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第三章《 侵略への序章 》

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「アル神の息子―
 シルク・トトゥ 
 戦いと勇気をつかさどりし神
 かの者 守りし大地に降りし時
 巨大な渦の流転が始まる
 聖なるアル神の慈悲のもと
 その身を隠し
 五つの年を過ぐる
 かの者のもと
 アル神の御加護
 全天にあまねく満ちあふれたり
 かの者のもと
 勝利の光り満ちあふれたり」

 ノストール王国アルティナ城の一室で、カルザキア王はユク・アンナの一族と対面をはたしていた。
「ダーナンとナイアデスで魔道士たちが告げたのは、このようなものです」
 アンナの族長であり大神官のサーザキアは王の正面にひざをつき、低く頭をたれながら低くそう告げた。
 そして、再会以来、堅く口を閉ざしたまま、アンナたち一行に視線を合わせず目を伏せたままの王の返事を、ひたすらじっと待っていた。
 室内には、アンナの一行のほかは、カルザキア王とその側近、そしてテセウス皇太子という限られた者だけが集められていた。
「サーザよ」
 長い沈黙の後、王は口を開いた。
「五年前、そちが告げた〈先読み〉はいまだ無効になってはいないのか? あの子の死は、無意味なことだったのか?」
「王よ」
 サーザキアはゆっくりと頭をあげて、カルザキア王と瞳を合わせた。
「〈先読み〉には、さまざまな道がついてまわるのでございます。時には、その時においては、何の価値も、意味すら見いだせないような〈先読み〉が、後に重大な意味をもつこともございます。もちろん様々な出来事が影響しあい、消滅してしまうものもございます。そして、王よ……われらの五年前の〈先読み〉における出来事は、幼子の生命をもって確かに消滅してございます。」
「ならば……」
「その消滅をもって、新たな来たるべき日が誕生した……と、われらがアンナは感じております」
(新たな……来たるべき日の……誕生…?)
 テセウスは、サーザキアの言葉を心の中で繰り返した。
(どういうことだ?)
 王は、大きなため息をついたあと、天啓を受けるようにまぶたをとじて問いかけた。
「アル神の息子シルク・トトゥ神の転身人が、ノストールに生まれ落ちているという予言が真のことならば……それは、このノストールにとり、幸をもたらすのだろうか。それとも……ラウ家にいかなるものを招くか?」
「…………」
「サーザ?」
 静かな沈黙が室内を満たしていった。
 だが、サーザキアは目したまま答えようとする気配を見せない。
 老人は、唇を閉ざしたまま深く頭をたれているだけだった。
 幸ではない―。
 大神官の様子に、その場の誰もが不吉なものを予感する。
「サーザキア、答えよ。アル神との契約のもと、ノストールの王はアンナのいかなる言葉も聞かねばならない。そしてアンナは答えねばならぬ。サーザ、答えよ」
 カルザキア王の言葉は静かな口調であった。
 だが、テセウスはまるで雷に打たれたように、父の言葉が自分自身を貫いていったのを感じていた。
(父上は、怖くないのだろうか。サーザキアが告げる言葉が、わたしたちにとって最悪のものかもしれなくても……)
「王よ。聖なる月の神アル神の息子シルク・トトゥ神は、〈戦いと勇気を司る〉といわれし神、その神加護せしところ勝利に導かれる予言があります。けれど……アル神の加護受けし、われらユク・アンナの一族にのみ密かに伝わり続ける別の異名もございます」
 カルザキア王は黙ってその続きをうながした。
「シルク・トトゥ神は……破壊神でございます」
 サーザキアは続けた。
「我らがユク・アンナには、古くから、シルク・トトゥ神についての伝えが残っております。
『アル神の息子シルク・トトゥ神
 戦いと勇気を司りし神
 人々に愛されし神
 だが
 その力の巨大さゆえに
 その言葉の穏やかならざるゆえに
 神々の怒りをかい野に放たれる
 マーセンテラー神の言葉に背きし者
 ユク神の光りより逃げし者
 ドナ神の懐を避けし者
 ゼナ神の慰めを嫌いし者
 エボル神の施しを拒みし者
 すべてはその力の大いなるゆえに
 神々の怒り
 災いの力をその身に与え
 破壊の神と名づけたもう
 かの者誕生せし大地
 すべての破壊を招きよせる』
と」
 部屋の中がざわめいた。
「その子が誰なのか、そちたちにはわかるのか?」
 王は静かに問いかけた。
「城下にて、多くのアンナに〈先読み〉をさせました……」
 サーザキアは答え続ける。
「けれど、ダーナンやナイアデスの魔道士のごとき〈先読み〉は、いまだ我々には訪れておりません。それゆえ、われらがアンナの力では、見つけること叶いませぬ」 
 その場の誰もが、言葉を失わずにはいられなかった。
 アンナたちにシルク・トトゥ神の転身人の〈先読み〉が訪れなかったこと。それにもまして、破壊神の誕生は、不吉な予言そのもであった。
(シルク・トトゥ神が……このノストールを滅ぼす……?!)
 テセウスは、その衝撃の重さに、部屋からすべての人々がいなくなった後も、一歩も動くことができなかった。

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