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第十三章 《 警 鐘  》


                      (イラスト・ゆきの)

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 ルナは、木の一番高い場所に上ったまま、遠く砂漠の方向を見ていた。
(兄上……) 
 ミゼア砂漠を越えて、最初にたどり着いたブレアの町にルナたちはいた。
(もうすぐ、兄上がノストールに帰られる日が来る……)
 ルナは、リンセンテートスに訪れたノストール軍が国に帰還する姿を見届けてから、父カルザキア王と約束をした人物を探そうと決めていた。
 ところが、ノストール軍はいつまでたっても姿をみせず、帰国する様子はなかった。
 それどころか、リンセンテートスを侵略しようと攻めて来たダーナン軍と戦うためにリンセンテートス軍と共に出陣したという噂が流れてきたのだ。
(兄上はご無事だろうか……。みんなは大丈夫だろうか……)   
 ルナは、穏やかな表情のテセウスを、そしてノストールの人々を思い浮かべる。
 全員の無事。気掛かりはそれだけだった。
 やがてその戦いも、一夜にして奇跡がおこり、ダーナン軍が撤退したという噂が都から離れたこの町に早馬の如く流れてきた。
 ただ、どれほどの被害があったのか、何が起こったのかまでは、まったくわからない。
 それでも奇跡の勝利が、砂嵐の止んだ直後の侵略という脅威から人々を心から安堵させたのは間違いなかった。
 そして、この二つの出来事に転身人が関わっていたことがブレアの町に伝わるのはまだ先のことだった。
 ルナは旅人達が話すのノストール軍の噂に耳を澄ましながら、朝と夕、町で一番背の高い木にのぼってはリンセンテートス城のある方角を見続ける日々を送っていた。
 今日もノストール軍は姿を表す気配はなかった。
 だが、奇妙な渦を描くような強風がルナの髪を吹き上げた。
 ふとエリルが向った町はどの方角なのだろうかと視線をさまよわせる。
――アンナの一族の装束を身にまとったエリル。
 青みがかった髪の色、澄んだ碧い瞳。
 ベールで隠しているとわからないが、黒い髪、紫の瞳を持つアンナとは明かに違った。
 けれどあのエーツ山の崖底で、父と父の守護妖獣イルダーグを死に追いやった妖獣を、言葉だけで追い払いネイを救ってくれたのを、ルナは目の当たりにした。
 自分だけでは、あの時どうなっていたかわからない。
 ネイを失っていたかもと考えると、今でも心の底から震えが走る。
 エリルがアンナとは何か違うと思いながら、ルナはそれでもいいと思っていたし、女性の装束を身にまとっているが男性であることも気がついていた。
 ネイが裸でいる場面に遭遇すると、冷静を装ってはいるが明らかに動揺して視線をそらすのを何度も目にしていたからだ。
 アンナではないのにアンナの一族になっていて、男なのに女のふりをしている。
――ちょっと同じかも。
 ノストールの王子ではないのに、王子として育ち。女なのに男として過ごしている自分。
 きっといろいろな理由があるのだろうと考えると、何を話していいのかわからなくて、話しかけられてもなかなかきちんと言葉を返せないでいた。
 助けてくれた日、ありがとうと言ったが、どれほど感謝をしているか、エリルが、テューラの町に出かける日が来てもなかなか伝えることができなかった。
 いつも気づかうようなやさしい眼差しで話しかけてくるエリルの顔が浮かぶ。
――帰ってきたら、ちゃんと伝えよう。
 エリルがいなくなってから、風が強くなっていた。
「ジーン!」
 下の方からネイの呼ぶ声が聞こえて来て、ルナはあわてて下を見る。
「ご、ごめん…今行く」
 そこには腰に手をあてて待っているネイがいた。
 枝から枝に飛び降りながら、地面に着地する。
「うん、だいぶ元気になったね。マストから降りてくる時のあんたと重なったよ」
 ネイはルナの頭をぽんと軽くたたいてにこりと笑った。
 その言葉にルナは海賊島での暮らしを思い出し、風の吹く蒼穹を見上げた。
 どこまでも続く青い海原と大空の下で暮らした日々。
 気の荒い仲間たちの豪快な笑い声や、船を襲うときの勇猛な様子、戦利品の酒に酔って大暴れをしている光景が懐かしい。
 随分と遠い日のことのように思える。
 まだ、イリアの死から、父の死から半年も過ぎていないというのに。
「ネイ……」
 ルナは、ネイの笑顔を見上げた。
「ん――?」
「ありがとう」
「ジーン?」
 ネイはルナの唐突な言葉に目を瞬かせた。
「ずっと、一緒にいてくれてありがとう。それから……ずっと何も聞かないでいてくれたことも……」
 ルナの精一杯の思いを込めた言葉に、ネイはとびきりの笑顔で応えた。
 ネイは、ルナが自分のことを「ジーン」ではなく「ルナ」と言ったことも聞いているはずだった。
 唐突に兄がノストールにいると言い出した時も、疑うようなことや、どうして今まで言わなかったのかも一言も聞くようなことはなかった。
 ただ、ルナが行くという場所に、笑顔で励ましながらそばにいてくれた。
「やだなー、突然何を言い出すかと思ったら。あたしはあんたと一緒にいたいからいるんだってばぁ。まぁ、いいってことさ」
 少し照れながら頭をかくと、それを隠すように片手を上げた。
「さ、これから畑仕事だよ」
 最初に訪れた宿の女主人とネイとエリルが意気投合し、旅の事情を話したところ、畑の仕事を手伝うかわりにただ同然の宿代で泊めてもらえることになったのだ。
「それと……出ておいで、あんたも行くよ、ランレイ」
 ネイに名を呼ばれて、木の後ろ側からランレイが姿をみせた。
 ネイは、ルナとランレイと歩きながら、時折風に吹かれて乱れるルナの深い緑色に染めた髪を、すくようになでる。
「早く、兄貴に会えるといいな」
「うん」
 ルナはノストール軍を見送った後、ノストールには帰らずにディアードを探す旅に出ることを、どうやってネイに話そうかと考えながら、畑へ向かって歩き続けた。  
 吹き付ける風の乱れが気になりながら。
 

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