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第七章〈 王 女 の 行 方〉

 結婚式と晩餐会が終わり、明日まで滞在するローレイン宮に戻ったミレーゼは怒りを爆発させていた。
「冗談じゃないわ! 姉上様にあんなひどい目にあわせておいて、式を延期しようともしないなんて、なんて王よ! ひどすぎるわ!」
 宝石で輝く髪飾りも、レースの手袋も、ショールも、扇も、広い居間にすべて投げ捨てながら、ミレーゼは後ろから歩いてくるメイヴを振り返った。
「花嫁の行列が襲われるなんて! リンセンテートスは一体何をしているの? もしも偶然に助けが現れなかったら、姉上様は殺されていたかもしれなのよ……! おまけに、寝所までの付き添いは遠慮してほしい? 馬鹿にしすぎだわ!」
 そこまで言うと、ミレーゼの碧い瞳から大粒の涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。
「陛下」
 メイヴはハンカチを取り出すと、ミレーゼの前に差し出した。
「今日中に、厳重申し立てとハリア国側妃の待遇申し立ての書面を書かせましょう。明日の早朝には陛下にお見せします。そしてラシル王へ面会を申し入れ、書類へのサインをさせるのです。ですから、陛下はゆっくりとお休みになられて下さい。わたくしは側妃の身ではありますが、お父上様からは手厚くもてなしていただいております。どうか、わたしにお任せ下さい」
 メイヴ妃の真剣な表情と有無を言わせない言葉に、ミレーゼは唇をきつく結ぶと、身をひるがえして自分のために用意された二階の部屋へいくための階段をかけのぼっていった。
 あわててあとを着いてくる女官たちに「のんきに歩いてるんじゃないわよ!」と八つ当たりをしながら、居室に戻ると、着替えと湯浴みを命じ、さっさと寝室にこもってしまった。
 不機嫌なこときわまりない小さな女王に、いつもはあきれる女官たちも、シーラ王女の一見を目の当たりにしたこの日だけはミレーゼの気が済むようにと、どんなにひどい罵声を受けても、あたたかい配慮をおこたらなかった。
 だが、ミレーゼはベッドにもぐりこんでも、安眠にきくというセレ茶を飲んでみても、いっこうに眠ることができなかった。
 真っ暗な部屋の中に灯るロウソクの小さな炎をじっと見つめていだけで、シーラの身に起きたさまざまなことが思い出されて、よけいに目がさえわたってくるのだ。
 大好きな姉が殺されかけたというのに、夫となるラシル王は式の直前まで姿を現さなかった。
「許せない……」
 ミレーゼはおもむろにベッドから起き上がりローブを羽織ると、バルコニーへ出ようとした。
「とにかくこの苛立ちを、風に当たって沈めなきゃ、仕返しの名案なんて浮かんで来ないわ」
 そう一人言をつぶやきながらバルコニーの扉に近づいた、ミレーゼの瞳が二度、三度大きく瞬きをした。
 ガラスの向こう側、バルコニーに人影を見つけたのだ。
(なに?)
 ミレーゼは、急いでロウソクの灯を吹き消すと、大声を上げて助けを呼ぼうとした。
 だが、突如バルコニーの扉が勢いよく開き、冷たい風がミレーゼの肌を吹き抜けて瑠璃色の髪をゆらすと、驚きの方が先立ち声を出すことすらできなかった。
 暗闇の中でバルコニーの人物の髪の毛が黄金色に輝いた。
(金髪……?) 
