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第十一章《 邂  逅 》

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 死の谷で、ルナが少年たちの遺体に声をかけながら、生きている者を捜し始めて長い時間が過ぎていた。
 最初はルナを手伝おうとしたエリルも、その異様なまでの死体の光景に手を差し伸べることすらできなかった。
 闇の中で、誤って踏みつけた固まりがあっけなく砕け散ったとき、それが子どもの一部だったと気づいたエリルは正気を保つのが精一杯だった。
 どれほどの熱で焼かれればこれ程までになるのか、というほど炭のように積み重なった、人間であったはずの者たちの残骸。
 全身が震えた。
 目の前に、ルナの姿がなければこらえることさえできなかったかもしれない。
(一体……何者なんだ……あの子は……)
 月の輝きが、その行動を助けるように、はるか彼方から深淵の闇へと光を注ぎ込み、ルナの銀色の髪をぼんやりと浮かび上がらせる。
「誰か……生きていて……助けてあげるから……助けてあげるから……」
 焦げた死体は、触れたとたんに崩れていく。
 まるで、炭の塊の中に自分が埋まって行くような錯覚がルナを支配していた。
 どこかであきらめようと呼びかけている自分がいるのはわかっていた。
 もう、どれだけの遺体の塊をはがし、横たえてきたのかわからなかった。
「生きてるかもしれない……んだ」
 ルナは、自分自身に言い聞かせる。
 涙はすでに乾ききっていた。動かす手も足も重く、体は疲労の限界に達していた。
 それでも、やめるわけにはいかなかった。
 だが、突然ぐらり、とルナの体が大きく揺れた。足元がふらついたのだ。
 次の瞬間、ルナは死体の中に倒れ込んでいた。ルナの体の重みであっけなく崩れるもの、嫌な感触を残して受け止めるもの、それらの中にルナは呑み込まれていった。
「もう……動けない……」
 少年たちの死体の中で、ルナは目を閉じた。
 闇の中に静寂が満ちあふれていた。
 恐怖感はどこにもなかった。
 不思議と穏やかな気持ちが広がり、疲労が深い眠りへと誘おうとする。
(ここでなら……死んでも寂しくないかな……)
 ルナがそう思ったとき、瞳の奥に母ラマイネ王妃のほほ笑みが浮かんだ。
 次の瞬間、消え入りそうなつぶやきが空気を揺らした。
「助け……て……」 
 ルナは目を開けた。
 緑色の瞳に、遠く夜空に輝く満月が映る。
「母上……!」
 ルナは跳び起きると、月の光の照らす場所を探しはじめた。
「母上……ごめんなさい……あきらめません……。だから、もう一回、教えて……」
 死体をかきわけながら、乗り越えながら、ルナは大きく瞳をこらして求めるものを探した。
 その目に月の光に照らされた、何かが光っているのが映った。
 急いで近づくと、先端のとがった何かが、死体の中から突き出しているのだ。
「………」
 ルナは、息を飲むとそれをつかんだ。
 するとルナとは別に、それをつかんでいる手が現れた。
 焼け焦げていない、子どもの手が現れたのだ。
 ルナは、さらにその下にあるはずの腕、そして体を引き出した。
 月の光が、ルナを助けるように光を注ぐ。
 ルナの異変に、遠くで見守っていたネイとエリルが立ち上がった。
「生きてる……!」
 ルナの声は確信にかわった。
 少年の顔を覆っている緑色の布をはずそうとして、ルナは一瞬その手を引っ込めた。その布に見覚えがあったのだ。
 闇が見せた、あの雪の中を歩き続ける少年たちの夢の中で、ルナはこれと同じ緑色のマフラーと帽子を身につけていた。
 ルナは静かに布をとると現れた少年の傷ひとつない顔を見て、なぜだかわかってしまった。
 自分が見たあの恐ろしい体験は、すべてこの少年のものだったのだと。
 しかも、少年の手の中に握られていたのは、ルナが身につけていたはずのイルダーグの牙だった。
 父、カルザキア王の守護妖獣であり、ルナを守り、絶命したイルダーグの牙。
――わが一族は……雷獣……
 イルダーグの最後の言葉が聞こえた。
 アウシュダールの放ったあのすざましい光。その中から、雷獣イルダーグは少年を守ってくれたのだ。
「イルダーグ……守ってくれたんだね……」
 ルナは、立ち上がるとイルダーグの牙をそっと両の手のひらにのせて、月にかかげた。
 死してなお、ルナを守る力を感じながら。

「一体……何者なんだ……」
 ルナと少年を見つめるエリルの疑問は深まるばかりだった。  
 しかもルナが助け出した少年は、すべての記憶を失っていた。
 エリルもかいま見た、あれほどの恐怖を味わって正気でいられる方が不思議であり、記憶を失うのも無理はないとは思う。
「彼の名前だけどね……」
 エリルはなんとか、ルナの気を引こうと思いついたようにルナに声をかけた。
「ランレイ……というのは、どう?」
 その言葉に、ルナは驚いたようにエリルを振り返り、じっとのぞき込むように緑色の瞳で見つめ続けた。
「えっ……と……気に入らない?」
 エリルは初めて見せるルナの反応に、内心気後れしながらも、ほほ笑みを絶やさなかった。
「それって……『祝福』?」
「え、う……うん」
 ルナの言葉の意味することがよくわからないまま、とっさにエリルはうなずいていた。
 するとほどけるように無垢なルナのほほ笑みが、エリルの前にあらわれた。
「ありがとう」
「え…………」
 それは、エリルが初めて出会うルナの笑顔だった。

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