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第十一章《 邂  逅 》

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 月の光の中、トゥに乗った男たちの姿が砂漠に散って行く。
「皇太子殿下はおとどまり下さい」
 シグニ将軍が、トゥに騎乗するテセウスに天幕へ戻るように説得するが、テセウスは静かに横に首を振った。
「ここ毎晩、皆がアウシュダールのために危険を顧みずに交替でオアシスを探しに行ってくれている。兄のわたしが眠っていられるわけがないだろう」
「お気持ちはわかります。ですが、アウシュダール殿下のご病気に皆も動揺をしております。今、万が一、殿下の身にもしものことがあってはいかがなされますか。アウシュダール殿下もご自身の病のためにと、深く嘆かれますぞ。お慎み下され」
 幼い頃からテセウスを知っているだけにシグニ将軍は、テセウスの気持ちを押さえるツボを心得ていた。
「だが……水も食料もあとわずかだ。このまま、ここに留まり続けても兵たちの体力も厳しくなるだけだ。アウシュダールの体ももたない。なにもせずに、ここで待てというのか?」
 テセウス率いるノストール軍は、アウシュダールの病の為にに足止め状態となっていた。
 案内をつとめるデューグ公爵は、アウシュダールを日中でも日陰のできる岩場へ非難させた後、療法士を連れてくると行って戻ったまま、まだ戻ってはきていなかった。
「わたしのことは心配するな。べつに敵の中へ一人で切り込んでいくというわけじゃない。アウシュダールのために、皆のために、水のある場所を探しに行きたいだけなんだ。それに、わたしには守護者がいつもいる。たとえわたしが迷っても、守護妖獣はここまでわたしを連れて帰ってきてくれる。あの星が地平線に隠れるまでには必ず帰ってくるから、行かせてくれ、シグニ将軍」
 頭を下げるテセウスに、さすがのシグニ将軍も言葉を詰まらせた。
「で、では……わたしが供を……」
「シグニ将軍はわたしの留守を兵たちに気づかれないようにしてほしい。それに、いつデューグ公爵が戻られるかもわからないし」
 テセウスは渋るシグニ将軍を残して、従者もいらないと断り、月の光だけが頼りの砂漠へと、星を頼りに進んでいった。
「ああは言ったけれど……」
 テセウスは銀色の月を見上げて、ため息をついた。
 ザークスがどのように守ってくれるものか、テセウスには検討がつかなかった。
 実際に自分自身が真に窮地に陥るといった場面が今までないだけに、自分の守護妖獣の力がどれほどのものかさえも知らないのだ。
 クロトの黒馬ダイキのようにいつもベッタリそばにいて、じゃれあうこともない。
 アルクメーネのカイチのように家庭教師役をつとめるわけでもない。
 アウシュダールの……ように……。
 その瞬間、テセウスは意識が霧散し、自分が何を考えていたのかを忘れてしまっていた。
「まただ……」
 大きく首を振りながら、再び、ため息をつく。
 そしてふと、気づく。
 こうして一人でなにかをゆっくりと考える時間がずっとなかったことに。
 星の瞬きを見上げながら、夜は寒いほどに冷える砂漠の砂上を進み続けた。
――テセウス様。
 突然、前方にザークスが姿を現した。
 だが、テセウスの乗るトゥには見えていないのか、歩調はかわらないままだった。
 ザークスはテセウスの前方の右手に視線を投げかけていた。
「湖を見つけたのか?」
 テセウスは右方向に曲がるとザークスに指示に従い歩を進める。
 その後も守護妖獣は何度も現れては進むべき方向を示していった。すでにもといた場所がどこだったのか、方向感覚は失われている。
(本当に……皆のところに帰れるだろうか……)
 約束の星は、地平線に沈みつつある。
 シグニ将軍のイライラしている顔が浮かんできて、テセウスは焦りはじめた。
 だが、ザークスが水のある場所へ連れて行こうとしているのだという確信が、ためらうことを禁じた。
 やがて、テセウスは小高い砂丘を見上げる場所へ出た。
 ところが、そこから先へ進もうにもザークスは姿を消したまま現れない。
「ザークス、次はどこへ行くんだ?」
 テセウスが声をかけるが、静けさだけが応えた。
「ザークス!」 
 呼ぶ声は、空しく消えていく。
 テセウスはトゥから降りると、夜の砂漠に立ち尽くした。
 暗闇の中で置き去りにされたような心細さが不安を膨らませる。
(なにか……意味があるはずだ……)
 守護妖獣は主を守るために存在する。
 だが、ザークスの瞳の意味するところをテセウスはまだ、読みきることができない。
 それはザークスが意図していることなのか、なにかほかの理由があってのことなのか、主人のテセウスにさえわからなかった。
 途方に暮れたように、月を見上げた。
(アル神よ……我らが、守りの神よ……。ザークスはなにを示そうとしているのですか)
 テセウスが祈りをささげたとき、風の音と、どこからか砂を踏むような音が聞こえてきた。
(人がいるのか…? 獣か……?)
 テセウスは物音がした砂丘の反対側へと静かに近寄っていった。
 どこか海のざわめきにも似た砂の舞う音が聞こえていた。
 遠くに聞こえていた波のような砂の音は、闇で見えなかったこともあり、気づついたときには目の前に迫っていた。
 逃げる間もなく、テセウスは前方から壁のように押し寄せてきた強風と黄砂に襲われた。
 あわててトゥの体を低くさせ、その体を楯に身を守るようにうずくまり、それが通り過ぎ去るのをじっと待つ。
 夜の冷たい風と砂が全身を打ち付け、やがて離れていった。
 風は一陣の名残を残して去ると、何もなかったような静けさが再び辺りに訪れる。
 ゆっくりと目を開けたテセウスは、丘の上に月の光の中、女神が舞い降りる姿を見た。

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