 息を殺し様子をみていたミレーゼの耳に、影が突然指を鳴らすのが聞こえた。
「だ……」
 今度こそ声を上げようとしたミレーゼの思いは、再び消えてしまった。
 部屋に突然あかりが灯ったのだ。
 その光りはロウソクにゆれる炎でも、月明かりでもなかったが、侵入者の姿をはっきりと映し出した。
「女性の寝室に夜分訪れるのは失礼なことだとわかっています。ですが、あなたと直接お話しするには今日、この場所でなくては無理でしたので……非礼と承知でうかがいました。ハリア国のミレーゼ女王陛下」
 ミレーゼは、寝室に突然侵入し、勝手な言葉を並べながら優雅にあいさつをするその人物を見て、呆気にとられていた。 
 光源のわからない部屋の明かりは、黄金の髪の整った顔立ちの美しい青年を浮かび上がらせる。
 彼の青い瞳がミレーゼを見つめるとほほ笑んだ。
「あなたは、だれ?」
「名前はお教えします。けれどそれは最初の問いに答えていただいたあとでいいでしょうか?」
「問いってなによ」
「では申し上げます。よろしいですね」
 ミレーゼは迷ったが、しぶしぶながらうなずいた。
 手のうちが読めないうちは、相手を怒らせてはいけない――それが王宮での暮らしで学んだ外交手腕のひとつだった。
 ミレーゼの反応に、青年は満足そうにうなずくと、一枚の絵をミレーゼに差し出した。
「この女性を知りませんか?」
 ミレーゼは女性の横顔を描いた小さな肖像画を受け取ると、戸惑ったように青年の顔を見た。
「名はフューリー、わたしの妹です」
「妹……?」  
 ミレーゼは再び、その絵に視線を落とした。
「名前に聞き覚えはないわ……でも、この子……見覚えがある……どこでだろう……」
 青年の目が驚いたようにミレーゼを見つめた。
「私は妹をずっと探してきました。妹を探す協力をしてほしい」
「待ちなさい」
 ミレーゼは、時間が経過するごとに自分に落ち着きと余裕が戻って来ているのを感じた。そうなると生来の気の強さが自然と頭をもたげてくる。
 つんとすました顔で、相手にその絵を突き返すと片手を腰にあてて相手をくらみつける。
「質問には答えたわ。約束よ。あなたの名を言いなさい」
「そうでしたね」
 美しい顔立ちをしたた侵入者は、絵を大切そうに受け取ると、静かに自らの名を告げた。
「ロディ・ザイネス。フューリーは五年前に行方不明になったわたしの妹。ダーナンの王女です」
 ミレーゼは目を丸くした。
「まってよ……そんなこと……あるわけ……ないじゃ…ない…の……」
 だが、目の前に立つ青年はミレーゼが知っているダーナンの若き帝王に関する条件すべてを満たしている。
「では、これを」
 ロディはさやに収まった短剣と、二つに折られた手紙をベルトの間から取り出すと、両方を一緒にミレーゼに手渡した。
 ミレーゼは短剣の柄に彫られたダーナンの紋章を確認すると、次にその手紙を読んだ。
「なによ……これ……」
「わたしのもとに届いた三通目の手紙です。一通目はイーリア、二通目にはキルルーサの名が記してあります」
 ミレーゼは、真剣な瞳で自分を見ているダーナンの若き帝王をじっと見つめた。
 幼くして帝位につき、覇道を歩むという王を。
「なぜ、危険を冒してまでわたしに会いに来たの? 姉上の結婚を阻止すらできなかった、ただのおかざり王よ」
「わたしが帝位に就いたのは十歳だった。だが、王同士が話し合えば、戦さをしなくてすむ場合もあることも経験してきた。おかざりと思うか、思わないかは、王自身の気持ち次第では」
 ロディの言葉を受け、ミレーゼはしばらく考え込んだ後、ゆっくりと息を吐き出した。
「とりあえず、会いに来た理由は了承したわ。わたしの……弟も行方不明なの。まぁ、こっちは自分の意思だけどね。わかったわ、とりあえずお話しをお聞きしましょう」
 ミレーゼが手紙と短剣を返すと、ダーナンの帝王はにこりと美しい笑みをたたえた。
「では、ご協力願えるのですね」
「まずは、話を聞くと行っているのよ。先走らないでちょうだい」
「お噂どおりのかただ」
「いい噂は聞かないでしょう。あなたと一緒よ」
 ミレーゼの返事にロディはクスリと笑った。

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