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第二章《 予 言 》

 内乱は起きた。
 ボルヘス王は命をつなぎ止めたが、それはただ心臓が動いている状態にすぎなかった。
 時折、意味のわからないうわ言を繰り返すことがあるだけで、回復の見込みは遠いように思われた。
 事件後、見舞いにも現れず、城からも姿を消したまま消息を絶っていた王子たちが、突如としてダーナンの国境から、軍隊を引き連れて姿を現したのは、その半月後のことだった。
 第一王子のシーグルトは、王妃の故郷である隣国ゼルバの援軍をつれて、第二王子エルローネはダーナンのもう一つの隣国、ボルヘス王の姉の嫁ぎ先ハスランの助力を得て、ダーナンを舞台に戦争を始めたのだ。
 はじめ、王妃とロディたちは、王と共にダーナン城で、二つの国に書簡をあてたり、戦さの中止を求めるなどして、動向を見守っていたが、城には、両王子の息のかかったものが満ちあふれ、やがて寝たきりの王や、ロディの身にも危険が何度となくふりかかりはじめた。
 ふたりの王子たちは、王と共に城にいる第三王子ロディこそが、今や一番王位継承に近い存在になっていることに気づいたのだ。
 シーグルトとエルローネにとり、王家を継ぐ最後の手段は、王をそそのかしたのがロディとその側近であり、王を殺そうとしたのは自分ではないという証明をしてみせること、もしくは王の呼吸を止めてしまうことだった。
 すべての罪を、内乱罪として兄弟になすりつけ、意識を取り戻す見込のない父親の代わりとして、王位を代行する。
 そのためには、ロディは邪魔な存在でしかなくなっていたのだ。
「父を殺そうとし、そして今また幼い弟王子を殺して、正義の仮面をかぶってダーナン王の座につこうと考えているというの?」
 魔道士のルキナが、王妃の命によって占術をおこなった答えを得たとき、王妃は全身が冷たくなっていくのを感じていた。
 このところ、ロディの周りで不可解な事故が続き、側近たちがケガをすることが増えたために、心配になった王妃が、その原因を知るためにルキナを呼んだのだ。
「憎しみの血が、流れます」
 小人族の流れを汲むザキ一族の土の魔道士ルキナは、土色のマントで全身を包んだ装束に、好堅樹・ニヤグローダから得たという杖を手にしたまま、静かに告げた。
 好堅樹・ニヤグローダは、百年間もの間枝葉をのばしたまま地中にとどまり、ある日地上に姿を現すのだが、最初の一日で、三千ムーブの高さにまで達するといわれているが、その姿を見ることは万に久しい。
 王妃は自分の体を両手で抱きしめながら、ふるえる唇で、ひとりつぶやいていた。
「息子たちは……あのふたりは気が狂ってしまったのだわ」
 王妃ナーディアは、占術が終わるとすぐに、ロディとフューリーを自室に招き入れ、ふたりを抱きしめた。
「このままでは危険だわ。兄上たちは、お前が父上に策略を吹き込んで、仲たがいさせたという妄想にとりつかれてしまったのよ、ロディ」
「母上……」
「この城には、あなたがどれほど父上のことを大切にしていたか、どれほど兄上たちを慕っていたかわかっている者もいるわ。でもね……」
 王妃は、ロディと同じ碧色の瞳で悲しげに息子をみつめた。
「でも、兄上たちはそう思っていないの。そして、この城のなかには、あの子たちの側についている者たちがいて、あなたの命を常にねらっているの。だから、お前はフューリーと共に、この城を出て、どこか安全な場所に身を隠しなさい。母は、シーグルトとエルローネをこの城で待ちます。そして、誤解を解いて、あなたたちが安心して帰れるような場所を準備しておきます。それまでの間の辛抱です。いいですね」  
「母上ぇ……」
 フューリーが、真珠のような涙をポロポロとこぼしながら王妃の首にしがみついた。
「泣いてはなりません、フューリー。ほんの少しの間だけです。すぐに母が迎えにいきますから、それまでロディ兄様の言うことを良く聞いて待っているのですよ」
 王妃はほほ笑みをつくりながら、ロディを見つめた。
「よいですね」
「はい。父上のこと、よろしくお願い致します」
 少年は、この数日の間に急に大人びた表情を見せるようになっていた。
 人というのは、環境の変化によってこうも変われるものなのだと、城内の者はしばし、畏敬の念をもってロディを見はじめるようになっていった。
「お迎えをお待ちしています。母上。その時は、もう一度抱きしめてくださいね」
「ええ…」
 三人はその会話を最後に、別れを告げた。幼い王子と王女はジュゼールとグラハイドらに守られながら、王妃の部屋の隠し扉から地下道へと姿を消して行った。

