第十二章《 嵐の終息 》
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リンセンテートスのミゼア砂漠から、暴風に巻き上げられ、首都に襲いかかった砂嵐。
神の怒り、黄色い悪魔―そう人々が恐れた砂塵の鉄槌は、ラシル王とハリア国の王女シーラとの婚儀の日を境に、突如都に襲いかかり二年の月日が過ぎた。
その永く続いた砂嵐の猛威が、人々の寝静まった夜、月の輝きに見守られる中で突如その命が尽きたように途切れた―。
幾百の日々、昼夜を問わず、一日も風の止む日がないままに、目を開けることも息をすることさえかなわぬほど吹き荒れた国に、静寂が戻った。
街の姿が見えなくなるほどの砂の幕は、激しい風と砂を含んで、すべてのものに襲いかかった。
人々は食料を求める時以外の外出はあきらめた。
その止むことのない激しい風と砂の音が、前触れもなく消え去ったのだ。
二年ぶりに訪れた静寂な夜。
だが、多くの人々はまだ深い眠りの中にあった。
その夜の街で、一軒の家の扉が開き、子供が姿をあらわした。
それは家族がぐっすりと眠りについている真夜中の部屋の中で、異変に目を覚ました幼い男の子の姿だった。
家をも破壊しかねない砂嵐や、戸や壁をガタガタと揺さぶり続ける強風を子守歌として育った子どもが、初めて自分の足で戸外へ飛び出したのだ。
初めて見る家の外の風景。
風のない静かな夜の町に、はだしのまま飛び出した少年は、澄んだ夜空を見上げたまま目を大きく見開いた。
「うわぁ……」
水を打ったような静けさの中で、少年の眼に明るく輝く満月が飛び込んでくる。
初めて出会った月を少年は眩しそうに見つめた。
そして、思わず美しい月に向かって両腕をさし出した。
「おいでよ! ここまでおいでよ!」
天に浮かぶ銀盤に幼い声が呼びかける。
「おいでよ! おいでよ」
二年余りの歳月をおいて、砂嵐の脅威から解放されたリンセンテートスの城下に、小さな声が大きく大きく響き渡った。
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