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第 九 章 《 禁 忌 の 指 輪 》

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「イルダーグ!」
 本来であれば、イルダーグの体は立っていることさえできない瀕死の状態だったのだ。
 イルダーグ自身の生命の炎は主人であるカルザキア王を守りきれずに床に伏した時点で終っていたはずだった。
 そのロウソンに灯されていた生命の炎がすべてのロウを使い果た切ったにもかかわらず、こうしていまだ燃え続けている不思議さを、イルダーグ自身が感じていた。
 それは王の最後の望みが与えた力だと感じてもいた。
 だが、闇の妖獣が自分達の前から立ち去ったと確認した直後、気がつくと体は地面に倒れていた。
 自分の体ではないように重く、忘れていた激痛みが全身に襲いかかり、意識が遠のく。
「イルダーグ…! だめだ、死んじゃだめだ! イルダーグはずっと、父上の代わりにそばにいるんだ! 守護妖獣じゃなくてもいいから! ただ一緒にいてよ! そばにいてよ!」
 ルナは大声で叫んだ。
『おやさしいところは……かわっておられない……安心しました……』
 ルナはイルダーグの顔をしっかり抱きしめた。
「お願いだから……死なないでよ……」
 そう訴える涙声はすでに死の訪れを予感して、震えていた。
 どれほど自分が望んでも、引き留めても、目の前のこの温かい瞳は綴じてしまうことをルナは誰よりも否定しながら、わかっていた。
『……指輪の継承の時を迎えるまで……ほかの王子と会ってはいけません……』
 カルザキア王の守護妖獣は、ルナの翠色の瞳をじっと見つめる。
 死に瀕した体の中で、いまは唯一生きていることを示す銀色の瞳が綴じようとする瞼をこらえるように大きく見開いた。
『この国の守護妖獣には、あの者の術がかけられております。アウシュダール王子の存在を脅かす者……あなたを城に呼び戻そうとする者には……封印と術をほどこし、貴族でも力のない者は、あらゆる手段をこうじて城を追われました……』
「じゃ……父上は……ぼくを忘れなかったから……殺されたの?」
 ルナの顔におびえの表情があらわれる。
『それは違います……王の前にあらわれたあの者は……禁忌となった王の指輪を持つ者……。アウシュダール王子の封印さえ利用し……わが主の前にあらわれ……し者……あなたのせいではありません……』
 そう言葉にしながら、イルダーグは薄れゆく意識の中でふと疑問を覚えた。
(それでもなぜ……王には……わかったのだろう……) 
――あの子が帰ってきたような気がする。
 あれほどのイルダーグが警戒を呼びかけたにもかかわらず、王は無防備に徹した。
 ルナを向かい入れるために……。
 でなければ、王を守ろうと抗うイルダーグの意志を押さえつけてまで、その身をさらす必要がなかったのだ。
『わが……命尽きし後は……わが牙を……身につけて下さい……』 
「イルダーグ……」
『わが一族は……雷獣……あなたとともに……ルナ王…じ……』
 イルダーグがルナの名を口にした瞬間、突然の雷鳴が稲光とともに轟きわたった。
 驚いて空を見上げたルナの目に、次から次に湧くように現れた雨雲が頭上に広がっていく。
 暗闇の中、まぶしいほどの稲妻が、頭上で閃光を放った。その光の槍は轟音を立てて大木めがけて落ち、木の幹を貫く。大地が揺らぎ、大気が震える。
 さっきまでルナがもたれかかっていた大木が根の部分まで真っ二つに切り裂かれる。
 やがて暗黒の雲は一粒、二粒と、大粒の雨を降らしはじめ、それは次の瞬間、豪雨となった。
「イルダーグ!」
 激しく降り注ぐ雨からイルダーグを守ろうとかばったルナは、その時、すでに妖獣が息絶えていることを知った。
「イルダーグ……」
 ルナは打ちつける冷たい雨の中、その屍を抱きしめた。まるでそうすることで、自分を守ろうとするかのように。
 命の灯火を消した父の守護妖獣を抱き締めたまま、雨の中、気を失うように悲しみの眠りについた。

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