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第十章《 神 の 怒 り 》

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 広大な砂漠の上を乾いた音とともに風が走り抜け、細やかな金色の砂を吹き上げていく。
 細やかな黄色い粒たちは、熱く輝く太陽の輝きをうけながら、海に波打つさざ波のように、時に芸術的な流砂の波紋を作り出し、神秘的なまでに美しい光景を描き出す。
 しかし、ミゼア砂漠でその永久に続くような静かな時間がゆったりと流れているのとは対照的に、北に位置するリンセンテートス城を中心とする城下一帯では、黄色い悪魔と口々に恐れられるようになった砂塵の暴風竜が、街全体を包み込み、人々や、農作物など、生きとし生けるものすべてを襲い続けていた。
 その止むことのない砂嵐は、まるで狂気にとりつかれた獣が、狙いさだめた獲物を執念深く追い続けるにも似て、あまりに執拗であり、長すぎた。
――ビアン神がお怒りになられている。
――神の怒りをかったのだ。
――王がハリアの王女などを側妃に娶ったからだ。
――その側妃は結婚式のあと、行方不明になったままとか…。
――このままでは国は死んでしまう……作物も家畜も砂にやられてしまった。ダーナンもこの砂嵐が止むと同時に襲って来るという噂が流れておる。
――はやく、ビアン神のお怒りをとかなくては……
――一刻もはやく……お怒りをとくのだ。だが……。
――どうやって……?
――だれが……?
――だれが……。
――一体、だれが……。
 この二年半近く、街が突然、黄砂の嵐に襲われて以来、止むことのない砂嵐にリンセンテートスの国は、まさに死に瀕した状態となっていた。
 食料は、近隣諸国からの援助を受けて配給制度が設けられたが、絶対数が足りなく飢え死にするものが後を絶たない。
 疫病が蔓延し、死者や病人は増え続けるのに、嵐は一向にやむ気配をみせなかった。
 ビアン神への祈りも、魔道士や占者たちによる祈祷も、まったく効果はないのだ。
 それどころか、砂以外に、時折大粒の小石が空から降り注ぐ日もあった。
 当然、城下や街から逃げようとした人々も多い。
 しかし、黄色い悪魔という異名を授かった砂嵐たちは、まるで意志をもっているかのように、街の外へと逃げ出そうとする人々の足を止めるような暴風を巻き起こし、家以外に逃れることを阻止し続けた。
 それでも、奇跡的に街を離れることのできた者たちは、逃げて来たその道を、自分の故郷を振り返り見たとき、誰もが一様に戦慄を覚えたという。
 まるで、夜の灯火に群がり続ける無数の虫たちのように、黄色い霧に呑み込まれているリンセンテートス城一帯があることに。

 やがて、王命を受けた兵士たちが城下からの命がけの脱出に成功する。
――ビアン神の怒りを解く唯一の方法は、神にすがるしかない。
 ラシル王は手紙を託しながら、光の弱まった瞳で苦しげにそう言ったのだ。
――あの王子が本当の転身人ならば、その力があるはず。それ以外に手立てはない。
 王使の一行は、リンセンテートス最大のミゼア砂漠を目指した。
 そして、さらに南下し自然の要塞エーツ山脈を越えて、その向こうにある小さな国に向わなくてはならなかった。
 月の女神アル神の息子、シルク・トトゥ神の転身人がいるという国へ。

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