第十二章《 嵐の終息 》
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――リンセンテートスの砂嵐を止めるために、シルク・トトゥ神のお力をお借りしたい。転身人アウシュダール殿にビアン神との対話を願いたい。
ナイアデス皇国のフェリエス帝王が、姉の嫁ぎ先であるリンセンテートスの嵐を収めるための請願の親書が届いたことから、それに応えるべく、リンセンテートス入りしていた皇太子テセウス率いるノストール軍。
だが、ミゼア砂漠でシルク・トトゥ神の転身人とうたわれる第四王子アウシュダールが急病に倒れた。
アウシュダールを休ませるために、軍は今、砂漠の中に見つけた湖のあるオアシスで休息をとっていた。
昨夜、テセウスは砂漠の中に湖を求めて探し回った。
その真夜中の砂漠で彼は不思議な少女と出会う。
彼女が教えてくれた湖のある場所を信じてテセウスは隊を率いて進み、ようやく熱風の中休息のできる湖にたどり着いたのだ。
湖に向う途中、テセウスはヤクンカという砂漠の民に出会った。
おそらく少女はこの民の子供だったのだろうと、少女のことが頭から離れないままだったテセウスは、砂漠の民ヤクンカの長に銀色の髪をした少女に会わせてほしいとたずねた。
だが、帰ってきた言葉は意外にも、自分たちの民にそのような少女はいないという答えだった。
「ランレイ―幸運を運ぶ旅人―の中に、銀髪の男の子がいたよ」
長と一緒にいた子供がそう教えてくれたが、テセウスはやりばのない気持ちにかられた。
――そんなはずがない、出会ったのは確かに女の子だった……。同一人物なのだろうか……。
疑問を抱きながら、テセウスは真夜中の砂漠で出会った銀色の髪と翠色の瞳をもつ少女の顔を思い浮かべる。
『これを……渡すように頼まれました』
涙をこぼしながら、ノストール・ラウ王家の継承の証《アルディナの指輪》をテセウスに届けるために突如として、テセウスの目の前にあらわれ、そして消え去えたその姿を。
――名前を聞いておけばよかった……。
テセウスの脳裏から、少女の顔が離れなかった。
守護妖獣ザークスが、ラウ王家以外の人間に、ためらうことさえせずに姿を見せ、近づいていった銀色の髪の少女のことが――。
――もっと、なにかを言いたそうだった。大きな瞳がとても辛そうだった……。
湖にたどり着くまでの間も、テセウスは右手の中指に収まった金の《アルディナの指輪》を見るたびに、少女の泣き顔を思いださずにはいられなかった。
――もうひとつの銀の指輪のことを知りたい。あの子はそのことも知っているんだろうか……。
テセウスは、十五歳の誕生日の第一王位継承者承認式の日、ラウ王家の王の指輪《アルディナの指輪》の話を父カルザキア王から聞いたことがあった。
ノストール国の平安と、ラウ王家の存続の願いが込められた王の指輪には、先王の意志が強烈にかかわってくるというのだ。
平和な時代の継承には、指輪に変化は起こらない。いたずらにどれほど二つに分けようと試みても《アルディナの指輪》は変化することはない。
しかし、ひとたび王家や王位継承の存続に危機が迫るとき、ときに指輪は金と銀の二つの指輪に分かれる――というのだ。
カルザキア王はその話をしながら、自分の指にはめていた《アルディナの指輪》をテセウスに「確かめてみなさい」と差し出した。
もちろんそのときは、何度見つめても触ってみても、指輪は一個の指輪でしかなかった。
――けれど、今ここにあるのは確かに《アルディナの指輪》の半身……。
分かれてしまった指輪の意味を考えるとき、テセウスは、父が亡くなるときどんな想いをこの指輪に託したのか、一刻も早く知らなくてはいけないとの強い危機感に立たされた。
――《アルディナの指輪》が分かれるほどの重大な意味。ノストールの危機を警告しようとしているのか……?
半身の金の指輪を受け取ってから、心をよぎる不安は時間を追うごとに強くなる。
だが、どれほど問いかけようとも黄金に輝く《アルディナの指輪》は、テセウスに語りかけてくることはない。
まるで、自分の守護妖獣ザークスのように。
「あの子を……探せと……言うことだろうか……」
ふとテセウスはそうつぶやいてから、はっとして思わず自分の頬に手を当てた。
「涙……?」
その指には、テセウスの瞳から流れ落ちた涙の滴が光っていた。
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