 二カ月後――
 国境に程近い、地下道に造られた隠し部屋の一角に身を隠していたロディたちのもとに、城からの使いが訪れた。
「母上が……兄上たちを道連れに、死んだ?」
「はい。シーグルト殿下の先遣隊が城に入場されたときに、内密にエルロース殿下を招き入れられ、ご兄弟として親子としての最後のお食事を望まれたのです。シーグルト殿下もエルロース殿下も、ロディ殿下の行方を知りたがっている様子でしたし、その時に互いを殺してしまうよいチャンスだと思われたのでしょう。快くその申し出を受けられました。ですが、王妃様はそのお食事に毒を盛られて、おふたりの王子と共々……」
 ロディは、目を見開いたまま、じっとうつむいていた。
 その小さな肩に、ジュゼールがそっと手を添える。
「殿下。お悲しいでしょうが、いまとなってはこの国の後継者は殿下お一人です。王妃様もそのことを願って、兄上様たちを道連れになさったのだと思います。陛下がお待ちです。さぁ、城へ参りましょう」
「殿下、いえ……陛下のご病状が回復の見込みがない今は、ロディ様がダーナンの王として、国の立て直しをしていただかなくてはなりません。どうかダーナンの王となる、お気持ちをしっかりおもちください」
 グラハイドがロディの両手を取り、自分の両手で包み込む。
 その言葉に、ロディは表情を堅くした。
「ジュゼール、グラハイド」
 ロディは助けを求めるような瞳で、ふたりをじっと見つめた。
「僕はあの城には戻りたくない。母上、兄上たちが死んでしまった、あの城へなんて帰りたくないよ!」
「ロディ様!」
 ジュゼールが驚いたようにロディを見つめる。
「ロディ様。ロディ様が、城にお戻になられ、民や臣の前で正式に王につかれなければ、どうやってフューリー様をお探しになるというのですか?」
 ジュゼールの言葉に、ロディはビクリと体を震わせた。
「だって……父上は生きておいでだ。僕は父上のようにはできない」
「フューリー様は、隣国ゼルバかハスランか、それともハリア国か……いずれにしろ一筋ならぬ魔道士を抱える他国の者に、この機に乗じて、わがダーナンをねらう目的のもとに、さらわれた可能性が高いのですよ。あなたさまが王にならねば、たった一人の妹君をどうやってお探しになり、国を守るのというのですか?」
「でも……」
 ロディは大きく瞳を見開いたまま、ジュゼールをみつめた。
 妹のフューリーは、城からの逃避行のさなか、ロディたちの目の前で、突如として出現した他国の魔道士と思われる者にさらわれてしまったのだ。
「フューリー様は、ロディ様がきっと探してくださると信じていらっしゃるはずです」
 ジュゼールの責めるような口調に、少年は呼吸をするのも苦しそうに、言葉をつむぎだした。
「もし、僕が……あの城に戻り、王になることがフューリーを取り戻すことになるのなら……、妹を助け出す力を持つことができるなら、僕は王になります。だけど……それは、そのためにその国と戦うことを父上は、皆は許してくれるだろうか?」
「もちろんですとも」
 グラハイドの、握りしめた手に力を込める。
「ダーナンの王女をさらったものがいるならば、国の威信をかけて取り戻すべきです。内乱につけこんでダーナンを乗っ取ろうとした罪、幼い王女をさらった罪。どこの何者が行った行為にしろ、断じて許すまじき行為です。なにを掛けても、フューリー様を救い出すことは、兄として、王として、親族として、当然のおふるまいです」
「皆が怒りと、ボルヘス陛下への忠誠、ロディ殿下への忠誠をもって、フューリー王女をお捜し出します。ロディ様の王位継承のお祝いのためにも」
「わかった。帰るよ。……ありがとう」
 少年の憂いをおびた深い海の底のような色をした瞳に、かすかな明るさが戻った。
「私は、どんなことをしてもフューリーを取り戻します」
 わずか十歳で王位に就くこの少年王こそが、その後の五年間、妹を求め、諸国を次々と征服、統一し、やがて小国ノストールにその姿を現す、ダーナン帝王ロディ・ザイネス、その人でもあった。 

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