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第十三章 《 警 鐘  》


                      (イラスト・ゆきの)

8

(面白いアンナがいたもんだ……)
 テューラの町から離れた場所にある森林の高い木の梢に腰掛け幹にもたれかかったセルジーニは、一人楽しそうに笑っていた。
 その木の下には、簡素な天幕を張り、眠りについてる〈星守りの旅〉の若いアンナたちがいる。
 セルジーニは、エディス、オージー、マーティスの三人の〈星守りの旅〉を見守りながら、このテューラの町に導いてきたのだ。
 ところが思念体で町の様子を先にさぐっていたところ、テューラの町には、すでに自分たち以外のアンナが来ているらしいという噂を知った。
 アンナの存在を知って放っておく権力者はそういない。
 町長の屋敷で今宵行われる祝宴の席に招かれているに違いないと見張っていたのだ。
 予想通り、アンナの装束を身にまとった人物が現れた。
「金色の髪に碧い瞳、女性用の装束を着た男。なのに、手にしているのはアンナの一族が特別に用いるナーラガージュの杖。しかも、アンナ一族の守りがあの男の為に施されている。宴には出席せずに何かを探っているようだし、奇妙な奴だ」
 セルジーニは独り言をつぶやく。
 そのうち、予想もしていなかった場面に出会うことになる。
 エリルとテセウス、アウシュダールの様子を、思念体で肉眼で見るように観察していたのだ。
「ラウ王家の王子のエーツ山越えの話は何のことだ……? 子供たちを連れて出た……って」
 セルジーニは、夜空を見上げた。
「ラウ王家のテセウス皇太子、あと一緒にいた王子は……。アウシュダールと名乗ったが、誰だ……? それに、ノストールの兵士たちを取り巻いている奇妙な霧のようなもの……」
(テセウス皇太子の指にあったのは王の証しの《アルディナの指輪》……しかも金の指輪の片方。あの指輪は即位の証し。すると、カルザキア王はすでに逝去……。そして、おそらく皇太子と一緒にいたのはシルク・トトゥ神が転生したという王子――勇気と戦さの神……いや、破壊の神……。山で消えた子供たちの話……二重三重と町に張り巡らされている奇妙な霧……あれには意志のようなものが確かに存在した。俺以外の他の人間だったら、あの力にとりこまれてしまったかもしれない)
 疑問を指折りながら確認していく。
 額にうっすらと汗がにじんでいた。
 アンナの家長がもつ力は、大神官であるサーザキア長に次ぐべき能力と多くの家族たちを導いて行く力である。
 まだ十代のセルジーニや、七歳のイリューシアが家長であるのにはそれなりの理由が存在する。
 家族たちが認めなければ、力だけがあっても、家長にはなれないからだ。
(ジーシュの一族というあの言葉に嘘はないだろう)
 セルジーニは、《星守りの旅》の途中で世話になったジーシュ一族の人々の顔を思い浮かべる。
(リリーは、俺を大好きだと言ってくれたちっこい女の子だったはずだが……)
 アンナの一族は、占術士たちの総称だった。
 サーザキア率いるユク・アンナとユル・アンナの系譜を持つ一族。
 リア・アンナの系譜を継ぐジーシュの一族。
 他にも、ソル・アンナ、アル・アンナ、ディア・アンナ、ユマ・アンナを系譜とするアンナたちが存在する。
 なかには、占術以外の魔道と呼ばれる道へ踏み出して行った者、別の小人族の魔道士と交ざりあった者など、様々に枝分かれをしていった者も多くいた。
 その中でも最大最高の力をもち、中心的立場にあるのがサーザキアの一族だった。
 〈星守りの旅〉の影守り役は、そのように散っていたアンナたちの足跡を辿ることも目的の一つとされている。
 セルジーニは四年前、前回の自分の〈星守りの旅〉の時に、ジーシュの一族と数日一緒に過ごしたことがあった。
(あいつはそのときにいなかった……) 
 これは今までになく波乱に満ちた旅になるかもしれないという予感が高まる。
(そういえば、この旅のイリューシアの〈先読み〉は、ひどく歯切れが悪かった。俺にも旅の色がみえなかったし……) 
 セルジーニの瞼に、アウシュダールと名乗ったシルク・トトゥ神の転身人の姿が浮かぶ。
(思念体のままでは、顔さえ見ることができなかった。神の力だからか?)
 神が相手では、自分たちでは読み切れないのは当然かもしれないとセルジーニは思う。
(これは……旅の場所を変更させたほうが安全だな……)
 自分の好奇心だけで若いアンナを巻き込むには、危険すぎる空気の重さが、このリンセンテートスという国にはたちこめていた。
 思索を終えたセルジーニが幹に体をあずけて眠りにつこうとしたとき、下の天幕から誰かが出てきた気配を感じた。
 下をのぞきこんで見ると、人影が森の奥へと歩いて行く姿があった。
 三人のうちのだれかなのだろう。
 肉眼では闇中の状況がつかめないため、一度肉体に戻ったばかりだが、再度思念体としてその人物を確認する。
 寝つけないのだろうかと思いつつ様子を見ていたセルジーニの表情が変わった。
(浮かんで……いる……?)
 その人影は、暗闇の中で浮いているように見えた。
「やべぇ……」
 セルジーニは術をつかって思念体で追いかけようとしたが、疲労が蓄積していて飛ぶことができない。
 のんびりした時間がないことに気がつき、肉体に戻ると慌てて大木から降りようとした。
 だが、突然吹きつけた強風が体の自由を奪い、身動をとれなくする。
「いまのは……」
 セルジーニが大木から降り立ち、天幕の前に立ったときは、その人影はどこにも見当たらなくなっていた。

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