第十三章 《 警 鐘 》
(イラスト・ゆきの)
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ダーナンのロディ・ザイネスの十万ともいわれる大軍がリンセンテートスの国境付近に姿を現したのは、リンセンテートスに砂の嵐が襲いかかった時のように突然の出来事だった。
ダーナン帝国、リンセンテートス間には、カヒローネ国が存在する。
リンセンテートスと風土も似てその国土の南半分以上は砂漠地帯であり、その上、北側にはダーナンとハリアの中央に壁のように連なるカヒロ連峰が雄大にそびえ立っていた。
そのカヒローネという国の存在があることで、ダーナンがリンセンテートスに進攻することはないと誰もが見ていた。
なぜなら、カヒローネは民にとっても隣接国にとっても常に不穏な空気を含ませた国であったからだ。
もともとは九つの少数部族が大国に抗するために、ひとつの国としてまとまった経緯があった。
しかし、それが原因で同部族出身の王が長く続いたことがないほど王の在位は短いのが常で、王位争奪、権力闘争、血なまぐさい闘争が日々勃発していた。
当然、治安は最悪であり、盗賊は昼夜を問わず横行し、リンセンテートスやダーナンの国境付近の集落にさえ姿を現すことさえあった。
だが、これらの現状が逆にダーナン帝国がカヒローネを越えて、リンセンテートスに進攻することはありえないという理由と誰もが信じてた。
ダーナンの帝王ロディ・ザイネスは、万軍を率いて次々に近隣国を侵略し続けはしたが、それまでの間には、相手国に使者を送り時間の猶予を与え、宣戦布告をして後に開戦する、というように、ダーナン側としては手続きを踏んだ上での正当な戦さを行っているという自負がある。
しかし、カヒローネは、今日の王が明日も王であるという保証はなく、歴代の王の名は似たものが多く、複雑な人間関係を形成している上、過去の王の出身部族が不明瞭である場合も多く存在した。
このような不安定な国に攻め込めば、カヒローネの難民が逆にダーナンになだれ込む危険性もあったために、非常にやっかいな国といえた。
仮にカヒローネの進攻に成功したとしても、リンセンテートスへ手を伸ばすにはその地を統制して後となる。
ナイアデス皇国が援軍を派遣するのに十分な時間を与える結果となり、そうなれば、簡単にはリンセンテートスを攻めることは適わなくなる、そう誰もが考えていたからだ。
リンセンテートスにとっては、そのような起こりえない事態に気を揉むより、長年の仇敵である、隣国ハリア国こそが日々の脅威であった。
それだけに、ダーナンとカヒローネの間に戦さがあったという話を耳にしていなかったリンセンテートスにとり、国境に突然出現したダーナン軍の出現は、まさに天地がひっくりかえったような衝撃だった。
だが、さらに人々を驚かせたのは、その宣戦布告もなく現れたダーナン軍が一日にして破れ、撤退してしまったことだった。
そして、この戦さはラーサイル大陸全土にある者の存在を知らしめることとなる。
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リンセンテートスの都へ向う街道を、兵士を乗せた馬が猛烈な速さで駆け抜けて行く。
昼夜、眠ることなく馬を変えて走り続ける早駆けの馬だった。
馬に乗った若い兵士は、疲労こんぱいといった表情で、次に乗り換えるため用意された馬に乗るべく、村の宿場でその走りを止めた。
男が馬から降りると同時に、走り続けた馬が崩れるように倒れた。
「水を……」
つかの間の休息とわずかな食事をとると、立っているのさえままならない様子でありながら、兵士はしがみつくように次の新しい馬の背にまたがった。
「なぁ……」
馬の世話を任されていた村人が心配そうにだが、やっとの思いで兵士に言葉をかける。
「戦さは……どうなってるんだい……」
その問いに、目さえ虚ろだった馬上の若者ははっとしたように目を見開き村人を見返した。
「勝った……」
兵士は、どこか遠くをみつめるように視線を天にむけてさまよわせる。
「シルク・トトゥ神が勝利を与えてくださったんだ」
「シルク・トトゥ……神?」
村人は、初めて耳にする異郷の神の名に戸惑ったような表情をする。
「エーツ山脈の彼方にあるノストールという国のアウシュダール王子は、月の神アル神の唯一の息子シルク・トトゥ神の転身人であられたのだ。その神としての力でビアン神の怒りをおさめられ、我が国を砂嵐から救い、そして再び、ダーナンの侵略から我々を救ってくださったのだ」
兵士はアウシュダールのことを語っているうちに、気分が高揚してきたのか、笑みさえ浮かべながら村人に別れをつげた。
村人は、走り去って行く早駆けの馬を見送りながら、不可解な表情で立ち尽くしていた。
「ビアン神じゃない……? よその国の神が……おれたちの国を助けた……?」
噂は、瞬く間に人々の間に広まっていった。
――ノストールという国の王子がダーナンの大軍を追い払ったんだってよ。
――ビアン神の怒りを解いたのも、その王子らしい。
――まだ十歳に満たない幼い王子らしいぞ。
――エーツ山脈の向こうにある海のある国からわざわざ来たんだってよ。
――ダーナン帝国の十万の大軍があっという間にいなくなったんだと……。
――その神は、アル神の息子らしい。
――でも、神が、人間に生まれてくるもんなのか……?
――転身人というらしい。
――転身人?
――神の転身人が……おれ達のリンセンテートスを守って下さった……って言うのか?
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