる美しい異国の姫の姿を一目間近で見ようと競い合うように身を乗り出した。
 青い空に向かって投げられた色とりどりの美しい花びらが花吹雪となって馬車と人々の頭上に降りそそぎ、白亜の馬車を包み込む。
 はじめて花嫁の姿を目にした人々の口からは、思わずため息がもれた。
 シーラの輝く瑠璃色の長い髪と琥珀色の瞳、白い肌に人形のように整った美しく優しげな顔立ちは、まるで妖精が地上に舞い降りたのではないかと人々を錯覚させるほど、街道を埋め尽くした群衆の心を魅了した。
 そしてさらに、明日の結婚式が終わったあとのパレードで見られるだろうフェリエス皇帝とシーラ皇妃の揃った姿を思い浮かべて、大声で祝辞を叫ぶ者の声であふれ、興奮が熱を帯びるように高まっていく。
「いかがいたしました?」
 街道の群衆にほほ笑みかけていたシーラに、正面に座るロマーヌ皇太后が、手をふりながらシーラにだけ聞き取れるほどの低い声で問いかけた。
「その……あまりの歓迎に驚いております……」
 馬車の中でシーラは、時折ふと視線を落とす瞬間がありそこを見とがめられたのだ。
 だが、その行動が緊張のためのものであると受け取ったロマーヌ皇太后は、満足そうな笑み口元に浮かべた。
「無理もないでしょうね。ナイアデス皇国の民はよく皇室を敬い、慕っています。ゴラ、セルグ、エルナン、リアド、リンセンテートスの諸国もわが国と同盟を結び、さらなる繋がりを強めるための努力は惜しまないのです。他国を侵略する野蛮な西の国々や民とは天地ほどの差がありましょうとも」
 シーラは、儀礼的にほほ笑みを返しながらロマーヌ皇太后からは見えないように、震える手を儀式用の長い手袋と淡いクリーム色のドレスのショールの下に隠した。
 皇帝の行列は、翌日の婚儀の為にユク・セルピヌス大聖堂へと向かっていた。
 そこで、シーラは二度目の結婚式を挙げるのだ。
 リンセンテートスの時とは、較べようもないほどの国民の歓迎を受け、誰からも羨まれる豪華で華やかなナイアデス皇国正妃としての輿入れ。
 しかし、この結婚式にシーラの祖国ハリア公国の人間は誰一人として出席していなかった。
 いや結婚式の案内、そして招待自体を受けていなかったのだ。
 かわりにリンセンテートス国の皇太子夫妻がシーラの親族同然に振る舞い、ナイアデス側もそれを当然のこととして受け止めていた。
 シーラはロマーヌ皇太后の刺を含んだ言葉にわずかに同意をみせるようにうなずくと、視線を馬車の外に向けた。
 そして、好意的に歓声をあげて出迎えてくれる大観衆に、ほほ笑みを浮かべて応えながら、孤独な馬車の中でリンセンテートスでのつかの間の穏やかな日々を思い返していた。

口元に浮かべた。
「無理もないでしょうね。ナイアデス皇国の民はよく皇室を敬い、慕っています。ゴラ、セルグ、エルナン、リアド、リンセンテートスの諸国もわが国と同盟を結び、さらなる繋がりを強めるための努力は惜しまないのです。他国を侵略する野蛮な西の国々や民とは天地ほどの差がありましょうとも」
 シーラは、儀礼的にほほ笑みを返しながらロマーヌ皇太后からは見えないように、震える手を儀式用の長い手袋と淡いクリーム色のドレスのショールの下に隠した。
 皇帝の行列は、翌日の婚儀の為にユク・セルピヌス大聖堂へと向かっていた。
 そこで、シーラは二度目の結婚式を挙げるのだ。
 リンセンテートスの時とは、較べようもないほどの国民の歓迎を受け、誰からも羨まれる豪華で華やかなナイアデス皇国正妃としての輿入れ。
 しかし、この結婚式にシーラの祖国ハリア公国の人間は誰一人として出席していなかった。
 いや結婚式の案内、そして招待自体を受けていなかったのだ。
 かわりにリンセンテートス国の皇太子夫妻がシーラの親族同然に振る舞い、ナイアデス側もそれを当然のこととして受け止めていた。
 シーラはロマーヌ皇太后の刺を含んだ言葉にわずかに同意をみせるようにうなずくと、視線を馬車の外に向けた。
 そして、好意的に歓声をあげて出迎えてくれる大観衆に、ほほ笑みを浮かべて応えながら、孤独な馬車の中でリンセンテートスでのつかの間の穏やかな日々を思い返していた。

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